19.魔王の力

「アリシア……お前なら魔王の力を使えるはずだ。試してみてくれないか?」

「何を言ってるのさ、アルト兄、私は勇者だよ……魔王の力なんて……」

『そのネックレス……まさか……』

『パッド♪パッド♪スライムパッド♪』



 俺の言葉に怪訝な顔をするアリシアだったが、どうやらデスリッチは気づいたようだ。彼女の胸元から引っ付いて離れない亡霊の正体に……腐っても四天王という事だろうか……

 そして、彼はこそりと俺の耳元でささやく。



『たしかに我々魔物の力ならばこの状況下でも使えるだろう。とはいえ、いきなり使うのはその脳筋娘では難しかろうよ、我が亡霊を蘇らせよう。それで……そのネックレスか、我の身体のどちらによみがえらせる?』

『パッド♪パッド♪スライムパッド♪』


 

 以外にも協力的なデスリッチに驚きながらも、俺は考える。ネックレスに……と思ったが、アリシアの胸元にあの人が復活するのは何か嫌だな。

 あの人むっちゃ興奮しそうだし、アリシアはすごい嫌がりそう……



「デスリッチに憑依させてもいいか? その……体への負担とかは大丈夫なんだよな」

『ふん、貴様ごときに心配されるほど、落ちぶれてはいないわ。それに今の我では力までは戻せぬ。あくまで助言をできる状態にするくらいだから期待するなよ」

「アルト兄、さっきからデスリッチと何を話しているの?」

『パッド♪パッド♪スライムパッド♪』



 てか、さっきからうるせええええええ、マジで頭がおかしくなりそうなんだが!! 俺はウィンディーネと復唱している精霊たちを睨みつける。

 こっからぶっ倒してやるからな、アリシアが!! くっそ、自分で言っていて少し悲しくなってきたぜ



『現世をさまよう亡霊よ、偉大なる双丘の前に現れるがいい。そう、楽園(エデン)は今、我の目の前に有り!!』



 その一言でデスリッチの身体が黒く輝く。はじめてこいつがちゃんと魔法を使ったのを見た気がする……本当に使えたんだな……



『ふ、まさかまた地獄から舞い戻ってくるなんてね。アルト君……君とはつくづく縁があるようだ。それにしてもウィンディーネよ、サティを慕っているとは思っていたけどここまでなんてね』

「きゃぁ!!」



 そう言って口を開いたデスリッチは先ほどまでとは明らかに違う雰囲気を醸し出していた。ただ、そこにいるだけで感じる不思議な威圧感に、穏やかな笑み、そして心優しい目は見覚えがある。

 そう、ルシファーさんだ。てかアリシアが悲鳴を上げたけどどうしたの?



「ちょっと、デスリッチ!! いきなりいやらしい目で私の胸を見ないでよ!! なんか背中にナメクジが這うような不快感を感じたんだけど!! 視線がセクハラだよ。それよりアルト兄、魔王の力ってどういう事なの?」



 優しい目じゃなかった、やらしい目だったよ。この人今気づいたけど、俺と会話している時もずっとアリシアの胸を見ていたわ。マジでぶれないな……

 彼はそのまま不敵な笑みを浮かべて、目は真っ黒いペンダントがある胸元を凝視しながら口を開く。



『巨乳勇者よ、魔王を倒した貴様には魔王の力が憑りついているのだ。魔王の力は己の感情の力!! かつての魔王は弱き存在のくせに、我が物顔をして世界の各地に住む人間達への怨嗟と嫉妬を力に!! そして、別の魔王は、昔人間からもらったエロ本から得た巨乳への飽くなき煩悩を力に!! そして、今の魔王は魔物と人を共存させ、平和な世界を作ろうという責任感と魔王としての誇りに、わずかな自分の身体が成長しないことへのいら立ちをその原動力としているのだ。貴様もまた、そのうちに秘めた感情があるだろう? 正義の心でもいい、力への渇望でもいい、己の心に秘めた想いを力として解き放つのだ!! 』

「私の心を力に……」

『パッド♪パッド♪スライムパッド♪』



 ルシファーさんの言葉を聞くとアリシアは聖剣を力いっぱい握りしめた後に何やらつぶやいた。てか、今の口調と雰囲気がまるでデスリッチそのものだったんだけど!? 魔王ってなんでもできるのか?

 ルシファーさんは俺の考えたことを察したのか、ウインクをして答える。



『フフ、嬢となりきりプレイをするにはこちらも演じないと白けてしまうからね。それに勇者とのなりきりプレイはすでに100回以上経験している!! 私の得意分野というやつさ!!」

「一瞬でも尊敬した俺の気持ちを返してくれよぉぉぉ!!」

「私の気持ちか……わかったよ。力を貸してエクスカリバー!!」



 くっそ、聞かなきゃよかったぁぁぁぁぁ、無駄にスペック高いなこの人!! そんな事を思っているとアリシアの握っていた剣が纏う純白の輝きが徐々に奈落の闇のように昏く染まっていく。



 これが……魔王の力か……聖剣すら染め上げるのか……



 改めて魔王の恐ろしさを実感していると隣にいるルシファーさんが冷や汗を垂らす。



『いやいやいや、なにあれ、怖いんだけど……なんで聖剣が黒く染まっているんだい? おかしいだろう? あれは人々の願いが詰まった聖剣だよ?』



 待って、これ魔王の力じゃないの? なんなの? そして、彼女が聖剣? を振るうと漆黒の闇が刃となりウィンディーネが作り出した水牢を切り裂いた。



「私だって、頑張っているのにいつもいつもサティさんにデレデレして!! アルト兄のバカぁ!!」

「そんな、私の結界が破壊されるなんて…… その力は……まさか、魔王様の力ですの!? なぜ勇者であるあなたが……」

「私だって、アルト兄と温泉楽しみにしてたのに、なんで放置するの!! バカぁ!! 家族風呂に入るなら私も誘ってよぉぉぉぉ!!」

「そんな……私の力が通じないですわ。これが勇者の本当の力、人類最強の英雄の力だって言うんですのぉぉぉぉぉ!?」



 アリシアの持つ邪剣の黒い刃が、ウィンディーネの全ての魔法を切り裂き無効化していく。そして、その刃は徐々にウィンディーネに迫り彼女の絶叫があたりに響く。

 アリシアつええええええええ!! てかさ……



『なあ、アルト君。サティの父である私が言うのもなんだが、もっと勇者の事もかまってあげたらどうだろうか?』

「その……気を付けます……」

「ああ、私の力が……サティ様の夢への一歩が……」



 そこからは一方的な戦いだった。アリシアに切り刻まれて、ずいぶんと小さくなったウィンディーネが弱々しくつぶやく。

 そして、アリシアが邪剣を持ってウィンディーネの前に立ち、見下ろした時だった。



「すいません、私に少し話をさせてもらえないでしょうか? あとそこの精霊の方々その不快な歌を止めていただけますか?」

「サティ様……!?」



 いつからいたのだろうか、険しい顔をしたサティさんがウィンディーネとアリシアの間に割り込む。その胸にはいつもとはちがいウィンディーネが入っており、肩にはエルダースライムが乗っている。

 そして、サティさんのその一言に精霊たちは押し黙り、即座に逃げ出した。



『アルト君、今ならウィンディーネの本心もわかるはずだ。彼女とサティを頼んだよ』



 そう言うとルシファーさんはまた黒い塵と化して、アリシアのペンダントへと戻っていった。いやいや、待ってくれよ。この状況で俺に何ができるっていうんだ?

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