5.グレイさんの店

「サティさん達が出て行かなくてはいけなくなるって一体どういうことですか?」



 俺とサティさん(胸にはエルダースライム)は急いでクリスさんの店の方へと向かって走っていた。聖女は今は観光をしているらしいので、いまのうちに魔物達に声をかけて万が一の時は魔王城へと避難してもらう準備をするのだ。



「聖女は結界を張ることができるんです。そして、その結界の中では弱い魔物は息絶え、私達も正体を隠すことは難しくなると思います。そうしたら……」

「今まで通り冒険者ギルドの受付嬢は続けれなくなりますね……でも、よく聖女が来たって気づきましたね」

『この前のデスリッチの暗躍から、私の分体がこの街の入り口は見張ってますからね、不審者がこないようにきをつけているんです。だからアルトさんがこの前買った本の内容も知っていますよ。中々良い趣味をしていますね』

「へぇー、どんな本を買ってんですか?」

「あのさ、プライバシーって言葉知ってる? サティさんもくいつかないでください。男には秘密があるんですよ」



 俺はサティさんの胸元から触手を出してきてガッツポーズをしているエルダースライムを見ながら「いや、お前が一番不審者だよ」という言葉を飲み込んだ。

 確かにこれはまずい状況である。しかも最悪な事に、アリシアはモナにブラッディクロスさんと一緒に王都に連れられて行ってしまっている。聖女を説得できる奴がいないんだが……でも、聖女の評判はすこぶるいい、誰にでも優しくまさしく清廉潔白な美少女らしい。ちゃんと話せばわかってもらえないだろうか? サティさん達は人間に害をなす気はないとわかってもらえればいいんだが……

 あ、でもアリシアの仲間なんだよな。思い込みの強いアリシアに、思い込みの強いモナ……だめだ。まだ見ぬ聖女も絶対思い込みが強い気がしてきた……



「よかった……まだみんな無事なようですね。あれは……」

「え? グレイさんじゃん。なんでワイン瓶片手に店の外にいるんだ?」



 何よりも料理を振舞うことが好きなグレイさんがこんな時間にさぼっているなんて……何かあったのだろうか? 嫌な予感がした俺とサティさん顔を見合わせてから彼女にかけよった。近くによると彼女は相当酔っているようだ。まさか聖女によって仲間が討伐されてやけ酒を……



「グレイ、何があったのですか? 料理を作ることが生きがいのあなたがこんな時間から酒を飲んでいるんなんて……」

「ああ、サティ!! 聞いてよ!! 私の楽園が……あの人のせいで……うう……こんなことだったら雇うんじゃなかった……」

「ええ? 一体何が……どうしましょう、アルトさん」



 サティさんに声をかけられたグレイさんは以前のクールな様子とは打って変わって、サティさんに泣きついてくる。ダメだ、会話にならねえ……そんな彼女を見て、サティさんも困惑しているようで俺に助けを求めてくる。雇うって事は聖女じゃないよな……



「とりあえず入ってみましょう」

「そうですね……グレイ、何があっても私はあなたの味方ですよ。安心してください」

「えっぐえっぐ、サティ、ありがとう。魔王のくせに恋愛はクソザコとか、はやく告ればいいのにヘタレ女子、そんなんだと勇者に奪われるわよ!! とか色々思っている私にこんな優しくしてくれるなんて……」

「ちょっと待ってください!! 誰がクソザコですか!! いやまあ、否定はできないですが……でも、今回は頑張ったんですよ……聖女さえ来なければ……」



 グレイさんの言葉にこちらを見て俺の部屋での事を思い出したのか顔を真っ赤にすしてサティさんがぶつぶつとつぶやく。サティさんはくっそ可愛いし、グレイさんも普段クールそうな女性が泣き崩れている姿をみていると新しい性癖が開花しそうだなとおもいながら俺は扉あける。

 するとそこには予想外の光景が広がっていた。



『マッシュ、そっちのテーブルには先にそのステーキを持っていけ。焼き方はミディアムですね? お任せください。そら、風よ、火よ!! 踊れ!!』

「うおおおお、すげええーーーー」

「デスリッチ様やべぇぇぇぇぇ!!」


 

 マッシュがお客の方に皿を持っていくと同時にワインと鍋が宙を浮き、炎が舞いながら肉を焼く。そして、香ばしい香りがと共に、宙を浮いていたステーキがお客の皿へと風によって運ばれていき、歓声が小さい店に響き渡る。



「これは一体……?」

「サティが、デスリッチ様を雇ってあげてくれって言ったので、見習いとしてお仕事をおねがいしていたのですが、仕入れの日に一日だけお店をお願いしたんですよ。そうしたらみんな私の料理よりも、デスリッチ様の料理の方がいいって言って……うう……確かに、デスリッチ様の方が料理が上手ですし、魔術を作ったあのパフォーマンスはすごいですけど……私もういらない子なのかなぁ……吸血鬼はおとなしく血でも吸ってればいいのかなぁ……みんなの栄養とか頑張って考えたのになぁ」

「うわぁ……そういや、デスリッチってハコネィの高級旅館の仕事をこなすくらいなんだよな……」



 俺は泣き崩れているグレイさんを傍目にめっちゃ生き生きとした様子で働いているデスリッチとマッシュを見て思う。

 こいつ店の客を全員NTRしやがった。

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