十三章    のいない世界で

 邪神を破魔矢の中へと閉じ込め祠に封印することに成功したアオイ達はしばらく平穏な生活を送りながら瑠璃王国再建へと向けて尽力していた。


「今日は食料を調達する為に森へと向かいますよ」


「俺も行く。力仕事するより獣を狩る方のが楽だ」


食物庫の中身が少なくなっているのに気づいたハヤトがそう言うとユキが名乗りを上げる。


「それならハヤトさんとユキとキリトさんお願いね」


「分かった。では、行くぞ」


アオイの言葉にキリトが答えると三人で里の近くの森の中へと向かていった。


「これは猪の足跡ですね。この近くにいるようです」


「そんじゃ、いつでも戦えるように準備しとくか」


獣道にできた真新しい足跡を見てハヤトが言うとユキがそう言って長剣を構える。


「いたぞ」


「「!」」


キリトが声をあげると二人は身構えて様子を窺う。


「……ハヤト何をしている? お前が一番前にいるのだからお前が斬り込まなくてどうするんだ」


「ははっ。いえ、すみませんね。こういう時いつも一番に突っ込んでいく人がいたような気がしたのですが、オレの記憶違いですかね。分かりました。では改めて……行きますよ」


一行に動かないハヤトへとキリトが怪訝そうに声をかける。それに彼が苦笑いして答えると大太刀を構え猪へと斬り込んでいった。


「こいつ以外にでかいな。弱点を突かないと倒せなさそうだ」


「ああそうだな。……お前はこういうことに詳しかったな。確認するがこいつの弱点は――――」


「キリト?」


ユキの言葉にキリトがそう言って誰もいない空間へと視線を向けはっとする。その様子にハヤトが怪訝そうに声をかけた。


「……いや、弱点は足だろう。どんな動物であれ足を切られれば身動きがとれなくなるからな」


「そんじゃ、あいつの隙をついて足を攻撃って事で」


「ええ。行きますよ」


小さく頭を振うと意識を戻し彼がそう答える。それに二人が相槌を打つとハヤトがまず猪の気をひくために足を踏み出す。すると相手は動くものに反応し突っ込んでくる。


そこにユキがすかさず長剣で足を狙い斬り込むが以外に分厚い筋肉により一発では猪の足にダメージを与える事が出来なかった。


そこにキリトが二刀を構え猪が方向転換して突っ込んでくる前に斬り込み倒す。


足を切断され動けなくなった猪にハヤトがとどめを刺して狩りは終了した。


「さて、こいつをどう捌くか……」


「そういえば、あんたたしか捌くの得意だったよな……!?」


「ユキどうかしましたか?」


刀を仕舞いキリトが言うとユキがそう言いながら誰もいない空間を見て驚く。その様子にハヤトが心配して尋ねる。


「いや、面倒だけど里まで運んで捌ける奴に捌いてもらおう」


「結構大きいですが、皆で運べば何とかなるでしょう」


彼が何でもないといいたげに答えるとハヤトも同意して三人で大きな猪を担いで帰った。


一方その頃里の中で作業をしているアオイは昔の資料を基に国造りをしようと考えルシフェルから借りた本や古い巻物に目を通していたのだが……。


「う~ん。倭国の文字は読めるけど、ルシフェルさんから借りた本の文字は解らないわ。ねえ、これなんて書いてあるかあなたなら解るんじゃ――――!?」


独り言を呟き隣へと視線を向けるもそこには誰もおらず彼女は大きく目を見開く。


「私ったら何言ってるんだろう。そこには誰もいないのに……」


自分自身の発言に困惑した顔で呟くと本を持ちアレクの下へと向かっていった。


アオイが文献に目を通している間広場では女性陣が集まって縫物をしていて、お喋りをしながら手元を動かして作業をしている。


「麗奈は見た事のない縫い方をするのね。それに出来上がったものもこの国にはない作りだわ。やっぱりそれも向こうの世界の知識なのかしら」


「はい。そうです。向こうではいろんな世界の文化が混ざり合っていていろんなものを生み出していたんですよ」


「この国もいずれそうなっていくのかもしれないわね」


サキの言葉に麗奈が返事をして答えるとアゲハがそう言って微笑む。


「う~ん……ここは生地が厚くて縫いずらいですね。あ、そう言えば手先が器用でしたよね。これをお願いし……」


「レナ?」


「どうしたの?」


麗奈が笑顔で声をかけた先には誰もおらず尻つぼみになる言葉を飲み込み暫く呆然とする。その様子にアゲハとサキが心配そうに見詰めた。


「い、いえ。アゲハさんこれお願いしてもいいですか?」


「劇団員の服も人形も縫うのよ。これくらいお安い御用だわ」


慌てて首を振って答えるとそう頼む。それに微笑み彼女が答えると麗奈の手から布を貰い縫い合わせていく。


「さあ、これで完成ね。それじゃあこれを運ばなきゃ」


「そうね。ねえ、あなた力仕事も得意だったわよね……!」


「アゲハさん……」


サキの言葉に出来上がったマットやカーテンや布団などといった品物を見てアゲハが誰かへ向けて声をかけるが、自分自身で途中で言葉を飲み込み驚く。その様子に麗奈がそっと声をかけた。


「あら、私ったら疲れてるのかしら? ごめんなさいね。そこに誰かいたような気がして……気のせいよね。男共を呼んでくるからちょっと待ってて」


アゲハがふっと笑うとそう言って男性陣を呼びに立ち去る。


彼女等がそんなことを話し合っている間イカリは木材となる木を建設中の建物の前へと運んでいた。


「痛い!」


「イヨ殿大丈夫ですか」


その時近くで作業を手伝っていたイヨが転んでひざをすりむいてしまったようで痛みにしゃがみ込む。


その様子に彼が気付き慌てて近くへと駆け寄る。


「怪我は大したことはないようですが、悪化するとよくないですね。すぐに応急処置をせねば。あなたは確か応急手当てできましたよね。……っ」


「ちょっと、何一人でぶつぶつ言ってるのよ」


イカリが誰かへと向けて声をかけるがそこには誰もおらず彼は目を見開く。その様子にイヨが怪訝そうに声をかけた。


「い、いえ。薬師のもとまで運びますのでどうぞ背中におぶさってください」


「……まったくイカリったら。もうあの子はいないのに……? あの子って誰だっけ?」


イカリが慌てて返事をすると彼女をおんぶして薬師の下まで運ぶ。その背に背負われながらイヨが小さく独り言を零すも自分自身の言葉に疑問を抱き不思議そうに首を傾げた。


その疑問が解決することはないまま気にしてもしかたないと頭から払い除ける。


イカリが彼女を薬師の下へと連れていっている間アレクはアオイと別れ大量の資料を仕舞うために資料庫へと訪れていた。


「さって、これを全部元の場所に戻さないといけないんだよね……はぁ~。めんどうだな」


一旦資料を机の上へと置くと盛大に溜息を吐き出し愚痴る。


今までこんな苦労などした事のない王子がいきなり力仕事をするのだからそう思っても仕方のない事だろう。


「だけどアオイのために頑張ろう。えっと……これはここの棚で、こっちはあっちの棚か」


自分自身へと檄を飛ばすとそう言いながら資料を棚へと戻す。


「あ、アレクお疲れ様」


「アオイ! 来てくれたんだね」


「うん。アレクが一人で頑張ってるって聞いて……少し休憩しない」


一時間ほど一人で頑張っているとアオイが部屋へとお盆を持って入って来る。彼女の顔を見たとたん笑顔になる彼へと姫が言うと椅子へと座る。


「ねえ、アレクは瑠璃王国再建するのに、どんな感じの都を造れば一番いいと思う?」


「ん~。そうだね。倭国の文化とぼくの国の文化を混ぜたらきっといい感じの都ができるんじゃないかなって思ってる」


「それは私も思ってるわ。この国はまだ技術的には帝国ほどの技術はないもの。だからこそアレク達の力が必要なの」


お茶を飲みながらアオイが尋ねると彼も考え深げな顔で話す。それに彼女も同意して頷く。


「アオイのためならひと肌でも二肌でもぬぐよ」


「それを言うなら一肌脱ぐじゃないかしら?」


アレクの言葉におかしそうに笑いながらアオイが言う。


「細かいことは気にしないで。そう言えばさ、こういう難しい話得意な奴がいたよね」


「へ? 誰の事」


彼が言うと彼女が不思議そうに首をかしげて尋ねる。


「いただろ。えええっと名前は……!?」


「アレク?」


そこでアレクは自分自身の言葉にハッとして口をつむる。その様子に不思議そうな顔でアオイが声をかけた。


「う、うんん。やっぱり何でもない。ぼくの勘違いだったみたい。あ、でもハヤトとユキとレナは異世界の知識があるからその技術で国造りのいい案が浮かぶかもしれないよ」


「そうね。後で皆に聞いてみるわ」


慌てて首を振ってごまかし笑いしながら彼が言うと彼女も同意して頷く。


暫くお茶を飲み休憩するとアオイも手伝い二人で資料を戻す作業を開始した。


そうして皆が働いてくたくたになった頃に空には煌く満点の星空が広がっていて、それを見上げる人の姿があり、マサヒロはそっと近寄る。


「こんなところで何をなさっているのです?」


「いえ、こんなにも星が美しくまるでかたりかけるかのようにきらめく夜には、物思いにふけってしまうのですよ」


彼の言葉にふっと微笑みトウヤが答える。


「姫様方のおかげで邪神は破魔矢に封印されました。これで世界は平和になったのです。ですが世界が平和になったのと引き換えにおれ達は何かを失った……そう感じてしまうのです。この胸の穴は塞がることはなく、悲しみの正体が分からずじまいで、なんとも言えない気持ちになるのですよ」


「俺達は誰かを忘れるのと引き換えに俺達はいまここにあれる。そういう事ですね」


トウヤの言葉にマサヒロがそう答えた。


「こんな思いを残して等の本人は二度と会えない遠くへと行ってしまうとは……こんな思いを残されるくらいならそれすらも忘れさせて欲しかったですよ」


「この悲しみも胸の穴が塞がることもない。このような気持ちすらも忘れる事こそがその人にとっての願いなのかもしれませんが、忘れるといってもそう簡単ではありませんからね。いっそのこと最初からなかったことにするくらいなら、記憶と共にこの気持ちも持って行ってもらいたいたかったですよ。まあ、そんなこと言ったところでその人も困ってしまうかもしれませんが」


彼の言葉にマサヒロが言うと小さく笑う。


「俺達はなにを忘れて、何が残されたのか……この謎はずっと解らずじまいなのかもしれませんね」


「だとしたとしても、この胸に広がる途方もない何かを忘れてしまった悲しみの正体を掴みたいと願うのは……それがおれ達にとって大切な人だったから……なのかもしれませんね」


二人で話し合うとそっと夜空にきらめく星々へと視線を向けた。胸にぽっかりと開いた風穴の正体を探るかのように誰か分からないその人を探すかのようにただ黙って空を見つめ続けた。


トウヤとマサヒロが話を終える頃に夕食が出来上がり広場に集まり皆でご飯を食べる事となる。


「本当にこの物語は面白いわね。何度聞いてもまた聞きたくなるわ」


「私もこの物語大好きなんです」


皆で雑談し笑いあっているとサキがそう言って微笑む。それにアオイも頷いた。


「アオイ様はいろんな物語を知っておいでなのですね」


「違うの。私も最初は知らなかったんだ。旅をしている時イカリとレナが教えてくれたの」


タカヒコの言葉に彼女がそう言うと二人へと視線を向ける。


「……」


「い、いえ。私も聞いて知ったんです。ええっとたしか……キイチさんから聞いたんだと思うんですが」


アオイの言葉に何事か考えこむイカリ。麗奈も慌てて答えようとするが誰に聞いたのか思い出せず数秒悩むがすぐに浮かんだ答えにそう口に出して伝えた。


「さすがは旅芸人の団長をやっているだけはあって、いろんなお話を知っているんだな」


「え、いやー。これはオレが知ってるっていうか。オレも人に聞いて……そうそう、あんたが話してくれたんだよな――――っ」


「キイチさん?」


カイトの言葉にキイチが慌てて答えると誰もいない空間へと視線を向けて目を見開く。その様子にアオイが不思議そうに声をかけた。


「あ、いや。……なあ、変なこと聞くけどオレ達の他にもう一人。誰かいなかったか?」


「誰かって誰だよ」


彼がまじめな顔をして言った言葉にユキがおかしそうに笑いながら聞く。


「誰かは誰かだよ。いたような気がしたんだよ。そこの木の影とかに腕組んで座ってそうな誰かが」


「そう言えば私も今日誰もいないのにそこに誰かがいるような気がして声をかけてたわ」


キイチの言葉にアオイも昼間の事を思い出して話す。


「あ、私もです」


「姫様。実は僕も……この物語を話してくれた人はここにいない誰かだった気がして」


麗奈もそう言えばといいたげに口を開くとイカリも話した。


他の皆も思い当たるふしがあるようで黙り込み考え深げな空気が漂う。


「私達は何か大切な事を忘れてしまっているような気がする……誰か思い出せないけれど、その人がいたから今私達はこうして笑いあえている。そんな気がして……」


「だけど思い出せない。思い出そうとすると霞がかかったかのように記憶が遠のいていってしまうんです……よね?」


伏し目がちになり語られたアオイの言葉に麗奈もそう尋ねるように言う。それに皆俯き黙り込んだ。


  のいない世界で彼女達は生きて笑っている。だけど忘れてしまうことのできない「誰か」という存在がアオイ達の心を締め付けた。


「思い出さなきゃ。思い出さなきゃもう二度とその人に会えない。そんな気がするの」


「アオイ……」


涙を湛えた瞳で姫が言うとハヤトがそっと声をかける。


「おれ達は誰かと一緒に旅をして、その誰かに助けてもらっていた。そんな気がする」


「ぼくもそんな気がする。その人のおかげで父上は助かった……様な気がするんだ」


キリトが静かな口調で言うとアレクも同意して話す。


思い出してはいけない人かもしれない。だけど思い出してもう一度その人に会いたいと彼女等は願った。

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