第四話
赤髪赤目の体格がいいショートヘアのやんちゃそうな男の子と、同じく赤髪赤目の肩まであるストレートヘアの大人しそうな女の子。
男の子が兄のルビオで十歳、女の子が妹のアルファンで八歳。
この二人の幼い兄妹は、俺の目的地であるベズビオに居を構える薬師の一家の生まれ。
なぜこんな危険なところに子供だけで来たのか聞くと、母親が病気にかかり父親も忙しくしているので、母親を癒すための薬草を求めて森に入り、迷っていつの間にか森の奥に来てしまっていたとのこと。
「よく大人に見つからずに町を抜け出せたな」
俺がそう言うと、恐怖でまだ体を震わせているルビオとアルファンは、ほんの少しだけ自慢げになる。
「俺たちだけが知っている秘密の抜け道があるんだ」
「城門から遠いところに、大人には見つからない抜け道があるの」
そう言ったルビオとアルファンだが、結果的に危ない目にあってしまったことを思い出し、再び恐怖で体を震わせた。
俺はそんな二人の頭をそれぞれの手で撫でて、恐怖を和らげて安心させる。
そんな俺たちを観察していた魔物や魔獣たちが、獲物を仕留めようと息を潜めて近づこうとしてきたので、放つ氣の圧をさらに一段階上げて威圧。
近づこうとしていた魔物や魔獣たちは、どの個体もそれぞれの方向に向けて我先にと逃げていく。
二人を守るための結界を解除し、命の危機を感じ震えて動けなくなってしまった二人をそれぞれの腕で抱きかかえ、ベズビオの城門に向かって地を駆ける。
ルビオとアルファンの母親の病のことは気になるが、まずは二人を安全圏に連れて帰るのが最優先だ。
幼いルビオとアルファンのことを考えて、安全面を気にしながら速度を出して移動し続ける。
俺たちがベズビオの城門にたどり着いたのは、丁度日が昇り切ったお昼時の時間帯。
城門前で速度を緩めて歩きに切り替え、ベズビオに入りたい者たちが並ぶ列の最後尾に並び、順番が来るのを大人しく待つ。
幸いにも列に並んでいる者たちの数はそこまで多くなく、暫くすると俺たちの順番がきた。
「通行証、もしくは身分を示せるものの提示を。それらがなければ、ベズビオへの通行税として銀貨三枚を……ルビオ!アルファン!ああ、よかった!無事だったんだな!どこにも怪我はないか?」
人族の衛兵のおっちゃんがルビオとアルファンを見つけて言葉を止め、心底安堵したように二人へ問いかけた。
その問いかけに、ルビオが大丈夫だと笑みを浮かべて答える。
「怪我はしていないよ。シャルル兄ちゃんが危ないところを助けてくれたんだ」
ルビオが俺の名前を告げてそう言うと、おっちゃんは笑みを浮かべながらも眼光が鋭くなる。
「二人とも無事で安心した。……すまんが話を聞きたい。こっちについてきてもらえるか?」
「分かりました」
おっちゃんは他の衛兵に声をかけてから、ついてくるように身振りをして先を歩いていく。
俺はルビオとアルファンを腕で抱きかかえたまま、先を歩いていくおっちゃんのあとについて移動する。
おっちゃんが向かった先は、城門近くにある衛兵たちの詰所。
おっちゃんは扉を開いて俺たちを招き入れ、詰所の中にある休憩場所に座るように促す。
俺はルビオとアルファンを腕から優しく降ろし、三人で横並びになって椅子に座る。
「他の奴に言って父親を呼びに行ってもらった。父親の到着を待ちながら、ここに来るまでの経緯を教えてくれ」
俺はおっちゃんの言葉に頷いて答え、義父さんたちが用意してくれた冒険者ギルドのギルドカードを見せ、色々と隠したり誤魔化したりしながら、ルビオとアルファンに出会った経緯を細かく説明していく。
冒険者ギルドのギルドカードは、オベロンさんとティターニアさんが伝手を頼り作ってくれたものだ。
昔一時の間世話をした妖精の血を引く人が、どこかの国でギルドマスターをやっており、お世話になったオベロンさんたちのために協力してくれたとのこと。
各国では人々の生活を脅かす魔物や魔獣を倒し、城門の外という命の危険がある場所から薬草や鉱物などを集めてきてくれる冒険者に対して、都市や町などに入る際ギルドカードを提示すれば通行税を免除している。
旅をしていて余計な出費がかからないという恩恵はもの凄く大きいので、いつかその人と会うことがあればお礼を言いたい。
おっちゃんは俺の話を一通り聞き終わると、ルビオとアルファンにも聞き取りを行い、俺の話に矛盾するところがないか確認していく。
その際、ルビオとアルファンが抜け道を使ったことを正直に言うと、おっちゃんはルビオとアルファンの頭に優しく拳骨を落として叱った。
聞き取りしている表情は子供が相手なので和やかだが、一切の情報も聞きもらさない、聞き逃さないといった雰囲気だ。
何度か細かいところを聞き直されたが、聞き取られている側の記憶違いや聞き取っている衛兵が思い込むなど、様々な問題が起こらないようにするためだろう。
「何度も同じことを聞いてすまんな」
「構いません。それがお仕事でしょうし」
「そう言ってくれると助かるよ」
おっちゃんに信用してもらえたところでベズビオという町のことを聞いてみると、地元の人間だからこそ知っているようなことも教えてくれた。
色々と教えてくれたのは、ルビオとアルファンを助けたことのお礼も含まれているのだろう。
「ルビオ!アルファン!」
詰所の入り口から男性の声が響く。
その声を聞くや否や、二人は椅子から勢いよく立ち上がり、涙を流しながら入り口の方に駆け出す。
男性は二人を見て同じく駆け出し、二人のことを力強く抱きしめて両膝を地面につける。
「二人とも無事だったんだな。よかった、本当によかった」
親子三人の感動の再会。
だが二人から聞いていた通り、母親は体調がよくないようだ。
この場には父親であろう男性しか現れていない。それほどまでに重たい病状なのだろう。
感動の再会を終えた父親が、二人と手を繋いでこちらに近寄ってくる。
父親は赤髪赤目の髪を短く後ろで結んだ、三十代くらいに見える穏やかなお父さんといった感じの人。
「あなたがシャルルさんでしょうか?」
俺がその問いかけに頷いて答えると、父親が深々と頭を下げる。
「私はこの子たちの父親で、ビトールといいます。我が子を助けていただき本当にありがとうございました。なにかお礼をさせてください」
「お礼を貰うために助けたわけではありませんから。失礼ですが、二人から奥様のことを聞きました。今は色々と入り用だと思います。なので、謝意だけで十分です」
「ですが……」
渋る父親――ビトールさんを見て、おっちゃんが会話に混じり俺に聞いてくる。
「シャルル、泊まる場所とか決めてきているのか?」
「いえ、まだなにも決まっていません」
「旅をしているというなら、金は少しでも手元に残せた方がいいだろ?」
「そうですね。旅をするにも色々とお金がかかります。立ち寄った先で薬草などを売ってお金を稼いでいますが、贅沢できるほどではないです。
おっちゃんと俺のやり取りを聞いたビトールさんがはっとした顔になる。
俺も最初は意図が分からなかったが、質問の内容にルビオとアルファンの危険な行為、それに母親のことなどを総合的に考えて、おっちゃんの言いたいことを理解した。
ビトールさんもそれに気付いたようで、俺に対して提案を口にする。
「シャルルさん。よろしければ、ベズビオ滞在中は我が家で過ごしませんか?」
「ビトールさんたちがご迷惑でないのならば」
「大丈夫です。お前たちもいいよな?」
ビトールさんがルビオとアルファンにそう聞くと、二人とも笑みを浮かべて嬉しそうに答える。
「うん!」
「大丈夫!」
俺はビトールさんに頭を下げ、お世話になることをお願いした。
「お世話になります。よろしくお願いします」
「はい」
穏便に事を進めてくれたおっちゃんに感謝を伝え、家族三人と一緒に詰所を出る。
おっちゃんは「なにか困ったことがあれば俺を訪ねてこい。いつでも助けてやる」と言い、無事に再会できた家族三人の姿を見て微笑み、自らの職務へと戻っていく。
俺は面倒見のいいおっちゃんのその背中に、心の中でもう一度感謝を告げた。
「では、行きましょうか」
「「行こう~!」」
ルビオとアルファンが笑みを浮かべて俺の両手をそれぞれ掴み、自分たちの家に向かって俺を引っ張っていく。
その光景を見ているビトールさんも笑みを浮かべている。
楽しそうなルビオとアルファンを見て、怪我なく無事に助けられてよかったという気持ちを抱く。
せめて、ベズビオ滞在中は二人の笑顔を守ってやりたいな。
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