12.秘密の話し合い

私は眠って横になってしまったアルト兄を大切な宝物を扱うようにしてベッドへと運んだ。先程飲み物に入れた睡眠薬入りの水のおかげか安らかな表情で眠っている。



「アルト兄……私が魔王の手からあなたを救うからね」



 アルト兄をベッドに寝かせてぎゅーっと抱きしめる。冒険者として活動しているからか記憶よりもはるかに、筋肉がついた体に私は胸がドキドキとしてしまう。あとさ……なんだろうね、アルト兄の匂いってすごい落ち着くんだよね……

 もしも、私がただの女の子だったら彼に守ってもらえたかな? などと一瞬くだらないことを思ってしまう。だけど……私は勇者だ。そして勇者だからこそ彼を守ることができるのだ。



「デスリッチ……悔しいけど君の言うとおりだったよ。アルト兄はサティとかいう魔王に魅了されているみたい。じゃなかったら……彼女なんていうはずないのに……」



 私は戦利品の入っている箱を開ける。この箱にはこの国最高の聖女がかけた封印がされており、中からはもちろん、外からも四天王クラスの魔物の力では開ける事はできない。私を含めた勇者パーティーしか開ける事ができないのだ。

 そして、その箱の中にしまわれている頭蓋骨が口を開く。



『そうだろう、貴様の言うアルトとかいう男は魔王の魅了スキルによって洗脳されているのだ。この街に潜んで魔王を監視していた私の部下の報告だ。間違いはない』



 魔王がアルト兄を利用しようとしている。それは目の前のデスリッチからの情報だ。彼は自分の命を守るために魔王の居場所と一緒に私にその事を教えてきたのだ。

 その事を聞いたときは心臓が止まるかと思った。それで、王都から大急ぎでこの街へとやってきたのだ。だから、彼が無事に生きているのを見た時は思わず感極まって抱き着いてしまった。



「でも、なんでアルト兄が……そうだ、アルト兄は鑑定スキルを持っているんだ。だから、それで魔王の正体に気づいたとか……」

『貴様は魔王を舐めているのか? たかが一般人ごときの鑑定スキルでわかるはずがないだろう。それこそ、死ぬほど必死に鑑定スキルを極めないかぎりな……現に貴様の魔物感知でも、魔王が魔物だとわからなかっただろう? 狙われている理由なんて自分でもわかっているだろう。勇者の身内を人質にすれば無効化できるからに決まっている』

「そうだよね……確かにあの人はなんか怪しい感じはしたけど、魔物だとは確信できなかったし……それに、やっぱり私のせいか……だったら私が守らなきゃ」



 デスリッチの言う通り魔王がアルト兄を魅了した理由は私の弱みを握るつもりだろう。現に兄の体内には強力なスライムが侵入していた。最初に再会して抱き着いた時に無効化しておいたが、他にも何かあるかもしれないのだ油断はできない。

 


『不意を撃って魔王を倒す。それしかないだろう、幸い我がアグニに頼んで運んでおいたものがある。それさえあれば魔王にだって負けんよ。我の完璧な作戦の前には、現存する魔物のなかで最強である魔王とて敵ではないわ。はーっはっは、四天王一の知将である我がいうのだ。間違いはない』

「何が四天王一の知将さ、私にボロ負けして土下座して命乞いまでしたくせに……知将じゃなくて恥将でしょ」

『しょうがないだろうが、想定外の事には弱いのだ!! 貴様ら勇者が来ると知っていればちゃんと作戦も考えておいたというのに、不意を突きおって!! この卑怯者が!!』

「君にだけは卑怯とか言われたくないんだけど……本当に知将って呼ばれているの?」

『いや、知将と呼んでいるのは我とその部下だけだが……だが、我の教えたようにあのアルトとかいうガキに胸を押し付けたらメロメロになっていただろう!? あのまま襲ってしまえばよかったのに……そうすればあやつも魅了が解けたかもしれんぞ」

「そんなことできるはずないでしょーーーー!! 胸を押し付けて寝たのだって勇気を振り絞ったんだよ!! すっごいドキドキしたんだよ!! あー、思い出したら恥ずかしくなってきたぁぁぁぁ」



 私は昨日の夜の事を思い出して、頭を抱えて床を転げまわる。私だって子供じゃない。抱き着いたり、その……胸を押し付けたりとかすっごい勇気が必要だったのだ。むしろなんで私は昔は無邪気にできていたのだろうか……



「でも、なんで男の人ってこんなものが好きなんだろう? ただの脂肪なのに……」

『ただの脂肪なんてとんでもない、その胸は至高の宝物なのだぞ、我もそう思うし、先代魔王様も力説しておったぞ。おそらくアルトとかいうガキにとってもそうだ』

「いや、アルト兄にいってもらえるなら嬉しいけど、君に言われるとキモいよ……生理的にきついからそろそろ閉めるね」

『我の扱いぃぃぃぃぃ!! この中暗くて怖いんだが!? ちょ、おま……』



 私は何やら騒いでいるデスリッチを無視して、箱の扉を閉めてアルト兄に以前渡した姿を隠すローブをクローゼットから取り出す。本当は師匠からもらった貴重なローブだったけれど、冒険者をやっているアルト兄が心配で贈ったものだ。ちゃんと丁寧に手入れをしてある。どうやらちゃんと大事にしてくれているようで嬉しい。

 つい、感情が高ぶってローブを抱きしめるとアルト兄の匂いがかすかに残っており、私は胸が熱くなる。



 アルト兄……私が魔王の手からあなたを解放してあげるからね



 私はローブをカバンにしまいながら誓うのだった。

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