19.これはNTRじゃない

「モナ……大丈夫?」



 アリシアがモナのローブを解きながら話しかける。猿ぐつわはすでに外れているが彼女は無言のままだ。何か助言をすべきだろうか? 

 俺が口を開こうとすると、肩を叩かれた。ブラッディクロスさんである。彼は俺を見つめ無言で首を横に振った。そうだよな……これはアリシアとモナが話し合う問題だ。仮に助けるにしても今ではないだろう。



「アリシア……その……助けてくれてありがとう。助かったわ。でも、私なんかのために命を捨てようとしたらダメよ。だって、あなたは勇者なのよ……選ばれた人間なの」

「何を言っているのさ、モナ!! 私にとってモナは大事な親友なんだ。私が勇者になったのは世界を救うためなんかじゃない。大切な人を守るためなんだよ、だから、モナを守れないなら勇者何てやっている意味はないんだよ!!」

「アリシア……」



 自分の言葉に即座に反論するアリシアに、モナは何とも言えない表情で顔をくしゃっとさせた。その瞳に涙がうっすらとにじんでいるのは気のせいではないだろう。



「あなたは私をまだ親友だって言ってくれるの? その……私は、あなたにとって大事な幼馴染であるアルトとの関係を引き裂いて、王都へと連れ戻そうとしたのよ……」

「当たり前だよ。何があったってモナは親友だよ!! だって、モナは私の事を心配して、わざわざ王都から来てくれたんでしょ? 私は知ってるよ、モナが私の事を本当に大事に思っていてくれているって事……手紙だって、私がここに来てから二日に一回は絶対くれるし、きっと王都に私を呼び戻そうとしている人達からも守ってくれていたんだよね……」

「当たり前でしょう!! だって、私にとってもあなたは親友なんだから!! そりゃあ、魔王が攻めてきた―とかなったら話は別だけど、親友の幸せの方が大切だもの。緊急事態でもないんだから、王都の守りくらい私達でやってやるわよ。そのために、勇者パーティーの私やホーリークロスがいるのよ!!」

「ふふ、モナだって、勇者の仕事よりも私の幸せを思ってくれているじゃん」

「う……それは……」



 アリシアの言葉にモナが言葉を詰まらせ、そして、二人は笑いあった。



「大好きだよ、モナ……」

「私もよ、アリシア……」



 そして、二人は見つめあうと涙ぐんで抱き合った。百合っていいよな。

 結局はモナを心配させまいとしたアリシアの気持ちと、アリシアを心配していたモナの気持ちがすれ違ってしまっただけなのだ。ちゃんと話し合えばわかりあえるのだ。

 いや、マジで最初っから嘘をつかないでこうすればよかったのでは……と思ったがモナのNTR嫌いがあるんだよな……そこをクリアしないと結局まずい気がする。そういえば王都でもNTRとか騒いでいるんだろうか? だったら結構まずくない? 勇者のイメージががた落ちだよ……



「なあ、ブラッディクロスさん、先代の勇者が聖女をNTRしたっていう噂とか聞いたことあるか?」

「フッ、その件か……さてはモナに聞いたのだな……」



 俺が訊ねるとブラッディクロスは珍しく苦笑した。まあ、先祖様が変な噂とかたてられたたまったものじゃないよな。てか、モナはブラッディクロスさんにその話を振っているのかよ、やべーな……



「フッ、その……アンダーテイカー家の人間は思い込みが激しいのだ……聖女が勇者についていったのはな。単純な一目惚れなのだよ……そして、その聖女についていったのがオベロンというわけだ。もちろん、王族や貴族はみんなそれを知っているし、アンダーテイカー家にもそれとなく伝えたのだがな……」

「うわぁ……」



 つまりオベロンが聖女を一方的に好きなだけだったというのは当時の王都の貴族ならみんな知っているって事かよ……そして、その事をアンダーテイカー家に伝えても、思い込みが激しいから聞き入れないと……なかなかやべえ一族だな……



「だが、アンダーテイカー家自体は正義の心にあふれる心優しい人々ばかりだし、思い込みが激しいというのは、悪い事ばかりではない。特に魔術は心の強さが大事だからな。かのオベロン=アンダーテイカーは魔物にだって、魔術で倒せると思い込み、人類の魔術のレベルを一段階上げた。そして……目の前のモナも、魔王がいるなら勇者パーティーの子孫である私が世界を救うのだという思い込みでここまで強くなったのだからな」



 そう言ってアンダーテイカー家やモナの事を語るブラッディクロスさんはどこか誇らしげだった。それを見るに思い込みの強さは個性のようなものだと割り切っているのかもしれない。

 まあ、ブラッディクロスさん自体も個性の塊だしな。まあ、勇者の血筋全員がこうというわけではないだろうが……ないよな?

 そうして、ほっと一息ついたと思ったがモナの一言で再びその場に緊張が走る。



「ねえ、今気づいたんだけど……ブラッディクロスが言っていたけど、アルトとサティって言う人が付き合っているのよね……つまり、アリシアが、アルトとサティっていう受付嬢の関係を妨害して、NTRをしようとしているってことなの? それとも……アルトは二股をしようとしているクズ男なのかしら?」

「え? いや……その……」



 モナの言葉にアリシアが助けを求めるようにこちらを見つめる。つられてかモナも俺をじっと見つめてきた。

 うおおおおお、どうすればいいんだ? 実際は俺とサティさんは付き合っていないが、俺がサティさんに好意を持ちながらも、アリシアとなあなあなのは否定できない。そして、これを説明してもモナ的にはNTRに入りそうな気がする。

 ちょっとNTR判定ガバガバ過ぎない? 厳密にはWSS(私が先に好きだったのに)だと思うんだが……



「フッ、アルト……今回は私の余計な一言で騒動がおきたようだから助けてやろう。その代わり……サティさんをぜったい悲しませるなよ」

「え? ブラッディクロスさん……?」



 どう言い訳しようとテンパっている俺にブラッディクロスさんは小声で囁いた。一体どういうことだと思うっていると、彼はモナの方に近寄って、いきなりほっぺたをプニッとした。



「フッ、モナよ、落ち着くのだ」

「きゃあ、何をするのよ!! わたしのほっぺが気持ちいのはわかるけど、今はそんな場合じゃないでしょう? ほっぺたのぷにぷに料を請求するわよ!!」

「フッ、勘違いをしているようだから教えてやろうと思ってな。モナよ、これはNTRで二股でもない……ハーレムだ!! アルトはハーレムをつくっているだけなのだ!!」

「ハーレム……?」

「フッ、そうだ、NTRでも二股でないハーレムだ。ようはサティさんもアリシアも同様に愛するという事だな」



 ブラッディクロスさんの言葉にモナはキョトンとした顔でおうむ返しをする。いやいや、何言ってんだよ。ブラッディクロスさん!! 余計印象が悪くなるじゃねーかよぉぉぉぉ。

 恐る恐るモナを見るとそこには予想外の反応があった。



「そう、ハーレムならいいわ!! アルト!! アリシアも、サティって言う人も大事にしないと絶対許さないんだからね!!」

「え、ああ……」



 先ほどまでの不機嫌具合はどこにいったやら、何故か納得したモナを見て俺とアリシアは顔を見合わせる。

 二股はだめでハーレムはいいのかよぉぉぉぉ!! 基準がまじでわからないんだが……



「何でモナは納得してるんだ……」

「あー、もしかして、貴族からしたらハーレムって結構当たり前なのかも……モナって貴族だし……」

「だったら最初っからこういえばよかったな……」

 


 俺とアリシアはちょっと釈然としないものを感じながらも呟くのだった。

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