15.アグニの残したもの
「おはようアルト兄」
朝起きるとアリシアに声をかけられる。やはり誰かがいるっていうのはいいな。それにしてもやたらとぐっすり眠れたものだ。何か気になっていたことがあったけどなんだっけな。なぜか記憶が曖昧である。
「もー、アルト兄ったら昨日は床で寝ちゃって……運ぶの大変だったんだよ。お酒はあんまり強くないんだから無理しちゃだめじゃないか」
「いや、アリシアなら俺の一人や百人くらい簡単にもてるだろ……」
「ひどい!! 私だって女の子なのに!! もう、アルト兄が酔いつぶれても助けてあげないからね!!」
「あー、悪かったって。俺が言い過ぎたよ。飯をおごってやるから許してくれよ」
俺の軽口にアリシアが頬を膨らまして抗議をする。そんなアリシアの頭を撫でて苦笑する。もちろん、アリシアも本気で怒っているわけではない。
こういう気楽なやりとりは家族同然に育った幼馴染特有の距離感でとても心地よい。
「んー、じゃあ、久しぶりにアルト兄のご飯が食べたいな」
「おー、いいぜ。アリシアの大好きなソーセージもあるから卵焼きと一緒に食べよう」
「わーい、アルト兄大好き!!」
そう言うと彼女が俺の腕に抱き着いて、柔らかい感触に襲われる。うおおおおお。こいつ自分の胸の破壊力をわかってんのか?
落ち着け、俺はお兄ちゃんだぞ!! 自分に言い聞かせる。
「アリシア、言っとくが他の奴にはそう言う事をするなよ」
「何を言っているの、アルト兄にしかこんなことするわけないでしょ……」
俺が注意をするとなぜか冷たい声で言われた。俺は当たり前の注意をしただけなのに……気を取り直して料理を始めるとアリシアはニコニコと笑顔で鼻歌を歌いながら俺がフライパンを振るうのを見ている。
ああ、なんか昔に戻ったみたいでいいなって思っていると、彼女が思い出したかのように口を開いた。
「そういえばさ、アルト兄。この街にアグニっていう魔王四天王が来たらしいんだけど、知ってる?」
「あー、そんなことあったな……確かにここを通ったがブラッディクロスさんが撃退してくれたぞ。それがどうしたんだ?」
あれがきっかけで俺がサティさんの正体を知っていることがばれて……それで仲良くなったんだよな。ついこの前だというのになんだか懐かしい。そんなことを思いだしてちょっとにやっとしていた俺だったが、次のアリシアの言葉でそんなものは霧散した。
「なんかね、この前捕えたデスリッチっていう魔物がいるんだけど、そいつの情報だと、この街に魔王が潜伏しているらしいんだ。それで……アグニがいた場所にその魔王の正体がわかるものが置いてあるんだって。アルト兄、アグニがどこに潜んでいたか知らないかな?」
「え……いや……知らないなぁ……」
俺はどうすればいいかわからずテンパってしまう。デスリッチってあれだよな、サティさんの風呂を覗いたっていう変態リッチだ。ていうかサティさんの正体がわかるものってなんだ? まさか、予備のパッドスライムだろうか?
何が隠してあるとしても、サティさんの正体がばれればアリシアとの対決は免れないだろう。どうする? どうすればいい?
「アルト兄、目玉焼きが焦げてるよ、大丈夫? 水の精霊よ!!」
「うおおおおお!! 悪いちょっと考え事をしていたんだ」
焼きすぎて焦げた臭い匂いが発生するフライパンに、アリシアが魔術で水をそそぐ。あやうく火事になるところだった……
「まったく、アルト兄はドジだなぁ、それとも何か気になることがあったの?」
そう言って、笑いながら問いかけてくるアリシアに俺は何も答える事ができなかった。
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