妖精たちの継息子

Greis

第一話

 自分が異世界に転生したと自覚したのは、新たな世界で生まれ変わった自分が育ての親である義父とうさん――ジャンやその仲間たちに祝われた、五歳の誕生日を迎えた時。

 頭の中を巡っていく、異なる世界で産まれ、生きてきた自分の記憶。

 自分を産み育ててくれた両親や、ともに育った兄弟。

 学生時代の友人や恩師の先生。

 そして、アニメや漫画などのキラキラした物語たちを日々の生きる糧にしている、残念なオタク男性の人生。

 思い出してからしばらくは、前世の記憶と五年間生きてきた異世界人、シャルルとしての記憶の整理が必要だった。

 しかし、思い出したからといってなにか生活に変化があったかと言われたら、特にそれほどの変化はなかった。

 それが自分の中でも意外といえば意外だったのはよく覚えている。

「前世の記憶を思い出せたお蔭で、この剣と魔法のファンタジーな世界で生きていける力を得ることができたんだがな」

 俺は鏡に映るショートカットの黒髪に山吹色の目をしている、黒い尻尾を生やした身長百八十ある引き締まった体の、頭に猫耳を生やしたシャツとズボンを着ている好青年を見ながらそう言う。

 魔法に関しての勉強が七歳の頃に始まり、その際に中二病が再発症。

 義父さんや他の妖精たちの協力の元で鍛練を積み重ね、異世界の知識も参考にして、この世界においても珍しい力を手に入れるに至った。

 これには義父さんや他の妖精たちもその珍しさと強大な力に興味津々で、皆で様々な検証や実験を行ってきた。

 その後も鍛練を積み重ねながら義父さんたちと過ごす内に、本当の両親についてさらに知りたくなっていく。

 そして、鍛練中に妖精たちが語る異世界の景色に興味を持ち、二十七年過ごした故郷ふるさとを離れて、両親を知る者たちを訪ねるために旅に出ることを決断。

「シャルル、準備の方は順調か?」

 今世での生活を振り返っていると、部屋の入り口から育ての親である義父さんが問いかけてきた。

 俺を拾ってくれた義父さんは、妖精である虎猫の妖精猫ケット・シー

 スラリとした立ち姿に、洗練された気品漂う雰囲気。

 上質なシャツとズボンを身に纏い、尻尾をユラユラと揺らしている。

 全身から茶色のフワフワの毛が生えており、尻尾と両目も同じく茶色。

 立派な髭が綺麗に整えられており、時々癖のように触っては手入れをしている。

 小さい頃はその全身のフワフワな毛に顔や体をうずめて、一緒に昼寝などしていたのはいい思い出だ。

「義父さん、問題ないし順調だよ。必要なものは大体仕舞い終えているしね」

「そうか、それならいい。しかし、あんなに小さかったシャルルがなあ……」

「俺もう二十七だよ?むしろ、独り立ちするのが遅いくらいだと思うけど」

「そう言うな。親にとってみれば、子供は何歳になっても可愛くて心配になるものだ。キリアなんて俺以上にソワソワしているぞ」

 俺はその様子が容易に想像できてしまい、思わず笑ってしまう。

 キリアさんも義父さんと同じく妖精であり、死を司る存在――首なし騎士デュラハンである女性。

 俺にとって、育ての母といっていい存在。

 そして、義父さんの昔からの友人であり、義父さんと同じようにこの世界で永く生きている古き妖精の一人だ。

 俺がこの妖精たちの国、ティル・ナ・ノーグで生活していく中で、母親のようになにかと気にかけてくれた。

 また、中二病が再発症した時に、嬉々として俺を鍛えようと張り切っていた内の一人でもある。

 旅に出ることを告げると大層心配してくれたが、本当の両親のことをもっと知りたいという俺の気持ちを尊重してくれて、笑顔で俺の旅を応援してくれた。

 その分、今日までの鍛練の量と質が今までとは比べ物にならないほど厳しいものになったが。

 義父さんと会話をしながら進めていた旅支度が終わり、あとは明日を無事に向かえるだけ。

 義父さんやキリアさん、それに他の妖精たちが色々と餞別せんべつをくれたので、全部仕舞い終わるのが旅に出る予定の前日までかかってしまった。

「では、皆のところに向かうとしよう」

「了解」

 今日は俺の旅立ちと健康を祈って皆が宴を開いてくれる。

 ティル・ナ・ノーグに住む全ての妖精たちが一堂に集まり、盛大に飲めや歌えやと大騒ぎをするのだ。

 俺と義父さんが宴の場にたどり着くと、そこには既にできあがっている妖精や、美味しい料理を黙々と堪能している妖精、魔法などについて話している妖精たちがいた。

「おお!今日の主役の到着だ!」

「ついこの間まで可愛い坊やだったのに。立派になったわね」

 優雅な動きで俺を歓迎するように両腕を広げたのは、上質な貴族服を身に纏い、背に蝶の羽を生やしたロングヘアーの茶髪に緑の目の男性。

 同じく優雅な動きとともに優しく微笑みかけてくれたのは、上質な緑のドレスを身に纏い、背に半透明の四枚の羽を生やした、金髪碧眼の腰まであるロングヘアーの妙齢な女性。

 この二人こそ、妖精の国ティル・ナ・ノーグを治める支配者である、妖精王オベロンと妖精女王ティターニア。

 俺にとって叔父と叔母のような関係の妖精であり、小さい時からなにかと可愛がってもらっていた。

 二人は俺に近づいて、左右から挟むように抱き締めてくれる。

「お二人とも、お久しぶりです」

 俺はそれぞれの腕で二人を抱き返し、二人に親しみを込めて挨拶をした。

「シャルルがいなくなると思うと寂しいが、男が決めた道だ。十分に外の世界を楽しんでくるといい」

「辛くなったり寂しくなったりしたら、いつでも戻ってきなさい。どんな時でも私たちはあなたの味方よ。それだけは忘れないように」

「……はい、ありがとうございます」

 二人は俺から離れ、妖精たちの方に向き直る。

「それでは、宴を始めよう!」

「皆で楽しみ、涙ではなく笑顔でシャルルを見送るわよ!」

 二人の宣言に全ての妖精が大きな声で応え、陽気な音楽や躍りが始まる。

 二人は宴の場の真ん中に移動し、妖精たちとともに宴を楽しみだす。

 そんな二人と入れ違いで、一人の女性が俺と義父さんに近寄ってきた。

「シャルル、準備は終わったの?」

「はい、なんとか終わりました。キリアさん」

 銀髪金眼の、海外モデルさんのような八頭身のショートカットの美女。

 義父さんと同じく上質なシャツとズボンを身に纏い、一見すると普通の人間の女性に見える。

 キリアさんや他のデュラハンさんたちに言わせれば、いつも首を抱えているのは疲れる、だそうだ。

 なので、最近は首を抱えることの方が少ないと俺が子供の頃に言っていた。

 豪華で美味しい料理を食べ、果実ジュースや果実酒を飲みながら、二十七年分の様々な思い出を時間が許す限り家族として笑顔で語り合っていく。

「シャルル、あなたの家は此処よ。時々でもいいから帰ってきてね」

「ゆっくりと世界を巡ってくるといい。もしかしたら、シャルルと同族の者に出会えるかもしれない」

「同族に関しては、義父さんの言う通りゆっくりと探すよ」

「それでいい。焦ってもいいことなど一つもないからな」

 俺の本当の両親については、七歳の頃にオベロンさんとティターニアさんに頼み込んで教えてもらった。

 その際に父が残した記憶の結晶を受け取り、父と母の残した思いを知った。

 そして、父と母を殺した存在のことも。

 今回の旅はその存在を探すことも目的の一つだ。

 探し出してどうするかはまだ決めてはいない。

 だが、少なくとも穏便に終わらないのは確かだ。

 俺は、自由を尊ぶ風の妖精のシルフである父アイアスと、この世界では精霊や妖精に近い存在に分類される妖怪の猫魈ねこしょうである母ニーナから産まれた、この世界でも珍しい特殊なハーフだ。

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