第三話

 活火山の頂上付近を縄張りにしている、ガロさんやマレナさんたちが住んでいる山村の集落を訪れてから四日。

 四日間ガロさんとマレナさんの家に泊めてもらい、山村の集落に住んでいる妖精や精霊と親交を深め、サラマンダーやイフリート、イフリータの日々の生活の様子や、活火山で暮らしてきた長い歴史などを教わった。

 かつての時代において種族関係なく仲良くしていた頃の話から、友人たちとの楽しい喧嘩でどのように勝ったのかなど、当時を懐かしみながら楽しそうに語ってくれた。

 さらに戦闘などで役立つ火の魔法の小技を教えてもらったり、堕ちた火の妖精や精霊と対峙した時の立ち回り方などを教わったりと、貴重な時間を過ごさせてもらえたな。

「次は人族のところに向かうのか?」

 ガロさんの問いかけに、俺はそうするつもりだと頷いて答える。

「人族の町や国を見て回るのも一つの勉強だと思っているので。特殊な混血ですけど、猫の獣人にしか見えないようにしているので大丈夫です」

 俺がガロさんにそう答えると、マレナさんが微笑みながら言う。

「この先シャルルがどう生きることになったとしても、見聞きしたことや経験したことは無駄にはならないわ。ただし、どんな場所でも身分や種族を気にする者がいるのは忘れてはだめよ」

 マレナさんの言葉に真剣な表情で頷いて返す。

「分かっています。……では、数日間お世話になりました。また遊びに来ますね」

 笑みを浮かべながら別れの挨拶を告げると、ガロさんとマレナさんも同じく笑みを浮かべ、俺に優しく言葉をかけてくれる。

「おう、待っているよ」

「いつでもいらっしゃい。私たちはどんな時だってシャルルを歓迎するわ」

 俺は最後に深く一礼し、ガロさんたちに見送られながら、展開されている結界を抜けて下山を始める。

 活火山を登っている時と同じく、気配を周囲に溶け込ませて移動していく。

 今日も魔物や魔獣の生存競争が各所で起こっているようで、魔力の高まりをそこかしこで感じる。

 そんな魔境のような活火山を下山し、麓に近い位置にある、フレグレイ王国に所属するベズビオという町の城門の近くまで来た。

 その時、近くの森の中で二つの魔力が複数の魔力に囲まれているのを感知する。

 俺の周囲に下位の妖精たちが現れ、その二つの魔力の存在を助けてほしそうに語りかけてきた。

『追われているよ』

『噛みつかれちゃう』

『幼い兄妹』

『真っ赤な髪と目』

『狼の群れ』

『助けてあげて』

 妖精たちが矢継やつばやに伝えてくる。

 追われている二つの魔力の存在は、妖精や精霊に好まれる純粋な者たちのようだ。

 俺は妖精たちの頼みに応えるため、意識を切り替え丹田で生命エネルギーである氣を練り上げて高め、凝縮し活性化させることで内丹を作り出し、自らの精神と肉体を強化。

 移動中に余計な邪魔が入らないよう、圧倒的な氣で周囲一体を威圧しながら一気に加速して地を駆ける。

 周囲の魔物や魔獣たちは俺から放たれる氣を感じ取り、じっと息を殺して通りすぎるのを待つか、我先にと一目散に逃げ出していく。

 妖精たちが言っていた赤髪赤目の幼い兄妹を見つけた。

 ショートヘアの男の子と、肩まであるストレートヘアの女の子が、灰色の狼の群れに怯えている。

 狼の群れの一匹が女の子に狙いを定め、口を大きく開けて鋭い牙で噛み喰らおうと跳躍。

(させるか!)

 俺は加速した勢いのままトンッと地面から空中に飛び上がり、右腕に氣を纏わせて強化し、落下する時の力を上乗せして狼の脳天に拳を振り下ろす。

「――――!」

 振り下ろした右拳を頭部に受けた狼は、声を上げることもなく頭蓋骨が粉砕され、脳を破壊されたことで即死。

 そのまま地面に勢いよく激突し、地面にクモの巣状のひびが入り砕ける。

 あとに続こうとした狼たちが、群れの一体を殺した俺の存在を認識した。

 狼たちは勢いを殺しながら動きを止め、俺の動きに対応できるように警戒態勢をとる。

 そこから静かに円を形作るように広がり、俺と幼い兄妹を包囲していく。

 俺は丹田でさらに氣を練り上げて高め、包囲していく狼たちを氣で威圧。

 しかし、狼たちにも魔獣としての矜持きょうじがあるようで、威圧されながらも一歩も退くことなく、唸り声を上げて威嚇してきた。

 俺はそんな狼たちを見て、精神や感覚をさらに研ぎ澄ませていく。

 幼い兄妹は突如現れた俺という存在や、そんな俺に一撃で倒された狼など、目まぐるしく変わる状況についていけずに戸惑った様子。

 だが兄として妹を守ろうとしているのか、震える体に鞭打って必死で妹を背に隠す。

 そんな幼い兄妹に向けて、優しく言葉をかけて大丈夫だと伝える。

「すぐに終わらせるから。そこから動かないでくれ」

 幼い兄妹を守るために仙術せんじゅつで結界を展開し、狼たちが二人を狙っても大丈夫なように対策しておく。

 展開した結界を視認できるようにして、守っていることを分かりやすくしておくことも忘れない。

 幼い兄妹は展開された結界を見て驚くが、守られていると理解してくれたのか、その場でじっとしてくれた。

 俺は腰に差しているサーベルを抜き放ち、リラックスした状態で自然体のまま狼の群れと対峙する。

 刀身に氣を纏わせて強化し、こちらから仕掛けていく。

「アオーン!」

 群れの中にいる一回り体の大きい赤い毛並みの狼が、遠吠えを響かせて仲間たちに指示を出したようで、灰色の毛並みの狼たちが指示に従って迎撃を開始する。

 麓に近いとはいえ、激しい生存競争の中で生きている魔獣たちだ。

 義父さんたちとの鍛練中に遭遇した狼の魔獣たちと比べても、高度で綿密な連携、魔力制御や魔法の力量は劣らない。

 狼たちは魔力による身体強化に加えて、牙や爪にも魔力を纏わせて強化した。

 俺はそんな狼たちを気にすることなく、群れのリーダーである赤い毛並みの狼の魔獣に向かって、一気に速度を上げて真っ直ぐに駆けていく。

 周囲三百六十度から狼たちが次々と襲いかかってくる。

 牙での噛みつきや爪での斬撃、さらには口から魔力弾を放ってきた。

 それら全てを体術とサーベルで受け流し、速度を落とすことなく赤い毛並みの狼との距離を詰めていく。

「ウォン!」

 赤い毛並みの狼の短く吠えた声が響くと、赤い毛並みの狼の後方、その茂みから灰色の狼たちが大量に現れた。

 先程の遠吠えは指示であると同時に、周囲にいる仲間をここに呼び寄せるためのものだったようだ。

 赤い毛並みの狼が跳躍して俺から距離を取る。

(そんな簡単に大将はとらせてくれないか)

 赤い毛並みの狼は高みの見物をするかのようにただじっとそこに立っており、自分から動く気はないようだ。

(周囲の狼たちを倒さない限り状況は変わらないか)

 攻撃を受け流された狼たちと増援の狼たちが連携し、再び襲いかかってくる。

 俺はさらに内丹を作り出して身体機能を向上させつつ、全身に氣を纏わせて目には見えない氣の鎧を形成。

 噛みついてきた牙や斬撃を繰り出す爪を氣の鎧が弾き、狼たちの攻撃を完全に無力化。

 サーベルを振るって斬り裂き、氣と内丹で強化した拳と蹴りを叩き込み、狼たちの肉体を破壊していく。

 増援を含めて三十体以上いた狼たちが俺の周囲に倒れている。

 既に狼たちの命はなく、どの個体もピクリとも動くことはない。

「――――――!」

 倒れ伏す狼たちの姿を見て、赤い毛並みの狼が魂の叫びのような咆哮を上げる。

 その咆哮は空気を震わせ、衝撃波が俺を襲う。

「ハッ!」

 俺は練り上げて高めた氣を周囲に放ち、赤い毛並みの狼の咆哮による衝撃波を相殺。

 両者、無音の世界を作り出す。

「――――!」

「――――!」

 動き出したのは両者同時。

 俺は氣の質と密度を上げて、氣の鎧をより強固なものに強化。

 赤い毛並みの狼は灰色の狼たちと同じように身体強化をし、爪や牙に魔力を纏わせて強化する。

 灰色の狼たちと違う点があるとするならば、その魔力は炎のような真っ赤な赤色をしているところだろう。

「ウォン!」

 赤い毛並みの狼が吠えると、その真っ赤な魔力が変質していく。

「火の魔法か!」

 爪や牙に纏わせていた赤色の魔力が炎に変化。

 赤い毛並みの狼の全身の毛が燃え上がっているかのようにユラユラと揺らめき、高密度の魔力を放つ。

 その毛並みから発せられる熱によって周囲の気温が上昇し、空気が急速に乾燥していく。

 赤い毛並みの狼は超高熱の塊となって高速で移動し、炎を纏った爪を振るい、牙で噛みつき、極めつけに圧縮された超高熱の炎弾を放ってきた。

 迫りくるそれらをサーベルで受け流していくと、赤い毛並みの狼は周囲の木々を足場にして加速しつつ、三次元の動きも加えて仕掛けてくる。

 赤い毛並みの狼が足場にした木々や炎弾が着弾した箇所に炎が燃え移り、勢いよく炎が広がっていく。

 俺はこの場を中心とした広範囲の結界を一瞬で展開し、結界の範囲外に炎が燃え移らないように対処しつつ、幼い兄妹を守っている結界の強度を一段階引き上げた。

 これ以上長引かせると、幼い兄妹たちにどのような影響が出るか分からない。

 次で赤い毛並みの狼を確実に仕留める。

 サーベルの刃に纏わせている氣の性質を変質させて風の氣へ。

 無色の氣が緑色の氣に変化する。

 赤い毛並みの狼も一気に魔力を練り上げ、自身が持ちうる力の全てを強化。

 その体を炎の弾丸に見立てて最高速で突っ込んできた。

 爆発的な加速と炎の相乗効果によって、触れただけで消し炭になってしまうほどの威力に高められている。

 俺は迫りくる赤く燃え上がる狼の真っ正面に立ち、サーベルの柄を両手で持って真上に振り上げた。

 最後の仕上げに、サーベルの刀身に纏わせていた風の氣を一気に凝縮。

 凝縮された風の氣は洗練され、刀身を沿う濃い緑のオーラとなる。

 そして、サーベルを振り下す。

風迅ふうじん

 勢いよく燃え盛っていた炎が、赤い毛並みの狼の体から一瞬で消え去る。

 赤い毛並みの狼の速度が落ちていく。

 そして、俺の眼前で完全に動きが止まると、ゆっくりと体が縦に真っ二つになって左右に分かれた。

 サーベルを血振ちぶりし鞘に納刀。

 燃え広がる炎で視界が悪く、幼い兄妹がこちらを見えていない内に狼たちの死体を影の空間倉庫に収納し、仙術で水を生み出し操って燃え広がる炎を完全に消火する。

 広範囲の結界の方を解除し、漁夫の利を狙う魔物や魔獣を氣で威圧して近づけないようにしつつ、結界で守っている幼い兄妹の元に向かった。

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