14.モナ
「もう……アリシアの馬鹿……」
冒険者ギルドから出た私は夜の街をとぼとぼと一人で歩いていた。なんで彼女は嘘をついたのだろうか? 元々疑っていたように、アルトがただの屑男で、アリシアの力を利用するようなヒモ男だというのなら、話は簡単だった。
だけど、アルトは結構しっかりした人間で……なによりもアリシアの事をちゃんと考えている人間だった。彼に王都でのアリシアの話をした時に本当に安心した顔をして、私に感謝の言葉を言ってくれたは記憶に新しい。
そんな彼が無理やりアリシアをこの街に拘束しているとは考えにくい……となると、この街にいるのは彼女の意志という事になる。
「嘘をつくって事は私達とはいたくないって事よね……」
私にとってとてもショックで悲しい事実だった。私は自分でも自覚しているが自分と他人に厳しいところがある上に、英雄の血を引くものと期待されていたため、特別に魔術の英才教育を受けていたこともあり、同世代の友人というのがあまりいなかった。
気を許せる存在というのはせいぜいジョンとジャンヌくらいだったのだ。私たちは英雄の血を引くものとして、プレッシャーや悩みを共有して、色々と話したり愚痴ったりしたものだ。
そして、頑張れたのは、私たち三人で勇者パーティーのように頑張ろうと決めたからだった。結局勇者が別に現れたため、ジョンは『勇者になれないのならば勇者の故郷を守る影の英雄になる!! なぜならそっちのほうがかっこいいからな!!』とか言って旅立ってしまい彼とパーティーを組むことはなかったけれど……
いつものようにアホみたいなことをいっていたけれど、子供のころから必死で勇者になると血反吐を吐くような努力をしていた彼がどんな気持ちでそう言ったのかはとてもじゃなかったが聞くことはできなかった。
そんな彼を見送ってモヤモヤした時に会ったのがアリシアだった。田舎の街からやってきた彼女はすさまじい才能の持ち主だったらしく、たった半年でこの国最強の剣士であるジョニーと互角に戦えるようになったらしい。
彼女が剣の修行を終えて、魔術の授業を受けることになったらしいので、私は先生に頼んで一緒に授業をしてもらうことにしたのだった。
勇者に選ばれたのはどんな少女だろうと興味半分で羨望半分といったところだろう。そして、私は初めて彼女に出会った。
彼女は普通の少女に見えた。勇者に選ばれたのを歓喜するわけでもなく、むしろ使命なのだと仕方なく受け入れて、のんきに家族への手紙を書いているそんな普通の少女に見えた。
だからつい、食ってかかってしまったのだ……あなたが簡単に手に入れた勇者という立場になりたい人だっていたのだと……その力を欲していた人間はいたのだと……
だけど、彼女もただの少女ではなかった。彼女の両親はもう死んでいるらしい。彼女には大切な幼なじみがいて、その人を守るために勇者になる事を決めたのだと……もう、二度と大切なものを失わないために戦うことにしたのだと。
その言葉を聞いて恥じた。人には人それぞれの物語があるのだ。私が勇者パーティーの血に苦しみつつも誇りに思ったように、彼女も勇者の力を苦しみつつも受け入れているのだ。
冷静に考えればわかることだった……私達とは違って彼女はいきなり勇者になったのだ。それまでと一変する生活や環境に苦労しないはずがないのだ。
そして、自分の想像力の無さを恥じて謝ると彼女は許してくれた。それがきっかけではないけれど、仲良くなることが出来たのだ。
「あなたは幼馴染に夢中になってほしいのでしょう? だったら、女子力をあげなきゃダメよ、アリシア」
「でも、どうすればいいかわからないんだよ」
「うふふ、じゃあ、私のメイドに色々聞いてみましょう。きっと教えてくれるはずよ」
そんな事を話しながら私たちは仲良しになった。そして、私たちは親友になったと思っていたのだ。勇者パーティーの血筋とか関係なく、私に正面からぶつかり合ってくれる初めての友人だったのだ。だから私は彼女の幸せのためなら、全ての力を貸すつもりだったのに……なのに……
「結局私の独り相撲だって事よね……」
私は自虐的な笑みを浮かべる。もちろん、彼女が私を適当に思っているとは思わない。だけど、私にとっては彼女は大事な親友だったけど。彼女にとっては私たくさんいる友だちの一人だった。ただそれだけの事なのだろう。
「おい、お嬢ちゃんこんなところで一人じゃあ危ないぜ」
「何かしら!? ってあんたはアルトのBLフレンドじゃないの」
「いや、BLフレンドって何だよ……」
そんな事を考えている私にこえをかけてきたのはマッチョな男だった。一瞬アリシアが追いかけてきたのかと期待してしまったがそんな現実はないようだ。
「それで……何か用かしら?」
知った顔だったので警戒心を少しとく。私がよく読む本だと彼氏と喧嘩をして弱った女性がマッチョな男に声をかけられてNTRされるのは王道だが、アルトの友人の様だ。問題はないだろう。それに……私にはいざとなったら魔術がある。てか、この人ちょっと臭い……マッチョだから汗だろうか……私は少し距離を取る。
「そりゃあ、急に出て行ったお前さんを心配して探しに来たんだよ。アリシアじゃなくて悪かったな。まあ、これでも飲んで気分を落ち着けろや」
「悪いけどあまり親しくない人間から物は……それは!?」
せっかくの好意だが、やはり知り合い程度の人におごってもらうのは悪いと思ったのだが、彼の手にあるクリームたっぷりの飲み物に私の目が輝いてしまう。
「ん? ああ、そこのコーヒー屋の『トールバニラノンファットアドリストレットショットチョコレートソースエクストラホイップコーヒージェリーアンドクリーミーバニラフラペチーノ』だよ。うまそうだろ?」
「いただくわ!! ありがとう!!」
私はお礼を言いながら彼の手から呪文のような名前のドリンクをいただく、バニラの風味のコーヒーとホイップクリームの奏でる味はなんとも芸術的である。
「それで……アリシアは怒っていたかしら?」
「いや、どちらかというと悲しんでいたな……」
「そう……話くらい聞くべきだったわよね……」
甘いものを摂取すると少し冷静になってきた。話を聞かずに出てきたのは失敗だったわね……そんな事を思っていると、急に意識が重くなってくる。いったいどうしたということだろうか? 私が困惑していると目の前の男が下卑た笑みを浮かべる。
まさか……
「あなた私に薬をもったわね……」
「は、お嬢ちゃん。知らない人から飲み物をもらっちゃいけないって教わらなかったのかよ」
「くっ、殺しなさい!! このあと私をむちゃくちゃするつもりでしょう!! エッチなNTR本みたいに!! エッチなNTR本みたいに!!」
「いや、流石にそこまではしねえよ? でも、これであのお方もよろこんでくれるはずだ」
そんな彼の言葉を聞きながら急激に意識がとんでいくのだった。ああ、このマッチョ本当に臭い……
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