第十六話
「シスター・レリア、それにクレイにビトール。三人とも久しぶりだな。そして、初めましてだシャルル。私がベズビオを治めている領主、ベズビオ男爵家当主エルバス・ベズビオだ」
ベズビオを治めている領主の執務室、領主の椅子に座っている茶色の髪と目のがっしりとした筋肉質な体型の、灰色のスーツに黒のロングジャケットを身に纏うショートヘアの優しそうなおじさまが優しく微笑みながら、机の前に立っている俺に向かって右手を差しだす。
笑みを浮かべて友好的に手を差し出しているが、その一方で俺を見る目からは興味や警戒といった感情を感じた。
不快にさせないように顔に笑みという仮面を貼り付け、相手を静かに観察してどういった人なのかを情報収集する。
この人が一つの町を治めている貴族家の当主かと考えていると、シスター・レリアが早く握手に応えてくださいと咳払いをした。
俺は前に出て机との距離を詰め、差し出されたエルバスさんの手を右手で握り、頭を下げて自己紹介する。
「初めまして、ベズビオ男爵様。私の名はシャルルと申します」
「よろしくな」
手短に握手と自己紹介を終わらせた俺は、シスター・レリアの後ろに控えるような位置まで下がった。
俺は今回の件の関係者ではあるが、あくまでもベズビオを訪れた部外者でしかないのだ。
ベズビオを守るためにエルバスさんと話すのは、ベズビオで生きるシスター・レリアたちでなければならない。
それをシスター・レリアだけでなくクレイさんとビトールさんも分かっているので、俺が三人よりも一歩引いた場所に下がったことになにも言わずにいる。
「ゾラン。四人にお茶の用意を」
「エルバス様。私が先にお話を聞かせていただいた際に、皆様お茶とクッキーをお召し上がりになっております」
「では、これ以上は不要か。このまま話に移ろうと思うがよろしいかな?シスター・レリア」
エルバスさんがシスター・レリアに視線を向けてそう言うと、シスター・レリアは真剣な表情で口を開く。
「構いません」
シスター・レリアがそう返すと、エルバスさんは笑みを消して真剣な表情に変わる。
「繰り返しになって悪いが、ゾランに語った話をもう一度始めから聞かせてくれ」
「分かりました」
シスター・レリアは応接室でゾランさんに語った内容を、そのままもう一度エルバスさんに語っていく。
エルバスさんは一つの情報も聞き逃さないよう、語られていく話を真剣に聞いていた。
「なるほど……」
話を聞き終えたエルバスさんは左手を顎に当てて、情報を整理するために思考の海に潜っていく。
そんなエルバスさんだが、一つ気になったことがあった。
俺が癒しの仙術でクレイさんや教会で苦しんでいた人たちを解呪したという情報に、ゾランさんと同じく強く反応を示したのだ。
ゾランさんのように鋭い視線を送られはしなかったが、強い感情が秘められた目でチラリと見られた。
二人が示した強い反応から考えるに、身内に病気に苦しんでいる人がいるのは確実。
もしかしたら、その身内の人は根治が難しい病気か、このファンタジー世界特有の力である魔力関係で苦しんでいるのかもしれないな。
そして、それを癒しの仙術で治すことができるかもしれないと、エルバスさんとゾランさんは希望を抱いたのだろう。
だが癒しの仙術も万能ではなく、どんな怪我や病気も治せる訳ではないので、頼まれたとしても治せますと断言することはできない。
その身内の人を治そうとするのならば、クレイさんの時と同じくその人がどういう状態なのか情報を集め、そこからどう治すのか対策を考えてからでないと無理だ。
しかし、これをベズビオ男爵家協力のための後押しにすることはできる。
領地に関わることである以上協力を断られる可能性は低く、酸いも甘いも経験している貴族であるのならば、シスター・レリアたちが信頼しているエルバスさんならば、ベズビオ男爵家にもメリットがあることを示せばより大きな協力を得られる可能性は高い。
俺が色々と考えていると、エルバスさんが思考の海から戻ってきた。
エルバスさんは顎に当てていた左手を下ろして膝に乗せ、ベズビオを治める領主、ベズビオ男爵家当主として真剣な表情で口を開く。
「シスター・レリア。見落としているかもしれない人たちの捜索、ベズビオ男爵家も快く協力しよう」
「ありがとうございます」
シスター・レリアが感謝を示して頭を下げ、それに合わせて俺たち三人も頭を下げて感謝を示した。
ベズビオ男爵家当主のエルバスさんの口から、この問題に対してベズビオ男爵家として快く協力するという言質が貰えたことに、心の中で安堵の息を零す。
それは俺だけでなくシスター・レリアたちも同じで、三人とも安堵の表情を浮かべている。
領主の協力が得られれば、見落としているかもしれない人たちはすぐにでも見つけることができるだろう。
協力を得られてほっと胸を撫で下ろす俺たち四人。そんな俺たちに、エルバスさんが真剣な表情のまま言葉を続けた。
「一つ聞きたい。見落としているかもしれない人たちの解呪については、シャルルの回復魔法でなければいけないのか?」
エルバスさんの問いかけに対して、シスター・レリアが俺と視線を交わしてから答える。
「シャルルさんの回復魔法は一般的な回復魔法と違い、呪いに対しても強く効果を発揮します。私たち教会としては、今から別の解呪方法を探るよりも、効果を発揮すると分かっているシャルルさんの回復魔法に頼った方が確実かと」
「そうか……。シャルルに聞きたいことがある」
エルバスさんが鋭い視線で俺を見る。
その鋭い視線を受けて、エルバスさんとゾランさんが気にする身内に関する話かと考え、どんな話をするのかとしっかりと目を合わせて話を聞く。
「聞きたいこととはなんでしょうか」
「シャルルの特殊な回復魔法は、治すのが難しい病気にも効果を発揮するのか知りたい」
「治すのが難しい病気にもですか……。なにも情報がない今の段階では、できるともできないとも断言することはできません。失礼なのは承知していますが、これが今の正直な考えです」
俺の答えに焦り過ぎたと感じたのか、エルバスさんは少しばつが悪そうな顔をする。
エルバスさんはゆっくりと一呼吸して間を置き、焦りそうになる気持ちを抑えて冷静に、なぜそんなことを俺に聞いたのかを教えてくれた。
ベズビオ男爵家の当主であるエルバスさんには、男一人と女二人の三人の子供たちがいる。
長男は二十二歳、長女は二十歳と二人の子供は成人年齢の十五歳を超えており、ベズビオ男爵家の一員として領地経営に関わっていて、二人の兄妹仲も非常に良好。
そして、三人目である次女は長男長女とは歳が離れた十歳の幼い子供。
この十歳の次女なのだが、魔力量が豊富で肉体的な問題がないのにも関わらず、生まれつき体が弱く魔法が上手く発動しないとのこと。
ベズビオの薬師たちや教会の回復魔法の使い手たち、ベズビオ外の薬師や回復魔法の使い手など様々な人に見てもらったのだが、次女がどうして体が弱く魔法が上手く発動できないのか分からない。
最終的になにかしらの病気ではないかと診察した人たちは結論を出し、次女には運動などを控えさせ、ただ静かで穏やかに生活してもらうのがいいと進言した。
幸いといってはいけないが、次女は今日まで大きな病気や怪我はなく、体調を崩しても軽い風邪までで死にかけることはなかったそうだ。
だが今までは運がよかっただけであり、この先どうなるのかは分からない。
そういった不安を抱えている時に現れたのが、呪いに対しても強く効果を発揮する特殊な回復魔法を使うという男。
次女の病気が治るかもしれないとなれば、エルバスさんとゾランさんが前のめりになってしまうのも仕方ないといえるだろう。
腹を割って次女のことを話したエルバスさんは、真剣な表情で俺の目をしっかりと見て言う。
「シャルルに頼みがある。治せる治せないは別にして、一度病気に苦しむ私の娘を診察してくれないだろうか」
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