3.思い出

「うふふ、旅行なんて久しぶりですねー」

「私もアルト兄との旅行は久しぶりだよー。家族でお出かけしたときくらいだったもんねー」

「ああ、そうだな……あの時は親父が財布を無くして大変だったな」



 あれから一週間ほどたった俺達はサティさんが休みを取れたとの事なので、温泉宿にいくために馬車に乗っていた。

 しかし、俺はサティさんの水着姿が気になって仕方ないのである。あれなんだよな。マジでどうすんだろ? 誤魔化しようがなくない? 知り合いが俺達以外誰もいないところだし、いっそ開きなおって水の抵抗のないハイスピードボディをさらすのだろうか? でも……他の男にはサティさんの水着姿を見せたくなんかないんだよなぁ……なんか個室風呂とかあったりしないかな……

 そんな事を思っているとサティさんとアリシアの会話が進んでいく。



「サティさんはどんなところに旅行に行ったことあるの?」

「実は子供の時からの習慣で毎年一回は、お忍びでこの温泉街にいっているんですよ。最近は魔王と受付嬢の仕事が忙しくていけてませんが……私が子供の時は温泉街ではなく、綺麗な山と湖が名所でしたね。ああでも、あの時はまだ父もまともだったなぁ……」



 アリシアの言葉にサティさんがどこか遠い目をして呟く。まあ、あの巨乳大好き魔王だもんな……確かにあれがお父さんっていうのは女性としてはきついかもしれない。てか、魔王一家が定期的にお忍びで来るって、やばくない? 治安は大丈夫?

 でも、子供の時のサティさんってどんな感じだったのだろうか? 少し気になる。



「そういえばここでウィンディーネに出会ったんですよ、今考えるとあの子が初めてできた部下でしたね。懐かしい。それが今では魔王と四天王だなんて……なんだか感慨深いですね……」

「そこは友達じゃないんですね……」

「仕方ないじゃないですか、魔王の一族ってだけで、みんな部下になりますって言ってくるんですよ!! 私は友達になりたいだけなのに!! だから、アルトさんが友人になってくれて、アリシアさんとも友達になってくれて私は本当に嬉しいんです!! ほら、クッキーだって頑張って作ってきたんですよ、せっかくなんで食べてください!!」

「まあ、私は友達っていうよりも恋敵(ライバル)だけどねー。でも、そう言われるのは嬉しいな」

「サティさんのクッキー……だと……」



 サティさんの言葉に微笑ましい返しをしているアリシアだが、今の俺はそれどころではなかった。彼女の持つクッキーの入った袋を思わず凝視してしまう。

 デスリッチとの戦いの後の筋肉痛で倒れていた時にサティさんが作ってくれた暗黒物質……じゃなかった、料理が思い出される。



『見た目はちょっとあれですけど、栄養はありますから!!』



 と言ってわたされたあれは魔物の胃袋なら大丈夫かもしれなかったが、人類には早すぎだのだ。



 うう……旅行中にトイレと友達にはなりたくないなぁ……でも、せっかくの気になっている女の子の手作りお菓子なんだぞ……ここで男をみせるべきだろ、アルト!!



「アルトさん、どうしましたか? あ、もしかして甘いものは苦手でしたか?」



 動きが止まった俺を不審に思ったのか、サティさんが心配そうに声をかけてくる。しかも、よく見ると彼女はまるで拒絶されるのをおそれているかのようで……

 ああ、くっそ、俺のために作ってくれたんだぞ。ここで食わなきゃ男がすたる!!



「いえ、大好きですよ。いただきますね。あれ……食えるぞ」

「そりゃあ食べ物なんですから当たり前じゃないですか!!」



 やっべえ、つい本音が!! 俺の言葉に唇を尖らせたサティさんがポカポカ殴ってくる。そのたびに胸がバルンバルン揺れるのを見て、馬車にいる他の客の男たちが羨ましそうにこちらを眺めるが、残念だったな。貴様らが見ているのはスライムなんだぜ!!



「すいません、この前の料理がとても個性的だったもので……」

「う……あれは……本当に悪かったと思っています。昔父にふるまった時に褒めてもらったので、私以外には美味しいのかと……」



 この前の俺の反応を思い出したサティさんは流石に気まずそうな顔をした。ルシファーさーん!! あんたのせいかよ、優しさは時に人を傷つけるんだぜ。



「大丈夫だよ、アルト兄、この日のために私が一生懸命教えてあげたからさ。サティさん、すっごい頑張ったんだよ。ねっ」

「ちょっと、アリシアさんその事は内緒にって言ったじゃないですか!! 別にアルトさんに料理が苦手な子って思われたままじゃ嫌だなって思って頑張ったわけじゃないですから!!」

「はっ可愛すぎる、結婚してくれ」

「何を言っているんです!?」



 つい、本音を漏らしてしまった俺にサティさんが引き続き叩く。まあ、お互い冗談だとわかっているのだ。そうでなければ、サティさんの本気の一撃を喰らったら俺はすぐに死んでしまうからな。


 でも、顔を赤くして恥ずかしそうにこちらを睨んでいるサティさんを見てこの旅行に来てよかったなと思う。そう、この時のおれはあんなことになるなんて思ってもみなかったのだ。

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