第5話 魔王の視線

「うおおおおお、魔竜アグニが去ったぞぉぉぉぉぉ!!」

「俺達に恐れをなしたんだぁぁぁぁ!!」



 翌日緊急ミッションという事でブラッディクロスさんを先頭にして、四天王であるアグニが目撃された山へ向かった俺達が見たものは、威圧感たっぷりの声で『我は人に害するつもりはない、ただここで休んでいただけである』と言って飛び去って行ったアグニの姿だった。

 いやぁ、かっこいいな。昨日の夜にサティさんにボコられて、泣きながら命乞いをしていたなんてとてもじゃないが思えないぜ。



「しかし、これで金をもらっていいのかな。俺達何にもしてないんだが……」

「いいんじゃねーの? それより軽く飯を食おうぜ。アルトも付き合えよ。ブラッディクロスさんもくるってさ」

「まあ、今日は稼いだからいいか……」



 時々パーティーを組む仲間に飯に誘われたのでついていく事にする。結局何もしなかったが、冒険者ギルドからは報酬が払われるという事で、俺を含めた冒険者たちはすでに宴会ムードである。ここの飯なんだかんだ美味しいんだよな。

 ふと受付を見たがどうやら今日はサティさんはいないようだ。まあ、緊急ミッションの後始末だったり、魔王の仕事で忙しいのかもしれない。



「そこで、私が言ってやったのだ。この街に手を出すのならば、私を倒してからにしろとな!! そうすると奴は私に恐れをなしたのか去っていったのさ!!」


 

 食事会はというとブラッディクロスさんの独壇場だった。先行したブラッディクロスの後をサポートするため追いかけていた俺達が、目撃したのは捨て台詞を吐いてさっていくアグニだったわけで、彼がどうアグニを説得したのかを、見たものはいないので言いたい放題である。でも……彼が命をかけて先陣を切ってくれたのは真実なのだ。だから真実はどうあれ俺達にとって彼は尊敬すべき冒険者なのである。

 そんな本当か嘘かもわからない話で冒険者たちが『ブラッディ!! ブラッディ!!」とまるで英雄の生誕を祝福するかのように歓声をあげているのを見ていると、すさまじい圧力の視線を感じた。



「じーーーーー」

「うわぁ!!」



 俺が振り向いてみたものは少し離れたドアからこちらをじーっと睨むように見つめている私服のサティさんだった。いや、顔半分とおおきな胸(スライム)が隠れていないんですが……やっぱり、あの胸は自分の身体ではないから感覚がつかめないんだろうか? などと失礼な事を考えていると、楽しそうに話していたブラッディクロスさんもサティさんに気づいたようで、意気揚々と話しかけに言った。



「サティさん、そんなところでどうしました? もしや今回の英雄である私にお褒めの言葉を頂けるとか……? それならば遠慮なく言ってください。サティさんに褒めていただけるのならば魔王だってたおしてみせましょう」



 そう言うと彼は必死に練習したであろうウインクをしてキメ顔で言った。すげえ、ガンガン行くなぁ。ジョンさん。やっぱり英雄と言われてテンションが上がっているのだろうか? そんな彼に対して、サティさんはと言うと……



「じーーーーーー」

 


 ブラッディクロスさんをガン無視で俺をみている。どうしたんだ? もしかして俺がサティさんがパットだという事を知っているとばれたのか? いや、姿は完全に消していたはず……ってか、ブラッディクロスさんが泣きそうな顔になっているんだけど……



「ちょっと用事があるから、俺はそろそろ抜けるわ」

「おう、またなー」


 

 嫌な予感がした俺は仲の良い冒険者に声をかけて、早々とその場を去る事にした。





 その後も、武器屋、道具屋や、はたまたちょっとエッチなお店の受付なども通ったが視線によるプレッシャーが途切れることはなかった。いや、エッチな店に近付いた時は一瞬視線のプレッシャーが消えたな。でも、そのあと更なるプレッシャーを感じたものだ。



「そろそろいいかな……」



 しばらく街を歩いた俺は人通りの少ない路地裏へとやってきた。ここは普通の市民は入らないし、冒険者だって用がなければ入らないような所である。

 俺が通路の途中で足を止めるとコツンコツンと足跡が響く。やっぱり普段隠れたりしないからこういうことは苦手なんだろうか。そんな事を思いながら俺は後ろを振り向いて声をかける。



「それで……何の用ですか? サティさん。俺何かしちゃいました?」

「流石アルトさんですね、やっぱり気づかれてしましましたか。ちょっとお話をしたかったんです。ここは人が少なくてちょうどいいですね」



 俺の言葉に彼女はいつものように優しい笑顔を浮かべながら答える。昨日見た魔王モードじゃないっていう事はまだ、俺が秘密を知っているとは確信をしていないってことだろう。どうして俺を疑うか知らないが、何とか知らないふりをして、誤魔化そう。



「それでお話ってなんでしょうか? もしかしてデートのお誘いだったり? それならすごい嬉しいですね」

「あはは、そうですね……私もアルトさんなら全然オッケーなんですが、その前に確認したい事がありまして……昨日の夜は何をしてましたか?」



 サティ―さんがそう言った瞬間、心臓を鷲掴みされているようなそんな錯覚に襲われた。あっぶね、死んだかと思ったわ。すごいプレッシャーである。



 まさか、昨日つけていたのがばれたのか? じゃあ、なんでその場で捕えなかったんだ? 泳がされた? まさか、俺の幼馴染が勇者だから人質にするつもりか? いや、でも、彼女は昨日人間を理解し和解したいと言っていた。ならば直接手を出すようなことはしないはず……

 頭の中をぐるぐると思考するが答えが出ない。何か答えなければと俺は咄嗟に言い訳をしていた。



「昨日は今日のための準備をしてましたよ、魔竜アグニと戦うんで緊張してちょっと散歩もしましたが……」



 万が一外出しているのが目撃されていた時用につっこまれてもいいように散歩をしていた事にする。



「へぇー、散歩ですか。アルトさんはどこに行っていたんですか? 例えば……山とか……」

「山……そんなアグニがいるかもしれないのにそんな危険な所にはいかないですよ」

「そうですよね、あそこは危ないですもんね」



 俺が愛想笑いをすると、サティさんもつられたように笑う。よかった誤魔化せたかな。



「じゃあ、何であなたにギルドで渡した手紙が山に落ちていたんでしょうね、アルトさん」



 そう言って、満面の笑みを浮かべて俺に手紙を渡してくるサティさんに俺は何もいう事はできなかった。

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