第6話 魔王からは逃げられない
俺は冷や汗をだらだらと流しながら言い訳を考える。手紙を落としたのってあの山の中だったのかよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
彼女は人間と和解をしたいと言っているが、秘密を知ったらどうなるかまではわからない。昨日のボロ雑巾の様に切り刻まれていたアグニの泣き顔が思い出される。
「あの……その……えっと……」
俺から出た言葉は何とも情けないものだった。だって何て言えばいいかわからないじゃんこんなのさ……
ガタガタ震えて涙目のそんな俺の様子に毒気を抜かれたのか、サティさんがいつものようにクスリとわらう。
「そんなに怖がらないでください、私だって別に命を取ろうと……」
「やっぱりお前たちできてやがったんだな、俺様に恥をかかせやがってよ」
何かを言いかけたたサティさんの言葉を遮断したのは、いつぞや冒険者ギルドで絡んできたノイズだった。彼はブラッディクロスさんに殴られ、怪我をした顔に包帯を巻いたままの姿で俺達を怒鳴りつける。
「お前らのせいで俺はこの街を出て行かなくちゃいけなくなったじゃねえかよ。受付嬢やザコ冒険者ごときが、ぐだぐだ文句を言いやがって。俺達は命をかけてるんだから胸を触るくらいいいじゃねえか、それともその胸はかざりか?」
「あ? 何ていいました?」
うおおおおお、胸は飾りかという言葉に反応して、サティさんの顔に一瞬青筋がたったのは気のせいではないだろう。そうだよ、その胸は飾りだよ、スライムなんだよって言いたいがそんな事をいったら
次に殺されるのは俺だろう。
「なにを言っているんだ? お前がこの街に居ずらくなったのは、無様に叫びながら魔竜アグニの討伐から逃げたからじゃないか。俺達のせいじゃないだろうが!!」
「うるせえ、元はと言えばその女が騒いだのが原因だろうが!! このままじゃ俺の気が済まねえんだよ。お前の方はどうでもいい、その女を見捨てて無様に命乞いをしたら許してやるよ」
そう言うとノイズは腰に差している武器を抜きやがった。こいつマジかよ……俺は一瞬このまま逃げようか迷う。だって、サティさんは魔王だし、本気を出せば俺よりも上とはいえBランクなんて瞬殺だろう。
だけどさ、ここで本気を出してしまったら彼女はこれまでのように受付嬢としては生きていけなくなるだろう。彼女はなんだかんだ心優しい魔王だ。ノイズを殺しはしないだろう。
だが、彼女が力を使えば只者ではないという事がばれてしまう。ノイズが黙っているとは限らないし、人通りが少ないとはいえ目撃者がいるかもしれない。
彼女は確かに魔王だけど……いつも優しい虚乳な受付嬢でもあるんだよな……なれないクエストに苦戦している俺にアドバイスをくれたのも彼女で……ランクが上がらない時に愚痴を聞いてくれたのもたのは彼女で……俺が可愛いなぁ、付き合いたいなぁとか思って憧れていたのは彼女なのだ。魔王だからって、それまで、受付嬢として優しくしてくれた彼女の行動や言葉までが嘘になるわけではないのだ。おっぱいは嘘だったけど……
そう思ったら身体が勝手に動いていた。
「アルト……さん?」
「サティさんはただの受付嬢なんですから、こういうのは俺に任せてくださいよ」
「はっ、雑魚が!!カッコつけたまま死ね!! そのあとはその女で楽しんでやるよ」
名前:ノイズ=デイズ
職業:冒険者
戦闘能力:81
スキル:中級剣術、一閃
女性経験:0
備考:素行が悪く、問題をおこしては次の街に行き冒険者をやっている。
俺の戦闘力は52だからまともにやったら勝てないだろう、だけど……俺には鑑定のスキルがある。彼が正眼に武器を構えると同時に俺は相手に向かう。普通だったらどんな攻撃がくるかはわからないけれど、鑑定でこいつを見た俺には相手が何をしてくるつもりかわかった。
「一閃!!」
それは超高速で剣をまっすぐに振るう剣のスキルだ。実力があったらまず回避をできない技だ。だけど……くるとわかっていればかわせないこともない。
そして、勝利を確信して剣をふるう相手の一撃を半身に体をずらしてかわし、カウンター気味に顎に拳を放った。
「ぐべらぁ」
「知ってるか、戦闘力が勝敗を決めるわけじゃないんだよ。スキルが大事らしいぜ」
俺は拳が痛いのを半泣きになりながら我慢して、脳を揺さぶられて意識を失い倒れるノイズに勝利のセリフを吐いた。実際の所まともに戦ったら勝てなかっただろう。
相手が格下だと油断していたのと、俺が鑑定スキルを使って相手の攻撃がどんなパターンがどんなものがあるかを知っていたから動いただけに過ぎない。
これは魔王であるサティさんが戦闘力で同等のアグニを倒したのを見て戦闘力だけではなくスキルで勝敗は決まるのだと自信をもてたからこそできた行動である。
てか、決まってよかった……こいつマジで俺を殺す気でかかってくるんだもん、頭おかしーんじゃねーの? 普通に犯罪だぞ。
「なんで……私の正体を知っているのに助けたんですか? ノイズさんはあなたよりもランクは上でしたし、殺すつもりでかかってきていたんですよ。私だったらこんな相手……」
「正体? 何のことでしょうか? いつもお世話になっている受付嬢のサティさんが乱暴な冒険者にからまれていたから助けただけですよ」
「アルトさん……あなたって人は……」
彼女の言葉に、魔王でもなんでもない受付嬢のサティさんを守ったのだと伝えると、彼女はなぜか顔を真っ赤にして駆け寄ってきた。
そして、サティさんははぎゅっと俺の腕に身を寄せる。すると柔らかい感触が腕を支配する。一瞬だらしない顔をしそうになるが、スライムなんだよなと思うと冷静になれた。
しかし、冒険譚の英雄になった気分でちょっと嬉しい。それと何かいい雰囲気になったので誤魔化せたかなと思っていると、サティさんが可愛らしく首をかしげて問いかけてきた。
「あ、やっぱり偽乳では興奮しませんか?」
「ええ、一瞬にやけそうになりましたがスライムだなと思うと冷静に……あっ」
「アルトさん……やはり、私の正体にきづいていたんですね」
やっべえ、つい本音が……そういうトラップかよぉぉぉぉ!! 俺は慌てて逃げようとするが、すさまじい握力で腕をつかまれているため、その場から離れることが出来ない
知ってるか? 魔王からは逃げられない。
「やっぱり、知っていたんですね……でもなんで私のこれがスライムっていう事もわかるんですか?」
「いや、その……今のはですね……言葉の綾と言いますか……」
「ああ。もしかして鑑定スキルですか……極めるとそこまでわかるんですね、私の正体にきづいたのもそれですか……」
終わったぁぁぁぁぁ、どうすりゃいいんだよ。これ。全てばれているんだけど……俺って口封じに拷問でもされるのだろうか? 昨晩見たアグニの泣き顔が浮かんできた。
「すいません、命だけは許してください、ぜったい誰にもいわないので……」
「そうですねぇー、私のお願いを聞いてくれたら許してあげますよ」
「お願い……ですか……」
彼女の言葉に俺は恐る恐る尋ねる。どんな無理難題をおねがいされるのだろうか。
「はい、私がひいきにしているご飯屋さんがあるのですが、よかったら一緒にきてくれませんか?」
「そんなことでいいんですか?」
「はい、それで許しちゃいます。ちなみに……私、ご飯を誘うのはアルトさんがはじめてなんですよ」
そう言って少し照れくさそうに笑う彼女はなんとも可愛らしかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます