八章 星読みの男と星の外より着た者

 翌朝馬車は西の地へと向けて旅を再開する。


「それで、昨夜セツナ殿のお話しくださった勇者物語が誠におもしろかったのです」


「はい、手に汗握る展開にドキドキしながら聞いてました」


「……」


「眠れない様だったから話して聞かせたんだけど、まさか皆に言いふらされるとは思ってなくてね。そんな目で見ないでよ」


和気あいあいと昨夜語ってもらった物語の事を話す麗奈とイカリ。それにキイチが何か言いたそうな空気を放ちながら手綱を操る。


その様子に刹那も気づいていて溜息を吐き出したそうな顔で答えた。


「へー。勇者物語ね。面白そう。私も是非とも聞きたいわ」


「セツナの口から勇者物語なんてでるなんてね。あんた意外にメルヘンな話が好きなのか」


「ユキ、その言い方はセツナに失礼ですよ」


笑顔で興味があるとアオイが言うとユキも意外だといった感じで笑う。彼の言葉にハヤトがやんわり忠告する。


「別にいいさ。僕は自分でも不愛想な顔してるって自覚はしているし、こんな顔した奴が勇者物語なんて語るなんて思わないだろう」


「そんなことはない。セツナは前にもおれ達に物語を聞かせてくれた。おれも書を読むのは好きだが、セツナほどたくさんの物語を話して聞かせられるほど知っているわけではない。だからセツナの話は勉強になる」


ユキの言葉に特に気にしていないといった感じで刹那が答えるとキリトが柔らかく微笑み話す。


「キリトは昔からおとぎ話が好きだったからな。そのあたりはおれとも気が合ってお互いどれだけの書を理解しているか競い合ったものだな」


「……そんなことあったか。もう覚えていない」


彼の言葉にトウヤが微笑み懐かしいと言わんばかりに言うがキリトが途端に無表情になると淡泊に答える。


「ああ、オレも昔キリトにいろいろな物語を教えてもらいましたね。オレが読む書とは違って伝説や空想のお話が好きだったのを覚えてます」


「ハヤトは昔から歴史などの書が好きだったからな。お前のおかげでそう言う書も読むようになり歴史や兵法について詳しくなった」


そこにハヤトも懐かしいと瞳を細めて語ると彼が微笑み答えた。


「おれとの思い出は覚えていないと言うのに、ハヤトとの出来事は覚えているとはえらい違いだな」


「貴様との過去なんぞ今や黒歴史だ。敵国の密偵であり国を裏切り王や同胞達を殺した張本人との思い出が美しかったなどとは思わん」


トウヤが自分との扱いの差に溜息を吐き出したい思いで言うとキリトが彼を睨み付けて言葉を放つ。


「ま、まあまあ。キリトさん落ち着いてください。ねえ、せっかくだから皆でセツナの物語を聞きましょうよ」


「イカリと麗奈が話した時点でこうなるだろうとは思っていたよ。……仕方ないね。長い物語になるだからこれから僕は毎日一話ずつ話を言って聞かせる。だけど二度と同じ話はしない。それでもいいなら話を始める」


アオイがなだめると刹那へと顔を戻しお願いする。そうなることを予想していた彼女はあえて溜息を吐き出すとそう尋ねた。それに皆から異議の声はあがらず黙って話を聞く態勢となっている。


「それじゃあはじめるよ。これは吟遊詩人が語った物語うたの最初の物語だ。むかしむかし――――」


刹那は語り始めると昨夜麗奈とイカリに聞かせた勇者物語を第一章から話して聞かせた。そして一章を話し終えると口を閉ざして「続きはまた明日」と言って物語を切り止める。


アオイ達は続きを聞きたそうな顔だったが一日一話ずつという約束をしたのだからと諦めて馬車の旅に意識を戻した。


それから一週間の間刹那の物語を聞きながら旅は続き、彼女等はようやく西の地の辺境の村へとやってきた。


「ずいぶんと静かね」


「もう直ぐ近くの村に辿り着くはずだからそこで領主の事について情報を得よう」


入口の幕をまくり上げて外の様子を観察していたアオイが呟くとキイチがそう言って村の中へと馬車を進める。


(……この気は。「影」の力をこんなに強く感じるとは。この近くに奴がいる。きっと領主に憑りついてるんだろう)


馬車を停めて外へと出る。アオイ達の後に続いて地面に足をつけた途端、懐かしいくらいに色鮮やかに覚えている悪寒に刹那は薄い笑みを浮かべた。


「南の地では女性と男性の姿がなかったけどこっちでは逆に男性の姿がどこにも見当たらないわね」


「何かあったのかもしれないし、アオイちゃん聞いて回りましょう」


周囲の様子に男達だけの姿がないことに気付いたアオイが言うとアゲハがそう提案する。


「レナ。顔色が悪いぞ。どうかしたのか」


「い、いえ。何でもないです。ちょっと乗り物酔いしてしまったみたいで……」


それにより皆で情報収集をする事となったのだが、一人だけ顔色が悪い麗奈へとキリトが心配して声をかけた。


「レナは繊細ですね。オレ達で話を聞いて回ってきますのでここで休んでいてい下さい」


「す、すみません」


(……記憶が、薄れて……なるほどね。それは確かに麗奈のためになると思うよ。特にこれからの事を考えたらそのほうのが都合がいいし、彼女を守ることになる。君達よく考えたじゃないか)


ハヤトの言葉に彼女は困った顔で返事をする。そんな麗奈を見詰めて刹那はまるで誰かと話しているかのように内心で言葉を漏らす。


「麗奈、抗わずゆだねるんだ」


皆はすでに情報収集のため村中に散り散りになっていったが冷や汗を流し青白い顔で悩む麗奈へと彼女はそっと声をかける。


「へ?」


「……僕が今言えるのはそれだけさ」


その言葉の意味が解らなかったようで不思議そうな顔で目を白黒させる彼女へと、それだけ伝えると刹那も情報収集へと向かっていった。


暫くしてから彼女が馬車へと戻ると皆も集まり始めていて全員がそろったところでいましがた聞いたばかりの情報を教え合う。


「どうやらこの村の男の人達は皆領主の館に連れていかれたっきり帰ってこないみたい」


「この村の平和さを見るに前の様に全員捕らえられているってわけじゃなさそうだな」


「そうですね。捕らえられているのだとしたら次は我が身かもしれないともっと怯えているでしょうから」


まず最初に口を開いたのはアオイ。続いてユキが言うとハヤトも同意して話す。


「姫様。これは領主の館がある町に行ってみるのが一番かもしれませんよ」


「そうだな。その方がもっと確実な情報を得られるだろう」


(……仲いいんだか悪いんだか。いや、あの顔はキリトは真面目に答えてるだけだな。明らかに嫌そうだし)


トウヤの発言に珍しく賛同したキリトの様子に少しは仲良くなったのかと思ったが。どうやら間違った意見ではないため同意しただけに過ぎないという事に気付き刹那は半眼になる。


(やっぱり一度崩れた信頼を築き上げるのは難しいようだね。ま、僕の場合は最初から信頼されてないところから始まって少しは信頼されるようになったってレベルだろうから似たようなものだろうけど)


「姫、ここより先は危険な場所。十分ご注意下さいませ」


「うん。皆も気を付けてね」


彼女が内心で考え事を巡らせている間も話は進み、イカリの言葉に意識を現実に戻したところでアオイが締めるように言って話し合いは終了となる。


町へと到着すると再び情報収集へと向かう。


「……さて」


皆の下から別れた刹那は町に着くと共に強く感じるようになった「影」の気配の方角を調べる。


「やはり領主の館の方か……」


意識を集中させて気配を読むとここからでは見えない領主の館の方角を眺めた。


「……彼が動く前に僕が仕留める。じゃないときっと奴は彼を飲み込むだろう」


そう呟くと情報収集へと戻り広場に集合しているアオイ達の下へと帰る。


「男の人達の姿だけがないのは領主ヴォルトスが全員連れていってしまったからなのね」


「西の地を支配する領主ヴォルトスは力こそすべてだと考えていらっしゃる方だとおれもお聞きしています。姫様。このままではこの地に住まう人々は働き盛りの男達を兵士として取られたまま生活が苦しくなる一方かと思われますがいかがいたしますか」


(最初からアオイが放っておけないって分かっていてよく言うよ。トウヤはいつまで予言書通りに動くつもりなのか。それが自分が絶望し望まなかった未来だというのにね)


怒りで眉を跳ね上げるアオイへとトウヤがそう尋ねた。その言葉に刹那は内心で声をあげると考え深げな顔で彼を見やる。


「このまま放ってなんか置けないよ。私達で領主の館に乗り込もう」


「ちょっと待った。姫さんの気持ちも分からないでもないけどいきなり兵士達が乗り込んでいっても返り討ちに合うかもしれない」


(ただの能天気な団長かと思っていたけど、意外に鋭いんだね)


握り拳を振りかぶりそう宣言する姫へとキイチが待ったをかけた。彼女はそんな彼へととても失礼な感想を内心で述べながらそちらを見やる。


「キイチ殿それはどういうことですか?」


「さっき聞いた通りに力こそすべてだと考えている領主の館だ。きっとあっちこっちに仕掛けが施してあるに決まってる」


「つまりただ乗り込むだけでは仕掛けにより行く道を阻まれ、その間に相手が態勢を整えてしまえばこちらがやられてしまうということだな」


不思議そうな顔をするイカリへとキイチが真面目な顔で話した。それを聞いたキリトも確かにそれはあり得るといった感じに答える。


「それなら作戦をしっかりと考えていった方が良いですね」


「だけど力で抑え込むような奴の屋敷にどうやって気付かれずに進軍するつもりなんだ」


「ふふ。そこは私達の出番でしょう。旅芸人の一座がこの地にやってきたってので是非とも領主様にその芸を披露したいって言って領主様のご機嫌を取るのよ」


「で、その間に姫さん達が軍を動かす。これで完璧だろう」


ハヤトの言葉にユキが冷静に考えた事を尋ねた。それに不敵に笑いながらアゲハが話すとキイチもにこりと笑い言う。


「だがいっぺんに多くの兵が動いては気付かれてしまうと思うけど、そこは如何するつもりで?」


「なら、キイチさんとアゲハさん達が領主の気をひいている間にキリトさんとハヤトさんそれにトウヤさんの三人で別動隊を率いて屋敷の裏に回り込みそこで合図があるまで待機。その間私達は正面から館に侵入して表と裏で挟み撃ちにするってのは如何かな」


「成る程。流石は姫様。それなら相手も包囲された状態での接戦を余儀なくされて慌てるということですね」


(アオイは意外に戦略が得意なようだ。さすがは姫って呼ばれてるだけのことはある。ま、そこは育ての親であるハヤトの教育のたまものなのかもしれないけどね)


目の前で作戦を練り合っている会話を聞きながら刹那は内心でアオイに対する評価を零す。


「それじゃあ、この作戦で決まりだね」


「なら早速オレ達は領主の館に向かうとしよう。きっと退屈している領主は大歓迎して招き入れてくれるさ」


姫の言葉を聞くと早速馬車へと飛び乗りキイチが手綱を握りしめる。


「キイチさん、アゲハさん気を付けてね」


「姫さん達もご武運を」


心配そうに見送るアオイの言葉に彼が大丈夫だと言いたげににこりと笑うと馬車を走らせていった。


(さて、いよいよ領主の館へ乗り込む。アオイ達には悪いけど一人で動かせてもらうよ。「影」の牙が彼に降りかからないように、ね)


領主の館の近くの茂みへと身を潜め時が来るのを待っているアオイ達の側で刹那は内心で声をあげると暗雲立ち込める空を睨み付ける。


(あれが降る前には終わらせないとね)


今にも嵐が起こりそうな天候にそっと呟くと門番の兵士達へと声をかけるキイチ達の姿へと視線を移す。


アゲハの魅了の術にまんまとはまった兵士達はフラフラと惹かれるように彼女の後へと着いて歩き門の前には人がいなくなる。


「それじゃあ、行くわよ。皆気を付けてね」


「アオイこそ無茶するんじゃないぞ」


その様子にアオイが今だと判断し進軍を開始した。彼女の横に並びながらユキがそっと注意する。


「レナ殿。僕達の側から離れませんように」


「はい」


イカリが守る様に麗奈の前へと移動するとそう声をかけた。それに彼女は返事をするとしっかりとアオイ達の後に続く。


(キイチ達が上手く仕掛けを壊してくれたようだね。おかげで楽に進める)


「仕掛けがあるって聞いてたから警戒していたけど、今のところ全然何も起こらないね」


「あれを見てみろよ。仕掛けの装置だ。あれが起動していたら今頃俺達は足止めを食らっていたさ」


刹那が内心で呟いていると拍子抜けした顔でアオイが言う。それにユキが装置が隠されている天井へと視線を向けて話す。


「ほんとだ。あんなところに変な装置がある。でも紐が切れてるね」


「装置が作動しないようにキイチ殿達が壊してくれたのでしょう。姫、先を急ぎましょう」


「うん」


そちらを見やった彼女が不思議そうに呟くとイカリが仮説を唱え先へと促す。それにアオイも頷くといつ戦いが起こってもいいように警戒しながら足を進めた。


暫く進軍すると広い庭の前までくる。ここでアオイが合図である弓を天高く放つ。これにより別動隊が動き出す事だろう。


「これでハヤトさん達も動き出すと思うわ」


「今まではすれ違う兵士達を倒すだけだったけど、ここから先は気をつけろよ」


彼女の言葉にユキが注意を促す。


「今頃異変に気付いた館に仕える武官達が領主に知らせているやもしれませんからね」


「兵士達を倒しながら進んできたからね。その可能性は大いにあり得る。気を付けて進む事だね」


イカリの言葉に刹那も同意するように話すと、ここからはさらに気を引き締めて進まないとという空気が流れた。


「アオイちゃん怪我とかしないように気を付けてね」


「大丈夫よ。レナこそ怪我しないようにね」


「うん」


(……いよいよか)


麗奈とアオイが何か話し合っていたがそれよりも近付くにつれてしっかりと濃くなっていく「影」の気配の方に刹那は意識を向けた。


そして大広間の扉の前へと来た時背後からたくさんの足音が近づいてきてそちらへと振り返る。


「アオイ」


「姫様」


「ハヤトさん、トウヤさん」


ハヤトとトウヤの姿を捕らえるとアオイが笑顔になり少しだけ安堵した様子で肩の力を抜く。


「どうやら間に合ったようですね」


「キリトさんは?」


乗り込む前に間に合った事にハヤトが言うと彼女がこの場にいないキリトが率いる別動隊の事を気にして尋ねる。


「キリトなら今頃逃げ道を塞ぐため裏門から攻め込んでいるころだと思いますよ」


「そう。それじゃあ、私達も乗り込みましょう」


彼の説明を聞いて納得するといざ領主の下へと向けて扉を開け放った。


「貴様等が反徒どもか。舐めた真似をしやがって。このまま無事に帰れると思うな」


「貴方が領主ね。男の人達を無理矢理兵士に引き入れて戦わせているなんて許せない。ここで貴方を倒してこの地を開放するわ」


(「影」はやはり領主に憑りついている。今のところその力を発揮はしていないようだが、暴走されたら厄介だ。すぐに始末してしまいたいが、ここで僕が下手に動けばアオイ達に危険が及ぶか)


アオイと領主が話しているのを聞きながら刹那は内心で考えを巡らせる。


「貴様が瑠璃王国の姫か。ふん。何年も前に消息を絶ち、いなくなったから死んだものかと思っていたが、まさか生きていたとはな。ここで貴様の首をとれば我の地位も更に上がると言うもの。皆の者かかれ!」


「あら、領主様。誰に命令してるのかしら?」


(しかし領主の体はすでに「影」の影響を受けている。いつ理性を失うか分かったものじゃない。領主の意識が呑み込まれてしまえば手が付けられなくなる。その前に何とかしないと)


領主が命令を下すがそれにおかしそうに微笑みアゲハが言う。その遣り取りを見ながら彼女は一番良い答えを探す。


「何? ……まさか貴様等も反徒の一味だったのか。おのれ許さん。我をだました罪を償うがいい」


「姫さん。こっちはオレ達に任せて姫さんは領主を倒すことに専念して」


「分かった。皆行くよ」


(ここはアオイ達に任せて僕は少し先に外へと向かうとしよう。どうせすぐに逃げてくるだろうからね)


目の前で緊迫した戦闘が開始されようとしている中。彼女は考えをまとめると誰にも気づかれないようそっとその場を離れる。


領主の館から出た刹那は深い森の中へとやってきた。


「ぜぇ……はぁ……ぜぇ……はぁ……くそ反徒どもめ舐めた真似をしてくれる。このままで終わると思うな。すぐに態勢を立て直して滅ぼしてくれるわ」


「その考えはあきらめた方がいいと思うよ」


「!? 誰だ」


暫くすると隠し通路から出てきたヴォルトスが怪我を負いおぼつかない足取りで森の奥地へと入って来る。そして憎々しげに独り言をつぶやいた時刹那はその背後から声をかけた。


いきなり声をかけられ驚く領主の前へと近寄りながら薄い笑みを浮かべる。


「いくら君が純粋なる力を求めて恐怖で人々を縛り付けようとしたって無駄な事。もう誰も君のいう事に耳を貸してはくれないさ。力を求め「影」をその身に取り込んだ愚かな「人間」は、「影」に飲み込まれるだけ。君の中にいるそれは君をいずれ飲み込んでしまう。そうなる前に僕が終わらせてあげるよ」


「き、貴様は何を言ってる? さては貴様も反徒の一味か。おのれ貴様ごときに邪魔されてたまるか。ここで殺してやる」


薄い笑みを浮かべて一歩ずつ近寄って来る彼女の姿に感じた事のない恐怖に怯えながらヴォルトスは喚く。


「……哀れだね」


悲しげな顔でそっと呟くと刹那は短剣を構え領主の心臓を貫く。


【グァアアアアッ!!】


「……君に安らかな眠りを」


途端にヴォルトスの体からどす黒い霧が立ち込め天へと舞い上がる。それが逃げてしまわぬうちに彼女は短剣で「影」を切り裂く。


緑の光が辺り一面を照らし目も開けられないほどのきらめきが治まると領主の亡骸だけがそこに残っていた。


「……どうして」


「どうせ君だって最初から領主を殺すつもりだったんだろう。その役目を僕が代わりにやってあげただけさ」


そっと誰かに声をかけられる。最初からそこにいた事を知っていた彼女はそちらへと振り返り答えた。


「「影」は憑りついた人間の生命力を餌に生きている。だから「影」を殺すことはすなわち憑依された者も命を落とすという事だ」


「君は一体何者なんだ」


「それはこちらが聞きたいよ。君こそ何者なんだい……ただの旅人なんかじゃないだろう? アレク」


淡々とした口調で答えた刹那へと警戒した声で尋ねる相手へ彼女は尋ねた。


「……」


「君はさ、この世界がどうなってるのかを知りたいんだろう。なら、この世界のことをもっと知るべきだ。僕の事を知りたいならまずは己の住むこの世界の真実を知ることだね」


「待って。……名前くらいは教えてもいいんじゃないの。そうじゃないとフェアじゃない」


自分の事をまるで知られているような口ぶりにアレクが無言になる。そんな彼へと言うと刹那は背を向けて立ち去ろうとした。


その背中へと呼び止めそう尋ねるアレクの方へと真っすぐに向き直った彼女は数秒だまり口を開く。


「刹那……運命に従い生き続けている悲しい存在さ」


「セツナ……か」


そう答えると今度こそその場を立ち去る。背後でアレクが小さく復唱する声を聞きながらアオイ達の元へと戻っていった。


刹那が皆の下へと戻ると彼女等は帝国兵に取り囲まれていた。が、慌てる事無くそっとアオイ達の側に近寄る。


「帝国兵!?」


「この屋敷に仕えていた者達の生き残りか。姫様お下がりください」


驚くアオイの前へと駆け出たイカリが警戒した様子でそう声をかけた。


「ちょっと待ってください。彼等から敵意は感じませんよ」


「あんたが瑠璃王国の姫さんか。俺等はヴォルトスに無理やり館に連れてこられてここで働かされていたんだ。だがあんたがヴォルトスを追い出してくれたおかげでこうして自由の身になれた」


「それじゃあ貴方達は無理やり働かされていた村や町の人達なのね」


ハヤトが待ったをかけると兵士の一人がそう話す。その言葉に彼女は彼等の正体がわかり敵ではない事に安堵して言う。


「あんた達のおかげで俺達は助かった。だから俺達はあんた達の手助けがしたい。帝国と戦うんだろう。俺達も一緒にいく」


「姫様。どうか我等も軍に加えてはくれませんか」


「オレはもうこんな生活うんざりなんだ。このまま怯えて過ごすのももういやだ。だから姫様達と共に帝国にあらがってみようと思う。オレ達を連れていってくれ」


「手を貸してくれるならとっても有り難い。皆これからよろしくね」


兵士達の言葉を受けたアオイが大きく頷くと微笑みそう言った。その言葉に大きな歓声が巻き起こる。


「これで帝国と戦えるだけの兵力ができたね」


「セツナ? 今まで何処に行っていたの」


「最初からずっといたでしょ」


声をかけられ驚くアオイに刹那は答える。


「あれ、そうだったけ?」


「そうですよ。セツナはずっとおれ達と一緒でしたよ」


彼女の言葉に不思議そうにする姫へとトウヤがそう話す。


「そうだったような気もしてきたわ。でも今回はセツナが追いかけている影とは関係なかったみたいね」


「さあ、どうだろうな。領主がいなくなってしまった今となっては確認することができないだろ」


アオイがにこりと笑い話すとユキがそれはどうだか分からないといった顔で言う。


「もう、ここには用はないでしょ。さっさと町に戻ろう」


「それもそうですね。アオイもレナも疲れているでしょうから、宿をとって休みましょう」


刹那の言葉にハヤトが頷き帝国兵として働かされていた男達を連れて町まで戻る。


そして男達は一度それぞれ自分の町や村へと戻り家族との再会を果たした後アオイ達について帝国と戦うので家を離れることを話してから軍に合流した。


それから数日後。いよいよ北の地へと向かうための作戦会議が宿屋の中で行われる。


「アオイ。ここまで軍が拡大してはもはやともに行動する事の方が危険だと思う」


「確かに大勢の軍を引き連れてじゃ目立ってしまいますからね」


「それじゃあどうすればいいのかな」


キリトの言葉にハヤトも同意して話す。その言葉にアオイが考え深げな顔で呟く。


「ここまで拡大したのですから、四方八方から北の地へと向けて別動隊を送り込みその地で合流して一気に帝王を倒すのはどうでしょうか」


「成る程。そうすれば北の地を包囲する事ができるということですね。流石はトウヤ殿です」


トウヤがそれならばと言った感じで話すとそれにイカリが感嘆の声をあげる。


「そうね。大勢の軍を率いて向かうよりは安全かも」


「ではさっそく軍を分けて北の地へと送り込みましょう」


アオイもそれが一番安全だっといった感じで頷くとハヤトが真っ先に声をあげて皆で別動隊の結成について話し合う。


そうして出来上がった別動隊を先に北の地へと送り込み、アオイ達は後を追う形で町を離れる。


やがて馬車は静かな野原へとやって来るとその日はそこで野営することとなった。


「……」


皆が寝静まった深夜に刹那は一人蒔きの番をしながら夜空を眺める。


「……眠れないってわけじゃないでしょ。僕に何の用」


「セツナさんとは一度ゆっくりお話がしてみたいと思っておりましてね」


背後から近寄ってきた足音の主へとそちらを見る事なく尋ねる。するとそれにトウヤも驚くことなく答えた。


「僕とお話ね。そんなに君は他人に興味を示すような人だとは思わなかったよ」


「あなたほど得体のしれない恐ろしい存在はありません。どの予言書にもおれのこの忌まわしい目をもってしても見えなかった「あなた」の存在が。今後脅威にならないとは限らないのでね」


彼女の言葉に彼も薄い笑みを浮かべて話す。


「へー。てっきり僕は君ならすべてお見通しなんだと思っていたよ」


「おたわむれを……星の外より着た者の事まで見える目は持ってませんよ」


「でも麗奈の事は少しは見えていたんでしょ」


意地悪な事を言う刹那へとトウヤが溜息交じりに答える。それに彼女が言うと彼はにやりと笑った。


「麗奈さんの事も少ししか見えない未来しか見えてはいませんでしたよ。本当に何もわからない状態の「あなた」と一緒にするのは失礼でしょう」


「ま、星読みである君だったとしても僕の事は分からなくて当然だね。そんなに警戒しなくたっていいさ。僕は君の敵ではない。それにアオイ達に変な事を吹き込んだりもしないさ。すべては預言書の通りに起こり、そして預言書の通りに終わる。そう思ってるんでしょ」


「それが違うからこそ「あなた」の存在が恐ろしいのですよ。いったい何をなそうとしているのです」


恐ろしいと言って警戒するトウヤへと刹那は淡泊に語る。その言葉に彼が違うと言って首を振った。


「「影」を消し去ること。それだけが僕がこの世界へとやってきた理由だ。それが終われば僕はこの星を離れ本来いるべき場所へと戻る。だけどさ、君だって本当は預言書の通りにはなって欲しくはないんでしょ。もし預言書の通りになるならば小さな希望の光は強大な闇の渦の中に飲み込まれそして消し去られてしまう。それが嫌でその目を呪い預言書を捨てた「星読み」のくせに未来に絶望しながらもその小さな希望の光に縋ることしかできないなんて哀れだね」


「「あなた」はどこまでご理解しているのです。この星の未来は闇に飲み込まれいずれ消されてしまうというのに。それに絶望しない方のがおかしいでしょう」


彼女の言葉に悲しげな眼差しでトウヤが話す。


「心配しなくたっていい。この星へとやってきた小さな希望の光は必ずや強大な闇を消し去ることだろう。ただし、そこに僕が関与することで未来は大きく変わってしまうけどね」


「まさかその闇の存在があなたが言う「影」と関係していると?」


未来に不安しか抱かない星読みの男に刹那は諭すように言う。その言葉にトウヤは驚き尋ねた。


「さあ、それは分からない。けど、この世界に影響を及ぼしている「影」が無関係であるとは思えない。もし仮に帝王にそいつが憑いているのだとすれば未来は変わってしまうことだろう」


「……あなたは帝王すらも殺すおつもりで?」


彼女の言葉に隠された意味に気付き彼が鋭く尋ねる。


「「影」に憑りつかれてしまったのならばそれしかその魂を救う方法はない。「影」は魂すら飲み込み己の力の一部としてしまう。恐ろしい存在だよ。まったく……昔っから変わらない」


「セツナさん。あなたがおれの敵ではないというのならば、どうか見せて下さい。あなたしかなしえないという希望にあふれた「未来」を」


独り言のように瞳を揺らして話す刹那へとトウヤがそう頼む。その言葉に含まれた彼の願いに気付いている彼女はしばらくの間じっとその目を見詰めた。


「ねえ、どうせいずれ知らなきゃいけない事なんだ。せっかくなら僕が何者でどうしてこの星にきたのか教えてあげるよ」


「それも定められたままに……ですか」


ふっと息を吐き出すと刹那はそう話す。それも定めなのだろうと言いたげな顔で尋ねたトウヤへと彼女は少し寂しげな瞳で見やると口を開いた。


「これは定めに抗いたいという僕の勝手な願いだ」


「いいでしょう。本当のあなたの事全てお聞きします」


刹那の言葉の意味を理解した彼が小さく頷き同意する。


「絶対にまだアオイ達には言わないでね。僕は……」


「!?」


口を開き語りだしたその時ざわめくように風が吹き通り抜ける。そしていつもと雰囲気の違う彼女の話を聞いたトウヤが珍しく瞳を大きく開き驚いた。


「だから僕こそが「時の使者」でありそして「影」を消し去ることができる唯一の存在なのさ」


「あなたの秘密は絶対誰にも言いはしません。ですからこれから俺がやろうとしていることをどうか黙って見守っていてください」


刹那がその言葉で締めると彼がふっと微笑み話す。


そんなこと言うまでもないといった感じの彼女の顔にトウヤが頭を下げてお礼をするとその場を立ち去っていく。


「……星がこんなに近くに感じるのは、僕がもう直ぐこの地を離れなければならないからだろう」


夜空にきらめく星々へと視線を戻した刹那は寂し気な口調でそう言うとたき火へと新たな蒔きをくべた。

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