7.アリシア

「うーん、そろそろ起きなきゃ……」

「あ……」



 俺が目を開けると、なにやら俺が昨日脱ぎ捨てた上着を宝物のように抱きしめて、その匂いを嗅いでいる恍惚の表情のアリシアと目が合った。



「……」

「……」

「てい」

「ひぎゃぁぁぁぁ」



 俺は可愛らしい掛け声とともに突如襲ってきた、可愛らしくない目つぶしを喰らい激痛とともに目を押さえてベッドの上を転がった。

 何今の? 俺一応中堅冒険者なんだけど、マジで動きが一瞬も見えなかったぞ……勇者やべえよ……



「アリシア、いきなり何をするんだよ!! てか今何をやって? あれ、今俺の服をクンカクンカしてなかった?」

「何を言ってるの? それより、朝ご飯を作ったんだ。せっかくだから食べてよ」



 痛みが引いたのでアリシアに文句を言いながら目を開くと、そこには得意げな顔をしたアリシアがテーブルの上の料理を指さした。

 あれ、俺の上着は? さっきのは幻覚? そんなことどうでもいいだろうと言うかのようにテーブルの上から美味しそうな匂いが漂ってくる。まあ、いいか……



「いつの間にか、料理もできるようになったんだな。お、このオムレツとか俺が好きな半熟じゃん」

「そりゃあね、私だって、花嫁修業しないとね、パーティーのモナって子に色々教わっているんだよ」



 俺の言葉にアリシアは「えへへ」とはにかんだ笑みを浮かべる。花嫁修業か……その姿を想像してしまい少し寂しい感情を抱く。こいつも俺にとってこいつは大事な家族だ。だから誰かと結ばれるなら祝福してやりたいと思う。



 まあ、彼女は勇者だし、外見も可愛らしい少女に育った。

 さらさらの黒い髪に炎のように紅い目、身長はあまり高くないけれど、その存在を主張するかのような胸が何とも目立つ。しかもノーパット、ノースライムである。おまけに家事もできるとなったら周りの男も放っておくわけがないだろう。



「大丈夫だ。アリシアなら可愛いお嫁さんになれるさ。あ、洗濯物もやってくれたんだな」

「本当!! 嬉しいよ、アルト兄。ああ、なんか服の一部がすごい魔物臭かったから、洗っといたよ」



 魔物臭いって……そんなに匂うものなのだろうか? てか、俺が昨日脱いだままの上着が無いんだけど……

 まあ、ちょっと古かったから捨ててしまったのかもしれない。さっきのは……寝ぼけていたから見た夢だろう。常識的に考えて、男の服の匂いを嗅いで喜ぶような奴はいないしな。

 そして俺たちは街に出る。



「わー、アルト兄と一緒に街を歩くのなんて久しぶりだね」

「だなー、王都に比べれば大したことないけど、結構うまい店とかもあるんだ。しばらくはいれるんだろ、案内をしてやるよ」

「バカだなぁ、王都なんかより、アルト兄がいるこの街の方が私は好きだよ。それよりもさ、私に会わせたい人ってどんな人なの?」

「ああ、サティさんって言ってな……」

「ふぅん、サティね……」



 俺は言いかけてどう説明をしようか悩む。もちろん、勇者と話したがっていたサティさんを紹介するつもりだが、いきなり魔王だと言って信じてもらえるだろうか? それに変に警戒をされてしまうかもしれない。


 そんなことを考えていると、何やら広場で騒動が起きていた。何やら大きな木の上に登った男の子が降りれなくなっているようだ。今にも落ちそうな状況に周りはざわついてる。



「アルト兄ちょっと待ってて」

「え?」

「風の精霊よ、私に力を貸して」



 そう言うと隣にいたアリシアは呪文を詠唱すると同時に地面を蹴ると凄まじい高さで飛び上がり、少年の方へと向かっていく。



「きゃーーー誰かぁぁ!!」

「大丈夫、私がいるよ」



 そして、ちょうど力尽きた少年が落ちて悲鳴が上がるが、アリシアはまるでわかっていたかのように空中でその少年を抱きとめる。そして、そのまま綺麗に地面に着地して、あたりが歓声に包まれる。

 その姿はまるで英雄譚の英雄のようで……アリシアは拍手と歓声に包まれながら澄ました顔でこちらに戻ってくる。



「すげえ、マジで勇者だな……」

「えへへ、ありがとう!! 私ってすごいでしょ。もっと褒めてー」



 俺が褒めると、彼女は澄ました顔が一瞬でくずれにへらっと子供っぽい年相応な笑顔を浮かべる。



「でも、危ないよな……今度街の人に頼んで、木に登るなって看板を立ててもらうか」

「うーん、まあ、そこは偉い人が考えるんじゃないかな? また、ピンチだったら私が助ければいいし、それよりも私に会わせたい人ってどんな人なの?」

「ああ、その……友達だよ……」



 まあ、確かにそこらへんは俺たちより、偉い人が考える仕事か……今度、タイミングがあればお願いしておこう。

 そして、俺達は冒険者ギルドにたどり着いた。確かサティさんはお昼で仕事が終わるはず。彼女にアリシアを紹介して、ちょっと話が盛り上がったら魔王だという事を説明すればいいだろう。



「ここだよ、冒険者ギルドにいるはずなんだが……」

「うわぁ、人がいっぱいいるね。あの人とか全身黒ずくめで、シルバー巻きつけてるよ、なんでなんだろ? しかも二刀流って、よっぽどうまく使わないと逆に弱くなるんだけど……そういうスキルを持っているのかな?」


 

 初めて見たブラッディクロスさんを見てアリシアが驚いている。まあ、確かに格好はやばいんだよな。無茶苦茶いい人なんだけどさ……

 そう言えばと俺はふと気になる。アリシアってどんだけ強いんだろうか? 勇者といえ戦闘力99999にどう対抗するのだろう?



-----------------------------------

名前:アリシア=ペンドラゴン

 職業:勇者

 戦闘能力:999

 スキル:魔物感知・精霊魔術・聖魔術・神級剣術・聖剣使い・対魔物特攻 etc

 好感度:99999

 備考:王都にて勇者として必要な魔術や剣術を教え込まれた人類最強の現勇者。今はとある目的のために魔王や四天王を見つけたら即座に殺そうと思っている。

------------------------------------------------



 待ってぇぇぇぇぇ? え、なんでアリシアが魔王絶対殺すとか思ってんの? 昔は別に魔物とか好きでも嫌いでもなかったじゃん。なんかあったのか?

 というか、この状況でサティさんにあわせるのはまずいんじゃ……魔王ってばれたら修羅場になるんじゃ……



「ああ、サティさんは今はいないみたいだ、出直そう」

「あなたがサティさんだね、アルト兄がいつもお世話になっています。私はアリシアと申します」



 アリシア何やってんのぉぉぉぉぉぉぉ!! てか、なんでサティさんってわかるんだよぉぉぉぉぉ!!!

 俺が色々と誤魔化して帰ろうと言う前に、受付にいるサティさんに声をかけるアリシアをみて頭を抱えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る