十章 抗った未来
トウヤの案内で順調に宮殿の中を進んでいく。見張りの兵士の目をかいくぐりながら奥へ奥へと向かって行くと大きな扉の前までやってきた。
「この中が中央広間です。中央広間を抜けたさきに玉座があります」
「ここから先は気をつけないといけないのね。皆行くよ」
その扉の前でいったん立ち止まり彼が言った言葉に、アオイが警戒した顔つきになり宣言するように言うと扉へと手をかけ引き開ける。
(成る程、中に入った途端に扉があかなくなる仕掛けか。……ありきたりだね)
全員が扉を通り抜けた途端それが勝手に締まり扉が開かなくなってしまった。その様子に刹那は内心で呟くと単純だといった感じに溜息を零す。
「この部屋には何か仕掛けでもあるのかな。ねえ、トウヤさん。ここからはどうやって進めばいいの」
「ここからですか。……そのようなご心配は不要かと思われますよ」
(さて、ついに始まるか)
アオイが尋ねた言葉にトウヤがにこやかな微笑みを浮かべて答える。その様子についに四天王との戦いが始まるのかと彼女はほくそ笑む。
(少しは楽しませてもらえるんだろうか?)
「え?」
「ここで貴様等は命を落とすのだからな」
刹那が内心で考えていると姫の不思議そうな呟きの後で誰かの声が響き渡った。
『!?』
「……来たか」
警戒と驚きに一同が身構える中、彼女はそっと呟き右足に巻いてあるフォルダーに仕舞っている短剣へと手を伸ばす。
「貴様が亡国の姫か。反徒どもを引き連れこの国に向かってきていることは最初から分かっていた。反徒どもをこれ以上野放しにするわけにはいかない。よって貴様等はここで死んでもらう」
「……」
(あいつがリーダーのシエルか。隣にいるジャスティスは何か考えてるようだけど、ま、この前麗奈と何かあったみたいだし麗奈がアオイ達と一緒にいることに思うところがあるのだろう)
冷たく言い放ち鋭い目で睨み付けてくる赤い髪の男と隣に立つジャスティスを見ながら刹那は内心で呟く。
「誰?」
「彼は四天王を束ねるリーダーのシエルですよ」
「四天王」
不思議そうに尋ねるアオイへとハヤトが警戒して低い声になりながら説明する。その言葉を聞いた途端彼女も険しい表情になり相手を睨み付けた。
「お姉さん達旅芸人の一座じゃなかったんだね。残念、ボクお姉さん達の芸みてみたかったのにな……」
(本気で信じてたの? いや、純粋なアイクなら信じちゃうだろうね。扱いやすい性格だとは思っていたけど、というより芸を見てみたかったって……緊迫してる場面で言うセリフじゃないよね)
本当に残念そうに肩を落としてアイクが言った言葉に刹那は呆れながら内心で感想を呟く。彼はもう少し敵国相手に警戒心を持つべきなのではないかと思った時新たな人物が姿を現す。
「トウヤ。反徒どもをここまでおびき出す役目ご苦労でしたね」
「……」
(ああ、内情を悟られないようにしてる時の表情だね)
シェシルの言葉に顔に張り付けた笑みを浮かべるトウヤ。その様子に一人だけ理解している刹那は演技が上手いなって感じで見つめた。
「貴様。やはりおれ達をだましていたか」
「やっぱり、こいつの事好きになれそうにない」
「ち、ちょっと二人とも待ってよ。トウヤさん。今の話は本当なの? 私達をだましていたの?」
怒りのままに武器を抜き放ち彼へと向けて突き付けるキリトとユキを慌てて止めるとアオイが信じたくないって顔で尋ねる。
「ふっ。姫様は本当にお優しいお方ですね。おかげでこの疑い深いお二人をだますのに成功いたしました。そうです。帝王様に殺されそうになったという話は嘘です。あれは姫様方を信じ込ませるための演技というわけですよ」
「そんな……そんなの嘘だよ。だってあれはどう見たって酷い傷だったのに」
「アオイそいつから離れろ。今すぐここで斬り捨てて今までの罪を償ってもらう」
トウヤがおかしそうに笑うと薄い笑みを浮かべて語る姿に彼女は嘘だよねって泣きそうな表情で呟く。
その時我慢しきれなくなったキリトが彼目掛けて突っ込む。
(演技が上手いことで)
悪人面で演技するトウヤの様子に刹那は内心で言うと暫くそのやりとりを見守る。
「おやおや、勇ましいことで。ですが、おれ一人だけ気にしていていいのですか? ここには四天王がいるということをお忘れなきように」
「!」
(へー。キリトって普段から強いだろうとは思ってたけど、風刃を一発でかき消しちゃうなんて流石は副隊長をやってただけのことはあるね。……だめだ、彼と戦いたいなんてそんなこと思っちゃ駄目なんだ。落ち着け、僕)
その攻撃をひらりとかわすと彼が薄い笑みを浮かべたまま忠告する。その時キリト目がけて風刃が迫りくるが彼は二刀を使いそれをかき消す。
その様子にキリトの戦闘能力の高さを純粋に評価しながら、ちょっとだけ本気で戦ってみたいなって悪い癖が出てしまう自分に刹那はいけないと己を抑える。
「貴様等の相手は一人ではない。わたし達がいる事を忘れてもらっては困る。でないと退屈で仕方がない」
「ねえ、やっぱりボク女の人と戦うの嫌だから、あっちの外野相手しててもいい?」
「そこはアイクの好きにすればいいでしょう」
「そっか、良かった。それじゃあそっちのお兄さん達ボクの相手になってよ」
シエルが大剣を構えた状態で言い放つ横でシェシルへとお伺いを立てる様にアイクが尋ねる。それに彼が好きにすればいいというと安心した様子でショートソードを抜き放ち無邪気な笑顔で言った後、真剣な表情になりハヤト達の方へと突っ込んでいく。
(そういえば無邪気な奴が一番厄介だって昔誰かが言ってたな。アイクは若いから戦いになった時遠慮がなさそうだからこっちが躊躇っていたらやられそうだよね)
相手が十四歳の少年だからとこちらが手加減していたらきっとやられてしまうことだろう。
(キリトとアゲハなら相手が子供であったとしても手加減しなさそうだけどね)
「それでは私も行かせてもらいましょか」
ふと思った事を考えているとシェシルがそう言ってロングソードを抜き放ちイカリとユキの方へと駆け込んでくる。
(さて、すぐに動くか、それとも向かってくるのを待つか……)
ジャスティスが麗奈の方へとそっと近寄っていく姿を見送りながら刹那は内心で考えを巡らせる。
はっきり言うと彼女の実力なら簡単に四天王を倒せてしまう。が、しかしここで彼等に死んでもらっては計画が台無しになってしまう。ある程度手加減して戦うしかないのだがそうすると力を制御する分退屈で仕方がない。
(ま、怪しまれない程度に力を抜いて戦うしかないか)
「お願いです。皆さんをお守りください」
面倒だと思い溜息を吐いた時に麗奈の声が響いて刹那の体に神々や精霊の加護の力が付属される。
「期待には答えないといけないね。仕方ない。少しだけ暴れるよ」
そっと呟くと短剣を構えてアオイの前へと立ちふさがり、シエル相手に切りつけた。
「セツナ?」
「ぼんやりしてるとやられるよ。君は僕達の後ろで攻撃してて。絶対に一人で前に行っちゃだめだよ」
「うん」
一番離れていたはずの彼女が一瞬で自分の前にいる状況に姫は驚く。そんなアオイへと刹那は敵へと攻撃をしながら声をかけた。
それに頷くと彼女は安全な位置まで一度下がって弓矢をひき絞り敵へと狙いを定める。
「貴様……何者だ?」
「見ての通り反徒の一味でしょ。それとも僕がそれ以外に目的があって君達に刃を向けているとでも」
隙のない動きに油断ならない剣圧。それに圧倒されたシエルが驚き尋ねた言葉に刹那は何を聞いてるんだといいたげな顔で答えた。
「反徒共の中にこれほどの実力者がいたとは……敵なのが惜しいくらいだ。だが、これほどの強者がいるならば、まずは貴様から始末せねばならないな」
「君こそリーダーをやるだけのことはあってかなり強いじゃないか」
彼女の攻撃をかわしたり剣で受け流したりしながら彼が言うと彼女もそう答える。
(さて、手加減してるとはいえこの状況が続くとまずいな。どこかでこっちがわざと攻撃を受けて追い詰められたふりをしないといけないというのに……)
この後の展開的に今のままの状況が続くのはまずいと考えてでもわざと攻撃を受けるのも癪に障ると思い複雑な心境になった。
(いっそのこと一旦僕がシエルから離れて気配を絶ち皆の戦闘を傍観するか……)
「セツナ助太刀いたしますよ」
内心で考えていると都合のいいことにハヤトがやって来る。
「ならこのままあんたに譲るよ。僕はあっちでトウヤを追いかけ回してるキリトの手伝いに行くからさ」
「キリトなら一人で大丈夫だとは思いますが……ですがあのままではトウヤを本気で斬り殺してしまいそうですしね。そちらはセツナに任せます」
刹那の言葉に彼が言いかけてキリトの姿を見てお願いする。いくら裏切り者だといってもやはり同士であった情けがあるようでここでトウヤに死んでもらいたくはない様子。
「分かった。それじゃ、こっちは任せたよ」
「はい。さて、シエル。ここからはオレが相手です」
彼女は言うとシエルの剣をはじき返し蹴りを入れる。相手がいったん下がりそれをかわしている間にハヤトにバトンタッチする。彼が答えるとシエルの前へと立ちふさがった。
「あの者は簡単には倒せそうにないしな……誰が相手だろうとかまわん。まずは周りにいる奴等から片付けるとしよう」
「ははっ。言ってくれますね。ですが、オレはそう簡単に倒せはしませんよ」
刹那を逃したことに少しだけ悔しそうな顔をしたが冷静に分析し、目の前にいるハヤトへとそう告げる。それを聞いた彼が笑顔で答えると鋭い眼差しに変わり相手へと大太刀を向けた。
(あっちはハヤトに任せてっと……さて、ホントに斬り殺さん勢いのキリトを止めに行くか)
そう考えた刹那はそっとシェシルへと近寄る。
「君、さっきからユキとイカリの攻撃に押されてるみたいだけど、相手が少年と見るからに戦闘能力なさげな素人っぽいから勝てるとでも思った? これだから頭脳バカは頭でっかちだって言われるんだよ。相手の実力も何もわからないで頭脳戦に持ち込めば勝てるだなんて馬鹿みたい」
「何ですって」
「セツナ?」
「セツナ殿いったい何を……」
わざと大きな声でシェシルへと向けて悪口を言うと彼はその言葉に青筋を立てて怒った。彼女の言葉にユキとイカリがどうしたのだろうかといった顔で不思議そうにする。
「だれが馬鹿ですって。私はジャスティスほどではありませんが彼の次には優秀な参謀でありますよ。その私が馬鹿とはいったいどの口が言っているのですかね」
「へー。参謀ね。参謀のくせに二人を抑え込むこともできず苦戦してるなんて笑えるね。帝王に仕える四天王だって聞いてたからもっと強いのかと思ってたけど、見込み違いだったかな」
静かに怒りを向ける彼へと刹那はバカにした様子で笑いながら話す。
「~~っ。これ以上私を侮辱することは許しません。まずはあなたから始末して差し上げます」
(思った通り、神経質で警戒心が強い分。自信過剰で融通が利かないと思ってたけど、こんな子供だましの作戦にうまいこと乗ってくれるとは……シェシルってあんがい扱いやすい奴なのか)
その言葉に我慢の限界に達したシェシルが彼女へと切っ先を向けた。その様子に上手くいったと内心で呟くとここからは刹那の思う通りに相手は自分を追いかけてくるだろうとにやりと笑う。
「それじゃあ、頭でっかちの参謀さん。僕を捕まえてごらんよ」
「鬼ごっことはあなたは見かけによらずお子様なのですね。良いでしょう。望み通り捕まえて差し上げます」
刹那の言葉に彼は完全に術中にはまり彼女を追いかけて斬り込んでくる。
「セツナのやつ、人の相手を取りやがった」
「セツナ殿には何か深いお考えがあるのでしょう。それよりユキ殿気を緩ませてはなりません。ジャスティスがこっちに来てますよ」
「分かってるって、お前こそ人の心配してる暇があるなら戦いに集中しろよな」
彼女がシェシルを連れていってしまった事で標的を失ったユキが溜息交じりに呟く。それにイカリが答えるとこちらへと突っ込んでくるジャスティスへと警戒するよう促す。
彼が見えているから分ってるといいたげに話すと武器を構えなおし駆け込んできた相手の剣を受け止めはじき返した。
「ほらほら。どこ狙ってるのさ。僕はここだよ」
「ちょこまかちょこまかと……これだから子どもは嫌いなんです」
「さて、そろそろ追いつくかな……」
暫くの間鬼ごっこしながら相手の剣を避けては茶化していた刹那はそっと呟くと前方にいる目的の人物の前へと駆けこむ。
「よっと」
「食らいなさい」
「!?」
そしてその人物の背後までくると横跳びでシェシルの攻撃を避ける。彼の剣は刹那ではなくそのまま目の前の相手へと向けて振り下ろされた。
「背後から狙ってくるとは卑怯な……だが、その程度でおれを倒せるとでも思ったか。今度はこちらの番だ」
「いえ、貴方を狙ったわけでは……ですが偶然だとしても標的にされてしまったのですからね。あのちびは後でゆっくり始末するとしましょう、今は貴方の相手を致しましょう」
キリトが怒りを押し殺した低い声で言うとシェシルは違うといいたげに口を開いたが、何を言っても聞きはしなさそうなオーラに小さく首を振るとそう答え武器を構える。
「あなたという人は……助けてもらった事には感謝しますが、あれではあまりに相手がかわいそうですよ」
「僕のやり方に何か問題でも? ま、キリトに殺されたかったんなら別にいいけどね」
「策士ですね……」
腕を組み困った顔でトウヤがそっと声をかけてきたので刹那はそれに答えた。それに小さく溜息を零し彼が何事か呟いていたが彼女はそれを綺麗に聞き流す。
そうして刹那が気配を絶ち傍観する事数分。四天王達と戦っていたアオイ達は追い詰められていく。
「きぁああっ」
「アオイちゃん、皆さん?!」
アオイの悲鳴に麗奈が驚いて彼女達の方へと視線を向ける。
「くっ……強い。このままじゃ」
「さて、姫様。お戯れはこの辺りで宜しいでしょうか。……そろそろ決着をつける時です」
(さあ、見届けさせてもらおうか。君が見たいという抗った未来を)
しゃがみ込み荒い息になっている彼女が呟きを零すと、トウヤがすっと動き膝をついたままの状態のアオイ達へとチャクラムを構える。
刹那は腕を組み壁際に立ったままこれから起こる事を見届けようと内心で言うと視線を目の前で繰り広げられている光景へと向けた。
「……めて」
麗奈の口から小さな声が零れる。
「……止めて下さい!」
『!?』
次の瞬間彼女の口から大きな声があがった。途端にこの場にいる全員がまるで身動きが取れなくなり驚く。
(金縛りか……これは精霊の力だね)
「私は……私はもう大切な人達が誰一人として死んでいなくなるなんてところを見るのはもう嫌なんです。どうして話し合うことをしないのですか、お互い歩み寄れば誰も犠牲者を出さずに済むのに。どうしてその選択をしようとはなさらないんですか!」
刹那がその力の主が誰なのかを理解して内心で呟いていると、麗奈が今にも泣きだしそうな顔で真っすぐな視線を向けると、この場にいる敵味方関係なく全員を見やり話す。
「レナ……」
『……』
彼女の言葉にアオイがそっと呟くと他の者達も黙って麗奈へと視線を向けた。
「……敵国だから、武器を向けて戦うのは仕方がないとか、国に仇なす者達だから排除しなきゃいけないとか。帝国の人達だから戦わないといけないとかそんなのどうでもいいんです。皆同じ血の通った人間じゃないですか。同じように生きて考えて感情を持っている。それなのにどうして戦い合わないといけないんですか。私は……戦いなんか知らないし、何も知らずに平和な国で生きてきました。だから皆さんの戦う理由とかを理解することもできませんし、理解したくもありません。けど……だけど、どうして同じ人間同士で戦い合わなくてはならないのですか。もっと平和的な解決もあるのに。どうして武器を向け合うことしかできないんですか。私は……誰一人として死んでほしくはありませんし、誰かがこれ以上傷つく姿を見るのも嫌です。どうしても戦いを止めてくれないというのなら、私は皆さんが戦いを止めるまでこの力を解く気はありません」
彼女が涙を流しながら言い切るとこの部屋に一瞬の静寂が訪れる。
「はははっ。レナ、君って本当に最高だよ。ぼぅっとしてて弱そうなのに、言うことだけはでかいんだから。ほんと……ルナにそっくりだ。ここはレナの言葉に免じて撤退してくれないかな? あと、これ以上何かやるって言うならぼくももう黙ってないよ」
静寂を破ったのは今まで姿を隠していたアレクで、彼も身動きが取れない状態なのか物陰に背中を預けた状態でにやりと笑い四天王達を脅すような口調で言い放つ。
(さて、どうなるか)
アレクが四天王達を睨み付けている姿を横目で確認しながら目の前にいる敵達がどう動くかを見守る。
「君は、相変わらず甘いな。……分かった。今回は君の涙ながらの訴えに免じて見逃してやろう。だが次会う時はいくら君が止めようとも容赦はしない」
「お前はあの頃から変わらないな。……だが、反徒どもとこれからも行動するというのならば、次に会った時は例えお前であったとしてもオレは迷わず斬り捨てる。そのこと忘れるな」
シエルがふっと微笑むと戦意喪失した様子でそう話す。ジャスティスも麗奈へと向けて柔らかく微笑むが次に会った時は君であっても殺すと忠告する。
(シエルとジャスティスは完全にほだされたね。麗奈は何にもできないって思ってるけど、誰であったとしても味方につけちゃう能力があることに気付いてないだけだよね。さすがは世界に愛された少女だ)
「ボクもね、本当は君達と戦いたくなかったんだ。だけどさ、帝王様の命令だから従わないといけなくて。だから君が止めてくれてよかった。女の子を泣かせてまで戦うなんてボクできないよ」
刹那がそう内心で呟いているとアイクが心動かされた様子で大きく頷き同感だとばかりに話すとほっとした顔で笑顔になる。
「……まさかこの私の心を動かしてしまうとは、貴女は一体何者ですか? いえ、何者であったとしても関係ありませんね。兎に角そこにいる少女と王子様のおかげで命拾いしましたね。ですが次に会う時は覚悟を決めておくことです」
「王子様?」
シェシルが動揺した顔で話すとアオイが彼が言っていた単語に不思議そうに首を傾げた。
(魔力が消えた。精霊の力が解けたようだね。それにしても一番厄介なシェシルの心まで動かしちゃうなんて、天然て恐ろしいね。だが、麗奈という切り札のおかげでこの場は乗り越えられたんだ。皆は彼女に感謝するべきなんだろう。僕とは違う使命をもってこの星へとやってきた運命の子。雨月(あまつき)麗奈。君はきっとこれからもそうやって人の心を掴みこの醜い争いを終結させることだろう)
その時感じていた魔力が消えて精霊の魔法が解けた事を知る。そして刹那は麗奈へと視線を向けてそう内心で語りかける様に言葉を紡いだ。
戦意喪失した四天王が部屋の罠を解除して外へと出ていってしまうと残ったのはトウヤだけとなる。
「姫様」
「トウヤさん……」
アオイの側へと皆が集まり四天王との決着はつかなかったが、とりあえず助かってよかったと話し合っているとそっと声をかけられ彼女は躊躇った表情で彼を見た。
「アオイに近づくな」
「貴様、せっかくレナが見逃してくれたものをここに残るとは、命が欲しくないようだな」
「お二人とも待って下さい」
今にも斬りかからん勢いのユキとキリトへと麗奈が待ったをかける。
「トウヤさん」
「レナ、そいつに近づくな。何をするか分からんぞ」
柔らかい微笑みを湛えてトウヤへと声をかける彼女にキリトが警告を発するが麗奈は聞かずに近寄る。
「あれでよかったでしょうか?」
「本当に貴女は……おれの予測をはるかに超える事をしてくれましたね。有り難う御座います」
優しく問いかけられて彼は小さく笑うとお礼を述べ頭を下げた。
「アオイちゃん、大丈夫。トウヤさんはもう私達を裏切るようなことは絶対にしないよ」
「レナ、それってどういうこと?」
背後にいるアオイへと振り返り麗奈が話す。その言葉の意味が解らず彼女は不思議そうにした。
「トウヤさんはアオイちゃんに刃を向ける気はないってこと。つまり……」
「つまり、敵をだますにはまず味方からというでしょう。姫様方を罠にはめたふりをして四天王達をだましたのです」
何て言えば分ってもらえるのだろうかと彼女が困っていると、助け船を出すかのようにトウヤが口を開き語る。
「アオイを殺そうとしたのにか?」
「それは違います。だってこの戦いの間ずっとトウヤさんは攻撃をよけてはいたけど、皆さんに怪我を負わせてなんていなかったですよ」
「そういわれてみれば、確かにトウヤ殿は僕達に攻撃してませんでしたね」
ユキが睨めつけて言い放つと麗奈が首を振って否定した。その言葉にイカリが確かにといった感じで頷く。
「私もトウヤさんは私達の敵じゃないって思う」
「君まで何を言いだす。先ほどまで敵対していた相手を信じるだと? 正気で言っているとは思えん」
アオイも彼女の言葉に同意して微笑むと世迷いごとをと言いたげな顔でキリトが言い放つ。
「だって、本当に私達の事を殺そうとしているのだとしたらいつも側にいたんだもの。いつだって私達を殺すことはできたと思う。だけどトウヤさんはそれをしなかったし、それに私達をおびき出すために仲間になったふりをしていたんだとしたらあんなに積極的に敵国の秘密を話したりはしないと思うの」
「こいつは口が上手いからな。情報を教えてアオイ達を油断させて信頼を得ようとしたっておかしくないだろう」
姫の言葉にユキが未だに信じられないといった顔できつい口調で話す。
「ユキもキリトも少し冷静になってください。話を聞いた限りですとオレ達に危害を加える気は最初からなかったように思いますし、レナやアオイの言う通り、信じていいと思いますよ」
「お前まで……こいつは二度も裏切ったんだ。そんな奴が仲間だとは到底思えないな」
「同感だな。また俺達を罠にはめるかもしれないんだぞ」
ハヤトが穏やかな口調でなだめる様に言うと信じてもいいだろうと断言する。その言葉にキリトとユキは更に腹を立てて怒鳴る。
「二人の言い分も分からんでもないけど、レナ達の言う通りトウヤを信じてもいいと思うぜ。こう見えてオレは人を見る目があるんだ。だから本当のことを言っているのか嘘をついているのかは目を見ればわかる」
「そうよ。怒りで冷静さを欠いてしまっては本心を見る事ができなくなるわよ。ちゃんと目を見てあげなさいよ。どう見たってあれ、私達に刃を向けてものすごく後悔している人の目でしょ」
今まで黙って話を聞いていたキイチとアゲハもにこりと微笑み諭すように話す。
「「……」」
(……どうやら一応収束したようだね)
皆から言いくるめられた二人は納得はしていないが刃を納めてトウヤから離れると不貞腐れたような顔でそっぽを向く。
その様子に刹那はもめごとが一応収束したことに内心で呟いた。
「アオイ達がどうしてもこいつを仲間にするって言うんなら勝手にしろ。だけど次に何かあった時は俺はもうアオイ達の頼みだろうと聞きゃしないからな」
「こいつの事を信じるというのなら勝手にしろ。おれはもう何が起こっても知らないからな。その時はお前達で何とかしろ」
ユキとキリトが腹を立てた様子のままで腕を組み言い捨てる。これによりトウヤが再び仲間として迎え入れられた。
『!?』
その時何処からか乾いた音を立てて拍手が起こり皆驚いて音のした方を見やる。
「……トウヤ、麗奈。君達の行動しっかりと見守らせてもらったよ。見事に預言書通りの筋書きを改ざんし、抗った結果新しい未来へと向かって進みだした。麗奈このまま君は君の思うままに帝王ルシフェルと戦いそして見せてちょうだい。君が描いた平和な未来を」
「えっと、セツナ。どういう事?」
拍手を送っていたのは刹那で彼女の言動の意味が解らずアオイが疑問符を浮かべた。
「ええ、あなたも四天王相手に手加減して下さり有り難う御座います。まさかこんな展開になるとは思いませんでしたが、あなたが見守ってくださったおかげでおれの目には新たな未来が見えるようになりましたよ」
「手加減するって結構大変なんだけどね。いっそのこと戦わずに傍観していたほうのがまだ楽だったよ。だけど、この世界の神々や精霊達に頼まれたら、君達を守る為に戦うしかないでしょ」
柔らかく微笑みトウヤが有り難うといいたげに話すと彼女はそれに本当に大変だったんだよと言いたげな顔で答える。
「はい。あなたがこの四天王戦に乱入して下さった時点でおれが見ていた未来とは違う方向に進みました。そしてそこにレナさんが予想していなかった展開に持って行って下さった。おかげでおれは今こうして姫様の臣として仕えることを許されたのです」
「死ぬ未来が見たかったなら止めになんかはいったりしなかったさ。だけどそれは君が望まず抗った。だから今君は生きてここに在れるんだよね」
「はい」
彼が頷き語った言葉に刹那は意地悪く言うとそう続けて話した。それにトウヤが本当に嬉しそうに微笑む。
「もう、二人だけでなに納得し合ってるのよ。私達にも分かるように説明して」
二人だけで納得し合っているとアオイが説明してといいたげに口をはさむ。
「これは失礼しました。姫様はご存じなかったですね。おれのこの目には未来を見通す力が備わっているのです。また星を見てその動きにより未来を予測する力もあり、ですから俺は星読みとして帝王様に仕えていたのです」
「未来を見通す力?」
小さく笑い彼が謝るとそう答える。その言葉にアオイが不思議そうに首を傾げた。
「はい。姫様にお会いした時おれはこういいましたよね。貴女と出会うのは運命づけられていたと。いずれ貴女がこちらの世界へと戻り革命軍を率いて帝国へと攻め入ることも知っていました。そしてその未来は全て預言書の通りに起こりそして預言書の通りに終わるはずでした。ですからおれは未来に絶望し生きる屍のような生活を送っていたのです。ですが、そんな暗闇へと一筋の光が差し込んだ。その光こそ姫様です。姫様が帝王を倒す未来を見てみたい、そう思うようになったのです。ですが帝王の力はほんのわずかな光すらかき消すほど恐ろしいもの。姫様達は帝王の前で死ぬしかないのです。ですからその運命づけられた未来に抗うようにおれはレナさんとセツナさんにお頼みしたのです。この絶望的な未来を変えるためにお二人の力を借りようと。そしてレナさんはおれの予想していた以上の言動で四天王の心を動かし、セツナさんは全てを黙って見届けてくれたのです。おかげで未来はもう変わりました。おれの目に今見えるのは希望の光が世界中を照らしそして平和な世の中へと変わっていく……そんな明るく開けた未来が今見えているのです」
「えっと、つまり未来を変えるために抗った結果、四天王は退きトウヤさんは私達の下に戻ってきた……って事でいいのかな」
「まあ、そういうことでいいと思いますよ」
混乱している様子だが彼の話を要約するとそう言うことだよねといいたげに姫が尋ねる。トウヤがそれに頷き答えた。
「話に区切りがついたところで、トウヤ……」
「姫様方のおかげでこうして仲間に戻れて嬉しく思いますよ。さて、話を帝王の宮殿について戻しましょう。実はここは帝王の居城ではありません」
刹那の言葉に彼は小さく頷くと真面目な顔になり改まった様子で語る。
「どういう事?」
「ここは姫様方をおびき出すために用意した別邸なのですよ」
その言葉に目を丸くして尋ねるアオイ。それを最初から予測していたのか彼は次の言葉を伝える。
「どうりでぼくも知らない道を通っていると思ったよ」
「申し訳ございませんね王子様。これも黙っているほうのが上手くいくと思いまして」
「ねえ、さっき四天王の一人もアレクの事王子様って言っていたけどどうしてアレクの事を王子様って呼ぶの?」
アレクも納得した顔で頷くと申し訳なさそうにトウヤが言う。彼の言葉の中に出てきた単語に姫が尋ねた。
「それは、おれの口から申し上げて良いかどうかわかりませんのでお伝えするなら、王子様自らお伝えされてはいかがでしょうか」
「……」
トウヤの言葉で全員がアレクの顔を見やる。
「……アオイ。ぼくはね。アオイが敵対している帝国の王子なんだ。つまり帝王の息子だよ」
「え?」
彼の言葉に刹那と麗奈とトウヤ以外の全員が驚き目を見開く。
「アオイの事も最初から亡国の姫であり反徒を率いる人だって知っていて、どんな人なのか探ろうと思って近づいた。だけど、君があまりにも美しく綺麗だったから。敵国の姫であるって分かっていても君の事が好きになったんだ。だから、ぼくはしばらく君達の行動を見ていた。本当に悪いのはどっちなのかを知るために。だけどヴォルトスの悪行を知りぼくは許せなくてあいつを殺そうと思った。ま、それは別の誰かさんにとられちゃったけどね。そしてそんな奴に西の地を任せる父上の事が分からなくなって、だからこの目で確かめたかったんだ。だから世界中を旅してまわってきた。そして父上がどんなことをしているのかを知った……だからぼくは王国を守る為そして王族の者として道を間違えた父を正さなければならない。だからアオイ。ぼくも一緒に戦うよ。本当の敵は君じゃない。真に倒すべき敵はぼくの父上だから」
「待ってアレク。何を言っているのか分かっているの? お父さんを殺す覚悟で戦うって言っているんだよ」
アレクが真面目な顔で語った言葉に待ったといった感じでアオイが止める。
「そう言っているだろう。息子として父親がしている行いが間違っているのならそれを正すのも息子であるぼくの務めだ」
「アレク……分かった。アレクがどうしても一緒に来るって言うんなら止めない。だから力を貸してくれる?」
「勿論。アオイのためならぼくはなんだってするよ」
真剣な表情でそう断言する彼へと彼女も同意して頷くと微笑みお願いする。アレクはそれに力強く頷き笑顔で答えた。
それからアレクと彼を守る側近兵達が仲間に加わることとなる。彼を守る側近兵達は皆アレクの味方のようで彼が帝王を倒すことを決めたと知っても誰も止める者はいなかった。
むしろ「地の果てであろうと地獄の底であろうと我等は最後までお供いたします」とアレクへの忠誠を誓うほど彼等の絆は確かな物である。
そして別邸を出たアオイ達の下に別動隊から連絡が入り彼等が身を隠しているという森へと向かうこととなった。
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