16.魔王の試練

「くっそ、エルダースライムのやつ人使いが荒すぎる……」



 俺は疲れた目を軽くマッサージしながらぼやく。四天王選抜試験の参加者全員を鑑定し、旧魔王派がいないかを調べさせられたのだ。

 幸いにも該当者はいなかったが短時間でスキルを使いすぎたため疲労がやばい。



「大丈夫ですか? アルトさん。私にできる事なら何でもしますからね!!」

「はい、今ので元気が出ました。サティさんはやっぱり銀髪の方が似合いますね」



 俺を気遣ってくれるサティさんの言葉で疲れが吹き飛んだぜ。そんな彼女は今は変装を解いて、綺麗な銀髪に、魔王としての正装である漆黒のローブを着こんでいる。

 てか、今なんでもって言ったよね、何でもって何でもなのかな?



「えへへ、ありがとうございます。私もやはりこっちの方が本当の姿って感じで楽なんですよ」



 満面の笑みでガッツポーズをすると、彼女の大きい胸が軽く上下に揺れる。本当の姿か……いや、確かにこっちの方が見慣れているけど……

 などと思っていると凄まじい圧力を感じ、恐る恐る視線をやると不自然なまでに優しい笑顔を浮かべているサティさんと目が合った。



「アルトさん、何か言いたそうですね? 何でも聞きますよ」

「いや、何でもないですぅぅぅぅ。でも、俺達だけ別行動で奇襲って責任重大ですよね」

「そうですね……試練の間には魔王の血を引いたものしか入れません。今頃他の方々はファングと戦っているでしょう。裏から奇襲して、リリス叔母様を助け出すのは私達にしかできませんから責任重大ですね」



 エルダースライムいわく魔王の穴には試験を受ける魔王が通るルートと従者たちが迎えに行くルートの二つがあるらしい。

 魔王であるサティさんをファングはさらったと勘違いをしているのだ。俺達が行く魔王ルートから侵入してくるとは夢にも思わないだろう。



「この作戦、私は絶対成功すると思っていますよ。だって、エルダーが作戦を考えてくれて、他の方々も協力してくれて……アルトさんが傍にいてくれているんですから」

「そうですね……リリスさんを絶対救いましょうね!!」



 魔王城の地下へとつながる階段を通るとどこか禍々しい雰囲気のある空間が広がっていた。ただ歩いているだけで体が重くなるようなそんな感覚。



「アルトさん、大丈夫ですか? もし、気分が悪いようであれば私一人で……」

「サティさん、それは無しですよ。二人で頑張ろうって話したじゃないですか……」

「もう……この人は本当に……」



 凄まじい圧力の中でも涼しい顔をしていたサティさんだったが、俺の言葉を聞くと目を見開いて顔を真っ赤にする。そして、強く手をにぎりしめてくれた。



 これは、俺も頑張らなきゃ男じゃねえ!! 



 俺は自分に気合をいれる。そうして、しばらく歩くと何かの骨で作られた禍々しい扉が目に入った。すさまじい魔力を放っているという事が俺でもわかる。

 


「何というか不気味ですね……」

「はい、凄まじい魔力です……話には聞いていましたが、扉だけでここまでとは……」



 思わず触れるのを躊躇していた俺達だったが、遠くから聞こえる爆発音や、叫び声が響いてきた。皆戦ってくれているのだろう。

 それを聞いてサティさんの覚悟も決まったのだろう。頷いて扉にてをかける。すると不気味な悲鳴と共に更に魔力を放つ。

 いや、まて、試練に魔力は通ってなかったんじゃ……嫌な予感がした俺は鑑定スキルを使う。 


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名前:試験の扉 

効果:初代魔王が数いる後継者から魔王にふさわしいものを見極めるためにつくられた。魔王の資格があるものとその従者しか入れず、資格のあるものにもっとも辛い状況を幻影にして作り出す。



備考:残留思念として、歴代魔王の意志がさまよっている……はずなのだが、ルシファーだけいないんだけど、なんで? え、勇者の谷間に漂っている? は、何言ってんの?

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 扉の魔力によって吸い込まれた俺が目を開くとそこにはただ闇が広がっていた。何も見えないただの闇。隣に誰かがいてもわからないくらいの圧倒的な闇だ。



「ここは……? サティさん、大丈夫ですか?」

「はい、これは……魔王の試練が始まってしまったようですね」



 その言葉と共に俺の手を握っているサティさんに手がぎゅっと強く締められる。その感触と温もりに見えないけれど確かに彼女はいるのだと安心する。



『やあやあ、まさかここに魔王と人間で来る奴がいるとはねぇ、時代が変わったって言う事かな?』



 軽薄な声と共に青白い炎が灯る。そして、それを皮切りに6つほど同じような炎が灯った。



「この数……本当にここには魔王の魂が眠っているんですね……いや、一人分足りない?」

『あはは、惜しい、惜しい。これは魂じゃなくて残留思念だよ。足りないのは……あいつすごいよねぇ……誰かに召喚されたと思ったら、そのまま帰ってこないんだ。よっぽど夢中になれるものがあったんだろう。まあ、それはあんまり気にしなくていいんじゃないかな? だって……』



 青白い炎が言葉を区切ると一瞬で雰囲気が変わる。たぶんいない一人はルシファーさんだろう。アリシアの胸元のペンダントにいるしな……



『試練には関係ないし、失敗したら君は壊れるんだ。そんなことを考えている場合じゃないと思うよ』

「私が壊れる……ですか?」

「大丈夫です、そんなことは絶対させませんよ」



 困惑しているサティさんの手を俺は握りしめる。これから何がおきるか、わからないし、俺に何ができるかなんてわからない。だけど、あなたのそばには俺がいるんだ。それだけでもわかってもらうために。



『それでは以下の質問をする。魔王は強力な存在だ。ゆえにぶれてしまってはいけない。君の夢の可能性と犠牲を知ったうえでの反応を見せてもらおう……魔王としての願いに抱かれて死ぬか、打ち勝ち自分の理想を抱き続けることができるか……見せてもらうよ!! 君の願いは……え?? 全員にパッドがばれないことか、己の掲げている夢が正しいか? なんで同じレベルの願いなんだよぉぉぉぉぉ? くっそ、絶対パッドの方がおもしろいやつじゃん……くっそ見たいけど、魔王的にはこっちだよねぇぇ』



 その一言共に、あたりの闇が晴れて景色が変わる。周りには木々が覆い茂っている。



「ここは……森か?」

「それも私達魔物の領地の様ですね……彼らは、かつてこの地にいたフェンリルという獣人族です」



 彼らの集落なのだろう。美しい純白の毛並みをした狼型の獣人が、平和に暮らしているようだ。幼い獣人が母親らしき獣人に自分で作ったらしき花冠を渡している。それは確かに不格好だけど、気持ちが込められているのがわかる品物だった。



『お母様、お誕生日おめでとう!!』

『ありがとう、ファング。あなたは本当に手先が器用ね、将来は職人さんになったらどうかしら?」

『えへへ、そうしたらお母さんに色々と作ってあげるね』



 これを見せて……何を……? 疑問に思った直後だった。軽薄な声が響く。



『だけど、その願いが叶う事はなかった。彼らの村はその美しい毛皮欲しさに襲われるんだ』



 あたりの景色がまた一変する。月明かりの中先ほどの村に火が放たれて、家が燃えている。悲鳴があたりを支配する。

 襲われているのは獣人で……襲っているのは人間だった。



「これは……」

『君が産まれるより前の話だけどね、確かにあった現実だよ』



 サティさんの言葉に軽薄な声が答える。そして、それからも虐殺は続いていく。そして、人間が去り、廃墟と化した場所に一匹の獣人が帰ってきた。

 彼の手には籠が握られており、その中には花などがたくさん入っていた。他の街で買い物をしていたのだろう。そのおかげで命は助かったようだが……



『なんで……みんなが……母さんが……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』



 彼以外いない廃墟で叫び声が響く。それに答えるものは誰もいなかった。しばらく、して声が聞こえなくなり、顔を上げた彼の目には深い憎悪の感情があった。



『強くなってやる……そして、俺の力で必ず人間どもを……』



 その一言を最後に再び景色が変わり闇に包まれる。



『君の理想とする優しい世界で彼はどう生きるのだろうね? 魔物には人間と比べて寿命が長い種族もいる。彼らにとっては自分が実際味わった経験だ。過去だから流せるもんじゃないぜ。まあいいや、次に行こうか』



 俺達が何か反論をする前に再び景色が変わる。今度は教会だろうか? 人間の修道女や神父たちが歩き回っている。なんかジャンヌを思い出すな。



『あまり昔のことだと実感がわきにくいと思ってね。今度はわりかし最近にしてみたよ。今回の主役は人間だからそっちの人間も感情移入できるんじゃないかな?」



 そして、一人の人間に焦点が当たる。立場の高い人間なのだろう。高そうな法衣を着た青年とシスター服を着た女性が傷ついた小柄のゴブリンを前に何かを言い争っていた。



『なんで魔物まで癒すんだ? 君の聖女としての力はこんなことに使うものじゃないだろう?』

『ピエール……確かに魔物ですが、この子はまだ子供ですよ。弱っているものを放っておくのは神の教えに反しますわ』

『まったくお人よしすぎるよ……』

『でも、そう言うところはあなたは好きなんでしょう?』


 少女の言葉に青年は顔を赤らめる。それはまるで恋愛物語のような1シーンだった。だけど俺の中で嫌な予感が膨れる。

 さっきの光景からして彼らも……



『素晴らしい慈愛の精神だよねぇ、君たちとこの子は話が合ったかもねぇ。生きていたらだけど……ろくな知能もない魔物に優しくしても無駄なのにね……こいつらは本能でしか動かないからね』



 再び場面が変わる。そこは可愛らしいピンクと清貧を表す白色が入り交じった部屋だった。だけど、今はそこに異物があった。咀嚼音が響き、白を赤が穢していた。

 そう、ゴブリンが喰らっている何かから舞い散る血のせいで辺りが真っ赤に染まっていく。



『アステシア……そんな……お前……彼女に助けられながらなんで……』

『??』



 青年は血まみれになって治療をしていたゴブリンに喰われている聖女を見て絶叫する。そして、すぐさまきょとんとした顔のゴブリンを神聖魔術で殺す。

 慌てて聖女を治療するが彼女が目を覚ますことはなかった。



『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』



 青年の絶叫が部屋にこだまする。そして、再び視界が闇へと戻る。




『そして、彼は魔物を憎み、純潔派という派閥のリーダーとなり、権力を得て戦争になった時のために準備をする。世界中から強力な力を持つ少女を探してね……だけど、勇者と魔王が和平を望んでいるとの一言で目的を失ってしまった。そんな彼が行ったことを人間君は知っているんじゃないかな?』

「これは……パレードの時にこんなことがあったんですか?」



 今度はジャンヌが攫われて、純潔派と四天王の戦い、そして、デスリッチとジャンヌの問答が俺達の目の前で流された。

 サティさんが信じられないとばかりに声を震わすのが聞こえる。当たり前だ。彼女が傷つくとわかっていたから、エルダースライムと俺達は秘密裏に処理をしたのだから……



『これがキミの理想の結果だよ。サティ=エスターク。魔王という絶対権力者が作った歪み。君のそれは、絶対的な安全地帯で、戦争はいけませんよっていっているようなものさ。世界は……魔物と人間はお互いにこんなにも憎しみあっている。彼らの声に耳を傾けてみなよ』

『ああ、人間が憎い……家族を殺した人間が憎い……』

『なぜ、人を食ってはいけないのだ?』

『化け物共と相容れるはずがないだろうが!! あっちはその気になればすぐにこっちを殺せるんだぞ』

「私は……私の理想は……」



 周囲から溢れ出す怨嗟の声に震えるサティさんの手を握り俺は心の限り叫ぶ。こいつ何を言ってやがる? サティさんがどれだけ頑張っているかも知らないのに……



「それは違いますよ!! 俺は知っているサティさんがどれだけ頑張ってきたかを……人間を知るためにどれだけ頑張っていたかを!! そして、救われた人もいたってことを!!」



 怨嗟の声を吹き飛ばし俺の声が上書きをする。こいつらにサティさんの事を教えてやるよ!!

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