5.魔王としてのサティさん
「一体何事ですか!! 街の中での私闘は禁じたはずですよ!!」
サティさんの一声で、場の空気が一変する。ざわざわと騒がしかった野次馬たちは押し黙り、先ほどまでエキサイトしていた当事者たちも、彼女の顔を見ると少し冷静になったようだ
この顔はアグニと山で会話をしていた時の凛としたサティさんだ。これもまた魔王としての彼女の顔なのだろうな。
見たところ人狼と人間が言い争っているようだ。
「聞いてくださいよ、魔王様!! こいつがニセモノの薬草を俺に売りつけたんですよ」
人狼が木箱にぎっしり詰まっている薬草を指さすと、屈強な体つきの人間の男が反論をする。
「違うだろ、俺はちゃんとお前が欲しがっている物を持ってきたじゃないか!! それなのにいちゃもんを付けてきたのはそっちだろ。俺がここに来たばかりだからって適当なことを言って、金を払わない気だろう」
「じゃあ、なんで体力回復の薬草を渡してきたんだよ、俺が欲しがったのは魔力回復のポーションの原料だぞ」
「二人とも落ち着いてください!! つまり、注文が違ったという事でしょうか? どちらが言い間違えたとかは……」
「「こいつが悪い!!」」
サティさんの言葉に二人は指を差しあってにらみ合う。こりゃあ、水掛け論になりそうだ。なにか突破口はないだろうか。
「俺はちゃんと見本の薬草を見せて、この薬草を取ってこいって言ったんだ。ほら現物だってここにありますよ」
「すでにしなびてますね……」
確かに、得意げな顔をしている人狼が見せてきた薬草はすでにしなびて、変色してしまっている。
「元からこんなもんでしたよ、だから、俺は回復ポーションの原料をちゃんと採ってきたのに……」
「何を言っている、こんなもの匂いを嗅げばわかるだろうが!!」
人狼はそう言うが、鼻が発達した人狼ならばともかく、ただの人間の俺にはわからない。サティさんも同様な様で首をかしげている。
俺は鑑定スキルを使ってその薬草を見てみる。
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魔力草
すりつぶして飲むと魔力が回復する不思議な草。魔王城の付近の平原でよくみられる。見た目に特徴はない。最近肌がツルツルになると言われはじめ女子に人気。
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人間達の街ではあまり流通していない草だ。まあ、魔法を使える人間自体一部だしな。俺達の街でもあまり需要と供給がないためか見ることは無い。でも、それで原因がわかったかもしれない。
「人狼の人、いつもこの人にお願いをしているんですか?」
「ん? 嗅ぎなれない匂いの人間だな、魔王様の友人か……いつもは人狼の仲間に頼んでいるんだが、そいつが怪我をしていたんでな。こいつが元々は冒険者をやっていて薬草採取も慣れているっていったから任せたんだよ」
「だから、薬草をちゃんともってきただろうが」
再び喧嘩を始めそうな二人を見ながら、俺は考えられる原因をサティさんに説明をする。すると彼女も納得してくれたようだ。あとの説明はよそ者の俺よりもサティさんがしたほうがいいだろう。
「二人とも原因はわかりました、確かにエドワード、あなたが見せた薬草は魔力を回復する効果を持つ薬草でした」
「ほら見ろ、俺が正しい!!」
エドワードと呼ばれた人狼が得意げな顔をして、人間の冒険者が不満そうな顔をする。まるで魔物ばかり贔屓しやがってとばかりに……
でも、俺は不思議と心配はしていなかった。だってサティさんだもん。
「ですが、彼等人間は匂いではわかりませんし、他の種族も同様です。そして、冒険者の方もちゃんと確認すべきでしたね。人間達では薬草と言えば体力回復用かもしれませんが、魔物たちは魔力を回復する薬草を指す種族もいるんです。彼ら人狼は人に変化するときに魔力を消費しますからね。今後は紛らわしいので、記号で商品を示すようにしましょう。市場ではそれを使うように徹底させるように私の方で手配をしておきますね」
「ありがとうございます。でも……これはどうしましょう」
エドワードが弱った顔でつぶやく。サティさんの言葉で原因はわかった。結局は種族の常識のすれ違いだったのだ。人狼と人で薬草がどんなものを指すかが違ったのだ。
どっちも悪いし、どちらも悪くないと言える。さて、どうするかと考えるとサティさんはにっこりと笑った。
「幸い人間達の街ではそちらの薬草を重宝しています。伝手があるので、私が買い取りましょう。そして、その薬草を売ったお金で再度冒険者さんに依頼をしてくださいね。お二人とも相場よりは安くなってしまいますが、勉強代として割り切ってください」
「あ、そういえば冒険者ギルドで薬草を欲しがってましたね」
そう言うとエドワードも、冒険者もほっとしたように安堵の吐息を漏らす。ただ働きは免れたのだ。これで、薬草の売れ先も決まったし、改善点も示した。こうして問題は解決したといえるだろう。
「アルトさん、さっきは助かりました。本当にありがとうございます」
「いえいえ、お役に立ててよかったです。ああいう事は結構起きるんですか?」
「そうですね……やはり、色々と問題は起きます。でも、こうやって色々と話し合って解決をしていけば魔物と人間もいずれか分かり合えると思うんですよ」
そう言って彼女が見つめた先には先ほど喧嘩をしていた二人が仲直りとばかりに酒を飲み交わしている姿だった。
そして、これが彼女の魔王として理想だという事だろう。そんな彼女を見て、俺は素直にすごいと思った。
「俺はサティさんならできると思いますし、友人としてその夢の力になりたいと思います」
「ふふふ、お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」
ちょっと恥ずかしそうに笑うサティさんに俺は真剣な顔で首を横に振る。そして、怪訝な顔をした彼女に今日感じた事を伝える。
「お世辞じゃないですよ、俺は一般的な魔王って言うのがどういうのかは知りません、ですが、サティさんが魔物に慕われているっていう事はわかりました。子供たちの態度もそうですし、魔物たちも俺がサティさんの友人だと知ると警戒することなく迎えてくれました。そして、さっきの騒動でも魔物のいう事を聞くのではなく、人間の言い分も聞いてちゃんと原因を探り、改善案を出してくれました。そんなサティさんなら本当にできると思うんです。それに……そんなサティさんの友人として俺も力になりたいと思ったんです。俺は今日魔王城に来て本当に良かったと思いましたよ」
「アルトさん……ありがとうございます。その……魔物じゃない……友人に褒めてもらうとなんかすごい嬉しくて照れ臭いですね」
そう言って、夕日を背後に笑う彼女はとても可愛らしくて、頭にのせられた純白の草冠が夕日に反射して何とも神秘的だった。まるで……聖女だな……などど魔王相手にどうかと思うような感情を抱いてしまった。
そして、俺は幼いダークエルフに言われた言葉を思いだす。今しかないよな。
「そういえば言うタイミングを逃したんですがサティさん、その草冠とても似合っていますよ、すごい綺麗です」
「え、は、え……何をいきなり言うんですか、アルトさんのバカぁ!!」
そう言って恥ずかしながら俺を殴るふりをするサティさんは普通の少女のようで、なんとも可愛らしかった。
『プラス100点』
脳内に声が響く。サティさんが動くたびに揺れるパットスライムもお気に召してくれたようだ。
そうして、俺達はワイバーンに乗って帰路に就く。晩御飯も一緒にと思ったがサティさんは明日は朝早くから仕事のようだった。何でそんな日に……と聞くと、「だって魔王の私を知ってくれるって言って嬉しかったんですもん、少しでも早く知ってほしかったんです、だめですか」と言われた。
返事? そんなんもちろんダメじゃないです。クッソ可愛いですだよ。いやさすがに本人には言えなかったけどさ……
そんなこんなで解散した俺は鼻歌を歌いながら自分の宿に戻った。サティさんと俺結構いい感じじゃない? 無茶苦茶かっこよくてかわいいよな、あの人。
ちょっとにやにやしながら、扉を開けた瞬間だった。何者かに抱き着かれる。胸の中に柔らかい感触が押し付けられる。これはスライム……いやおっぱいだ。
「アールト兄、会いたかったよー♪」
「誰だ!! ってアリシアか? お前帰ってくるとはいえ早すぎない? 普通ならもっとかかるだろ」
「一秒でも早く会いたかったんだよ。サプライズってやつだよ。その分うれしかったでしょ。ああ、アルト兄の匂いだ。癒される」
そう言うと彼女は俺の胸元に鼻を押し付けて、匂いを嗅ぎやがる。本当に昔から甘えん坊である。ってか汗臭くないの? 大丈夫?
「アリシアももう子供じゃないんだからあんまりそういうことをするなっての」
「だって、久しぶりにアルト兄にあえて嬉しいんだもん。アルト兄は嬉しくないの?」
「いやぁ、そりゃあ嬉しいけどさ……」
抱き着いてくるアリシアの頭をポンポンとしてやる。しかし、こいつが勇者としての力に目覚めて二年か……元々こいつは甘えん坊だったし、これくらいは仕方ないのかもしれない。
でもさ……そのこいつしばらく会わないうちに色々大きくなってるんですけど!? 別れた時はぱっと見少年みたいだったのに……
「それにしても色々と大きくなったな」
「そりゃあ、成長期だからね。王都では結構栄養のつくものを食べさせてもらってるし。ところでさアルト兄……」
「ん? なんだ?」
甘えた猫の様に俺にじゃれていたアリシアの目がスゥーと感情を失って、俺を見つめる。
「アルト兄から魔物の匂いがするけど、どこに行っていたの?」
知ってるか、魔王からも逃げられないが勇者からも逃げられない。いや、本当に何なのこれ!!
------------------------------------------------------------------------------------------------私事ですが、昨日ワクチン打ったせいで熱が出ているので、感想の返信はなおったらになります。
すいません
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