21.ジャンヌ
翌朝ノックの音がしたので扉を開けるとどこか不安そうな顔のデスリッチと、エルダースライムが立っていた。
「朝からどうしたんだ?」
「ちょっとお話がありまして……今大丈夫でしょうか」
「あ、別に構わないけど……」
『ジャンヌが帰ってきていないそうなんだ? 貴様はどこで別れたのだ?』
「は?」
予想外の言葉に俺は思わず聞き返した。
私は今、命の恩人とも言える壮年の男性とテーブル越しに向かい合っていた。彼は純潔派という教会の派閥の人間で本来ここにはいるような人間ではなかった。
魔王城に何をしに来たのだろうか? 少し警戒しながら挨拶をかわす。
「お久しぶりですね、ピエール様。こんなところでお会いするとは思いませんでした」
「ああ、私もだよ、ジャンヌ。これも神のお導きかもしれないな」
アルトさんと食事を終えた後、魔王城へ帰りがてら街並みを楽しみながら眺めていたら彼らに偶然会ってしまったのだ。
そして、強くついてこいと言われた事もあり。彼らの拠点としている町はずれの教会で水をごちそうになっているというわけである。
彼の事は命の恩人とはいえ昔から苦手だった。彼らは私を道具のようにしか見ていないのがわかっているからだ。だが、腕輪の制御をしているのは彼等であり、逆らう事は出来ない。
緊張した喉を滑らかにするために水に口をつける。
「尊敬すべきピエール様にお会いできたことを神に感謝します」
私は彼の言葉にいつものように作った笑みを浮かべる。スキルのおかげか、肩書のおかげか、私の笑みは見たものに安心感を感じさせるらしい。
だからいつもこの笑みを浮かべていろと目の前の男……ピエールを筆頭とする純潔派に教育されてからすっかりと癖になってしまっている。
「聖女らしく神の教えは守っているかね? 勇者パーティーの活動も一通り落ち着いたようだし、今まで通り教会のためにその力を遣ってくれると嬉しい」
「はい、もちろんです。私が力を得た理由はみんなが平和に生きるためですから」
私が彼が好むような返事を変えると満足そうにうなづいた。彼らは私が何を考えているかなどどうでもいいのだ。だけど、私には彼らに救われたという恩がある。
ああ、早く終わらせてオベロン様に会いたいなぁと思っているとピエール様が再び口を開く。
「それで……ジャンヌは何用でこんなところまで来たのかな? 君は孤児院の訪問や、要人の治療で忙しいと思うのだが」
「それは……」
何と答えようか悩む。ジルには人質になったように思わせたが、ここで私の顔を知っている人物と再会するとは予想外だった。
私がとりあえず言い訳をと口を開こうとした時だった。急な眠気が襲う。一体何が……まさか、薬を盛られていたのか? 私が眠気にあらがっているとドタドタと数人の人間が入ってくる足音が聞こえ、ピエールが吐き捨てるように言った。
「ふん、アンデッドのような汚らわしき存在と腕を組んでいた貴様が聖女なものか。化け物に穢されよって……貴様はもはや聖女ではない。魔女だ」
「ピエール様この女が入る棺桶を作ればいいのですね」
「ああ、この女に触れることはできない。だから触れずに運べる棺桶を作れ。まあ、ちょうど腕輪の力も限界だった。今回の作戦にはこいつを使うとしよう。だから私はこいつを勇者パーティーに入れるのは反対だったのだ。ホーリークロスが余計な事を言ったばかりにこいつは余計な知識と外の世界を知ってしまい魔女に堕ちてしまったのだ」
私の意識はどんどんと薄れていく。そんな中私ははじめて力に目覚めた時のことを思いだしていた。
5歳の時まで私は普通の少女だった。いや、普通というのは嘘だ。私の先祖はかつて魔王と戦った勇者と聖女であり、その血筋のおかげか、強力な力を持っていた。
私も幼いながらも、聖魔術を使え、将来が楽しみだねと両親に期待されていたものだ。そんな私の世界が変わったのは叔父のホーリークロスと彼の友人のエロスという銀髪の男性とお出かけをした時の話だった。
「ほら、ジャンヌ、あんまり離れたら危ないぞ」
「だって、お母さんもお父さんも中々外出を許可してくれないんだもの、こんな時くらい我儘を言ってもいいでしょう?」
「二人ともジャンヌの事が心配なんだよ。君はまだどんな力に目覚めるかわからないからね。もしかしたら勇者に目覚めるかもしれない。そんな子を誘拐しようっていう悪いやつだっているんだ。」
「えー、私は勇者より、魔術師がいいな。モナちゃんと一緒に魔術を習ってオベロン様みたいになるのー!!」
久々の外出についはしゃいでいると叔父さんはやれやれとばかりに肩を竦める。そんな彼に、エロスさんが苦笑しながらたしなめる。
「まあまあ、子供は元気が一番だよ。私の娘のサティも放っておくとどこかいってしまって大変なんだ。でも、過保護になりすぎても退屈してしまうだろう。だから、こういう時くらいは騒いでもゆるしてあげた方が良いよ」
「わーい、エロスさん優しいから大好き!!」
「ありがとう、君がもっと大人になって巨乳になったらもう一度言ってくれるかな?」
「人の従妹に何を言っているんだ……?」
そんな風に二人と話している時だった。誰かの悲鳴と共に馬車がこちらに向かってきたのだ。馬が暴れているのか、御者が大声で叫ぶ。
「お嬢ちゃんあぶない!!」
「え?」
どんどんせまってくる馬車に私は動けずどんどん近づいてくるのを見る事しかできなかった。いやだ、こわいよ……身の危険を感じた私は体を強張らせることしかできなかった。
痛い思いをするのかな……? そんなのいやだ!!
「いやぁぁぁぁぁ!!」
恐怖のあまり大声で叫んだ私は痛みに備えていたが、一向にやってこない。
不思議に思って目を開けた私の目に入ったのは弾き飛ばされて倒れている馬車と……壁にたたきつけられているシルバークロスおじさんだった。叔父さんの腕はいつもとは反対に曲がっていて頭からは血を流していた。そして、エロスさんは不思議な真っ黒い何かを出して、馬車とおじさんをつつんでいた。
今ならわかるが暴走した私の力によって、馬車と私を庇おうとしたホーリークロスおじさんを吹き飛ばしてしまったのだろう。そして、エロスさんはその衝撃を受け止めてくれていたのだ。
だけど、当時の私はそんな事もわからなかった。
「ねえ、叔父さん、私は何を……」
「ひっ……」
私が一歩近づこうとすると、叔父さんはまるで化け物でも見るような目で私をみた。それと同時に空間が軋むような音がして、それをエロスさんの黒い霧が包む。
なぜかはわからないけれど私の体から不思議な力が現れて、それをエロスさんが抑えているのがわかった。でも、そんな事はどうでもよかった。私は叔父さんにあんな目で見られるのがつらかった……
何なのこの力は……私は自分のうちから出てくる力に恐怖心を抱く。だけど、その力はどんどん強くなるばかりで……結局私が気を失う半日後までその力は暴走していたのだった。
それから一か月ほど私は一人だった。私の力によって誰も近づけないのだ。ホーリークロスおじさんに謝りたいのに謝れない。パパやママとお話をしたいのにできない。
そんな毎日に泣いていた日々が続く。そんな中教会の人が聖女の力を封じるという腕輪を持ってきた。半信半疑だったが私がその腕輪をつけると本当に力は弱まって、誰かに触れることはできないけれど、周りに会話をするくらいの距離ならば近寄れるようになった。
嬉しくて、教会の人に腕輪のお礼を言うと彼はなぜか難しい顔をした。
「ありがとうございます。これでパパやママ、おじさんともお話ができるようになりました。でも、この力はなんなんでしょうか?」
「君の力はね、神様がくれた特別な力なんだ。暴走したときに何か我儘を言わなかったかい?」
「我儘ですか……確かに言いました……」
ああ、そうだ。つい外出できて叔父さんの言う事を無視して走り回ってしまった。私の言葉に彼は合点がいったとばかりにうなづいた。
「きっとそれを見た神様が怒ったのだろう。君は神様に選ばれた特別な人間なんだ。だから、我儘を言ってはいけないよ。また、天罰が下ってしまう」
「そんな……じゃあ、どうすればいいんですか!?」
彼の言葉に私は半泣きになりながら訊ねる。また、力が暴走してしまったらどうしよう……反対側に腕が曲がっていた叔父さんの顔が思い出される。壊れた馬車の下敷きになって苦しんでいる御者と馬の叫び声が思い出される。
「簡単だ。その腕輪を絶対離さない事、そして、ワガママを言わない事、君はその結界の力と聖魔術を神様のために使うんだ。いいね」
「そうすれば、私は誰も傷つけないようになるんですか?」
「ああ、もちろんだ。そして、君の教育は我々教会が請け負おう。腕輪には定期的な調整が必要だしね、そうすれば神様の加護も強くなって、誰かを傷つけたりすることはなくなるはずだ」
「わかりました、私、頑張ります。頑張っていい子になります」
そうして、私は教会で生きることになった。両親は私と離れるのを嫌がっていたけれど……私もさびしかってけど、何よりも傷つけてしまうのが怖かった。結局ホーリークロス叔父さんとは勇者パーティーの一員になるまで会う事はなかった。多分避けられていたのだろう。
そうして、私は教会で力を磨いて聖女となった。自由はあまり無くて寂しかったけど、私のように力を持て余した少女や、身寄りのない少女たちがそこにいて、彼女たちと一緒に生活をし、様々な人を救っていくうちに私は聖女などと呼ばれることになった。
私はただ罪滅ぼしに人を救っているだけなのに……だけど、力で人を傷つけることがなくなったのは良かったと思う。
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いよいよ、明日この作品のコミカライズが発売されます。
よかったら買ってくださると嬉しいですー
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