第二話
盛大な宴を開いてもらった翌日。
皆に笑顔で見送られながら、異空間に存在するティル・ナ・ノーグから外の世界へ旅に出た。
シルキーさんたちが丹精込めて用意してくれた上質なシャツとズボンに、レザーブーツとレザーアーマー。
シャツの上にフード付きの黒いローブを身に纏い、腰にはキリアさんからプレゼントされた片刃のサーベルを差している。
最後に、牛革のバックパックを
最初の目的地は、フレグレイ王国という国の、ベズビオという町の近くにある活火山。
そこには、父アイアスと親交のあった火の妖精であるサラマンダーのガロさんと、火の精霊であるイフリータのモレナさんが住んでいる。
ガロさんたちの他にも、同じサラマンダーたちやイフリートにイフリータたちも住んでおり、活火山の頂上付近は彼らの生活圏内であり縄張りでもあるのだ。
しかし、縄張りであるといってもそこまで排他的なものではなく、
交流は竜たちだけでなく、各属性を司る妖精や精霊、聖獣や神獣などともしており、彼らの縄張りへ気軽に訪れているという。
「平和なのは頂上か麓の辺りだけなんだな」
自身の気配を周囲に溶け込ませ、魔物や魔獣に察知されることなく活火山の頂上に向けて進んでいく。
ゴリラにサルにクマ、クモにヘビにカエルなど様々なタイプの魔物や魔獣が生息しており、それらは共存しているものたちもいれば、互いを喰らおうと殺し合うものたちもいる。
クマの親子を見てほっこりする時もあれば、ゴリラ同士の喧嘩を見て興奮する時もあった。
野営の鍛練をした時も思ったが、幻想種が縄張りにしている場所とそうでない場所とでは、山や森などの豊かさが一段も二段も格が違う。
そして、豊かさに比例するように、魔物や魔獣の強さも一段も二段も格が違ってくる。
同じ魔物や魔獣であっても基本的な能力から魔力量まで差があり、最下級とランク付けされている魔物であるゴブリンやスライムなどでさえも、強力な能力や特殊な能力を持つ個体も現れるほどだ。
様々な景色を眺めながら進み続け、ついに頂上付近にたどり着くと、展開されている強力な結界を感知する。
すると、展開されている結界を守るようにイフリートやイフリータ、それにサラマンダーたちが現れ、俺という存在に対して警戒態勢をとった。
「黒髪に山吹色の目の獣人?何者だ?」
一体のイフリートにそう問いかけられた俺は、臆することなく父の名と、その息子であることを告げる。
「皆さん初めまして。アイアスの息子、シャルルといいます。ガロさんとマレナさんに会いに来ました」
「アイアスの子だと⁉」
「確かに、妖精の血をその身から感じ取ることができる」
周囲のイフリートやイフリータたち、サラマンダーたちが騒いでいると、結界の奥からこの場にいる全ての幻想種よりも明らかに格が違う、強大な力と存在感を放つサラマンダーとイフリータが現れた。
陽気なお兄さんという言葉がぴったりなサラマンダーのガロさんと、イケメン女子という言葉がぴったりなイフリータのマレナさん。
生前の父と親しくしていたガロさんとマレナさんの姿は、父の記憶の中のものとちっとも変っていない。
「俺はガロ。こっちはマレナ。お前がアイアスの子だと証明できるものは?」
ガロさんが勤めて冷静に問いかけてくる。
俺は牛革のバックパックではなく、貴重品や食料などを仕舞っている自身の影の空間倉庫から、結界などで何重にも保護をしている父の記憶の結晶を取り出す。
ゆっくりとガロさんに近づき、記憶の結晶をふわりと浮かせて渡す。
ガロさんは記憶の結晶を受け取り、結晶の中にある記憶を読み取る。
ガロさんが全てを読み取り終わると、記憶の結晶をモレナさんに渡し、モレナさんも結晶の中にある記憶を読み取っていく。
「確かに、これはアイアスの記憶のようだ。最後にオベロン王とティターニア女王に託している。あのお二方が、下手な者にこれを渡す可能性は万に一つもない」
「私もガロに同意するわ。この子は間違いなく、アイアスとニーナの息子。歓迎するわ、シャルル」
ガロさんとマレナさんが俺のことを認めると、周囲の者たちも警戒から安堵に変わり、笑顔で俺を歓迎してくれる。
「これを返すわ」
「ありがとうございます」
マレナさんが記憶の結晶を返してくれたので、大事に受け取って影の空間倉庫に仕舞いこむ。
「シャルル、ついてこい。色々と語りたいことがたくさんある」
「俺も父のことを色々と知りたいです」
「ええ、教えてあげますとも」
ガロさんたちの生活様式は、ティル・ナ・ノーグと殆ど変わらないようだ。
周囲の環境を利用した家を作り、自分たちにとって快適な空間で生活する。
結界の内部は半ば異空間のような状態になっており、活火山という環境を無視したかのように衣食住が揃っている。
幻想種は衣服など様々なものを魔力で生み出すことができ、存在の維持も魔力のみ。
住む場所も他の種族とは違い色々と整える必要もない。
その代わりに魔力濃度が極端に低い場所などでは活動時間が短くなり、本来の力の三割も出せたらいいほどに弱体化してしまう。
幻想種にとってそういった場所は鬼門のような場所なので、近付くことは早々ないと聞いている。
ただ、その三割の力であっても他の種族からしてみれば強大過ぎる力なので、なめていると瞬殺されるのは間違いない。
俺はガロさんとマレナさんが暮らしている家に招待され、リビングで
「なにから話すとしようか。そうだな、あれは――」
父がまだ生まれて間もない妖精だった頃の話から、格が上がり中位の妖精になった頃の妖精狩りとの戦いに、堕ちた妖精や精霊との死闘。
そして、第三者から見た父と母の
記憶の結晶から読み取ったことで、父の過去については父の視点で知ってはいる。
だが、同じ内容でも第三者の視点から見た父や母のことを聞くとまた違ったことが知れるので、二人の話を聞いているのが楽しくてしょうがない。
最終的に日が暮れるまで、ガロさんとマレナさんが交互に父と母との思い出を語ってくれた。
「シャルル、夕食ができたわよ」
マレナさんが作ってくれた料理からいい匂いが漂ってきた。
ガロさんは口の端からヨダレが出てきて、俺のお腹も空腹を訴えるように鳴っている。
食卓に並べられた夕食は、火の妖精や火の精霊が好みそうな熱々で美味しそうな料理が中心のメニュー。
揚げ物やスープ、鍋なども用意してあり、量も質も一流の料理なのが見ただけで分かる。
「私たちもただのんびりと無駄に過ごしている訳じゃないのよ。私は料理だけど、他の者たちは鍛冶、農業、裁縫と色々なことを趣味にしているの。ガロの場合は農業ね。この料理にもガロが育てた野菜を使っているわ」
マレナさんの言葉に、ガロさんが少し得意げな様子で続けて言う。
「丹精込めてなにかを育てるというのは、永き生においても中々にいい刺激になる。あと数百年は農業一本で生きていけるな」
幻想種の寿命は果てしなく長い。
そのため幻想種の中には自分の長き生に飽きてしまい、自らの意思で自らの存在を消してしまう者や、長い眠りにつく者もいる。
オベロンさんやティターニアさんが言うには、昔は他の種族とも交流があり、そういった者は
だが、時代が進み様々な種族の様々なことに対する価値観の変化が起こり、関わりそのものがなくなっていった。
そして、幻想種として閉鎖的になっていくにつれて、そういった者が増えてきたそうだ。
一時期は新たに生まれる妖精や精霊よりも、消えていく者たちの数の方が上回ってしまった時期があったとのこと。
その対策のために、まずは娯楽や趣味でいいからと本来は必要のない鍛冶や農業などをやらせてみたら、それが上手く作用したようで自らの存在を消す者が減ったそうだ。
俺にも半分は妖精の血が流れている。
長い生を過ごした先に、いつかそんな風に思う日がくるのかもしれない。
その時は野菜を育てながらのんびりと余生を過ごすか。
そんなことを思いながら、マレナさんが作ってくれた料理を食べていく。
少し熱くはあるが、どの料理も美味しく食べる手が止まらない。
「どう?」
マレナさんに料理の感想を聞かれたので、俺は笑みを浮かべて答える。
「どれもこれも美味しいです」
俺の答えにマレナさんはよかったと安堵した。
「まだまだたくさんあるから、お代わりしても大丈夫よ」
「ありがとうございます」
「では、早速お代わりを頼む!」
「ガロは自分でできるでしょうが、まったく……」
マレナさんはガロさんにそう言いつつも、そのやり取りをどこか懐かしそうに笑いながら、お代わりをよそいに向かった。
俺は色々な料理をたくさんお代わりをしてお腹を満たし、最後に食器洗いや片付けを協力して行う。
そして、夜遅くまで三人で話してゆったりと過ごした。
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