13.少女アリシア
私とアルト兄の関係はいわゆる幼馴染というやつだ。家が隣で、両親同士も仲良く、私の両親が行商に行ってよく留守にするものだから、小さい頃からよく面倒を見てもらっていた。
二歳上のアルト兄は面倒見がよく、口では文句を言うけれど、よく私に付き合って近所を歩き回る探検ごっこに付き合ってくれた。
しかも、私が疲れたらさりげなく水をくれたり、おんぶをしてくれたり、困った時はすぐ助けてくれた。彼は気が利くし、優しい人だった。
そんな風に構ってくれるものだから、私は両親がいる時でも、アルト兄の元へいっては構ってもらっていた。そんな私達を見て近所の人は「本当の兄妹みたいねぇ」とよく言っていたものだ。アルト兄もそんな風に言われてまんざらでもなさそうだった。
多分一人っ子のアルト兄は、私の事を本当の妹の様に思ってくれていたのだろう。そして、私もアルト兄を本当の兄の様に慕っていた……とか思っているんだろうなぁアルト兄は……
私にとってアルト兄は最初っから初恋の王子さまで、私を助けてくれる英雄で、世界で一番好きな人なのだ。
だから、私の両親が死んだときにアルト兄が「家族になろう」と言ってくれたことはすごい嬉しかった。私の事を妹じゃなく、ちゃんと異性として見てくれていたんだなって胸が熱くなったものだ。
そんな私たちの関係の変化のきっかけは、私が勇者としての力に目覚めた事だった。王都に呼ばれ、彼と別れなければいけないと言われた時は世界が終わるかと思った。
「私は王都なんて行きたくない、私はアルト兄とずっと一緒にいるんだ!!」
そういう風に泣いていると王都から来た人は私にこう言った。
「それでも、君はもう勇者として目覚めてしまったのだ。君がここにいるのならばいつの日か魔王がやってきて襲ってくるだろう。その時力がない君は大切な人すらも守れなくてもいいのかい?」
その言葉で私は絶望する。私がいるとアルト兄が危険に晒される? 魔王たちのせいで……? もしも、ピンチになったら多分アルト兄は私を守ろうとしてくれるだろう。自分のスキルは鑑定という非戦闘スキルだというのに……
そんなの嫌だ……だったら、これまで守ってもらったのだ。今度は私がアルト兄を守れるだけ強くなるのだ。
「よくない……です……私が王都に行けば、アルト兄は助かりますか?」
「もちろんだとも、君が勇者という事も隠蔽すれば、時間も稼げるだろう。後は王都で修業してさっさと魔王たちを倒してしまえば解決さ」
「わかりました……じゃあ、私は王都に行って……勇者になります」
「そうか、王都までの道のりはこの救世の英雄ホーリークロスが安全を保証しよう!」
そうして、私はホーリークロスさんについていく事になった。王都に行くと言った時にアルト兄が少し寂しそうな顔をしてくれて、良かった、寂しいのは私だけじゃないんだなって少し嬉しくなったのを覚えている。
冗談っぽく、アルト兄も王都に……と誘ったら断られてしまった。だけど、私が本気でお願いをしたらきっと来てくれたんだろうなと思う。
そこからは地獄のような特訓の日々が続いた。私を連れてきた人は勇者の血を引いており、剣聖と呼ばれているこの国最強の剣士らしい。
本名はジョニー=カルデックなのだが、なぜか自分の事をホーリークロスと呼ばせ、銀ピカのやたら光る鎧をつけている変わった人物だった。
彼との特訓は地獄のようだった。当たり前だ。勇者に目覚めたとはいえ、それまでの私はただの街娘だったのだから……
慣れない環境や、厳しい訓練で、心が砕けそうになる時だってたくさんあった。だけど、そのたびに私は別れ際に、アルト兄におねだりして渡してもらった彼がいつもつけていたスカーフを抱きしめて、くじけそうな自分に「がんばれ、アルト兄を守るんだ」と言い聞かせて気合を入れるのだった。
アルト兄からもらったスカーフからは彼の匂いがして、懐かしい気持ちと守るべきものの存在を再認識させて私を奮い立たせるのだった。
「よくやった、君にもう教える事はない。君はこの国にあるすべての剣術スキルを修めたよ。そのうち君は私でも勝てなくなるだろう。幼いのによくやったね。君の兄もきっと君をほこりに思うだろう」
半年経つとホーリークロスさんにそう言われた。最近は剣を打ち合っても、勝つことが増えてきたけれど、ようやく私は、勇者として一歩踏み出せたようだ。
ホーリークロスさんは言動こそちょっとおかしいところもあったが悪い人ではなかった。むしろ、私に厳しくしていたのは、私が生き残れるようにするためだという事に気付いていたので、別に嫌いではなかった。
「これは餞別だ。受け取ってくれ。このローブは身につけたものの姿を隠す。四天王や魔王は強敵だ。もし、勝てないと思ったら構わずこれを使って逃げるんだ。君みたいな少女に重荷を背負わせてすまない……私が本当に英雄だったら良かったんだけどね……」
そう言ってどこか悲しそうに笑う彼は、いつもの根拠のない自信に満ちた様子とは違い、まるで私に赦しを乞うようだった。
「ああ、それと、君には免許皆伝の証として、ラブリークロスと名乗るのを許そう。我が一族しか名乗る事の許されない名誉ある特別な呼び名なんだ」
「いえ、結構です」
そうして、私は剣の修行から解放されて、少しの時間だが休暇をもらった。次は魔術の修行が待っているらしい。本当はアルト兄に会いたいけどまだ、我慢する。
だって、今会ったら絶対アルト兄から離れたくなくなっちゃうもん。だからさ、代わりと言うわけではないけれど、ホーリークロスさんからもらった姿を隠すローブを送る。
私の代わりにアルト兄を守ってくれますように、そして、これをみるたびに私の事を思い出してくれますように、そんな祈りを込めて。
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