17.ジャンヌの恋バナ

がやがやとした喧噪の中で人間や魔物が入り混じっている食堂はどこかグレイさんの店を連想させる。そんな中俺はちょっと珍しい料理とお酒を頼んでジャンヌと食事をしていた。



「すごいですね、火トカゲのから揚げだそうですよ。王都では珍味として扱われていますが、こちらではポピュラーな料理みたいですね」

「ああ、そうだな。精霊が浄化した水で作った麦酒は味が全然違うし、のど越しがローグタウンのより全然いいぞ」

「確かにこれは美味ですね。アリシアがいたら喜びそうです。あの子はお酒強くないのによく飲みますからね……どうやら、四天王の一人であるウィンディーネの配下が作ったみたいですよ。ラベルに書いてあります。このマスコットキャラはスライムでしょうか……」

「あいつの部下が作ったのか……変なもん入ってないよな……」



 そして、このスライムはただのスライムじゃない……スライムパッドだ……名前はパッドちゃんというらしい。二匹のスライムが書かれている。

 俺とジャンヌは人間達の街では中々食べれない料理の感想を言い合う。人間用に味付けをしてあるのだろう、かなりうまい。

 ちなみに隣ではオークが、魔猪という魔物の丸焼きの早食い競争をしている。共食いにならないのだろうか?



「それで……ジャンヌはデスリッチの事が本当に好きなのか?」

「はい……私はもうあの人しか目に入りません。もう言わせないでくださいよ。恥ずかしいじゃないですか……」



 そう言うと彼女はかぁーっと顔を真っ赤に染めて、手で覆う。その姿はまさしく恋する乙女だった。だけど、疑問に思った事がある。



「でもさ、あいつとは戦ったことがあるんだろ? その時は封印してアリシアの奴に首を渡してたよな。好きな人だったら、そんなことをしないでそれこそ守ろうとするんじゃないか?」

「そうですね……あの時はオベロン様と知りませんでしたからね……アリシアの手紙で知った時は神様も残酷な試練を私に課すなぁと興奮……じゃなかった苦悶していました」

「ああ、そっすか……」



 どこか恍惚とした笑みを浮かべるジャンヌに俺はなんかまじめに考えるのが馬鹿らしくなった。まあ、恋するきっかけ何て人それぞれだよね。

 俺もサティさんが魔王だって知って、彼女と仲良くなりより好きになったもんな。



「宿敵が実は憧れの人で……好きな作品の作者だったというのはなかなか運命的だと思いませんか? それに私にとってオベロン様は特別な人なんです。あなたは私の先祖である聖女カレンを知ってますか?」

「ああ、そりゃあ勇者カーマインとその仲間の聖女カレン、魔術師オベロンの話はこの国の人間なら誰でも知っているだろ。まあ、流石にオベロンが四天王の一人になっていたとは予想外だったが……」



 しかも原因が一方的な恋をした上に逆恨みで裏切ったというのは、俺の胸に秘めておいた方がいいだろう。あんなんでも、ジャンヌにとっては憧れの人みたいだから……



「そうですね……私にとってもオベロン様が生きていると聞いたのは驚きました。そして、オベロン様はカレンにとって特別な存在だったんですよ」

「ああ、だろうな。一方的なストーカー行為をされて特別嫌っていたんだろ」

「いや、何を言っているんですか……カレンにとってオベロンは弟のような幼馴染で……そして教会という鳥かごから解放し、勇者カーマインと出会わせてくれた恩人なんです。彼が聖女の力を魔王との戦いに使うべきだといってくれたからこそカレンは勇者と共に冒険に出れたのですよ」



 そう言う彼女はどこか興奮した様子で語る。その瞳に映る感情は憧れと羨ましさか……彼女はカレンに憧れているようだ。いや、違うな……自由になったカレンに憧れているのだ。 

 ジャンヌがグレイさんの店に来た時に聖騎士たちはすぐにやってきた。聖騎士は本来教会の警護や、要人を守ったりするのが仕事であり、ローグタウンなんて辺鄙な所に来る存在ではない。つまり聖騎士が守っていた要人というのは……



「ジャンヌは常に聖騎士たちに警護されているのか?」

「はい、私の力はとても強力なものでして教会は手放したくないのでしょう。普段は王族や貴族の治療ばかりやってます。外出と言えば定期的な孤児院の訪問くらいで……楽しみと言えば夜にこっそりとエッチな本を読むくらいしかないんです。例外は勇者パーティーの一員として魔王軍と戦うくらいでしたが……」

「それもサティさんが人間との共存を望んでおり、アリシアも納得しているからなくなったって事か」



 俺の言葉にジャンヌは笑顔でうなづいた。だけどその笑顔はデスリッチといた時とは違いどこか作られたものの様な気がする。



「人と魔物が共存をする事は素晴らしいと思います。まあ、教会の一部の人間は反対をするでしょうが……少なくとも私は賛成です。争いがなくなれば苦しむ人も減りますからね。だけど思ってしまったのです。アリシアが勇者の使命から解放されるなら私だって聖女の使命から少しくらい解放されてもいいんじゃないかって。もちろん、アルトさんやサティさん……そして、オベロン様に迷惑をかけているのは重々承知です。ですが、この一週間は我儘になろうと……自分の気持ちに素直になろうと思ったのです」


 

 そう言う彼女は魔王城の方を見て小さく息を吐く。彼女は今デスリッチの事を考えているのだろう。その横顔は何とも美しかった。



「ジャンヌがデスリッチの事を好きって言うのはわかったよ。でも、ジャンヌが好きなのは物語のオベロンだろ? 現物を見てなんか違うなって思ったりしなかったのか?」



 物語のオベロンと現物のデスリッチはだいぶ違う。もちろんジャンヌが好きな本の主人公とも……だから幻滅していないのかと思ったのだが彼女は首を横に振って、楽しそうに言った。



「ふふ、もちろん、想像した人物とは違いましたね……でも、やはり私はあの人が好きみたいです。嫌がっているようですが、なんだかんだ好き勝手にしている私に付き合ってくれますし……私こんな風にわがままを言ったのは初めてなんですよ。それに……私に触れてくれましたから」



 そう言うと彼女は先ほどまでデスリッチに触れていた腕をまるで愛おしいものの様に撫でる。それを見て思う。ああこの子は本当にデスリッチの事が好きなのだ。

 でも、そうだよな。俺が鑑定スキルでサティさんを見た時だって、実は魔王でパッドという驚きがあった。それでも俺は彼女に惹かれている。それと同じなのだろう。



「俺もあんまりこういうことは得意じゃないけどさ、デスリッチとの恋愛がうまくいくといいな。俺にできることならなんでもサポートするよ」

「ありがとうございます。ですが上手くは行かないでしょうね。私はカレンではありませんから……でも、せめてオベロン様に昔、変な女に好かれたなーくらいでもいいから覚えていて欲しいんです」



 そう言った彼女は何かを諦めているようで……どこか物寂しそうに言った。なんだ? まるで自分はいなくなるみたいな言い方は? そういえばワイバーンに乗る時も長生きできないみたいなことを言っていたな……



「ジャンヌまさか……」

「私の話は終わりです。恋バナですからね、つまらない話をしたらご飯がまずくなっちゃいます。それよりも、アルトさんの話も聞かせてくださいよ」



 彼女は俺の質問を拒絶するように、不自然に作られた微笑みを浮かべて俺に問う。その笑顔がどこか悲しくて、彼女はこれ以上聞かないてくれと訴えているように見えた。



「それでアルトさんはいつサティさんに告白をするのですか?」

「は?」



 ジャンヌの言葉に俺は思わず間の抜けた声を上げてしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る