21.ウィンディーネ
私は幼い時から一人ぼっちで異端だった。そういう体質なのだろう……水の精霊だというのに、水ではなくお湯しか出すことができなかったのだ。別にいじめられたりとかはしていなかったけれど、他の水の精霊からはなんとなく疎外感を感じていたのだった。
他の精霊たちは旅行客に美味しい水を売ったり、様々な方法で貢献して信仰心を集めていたが、お湯しか出せない私は雑用しか任されなかった。精霊なのに信仰心を集める事ができない出来損ないそれが私だった。
そんな私だけど、ハコネィのためになにかできる事があるのだと必死に考えて、異国には温泉という文化があるのを知った。そこで精霊の源泉の成分を薄めて、人や魔物に入浴してもらえたらどうだろうかと思い付き、試すことにしたのだった。
信仰心を力にして願いをかなえるこの温泉に私は人や魔物の健康を祈ってから、源泉を持ち込んで私が作りだしたお湯で薄めて温泉を作ってみた。
みんなが喜んでくれるかなと思ったけど、温泉自体の知名度が低いからか、胡散臭かったからか、お客は全然来ず私は泣きながら余計な事をしないで、雑用だけをしておけばよかったんだと後悔しながらお湯を足していた時だった。
「ねー、精霊さん。それはなんなの?」
私に声をかけたのは8歳くらいの魔物の少女だった。身分が高いのだろう。強力な魔力のこもった闇の様に漆黒のローブを身に纏っている。だけど、その格好とは裏腹に純粋で可愛らしい笑顔の持ち主だった。
「これは温泉というんですの……特別な効果のあるお湯を、精霊の力が籠ったお湯で薄めていまして、入ると体力と魔力が回復するんですのよ」
「えー、すごーい!! 私入るー!! いいよね、お父さん」
「ああ、別に構わないよ。ちょうど河原で泳ごうとしたからちょうど服の下は水着だしね。それにしても温泉か……ふふふ、異国の文化だが、こんなところで味わえるなんてね」
少女が保護者らしき銀髪の青年に声をかけると彼は快く承諾してくれた。どうやら彼は温泉というものを知っているらしく、そのため抵抗がないのだろう。
青年は少女と一緒に温泉に入浴をする。
「お父さん、これすごい気持ちいいよ。なんかポカポカするー♪」
「ああ、本当だ……しかも、昨日消費した魔力も回復するじゃないか……はっ、それにこの濁ったお湯ならば、巨乳美女の水着を見て私の下半身が魔王になってもばれない……なんとも素晴らしい。サティ……もっと喜んで他のお客さんにも興味を持ってもらうようにするんだ」
「え、うん? よくわからないけど、宣伝すればいいんだよ。みんなーこのお湯きもちいいよー」
そう言うとサティという少女の声に周りの客たちも反応して、興味を持ってくれたのだろう。少しずつお客が増えていった。ああ、夢みたいだ。私の力で作った温泉が人々に感謝されている。初めてのことに私は泣きそうになった。
そして、しばらくたって温泉がひと段落した時に帰り支度を終えた少女が私に声をかけてくれた。
「精霊さん、ありがとう!! すごい気持ちよかったよ。来年もまた来るからやってくれると嬉しいな」
「本当ですの? よかったですわ。はい、また、来年もよろしくお願いしますわ」
それが彼女と……サティ様との最初の出会いだった。後で他の精霊に話を聞くと彼女の父は魔王という魔物の王らしい。それならばその高そうな服装も納得である。
私は彼女に心の中でお礼をいいながら、初めて自力で集めた精霊への感謝の気持ちという名の信仰心を手にして、また会いたいなと思うのだった。
そしてその願いは毎年叶う事になる。彼女は約束通り毎年来てくれて、私と彼女は徐々に仲良くなっていく。
そして、ずいぶんと大きくなった彼女と話していると珍しく愚痴をこぼす。ここは彼女と私だけのお風呂で、隔離された家族風呂というやつである。じっくりと彼女と話すために私が作ったのだ。
「聞いてくださいよ、ウィンディーネ。私が次期魔王にならなきゃいけないみたいなんですよ。父はどこかにいってしまって帰ってきませんし、四天王はみんな古参だし……うう、色々とプレッシャーのしかかってくるんです」
「まあまあ、サティはそれだけ特殊な力を持っているという事ですわ。素晴らしい事じゃありませんこと。それに比べて私なんて……」
「えー、ウィンディーネもすごいじゃないですか。毎年来るたびに温泉の規模が大きくなっていて驚いてますよ。今では期待のエースって他の精霊も言ってましたよ」
彼女の言う通り、温泉は口コミで評判が広がってきて規模がどんどん大きくなっている。今では私だけでは配給が間に合わないので、他の水の精霊が水で薄めた源泉を火の精霊が温めている始末だ。
だけど、そうやって活躍をするといい事ばかりではないのだ。
「でも……私はお湯しか出せないんですもの……やはり異端ですわ……」
そう、なまじ目立ったからか、わたしの事をお湯しか出せない出来損ないとまでいうやつが現れたのだ。サティにつられてだが、つい弱音を吐いてしまう。
そんな私の手を掴んで彼女は言った。
「そんなことないです!! 他と違って、お湯を出せるからウィンディーネはこんな風に温泉を作れたんじゃないですか!! すごいです!! それに……母が死んでへこんで旅行に来ていた私を癒してくれたのはあなたの温泉なんです。だから……そんながっかりしないでださい!!」
「サティ……」
「それに……私の大切な人が言ってくれたんですが、他の人にはない特殊な力を持っているという事は素晴らしい事らしいですよって」
「それって……」
そう言って彼女は「えへへ」と笑う。さっき私が言った言葉だ……。そして、彼女は私を大切な人だと言ってくれたのだ……ここで私がへこんだままだったらさっきサティに言った言葉まで嘘になってしまうのだ。だから、私ももっと頑張ろうと彼女の笑顔に誓ったのだった。
そして、私は陰口なんて無視してハコネィで働き続き続けるのだった。そして、成果を出していると、陰口もどんどん小さくなっていった。次にあった時に私は彼女に誇らしげにこの事を報告できるだろう。そう思っていた。
だけど……彼女は来なかった。風の噂だと、どうやらついにサティが魔王になったらしい。魔王というのは私が思っていたよりも大変で偉い存在らしかった。
きっと慣れない仕事で大変なのだろう。私に何かできることは無いだろうか? 彼女は知らないかもしれないが、彼女が最初に私の温泉を認めてくれたからこんなに頑張れたのだ。自分の変わった体質を悩んでいた私を彼女が救ってくれたのだ。だから……私は私を救ってくれた彼女の力になりたいの思ったのだ。
そう思うと気づいたら行動をしていた。私は精霊でありながら魔王軍に入ったのだ。もちろん、私を奇異の目で見てくる連中もいたけど、それは「私が特別なのだ」ということでしかなかった。
もちろん、つらかったし、色々と大変な事もあったけれど、彼女のためだと思えたら頑張れた。そして、私はちょうど開催された四天王選抜試験に合格して無事四天王に選ばれたのだった。
エルダースライムに呼ばれてサティ様の元に来た時の彼女の顏は今でも思い出せる。驚きと、共に喜びに満ちていた表情を見てがんばったのが報われた気持ちになって本当に嬉しかったのだ。
そして、私は久々にサティ様と二人で話す機会に恵まれた。その頃の私はもうどれだけ魔王がすごい存在なのかをわかっていた。あの普通の女の子だった彼女が魔王をするのはどれだけ、大変だったか……想像もつかないほどの苦労をしていたのだろう。
私を救うほど優しく、魔王として魔物を総べる彼女への気持ちは尊敬からもはや崇高となっていた。
「久しぶりですね、ウィンディーネ。まさかあなたが四天王になってくれるなんて……」
「うふふ、あなたは四天王が古参ばかりにでやりにくいって言って愚痴ってたじゃありませんこと、だから私は本当にがんばったんですのよ」
「でも、本当に嬉しいです。これからもよろしくお願いいたしますね。昔の様に仲良くやっていけたらいいですわね」
「はい、サティ様……私はあなたの自慢の部下になれるように頑張りますわ」
そう言って私は彼女にお辞儀をする。彼女は感激してくれるかと思っていたがなぜかその表情は固まっていた。
「ウィンディーネ……私とあなたの仲じゃないですか? 昔みたいにサティでいいんですよ」
「いえいえ、そんな失礼な事はできませんわ。私はあなた様の部下ですもの」
「……そうですね……」
私が得意気に答えると彼女はなぜか少し悲しそうな顔をした。なぜだろう、その時、どこか間違ってしまったのだろうか? という考えがよぎったが私は頭を振る。そんなはずはない。だって、私は彼女のために頑張って、彼女も喜んでくれているのだから……
これからも私は彼女のためにもっと頑張ろう。かつて私を救ってくれた彼女の力になれるように……
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