第五話
ルビオ、アルファンとそれぞれ手を繋ぎ、二人の父親であるビトールさんについて歩く。
四人で歩いて十分ほどでたどり着いたのは、広い庭を持つ一軒家。
周囲の住宅に比べて少しだけ大きな家で、広い庭には様々な薬草類が植えてあるためか、周囲の住宅とは距離が離されて建てられている。
見たところ傷薬や熱冷ましに使えるものから、痺れ薬や毒薬になるものまで、手広く育てているようだ。
薬師は毒にも薬にもある程度精通していなければならない。
毒草の中には、特定に毒に対する特効薬になり得るものもあるからだ。
さらに、毒草と毒草を掛け合わせることで効果が反転し、質の良い薬になる組み合わせも存在する。
広い庭に植えられ育てられている薬草や毒草の多くは、状態が良く質が高いものが多い。
確認できた薬草のほとんどは、一般的な病に対して効果の高い薬に調薬できるものが揃えられている。
これらの薬草や毒草を、離れとして建てられているログハウスで調薬しているのだろう。
ビトールさんが玄関を開け、ルビオとアルファンが手を離して玄関の傍に立ち、俺を自宅に招き入れてくれる。
「シャルルさん、ようこそ我が家へ」
「「ようこそ~!」」
「暫くの間、よろしくお願いします」
俺が頭を下げると、ビトールさんだけでなくルビオやアルファンも頭を下げる。
フレンドリーな空気からかしこまった空気に変わったことにアルファンがクスッと笑うと、それが全員に
そんな俺たちの笑い声が聞こえたのか、家の奥の方から壁に手をついて辛そうに呼吸し、時折咳き込み息を切らしながら歩いてくる、赤髪赤目で長い髪を束ねて結び左肩の前に垂らしている、三十代くらいの優しそうな女性が現れた。
顔色は非常に悪く体が痩せ細ってしまっており、一歩進むのも非常に辛そうにしていて、無理をして玄関まで歩いてきたのが見ただけで分かる。
笑っていた三人も女性が玄関に現れた瞬間、心配と焦りの入り混じった表情に変わった。
最初にビトールさんが女性に駆け寄り、そのあとに続いてルビオとアルファンが駆け寄る。
俺もルビオとアルファンに続いて女性の方に近寄っていく。
そんな俺を見て、女性はビトールさんに問いかける。
「ビトール、この方は?」
「あ、ああ、そうだな。どこから説明したものか」
ビトールさんが、ルビオとアルファンがいなくなったところから女性に説明していく。
説明が進んでいくにつれ女性の顔が母親の顔に変わり、心なしか背筋もスッと伸びて、ルビオとアルファンに向けて厳しい視線を送っている。
ビトールさんが説明を一通り終えると、ルビオとアルファンが母親の視線にびくつきながら、ゆっくりと自分たちのとった行動や、それに至った思いをビトールさんと母親である女性に告げた。
そんな子供たちの思いを聞いて、二人とも目尻に涙を浮かべながらも、親としてしっかりと叱りつける。
ビトールさんと女性は子供たちを挟むように抱きしめ、改めて子供たちが無事に帰ってきたことに心の底から安堵したようだ。
子供たちの無事を確かめ落ち着いた女性が、ゆっくり弱々しく体を動かし、俺に向かって深々と頭を下げる。
「改めまして、ビトールの妻でクレイと申します。このたびは、子供たちを救っていただきありがとうございます」
「私はシャルルと申します。ルビオたちが無事でなによりでした。暫くの間、皆さんのご自宅でお世話になります。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。しかし、本当に我が家でよかったのですか?私たちも色々と伝手があります。我が家よりも……」
気を遣ってくれることに感謝しつつも、クレイさんに問題がないことを告げる。
「クレイさん、お気持ちはありがたいのですが、ベズビオを離れるまでは皆さんのところでお世話になりたいです」
「……分かりました。
「ありがとうございます」
お互いに頭を下げていると、クレイさんが激しく咳き込みだして、体調が不安定になってしまう。
クレイさんはビトールさんに支えられながら、自室があるであろう家の奥へ戻っていく。
俺はクレイさんの体の状態が気になり、両目に氣を集中させてクレイさんの体を‟みる”。
全身の氣の流れを確認したところ、肺の氣の流れが著しく悪いことが判明した。
かなり重症化しており、庭で育てられている薬草たちでは、ここまで悪化した状態は改善できないだろう。
影の空間倉庫には、ティル・ナ・ノーグに植生している、効能の高い薬を生み出せる薬草が大量に仕舞いこまれている。
その薬草を調薬した薬と氣で体に干渉すれば、クレイさんの氣の流れを問題なく正常なものに戻せる。
薬草の方は色々と誤魔化しても納得させることはできるが、氣に関しては誤魔化せるほどの説明は難しい。
氣を使用する際に魔法と偽ればいけるか?
傍から見て回復魔法に見えるそれなりの
問題は、どのタイミングでこの話題を切り出すかだ。
(夕食後にビトールさんと話してみるか)
俺はルビオとアルファンに使わせてもらえる部屋に案内してもらい、その部屋の中にバックパックを置いて、その日はルビオやアルファンとともに日が暮れるまで遊んだ。
太陽がその姿を隠し始める時間帯になると、ルビオとアルファンは遊ぶのをやめて家に戻る。
二人はキッチンで手を洗って綺麗にすると、お互いに協力しながら夕食を作り始めた。
「ルビオ、アルファン。夕食はいつも二人が作っているのかい?」
俺がそう聞くと、二人は調理の手を止めずに答える。
「そうだよ。母さんの体調が悪くなってからは、俺たち二人で協力して夕食を作っているんだ」
「お父さんも調薬のお仕事やお母さんの看病があるから、せめてこういったことは家族として協力しようと思って……」
「そうなのか。二人とも、優しくて家族思いのいい子だな」
俺は二人の頭を優しく撫でて褒めるが、ルビオはそんなことはないと否定する。
「いい子じゃないよ。いい子だったら二人だけで森にはいかないよ、シャルル兄ちゃん」
「そうだったな。でもそれはお母さんを治したくて、元気になってもらいたくて、森まで薬草を採取しにいったんだろ?だったら、二人ともいい子だよ」
この子たちの行動力の高さは正直言って凄い。
自分が同じ年齢、状況であったとして、実際に同じ行動を起こせるかといわれると難しいだろう。
だが、子供は子供らしく自由に遊び、自由に学ぶのがいいと個人的には思っている。
家族思いの二人が楽しく笑って過ごせるように、クレイさんの体を一刻も早くよくしてあげたい。
それに、クレイさんの氣の流れを‟みた”時に少し不自然さを感じた。
俺はティル・ナ・ノーグでの生活の中で、薬草や毒草の知識や扱い方、どういった病気があるのかを学んだ。
その学んだ病気の中に、クレイさんの病気とよく似た症状を引き起こす病がある。
本人の気付かぬ内に発症し、そのまま病気に気付かずに重症化というのは、日本でもよく聞いた話だ。
しかし、ルビオとアルファンから教えてもらった情報にあった、クレイさんが体調を崩し始めた頃から重症化するまでの期間が異様に短い。
思い当たる病気の症状として間違いないのだが、重症化までの病状の進行速度があまりに早過ぎるところがどうにも引っかかる。
(もしかしたら突然変異か?それとも……人為的に手が加えられ変異した病か?)
薬師という専門的な職業ではあるが、ビトールさんやクレイさん以外の薬師がベズビオにいないわけではないだろう。
友好的に思ってくれている薬師だけでなく、ビトールさんたちのことをよく思っていない、敵視や害意を抱く薬師もいる可能性があるということだ。
クレイさんの変異した病はそのよく思っていない薬師、もしくはその関係者によって病気を植え付けられたか――――誰かに呪われた可能性がある。
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