14.

エルダースライムに連れられて、俺は彼女の私室へと来ていた。四天王という権力者でありながら作業用の机とテーブル、本棚と意外なほどシンプルだが、一目で高価だとわかる家具たちに彼女の性格が表れている気がする。

 そして、そこには先客がいた。



「サティさん!!」

「アルトさん、リリス叔母様が私の代わりに……」

「サティ落ち着いてください。アルトさん彼女の手を握ってあげてくれますか? 少しは落ち着くはずです。私は話をする前にやることがあるので……」



 サティさんは鑑定を使わなくてもわかるくらい動揺していた。心優しい彼女はリリスさんが自分の代わりにさらわれたというのが辛いのだろう。

 俺で力になれるかわからないけど、ここはエルダースライムのアドバイスに大人しく従って震える彼女の手を握りしめる。一瞬びくっとしたサティさんだがすぐに握り返してくれた。



「サティさん、落ち着いてください。エルダースライムがわざわざ俺達二人を呼んだって事は何か策があるはずです。だよな?」

「流石ですね、アルトさん……これで盗み聞きをされることは無いでしょう」



 エルダースライムが体の一部を薄い膜して壁を覆う。確かにこれなら防音効果が期待できるだろう。俺はサティさんの手を握り続けながらエルダースライムと向き合う。



「結論から言いましょう。リリス様は無事です。そして、彼女を攫ったのは旧四天王『獣聖ファング』という獣人です。彼は人類との共存に反対していましたが、まさかこんなことをするとは……」

「旧四天王か……いったいどういうやつなんだ?」

「私も一度子供の頃に父と一緒に会っただけなので詳しくは……」



 旧四天王か……デスリッチたちが戦った相手だ。エルダースライムや、リリスさんが俺たち人間に好意的だが忘れていたが、彼らはかつて人間と戦争をしていたのだ。サティさんの考えに反対をするのもおかしな話ではない。



「彼はひたすら力を求めるタイプでした、魔王軍に入ったのも強い奴と戦いたいからという理由でしたから……人間との共存で平和にはなるのは耐えがたかったんでしょうね……今まではリリス様が押さえつけていたのですが、彼女が留守の間に行動をおこしたのでしょう……」

「リリスさんが魔王城に来て監視が無くなったから行動をしたって事か……」

「そんな……旧魔王派の人たちも納得してくれたと思っていたのに……」



 サティさんが辛そうにつぶやく。リーダーが賛成したからと言って末端までが納得はしていないということだろう。

 少し前の純潔派がいい例だ。教会や国王は魔王と共存を考えていたが彼らは魔物と戦う事を選んだ。人も魔物も一枚岩ではない。全員が納得することは難しいという事だろう。



「でも、なんでエルダースライムはリリスさんが無事だってわかるんだ? ファングは好戦的なんだろ。偽物だって気づいて怒ってリリスさんに危害を加えている可能性だって……」

「ご安心を私が……いえ、私の分体がちゃんと状況を見てますからね。それにファングはリリス様に惚れてましたから。彼女が変身を解けば変な事はしないでしょう」



 彼女は得意げにサティさんの胸を指さす。そうか、リリスさんはスライムパッドをしていた。そこ経由で情報を得ているのか!! すごいぞ、スライムパッド!!



「パッドが役に立つなんて、なんか複雑ですね……でも、リリス叔母様が無事でよかったです。それで……ファングはどこにいるのかわかりますか?」

「サティさん……まさか……」

「はい、私が助けに行こうと思います。元はと言えば私の代わりにさらわれたのですし……それにファングたちの反乱を防げなかったのも魔王である私に責任がありますから」



 サティさんは俺の言葉にうなづく。その顔は先ほどまでの動揺していたものと違い、何とも頼もしい。これが魔王としての顔なのだろう。民を守る王の顔だ。

 だけど、俺は握っている彼女の手がわずかに震えているのを知っている。だったら俺がやることは一つだ。



「サティさん……だったら俺も付き合いますよ。姿隠しのローブもありますし、鑑定スキルも役に立つと色々と思います」

「でも、アルトさん……」

「俺はサティさんを支えたいんです。ダメでしょうか?」



 嬉しいような、だけど、申し訳ないような表情のサティさんをまっすぐと見つめる。俺の気持ちが伝わるように。俺がどれだけ彼女の力になりたいか通じるように。

 しばらく考え込んでいた彼女だったが、ふっと微笑んだ。



「ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせてもらいます。それで……リリス叔母さまはどこにいるのでしょうか?」

「はい……魔王の穴に潜んでいるようなんです……」

「よりによってあそこですか……」



 サティさんの言葉にエルダースライムは言いにくそうに答えた。そして、サティさんも顔をしかめている。

 一体どんなところなのだろう。俺の表情で察したのかサティさんが説明してくれる。



「魔王の穴……それは魔王城の裏口から通じる魔王継承の試験を行う場所です。父が危険なのでその試練は廃止したのですが……」

「はい、そうですね。試練はとても厳しく中には発狂したものもいたようですから……今は魔力を通していないので、仮に入っても試練は始まらないのでご安心ください」



 その言葉にサティさんの表情が安らぐ。魔王継承の試練か……二人の表情からして相当やばいんだろうな。



「でも、居場所がわかっているなら楽勝ですね。旧四天王とはいえ、サティさんや四天王がいればさすがに負ける事はないだろうし……」

「いえ……今回私達四天王は戦いには参加できないのです。旧魔王派は外見ではわかりませんからね。ファングに居場所が分かっていることを悟られ、逃げられるわけにはいかないので……その代わり、四天王選抜試験の参加者の力を借りて、二か所から奇襲をかけようと思います。そしてこの奇襲にはサティだけではなくアルトさんの協力も不可欠なのです。力を貸してもらえますか?」

「俺でできる事ならなんでもやるよ」

 


 もちろん、俺に断る理由はない。それにエルダースライム達の力を借りられないのはきついが、アリシアやデスリッチがいるならばなんとかなるだろう。

 そして、俺達はエルダースライムから作戦を教えてもらう。

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