十二章 邪神と影

 静まり返った玉座では何とも言えない空気が流れていた。先ほどまでは自分達に刃を向けていた四天王が今では戸惑いと何が起こったのか分からないといった顔をして突っ立ているのである。


「皆目を覚ましたようだね」


「オレ達は……何をしていた?」


「貴方方は邪神の力により操られてしまっていたのよ」


微笑みながらカイトが言うとジャスティスが困惑した顔で誰にともなく尋ねるように呟く。それにサキが柔らかく笑い答えた。


「邪神って何だ?」


「兎に角、お兄さん達こっち来て。そこにいると危ないよ」


「えっ?」


「ああ、もう! いいからこっち来てなさい」


シエルが怪訝そうな顔で尋ねるがケイトが早く早くといった感じで手招きする。しかし意味を理解していないアイクが疑問符を浮かべる。その様子にケイコが言うと彼の腕を引っぱり無理やり自分達の後ろへと押しやった。


「忌々しい……腕輪の力さえなければ」


「おっと、レナお嬢様に手は出させませんよ」


『……』


帝王が低い声でうわ言を述べると赤黒い光が麗奈へと向けて放たれる。それをナイフで切り裂き涼しげな顔で笑いながらマサヒロが言った。


そんな彼等とのやり取りを見ながら刹那はすっと前へと移動する。その瞳は帝王ではなく彼の中に入り込んでいるモノへとむけられており、彼女の眼光には魔力を帯びたような光がともっていた。


「ねえ、十一年前にルシフェルが邪神に取りつかれたって、そのことと瑠璃王国が攻め落とされた事とは何か関係があるの」


「十一年前のあの日。俺達は大切な娘を喪った。迷いの森の奥深くに封印されていた邪神の力によってな」


アオイの問いかけにカイトが怒りに身を震わせながら答える。


「邪神は世界を支配する為に人間に取りついた。それがルシフェル様です」


「父上に?」


タカヒコが説明すると今度はアレクが驚き目を見開く。


「そして邪神に操られてしまったルシフェル様は瑠璃王国を攻め落とし手始めに倭国を支配下に置いたのさ」


「そういわれてみれば王国が攻め落とされたのもちょうど十一年前ですね」


「そしてその触手は別世界で幸せに暮らしていたレナの家族にもおよんだのよ」


「へ?」


サトルの言葉にハヤトもそう言えばといった感じで話す。彼に続けるようにサキが麗奈の顔を見て説明すると彼女は驚いて目を白黒させた。


(……やはり、か。帝王の中に「影」がいる。世界を飲み込むほどの力を手に入れた「影」がルシフェルの中に……ここまで力を取り込んでしまってはもはやアオイ達に危害が及ぶ。僕が一人で仕留めなくては)


カイト達が十一年前の出来事をかいつまんで説明している間刹那は帝王の中から放たれる邪悪で禍々しい気配を感じ取り、かつて経験した事のある悪寒に電撃が走ったかのように体を震わす。


「いつか瑠璃王国の姫と神々や精霊に守られた腕輪を持つレナがこの世界へと来ることを恐れ、レナを亡き者にしようと企んだんだ」


「だけどそれはレナの家族達が阻んだことにより失敗に終わる。彼等は自分の命と引き換えに時空の扉を閉ざし二度とレナの前に現れないようにした」


「扉が閉ざされたことによりレナがこちらに来ることもできなくなり、安心したんでしょうね。これで自分の邪魔をするものが一人減り瑠璃王国の姫が革命軍を率いてやってきたとしても自分の力さえあれば簡単にやっつけられるって」


マコト達が口々に話すと麗奈はもう開いた口が塞がらないくらい衝撃を受けて立ちつくす。


「ちょっと待て。その言い方だとレナの家族が火事で死んだのはルシフェル……いや邪神のせいだってことか?」


「左様です。お屋敷の地下には時空の扉があり、そこからこの世界へと行き来する事ができるようになっておりました。それを知った邪神はレナ様を殺すために時空の扉を通りお命を狙ったのです」


アオイ達も真剣に彼等の言葉に耳を傾けては十一年前からこうなることが決まっていたという事を理解するのと同時に邪神に対しての怒りに身を震わせた。


「なるほど……十一年前からすでにレナさんがこちらに来ることは運命づけられていたということですね」


「はい、その通りです。レナお嬢様が後々自分にとって脅威になるため排除しようとしたのですが、時空の扉が閉ざされたことで行くこともくることもできなくなりました」


「だけど、レナちゃんは今こうしてここにいるじゃないの」


トウヤの言葉にタカヒコが即答するとアゲハが一つ気になることがあるといった感じで尋ねる。


「さっきレナの家族が命と引き換えに扉を閉ざしたと言っただろう。その時魂が一時的にこちらへとやってきて俺達の夢の中に現れたんだ」


「そして自分達はもう娘を守ってあげられない。だから私達にレナの事を頼むとお願いされたの」


それにカイトとサキが口々に説明した。その言葉に麗奈が驚いて目を瞬く。


(邪神と「影」の力をその身に宿し続ければいずれ身体はその力に耐え切れなくなり朽ち果てる。そうなる前に邪神と「影」をなんとかしないとね。さて、帝王に「影」が取り付いているのならもう彼を助けることはできやしない。アレクは僕を恨むだろうな。ま、恨まれても仕方ないか)


「ルナを殺した邪神が別世界で幸せに暮らしていたレナの家族を殺した。それが許せなかった」


「だから私達は十一年前のあの日大切な人を守れなかったあの日に。最愛の家族を喪ってしまったレナを守ろうって決めたの」


刹那は内心で呟くと一瞬だけ悲しげな眼差しになる。しかしすぐに無表情へと戻ると「影」へと視線を向ける。いつ奴が暴走しだすか分からない以上睨みを利かせておかねばならないからだ。


彼女がそうしている間にもマコトとイヨが憎しみと悲しみの混ざった眼差しで語り続ける。


「だから、時が来るまでの間ずっとオレ達は待ち続けた。レナお嬢様がこちらへと来る日を」


「その間とても悲しい思いをさせ続けたことは心が痛みます。ですが邪神からレナ様を守る為にも俺達が接触するのは避けた方がよかったのです」


「それで時が来たからレナを迎えに行った……ということか」


「理解できたかな? それじゃあそろそろ邪神討伐に行こうか」


彼等が語り終えると納得したといった感じでキリトが言うとケイコが笑顔で話す。すると皆気持ちを切り替え帝王否邪神へと視線を向け武器を構えた。


「待て、今の話が本当ならルシフェル様は邪神に乗っ取られているということですか」


「おや、話しを聞いてくれていたのかい。そう。我等が帝王様は邪神に操られている。邪神を引きはがさねば帝王様はずっと操られたままだ」


その時話を聞いていたシェシルが待てといった感じに声をかける。それにカイトが小さく頷き答えた。


「成る程……瑠璃王国の姫よ。一時休戦だ。帝王様をお助けするため貴様等に力を貸す」


「ずいぶんといきなりだね。アオイ勿論答えは決まってるよね」


「勿論よ。手伝ってくれるならとても有り難いわ」


(……来る)


シエル達が何事か会話しているが刹那は「影」が何か仕掛けてくることに気付き身構える。


「それならこれよりオレ達はお前達に力を貸す。ともに帝王様を助け出すぞ」


「……信じていいんだろうな」


「お姉さん達と戦う理由が無くなったんだもの、これ以上警戒してても意味ないと思うよ」


『ああ。分かっているよ。決着をつける時が来たんだよね。君がいなくなればこの世界は「影」の脅威から解放される。この星を飲み込んでしまう前に終わらせよう』


ジャスティス達が話し合い協力するという姿勢をとっている間、彼女はにやりと微笑み短剣を持つ手に力を込めると少しかがみ込みいつでも駆け出せるような態勢に入った。


「帝王様をお助けする為に、今はお互い背を預けるとしましょう」


「四天王がお力をお貸しくださるというのは心強いですね」


「そんじゃ、アゲハ。オレ達も派手に行くか」


「ええ」


シェシルが言うとイカリも槍を構えてお互い背を預け合う。キイチも気合を入れると隣にいるアゲハに目配せする。彼女がそれに答えると鉄扇を構えた。


「忌々しき者達よ消え去るがいい!」


『!?』


その時男とも女とも取れない声で帝王が言い放つと赤黒い稲妻がアオイ達へと向けて放たれる。


それに彼女達が気付き身構えながら邪神ではない存在を確かに感じて、アオイ達はまさかといった顔になり四天王は一体何者だといった感じで警戒した。


『……』


「セツナ?」


皆の前で身構えていた刹那がまるで瞬間移動したかのように高く飛びあがると稲妻を短剣で打ち消しそのまま帝王目がけて刃をかざす。


その様子にアオイが驚き声をかけるが彼女はそれには答えずに標的へと向けて刃を突き付ける。


「セツナ。父上を殺さないで!」


『……』


アレクが張り裂けんばかりの声で必死に刹那を止めるが彼女は無情にも刃を帝王へと突き刺す。


「ぐぬっ!?」


「父上!」


帝王が苦しみの表情を浮かべてその場へと倒れ込むと彼が泣き叫ぶ。


『……感謝する事だね。どうやら「影」が取り付いていた相手はルシフェルではなく邪神だったようだから』


「え?」


静かな声で刹那が言った言葉にアレクが驚いて目を瞬く。


その途端どす黒い霧がルシフェルの体から溢れ出たかと思うとそこには黒い色をした竜の姿があり、赤黒い瞳で彼女を睨み付けていた。


【ワタシの力が抜けていく……貴様がワタシの力を奪ったのだ。ワタシの邪魔をする奴は皆死ぬがいい】


「あれが邪神?」


「でもなんか様子がおかしくないか?」


黒い龍が低い声でそう威嚇するとアオイが誰にともなく尋ねるように言う。それにユキが様子がおかしいことに気付き話した。


「まさか「影」の影響なのか」


「影とは何だ?」


キリトの言葉にシエルが怪訝そうな顔で尋ねる。


『説明している暇なんかないからアオイよろしく』


「え!? えーっと「影」っていうのは……」


刹那の言葉にアオイが驚いたがちゃんと説明をする。


「成る程。ルシフェル様の中にいた邪神の中に「影」という存在が入り込んでいたという事ですね」


それを聞いて理解したシェシルが頷く。


「セツナ。オレ達は如何すればいいんですか?」


『僕が邪神の中から「影」を引きはがすから。そうしたら君達は邪神を倒すんだ。そっちは君達に任せる』


「分かった」


ハヤトの問いかけに彼女は淡々とした口調で話した。それにアオイが代表して答える。


【邪魔する奴は排除する、排除する】


『寝言は寝てから言いなよ。それよりも……まるで壊れた人形の様に同じことしか言えないなんて、「影」には知恵がないのか。やはり力を欲するままに動くだけの存在のようだ。それなら頭を使った戦略なら勝てるだろう』


うわ言の様に同じ言葉をぶつぶつと唱える「影」の様子に刹那は思ったことを口に出すとにやりと笑った。


『一撃で終わらせる。哀れな運命を巡る「影」に安らかな眠りを』


【ぐぁあああっ。やめろ、光が、緑の光がワタシを殺す。貴様さえいなければ……そうだ貴様さえいなければワタシは!!】


刹那が精霊としての力を使い「影」の側へと一瞬で間合いを詰めると奴は身を揺らし拒絶する。しかし鋭い眼差しになると赤黒い稲光を彼女へと向けて放った。


『君を開放することでこの星は救われる。そして君もまた救われる。……僕だけが全ての罪を背負い生きていこう。贖罪の日々を……だから君はもう苦しまなくていい。その強欲なまでに求める力の呪縛から解き放たれるんだ。全ての「影」が眠りにつく時、彼は目覚める。目覚めた世界ではきっと素晴らしい生涯を生きていけるだろう。「影」……記憶の欠片よこの緑の光の中で眠れ』


【ぎぁああああっ】


刹那はそっと優しく囁くように語りかけると短剣で邪神の背後を切り裂く。するとそこから姿を現した「影」が断末魔の悲鳴をあげた。


瞬間部屋全体が緑の煌きに包まれる。今まで見たこともないその光にアオイ達は驚き目を見開いた。初めて目撃する四天王も眩いばかりに輝くそれに何事だといった顔をする。


『なにぼんやりしてるのさ。「影」は消えた。いまこそ邪神に矢を放つときでしょ』


「そ、そうよ。早く早く。その矢に力を込めて」


「そしてレナ。貴女の腕輪の力を使うのよ」


呆気にとられた顔で立ちつくす彼等へと彼女は言う。その言葉にケイコが慌てて声をかけるとサキもそう言葉を続けた。


「は、はい……アオイちゃん」


「うん。レナ、やろう。……行くわよ。破魔の矢よ我に今一番の力を」


「お願いです。アオイちゃんに力を貸してあげて下さい」


麗奈もはっとした顔になると隣にいるアオイへと視線を送る。彼女がそれに大きく頷くと弓矢をひき絞り邪神へと向けた。


腕輪が今までにない純粋な黄金色へと輝くとその煌きはアオイの持つ弓矢へと宿る。


「食らえ!」


『ぐぉぉぉぉおっ!?』


彼女の手から放たれた矢は狂うことなく真っすぐに標的へと飛んでいくとその眉間に確りと突き刺さりそこから渦を巻くように黄金の煌きが邪神を包み込んでいく。


見る見るうちに奴は矢の中へと吸い込まれて乾いた音を立ててそれだけが床に転がった。


「父上!」


「ぅ……アレクシル。我は……我は今まで何かとてもひどい夢を見ていたように思う」


「父上……父上がご無事でよかったです。これでもう大丈夫です。悪い夢は終わりましょう」


玉座の前で床に倒れたまま動かないルシフェルの下へとアレクが駆け寄りその身体を揺さぶる。すると小さな唸り声をあげ彼がそっと目を覚ました。


その様子に安堵した顔で胸をなでおろすと微笑みそう言った。


「……」


「セツナ。さっきのあなたはまるで人が変わったみたいだった。ねえ、セツナ。「影」ってやつを倒せるのはあなただけだって言ってたよね。でもその「影」ってやつは確か勇者物語に出てきた魔王の体から放たれた存在なんだよね。ねえ、教えて、あなたは一体何者なの」


そっと人に戻った刹那は誰にも気づかれないように部屋を出ようとしたがアオイに声をかけられ足を止める。


「……君達に話して聞かせた昔話は実際にあったお話だよ。僕はかつて魔王に仕え「闇の子」と呼ばれ恐れられた悪魔のような存在だった。そんな僕の心を救ってくれたのはずっと側で見守ってくれていた友達であり仲間である勇者と呼ばれた少年と「光の使者」だった。僕はそうして「時の使者」としての力が目覚め魔王を倒すため勇者に力を貸し世界を平和へと導いたんだ。そんな僕が人としての寿命を全うすると今度は時の精霊としての長い人生を生きる事となった。それが僕の犯した罪への罰であり贖罪の日々の始まりでもあった。だから魔王の体から放たれた「影」の暴走を止めることができるのも時の使者である僕だけなんだ。だから僕こそが「時の使者」でありそして「影」を消し去ることができる唯一の存在なのさ。そしてそれが魔王と僕との因果であり、僕しかやれないことなんだ」


「セツナ……」


悲しげな顔でそっと語られた彼女の言葉に姫が口を開くがなんて言えばいいのだろうと思い黙り込む。


「この世界の「影」は本体ではなく断片に過ぎなかった。他の星にきっと本体がいるのだろう。「影」を全て消し去る事で、世界の秩序は保たれる。そしてそれはすなわち星の崩壊を阻止するという事。この世界は「影」の影響から解放された。もう何の心配もいらないから、君達は心置きなく瑠璃王国再建へと向けて頑張ればいい」


「ちょっと待ってよ。なんでそんなこと言うの? それじゃまるでお別れするみたいじゃない」


刹那の言葉にアオイが待ってといった感じで口を開く。


「……僕はこの星の外より来た者。やることが終わったなら僕がいるべき場所へと帰らないといけない。僕がいるべき場所はここじゃない。アオイ、君がいるべき場所がここであるように、僕も戻らなきゃいけないんだよ」


「お別れ……なんだね」


彼女の言葉に姫は涙目で呟くと俯く。


「……悲しい思いをさせてその胸の穴を埋めることができないくらいなら、最初からこんなに深くかかわるんじゃなかった。分かっていたけど、君達を助けたかった。僕のわがままだ」


「セツナさん……これで本当に最後なんですか? もう二度と会えなくなるんですか」


刹那の言葉に今度は麗奈が悲しげな瞳で尋ねてきた。


「……それを僕に聞くの? 答えなんか決まってるじゃないか」


『っ』


困った顔で彼女が言うと皆は息をのみ黙り込む。


「……星が動く。そして星は巡る。僕はもう行くよ。大丈夫、君達なら僕がいなくたってちゃんとやっていけれる。だって僕は最初からいなかったんだから。僕がいなくたってちゃんとやれるよ」


『!?』


刹那の体が宙へと浮き上がる。胸元に揺れる緑石から光が溢れ彼女の体を包み込む。その光景に皆は目を見開き驚く。


「さよなら……」


そっと呟きを零すと刹那は光の粒子を残して消えさる。途端に世界中が緑の輝きに包まれた。


その後「セツナ」という人物がこの世界にいたことを覚えている者は誰一人としていなくなる。まるで最初からいなかったかのように疑問を抱く者もおらず日々の生活が流れていくのであった。

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