12.修羅場

「あのね、モナ……それはね……」

「ごめん、アリシアは黙っていて。私は今、ブラッディクロスと話しているのよ。それでブラッディクロス……もう一度教えてくれるかしら? アルトは誰と付き合っているの?」



 アリシアの言葉を遮ってモナがブラッディクロスさんに訊ねた。その表情はいつになく真剣で……どこか怒っているようだ。そりゃあそうだよな……こちらが悪いのはわかっている。だけどなんとか誤魔化さなきゃ……

 俺はモナの背後でジェスチャーで何もしゃべれないでくれと必死に訴える。それを見たブラッディクロスさんは一瞬怪訝な顔をしたのちに俺の背後を見てうなづく。どうしたのだろうと後ろを見るとサティさんも人差し指を口元で立てて協力してくれているようだ。



「フッ、すまないな、モナ……その点に関しては個人情報何でな、私からは何も言えんのだ」

「えーでも、さっき何かいったじゃないの!! なんか怪しいわね……」

「まあまあ、落ち着けよ。モナ……付き合ってなかったらあんな部屋になるはずないだろ」

「う……確かに……そうね。付き合ってもないのにペアルックのセーターや、あんなバカップルみたいな小物を色々と準備していたら頭がおかしいもの」

「うぐぅ!!」



 モナの悪意の無い一言がアリシアを傷つける。いや、確かにあの部屋の内装はやばいと思ったけどさ……なんだかんだアリシアも自覚はあったようだ。

 だが、アリシアのやばさに救われたぜ。後は適当にごまかして……そう思った俺を予想外の言葉が襲う。



「でも、さっきのブラッディクロスの言葉も気になるのよね……だから、今ここで二人でキスをしてみなさい。そうすれば信じるわ。そうね……、もしも、二人が本当に付き合っていたら、疑ったお詫びとして……私のほっぺたを好きなだけぷにぷにしていいわよ」

「「なっ」」



 俺とアリシア、そして少し遠くでサティさんがそれぞれ呻く。キスってあれだよな。魚の名前じゃないよな……俺は驚いているアリシアを見つめた後に、真っ青な顔をしているサティさんを見る。

 さすがに一緒に寝たり少しのスキンシップくらいならいいさ。だけどキスはダメだろ……洒落にならなくなるし、多分サティさんだって、いい気分はしないだろう。でも、ここでキスをしなきゃアリシアは王都に連れていかれてしまうのだ。どうするべきなんだ?



「ちょっとそれは私達にはまだ早いかなぁ……キスはもうちょっと大人になってから……」

「何を言っているのよ。二人とも毎日エッチ……じゃなかった……愛を確かめ合っているのよね? だったらこれくらいはいいんじゃないかしら? それに手紙でも、この前水着を着ていたら襲われた♡って書いていたじゃないの」



 ちょっと待った。何その存在しない記憶!! 確かにアリシアの水着を見た時はくっそ興奮したけど襲った記憶はねえよ!?

 てか、このロリっ子。エッチとか言うなよ……エロリっ子め……



「いやー、流石に公共の場でそれは恥ずかしいよな、ハニー」

「そうだよね、ダーリン」

「いいんじゃないですか? お二人はいつもイチャイチャしているんですから。今更誰も気にしないと思いますよ」



 そう言ったのは涼しい顔をしたサティさんだった。予想外の言葉に俺達は押し黙る。いやいやいつもイチャついて何ていないですよ!! ってつっ込むほど俺も馬鹿ではない。彼女は俺達に気を遣っているのだ。いや、アリシアが自分に罪悪感を抱かないようにそう言ってくれたのだ。

 現に涼しい顔とは裏腹に、その手は何かを必死に抑えるようにしてプルプルと震えている。胸のスライムは不快そうに動いている。



「サティさん……ありがとう……そうだね、わかった……」



 その様子を見たアリシアも何かを決めたように真剣なまなざしで俺を見つめた後に、モナに話しかける。その顔はどこか晴れやかで……だからこそ俺は嫌な予感を感じたのだ。

 そして、俺が止める前に彼女は言葉を紡ぐ。



「ごめんモナ……実は私とアルト兄が付き合っているっていうのは嘘だったんだ……」

「え?」



 彼女の言葉にモナだけでなく、俺達も聞き返す。だってサティさんも本心ではないとはいえ、キスをしろと言ってくれて……彼女の前でキスをしてごまかせば何とかやりすごせたはずだったのだ。



「みんな協力してくれてありがとう。でもさ、私は好きな人とのファーストキスはこんな風にじゃなくて、ちゃんとしたいし……こういう事って他の人に悲しい想いをさせてまでするものじゃないと思ったからさ……」

「アリシアさん……」



 そう言いながらアリシアはサティさんにほほ笑んだ。そんなアリシアを見てサティさんも微笑み返す。だけど、黙っていないのがモナだ。彼女は信じられないとばかりの俺に詰め寄ってくる。いやまあ、当たり前なんだけどさ。



「どういう事かしら? やはりアルトが浮気を……ううん、でも、そんな事をするような男には見えなかったんだけど……それにあなたは本気でアリシアの事を想ってくれていたわよね?」

「ああ、もちろんだよ。それには深い訳がだな……」

「嘘をついたら焼くわよ」

「ひぇ!!」



 モナの言葉に俺は思わず自分のアルトを手で守る。焼くって何を焼くんですかね? ていうか、選択肢間違ったら俺のアルトとおさらばじゃねえかよ。



「違うよ、モナ……私が勘違いしていただけでアルト兄は悪くないんだ。だからアルト兄を責めないで」

「じゃあ、なんで手紙でそう言ってくれなかったのよ? まあいいわ。だったら王都に帰りましょう。帰りの馬車で詳しく話をきかせなさい。大丈夫、あなたならいい人だってすぐに見つかるわ、それに気分転換にいつもみたいにスイーツの食べ歩きでもしましょう」



 アリシアの言葉に怪訝な顔をしたモナだったが、アリシアの表情で何かを察したのか、優しく慰めるように微笑みながら言った。

 だけど、アリシアはその提案に対して首を横に振った。



「ごめん……私は王都には帰らないよ。アルト兄やサティさんと一緒にいたいんだ。二人と一緒にいて色々と馬鹿な事をやりたいんだ……」

「なんでよ!? あなたは元々アルトを王都に連れてくるためにこっちに帰ってきたんでしょう? それが無理なら王都に帰ってくればいいじゃないの!! だってあなたは……多分フラれたんでしょう!?」

「それは……でも、私はここにいたいんだよ」



 モナの言葉にアリシアは苦しそうな顔をして否定する。その様子に彼女の本気度を感じ取ったのかモナが涙目になりながら言い返す。



「つまり……私の事なんてどうでもいいって事なのね……わたしといるよりも、その二人と一緒にいるのがいいのね。わかったわ……アリシアの馬鹿……私はお邪魔虫の様ね。さよなら」

「違うんだよ、モナ。私にとってモナは……」

「おい、モナ!!」



 そう言うと彼女はアリシアの言葉を最後まで聞かずに目を抑えて去っていく。残されたのは気まずい雰囲気だった。



「それで……何があったか説明してくれるだろうな、アルト……彼女は……モナは……私の幼馴染で大事な友人なのだ。そんな彼女を泣かせたのだ。事と場合によっては私はお前を許さない」



 ブラディクロスさんがかつてないほと真剣な顔でそう言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る