17.ハコネィの源泉

「それで……こんなところに本当に『豊乳の湯』があるのか?」

『ああ、正式には『豊乳の湯』となった源泉だな。元々このハコネィは精霊たちが住む自然豊かな場所だったのだ。温泉も確かにあったが、今の様に大々的には宣伝もしていなかったし、この源泉を訪れる人間や魔物もいなかったのだが、ウィンディーネが温泉の素晴らしさを広めて発展したのだ」

「そういえば、サティさんもそんな事言ってたな。それに……なんだろう、ここには野生の魔物がいないんだよな、普通だったらこういう人里離れた山には魔物が住んでるんだが……」

「そうだね、私もさっきから警戒しているけど、魔物の気配が全然ないや。あとなんか、感覚が変なんだよね。精霊の気配が強すぎるって言うか……」



 そんな事を話しあいながら、俺達はハコネィの山を登っていた。ふもとには精霊の加護か、温泉の効果かわからないが、生命力の上がる黒い卵が売っていたので、3人で食べながら進む。 



 アルトのHPが3上がった。なんてね。いや、マジで上がったんだけど……すげえな。ハコネィ!!



 どうでもいいけど、デスリッチは死んでるんだから、生命力が増えても意味なくないか? と思ったが、気にしないでおく。



『魔物と精霊は中立だからな。用もないのにわざわざ精霊の本拠地に住むやつはいないだろうよ。それよりもだ、無事魔王の下着を取り返せたら、ちゃんと我のおかげだとあの女にいうのだぞ!! 魔力を奪われたままなのには百歩譲るとして、ウィンディーネの元で働いていると気が狂うわ』

「デスリッチは必死だなぁ……よくわからないけど、君がこうなったのは自業自得でしょ。諦めなよ」

『やかましいぞ、負けチョロイン勇者が!! 貴様に私の苦しみがわかってたまるか。毎晩毎晩仕事が終わったら変な集会に付き合わされるのだぞ。何が、『パッド♪ パッド♪ スライムパッド♪』だ。あいつらマジで頭おかしいのではないか?』



 吐き捨てるように言うデスリッチを見て俺は珍しく同情的な気持ちになる。確かにあの集会にしょっちゅう連れていかれるのは精神的にきついな……しかも、上司だから逆らえないのだろう……



 大体だ……サティさんはパッドだろうが、虚乳だろうが、可愛らしくて魅力的な女性なのだ。



「だれが負けチョロインだって!! このクソ骸骨め、浄化して欲しいのかな!!」

「落ち着け、アリシア!! デスリッチも無駄に挑発するなよ」

『いや、貴様が勇者の求愛を受ければ、挑発も意味はなくなるのだがな……』

「そうだよ、アルト兄……私はこんなに想ってるのになぁ……」



 やっべえ、矛先がこっちに来た。だけど、俺が気になっているのはサティさんなわけで……彼女の想いに応えられない以上迂闊な事は言えないのだ。



「まあいいよ、私はゆっくりと振り向かせてみせるからね。その代わり、これが終わったらデートしてね」

『哀れな……何かをしなければデートもしてもらえないとは……うおおおおおおお、聖剣を振り回すなと言っているだろうが!!」

「うるさい、デートもしたことない勘違いバカのくせに!!」

「お前ら魔物がいないとはいえ、マジで警戒しろよ!!」



 そんな風に騒がしくも山を登っていくと、大きな湖にたどり着いた。いや、湖ではないな……湯気が立っており近寄ると硫黄の匂いが鼻につく。

 まさか……これが『豊乳の湯』なのだろうか? そして、その温泉には精霊たちが何やら輝いているものを大切な宝物の様に運びながら入れてる。

 するとその輝いているものが神々しい光を放ち温泉の中心にある台座に吸い込まれていく。ああ、あれは俺達もつけているネックレスだ。あそこにたまった感謝の気持ちとやらをあの源泉に入れて信仰心を溜めているのか……



「なんか綺麗だね……アルト兄……」

「ああ、そうだな」



 多種多様な外見の精霊と、神々しい光が織りなす彼らの不思議な儀式に、目を奪われて俺とアリシアは思わず感嘆の吐息を漏らす。しかし、デスリッチは冷めたものだった。



『耳をすましながらあれを見ろ、これは邪教の儀式だぞ』

「は、何をいって……うわぁ……」



 彼の言葉に従い耳をすますと聞こえてきたのは、「パッド♪ パッド♪ スライムパッド♪」という例の歌だし、台座に置いてあるのはサティさんの下着だーー!!

 言いにくいけど、温泉の匂いとれないだろうなぁ……あれ……



「邪教の儀式とは失礼ですわね、デスリッチ。やはりまだ、布教が足りなかったようですわ」



 哀しい現実に気づいて、テンションが下がっている、俺の背後から聞こえてきたのはそんな声だった。

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