幕間 聖女ジャンヌ

「今のは……」

「何をよそ見をしていやがるクソ女ぁぁ!!」



 目の前に人さらいがいるというのに、私はとても強力な闇の力を感じ取り、思わずよそ見をしてしまった。何という強力な魔力なのだろうか? 



「失礼いたしました。それで……その子供を離してはいただけないでしょうか? 孤児院の子供をさらうなんて、神様がお許しになりませんよ」

「うるせえ!! 神なんてこわくねえんだよ!! ふざけたことを抜かすとこのガキをぶっ殺すぞ」

「んーーんーー」



 私の目の前の男が少女の口を塞ぎながら喉元にナイフを突きつけている。

 聖女として孤児院に訪問をしていた時だった。一人の少女が行方不明だという話を聞いたので、探していたら、路地裏に麻袋を持った怪しい男が入っていくのを見かけたので声をかけたらこの状況である。



「大丈夫ですよ、私と私を守護する神様が守ってくれますからね」

「んー……」



 私が少女にほほ笑むと彼女はこくりと頷いてくれる。どうやら私の笑顔にはそれなりに人を落ち着かせる力があるようだ。これも神様のご加護だろう。



「は、神様が守ってくれるならどうしてくれるって言うんだよ」

「私が見代わりになりますので、その少女を見逃してはいただけないでしょうか?」

「んーんー」

「へぇ……顔も良いし、何よりも尻がいいな。はっは、楽しませてくれそうだぜ。抵抗するなよ、このガキがどうなってもしらねえぞ……ひでぶ!!」



 そう言って下卑た笑みを浮かべながら人さらいが私に触れた瞬間だった。神々しい輝きと共に人さらいが吹き飛ばされ壁に頭を打ち付ける。見慣れた光景だなぁと思いながら、私は少女に触れないように細心の注意を払って、胸元にしこんであるナイフで、縄とさるぐつわを切った。



「私に触れてはいけませんよ。大丈夫ですか?」

「お姉ちゃん今のは……」

「これが私のスキル『絶対領域』です。よこしまな感情を持つものが触れると弾かれて、浄化されるんです。ちなみに私の足元もニーソとミニスカートという絶対領域ですよ」

「?」



 渾身のギャグだったのだけれど少女には通じなかったようだ。ちょっと恥ずかしい。そう、これが私のスキルであり、聖女と呼ばれる所以である。この力は自動的に発動し、よこしまな存在から遠ざける。

 そして……人間は誰でも、よこしまな感情を抱いているものだ。故に私はこの力に目覚めてから誰にも触れることができないのである。



「それにしても、あっちの方角は……確かアリシアの故郷の方向ですね……あれだけの魔力……もしかして、四天王クラスがいるのかもしれません……」



 私は先ほど感じた強力な魔力が発生した方角を見る。さすが勇者というべきか、彼女は今も巨悪と戦っているのだろうか?

 それにしても……誰にも触れられないと言うのは寂しいものだ。だから私は思ったのだ。人間でダメならば魔物ならどうなのだろうかと……それでもやはりダメだった。ゴブリンやオークはもちろん、かなり上位の魔物でも私に触れることはできなかった。

 でも……それでも思うのだ。例えば私の能力をはるかに上回る魔力の持ち主や、私のこの『絶対領域』を分析できるほどの天才ならば、私に触れることができるのではないかと……だけど、そんな存在がいるのだろうか? 



「一人だけ惜しい人物がいましたね……」



 私の頭をよぎるのは少し前に戦ったデスリッチという魔物だった。確か今はアリシアが彼の頭部を保管しているはずだ。

 この前の戦いで、彼は私の結界を分析し破壊しかけたのだ。こちらが不意打ちをしたにも関わらずだ。もしかしたら、彼ならば私に触れる事もできるかもしれない。それに、アンデッドというのも悪くない。聖女などと言われているが私も普通の女の子である。聖女という高貴な存在だと思われているのが汚らわしい思われているアンデッドに汚される。これに興奮しない人間がいるだろうか? いやいないはずがない。

 だって、モナが持っていたエッチな本である『勇者に幼馴染の聖女を寝取られパーティーから追放された俺は、リッチになって魔王軍に入って復讐をする』でもありましたし……あの本は本当に最高だった。特に聖女がリッチに(自主規制 )されると事とか……

 あれを聖書にしようと教会に提案したのだが、却下されたのは誠に遺憾である。



「アリシアの故郷で、あの魔力……デスリッチがあの封印を解いたという事のかもしれません。これは一大事ですね。きっと神様も助けに行けと言うはずです」



 私は胸の中の興奮を抑えきれずに、熱い吐息を漏らす。万全な状況で掛けたあの封印を解くくらいの力があれば私の『絶対領域』を打ち破る事だってできるかもしれない。

 そうしたらあのアンデットは私の身体に触れて……(自主規制 )



「ふふふ、滾りますね!! せっかくですし、行ってみますか……ちょうどアリシアにも会いたかったですし……住む場所は……従妹のジョン兄さんにでもお願いしましょう。うふふ、楽しみですね」



 そうして、私はローグタウンとやらに向かうのだった。不思議と足取りは軽かった。

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