七章 刹那と影の因果

 刹那が物語を語ったことで重苦しかった空気も穏やかになり、火の手からも逃れられた馬車はようやく足を止めて野営の準備を整えて寝る時間となる。


「そんじゃアゲハ姫さんとレナさんのこと頼んだぞ」


「大丈夫よ。それよりも寝込みを襲うようなことしちゃだめよ♡」


一台目の馬車は女性陣の寝室として使うため御者席から降りたキイチがそう言うとアゲハが意地悪そうに微笑みウィンクをした。


「ちょと、ちょっと。いくら姫さん達が可愛いからってさすがに寝込みを襲うような真似はしないよ!」


「ふふ、冗談よ。団長ったら慌てちゃって可愛いんだから」


「あちゃ~。まーたアゲハにからかわれちゃったか……」


慌ててそんなことはしないと断言する彼へと彼女がいたずらっ子の顔で微笑む。その言葉に頭を抱えてからかわれていたことに溜息を零した。


「ふふ。でも、団長もアオイちゃんに興味がおありだって分かってよかったわ。でも敵は多いわよ、団長頑張ってね」


「なっ……アゲハからかうのもいい加減にしろよ。オレが興味あるのは二十を超えた大人な女性だけだ」


嬉しそうに微笑み言われたアゲハの言葉にキイチが驚いて目を見開くと弁解するように話す。


「あら~。そうだったかしら? でも赤くなりながら言われても全然説得力ないわよ」


「~~っ!! だーもう。良いからさっさと寝ろ」


「あら、団長の機嫌を損ねちゃったみたいね。はいはい。今日はこのくらいにして寝に行きますよ」


首をかしげて茶化す彼女へと彼はついに耳まで真っ赤にして怒ると背を向ける。それに彼女はやりすぎたことに反省しながら溜息を零すと馬車の中へと入っていった。


「……アゲハの奴オレの事からかって遊ぶのほんとに好きで困るぜ。……オレが姫さんのこと好きだなんてそんなことあるはずないじゃないか」


「……そんな所で突っ立てると邪魔なんだけど」


「!?」


一人になった彼がそっと呟くと考え込むような顔になり腕を組む。その様子に刹那が呆れた声をかけるとキイチがあきらかに反応して肩を跳ね上げるほど驚く。


「な、なんだセツナか。脅かすなよ。つーかいつからそこにいたんだ?」


(最初からいたけど多分言ったらめんどくさいことになりそうだから嘘をつこう)


「ついさっき。護衛兵に用事があってきたんだけど、僕に聞かれちゃまずいことでも考えていたの」


彼の言葉に内心で呟くと口を開き答える。


「わわっ。な、何でもないから。検索するな、足を突っ込むな。何も聞くな!」


「そこまで言われて聞くほど馬鹿じゃないけど、それ僕以外の人の前では気をつけないと逆に聞かれる可能性があるからそんな挙動不審にならない方がいいと思うよ」


途端に慌てて両手を振り捲し立てて喋るキイチへと冷静な態度で諭すように語る。


「!?」


「……もういいから、君も大分疲れてるみたいだから早く寝に行った方がいいんじゃない」


彼女の言葉に目を大きく見開き「しまった」といった顔をする彼へと呆れた様子で寝るよう促す。


「あ、ああ。そうする。……なぁ、セツナ。お前さんって不思議な奴だよな」


「なにそれ」


寝に行くんじゃないのかと思いながらキイチが尋ねてきた言葉に淡泊に答える。


「いや、得体のしれない「影」って奴を探して世界中を旅してるって聞いた時からお前さんは不思議な奴だなって思って。普通の人じゃ倒せない「影」って存在を倒せるお前さんは一体何者なのかなって興味がわいてさ」


「僕はアオイやレナのように使命をもってこの世界で旅をしているただの「人」だよ。戦うことから逃れられない運命さだめに生きる哀れな存在さ」


興味の対象にされている事には触れずに刹那は淡々とした口調で答える。


「普通の人間には「影」は倒せない。だけど「影」との因果関係にある僕は奴を倒すことができるのさ」


「因果って……セツナの過去に一体どんなことがあったんだよ」


彼女の言葉にキイチが渋い顔をして尋ねた。


「……そんなことはどうでもいいだろ。それより早く寝なよ。僕も用事を早く済ませてゆっくりしたいんでね」


「あ、そう言えば用事があってここに来たんだったな。悪い悪い。じゃ、今度刹那と「影」の因果関係についてゆっくり聞かせてくれよ」


その話を逸らすかのように言った刹那の言葉にそういえばそうだったと言わんばかりの表情で彼が言うとにこりと笑う。


「……君一人に言うと皆に広められそうだから嫌だ」


「な、オレそんなに口が軽そうに見えるか?」


半眼になり言われた言葉にキイチは不服気な顔で尋ねる。


「旅芸人の団長をしてる時点で口から出まかせでも話をするのは得意だと認識してるよ」


「……刹那にとって「影」って奴との因果がそれほど重いって言うことは理解できた。オレも面白半分で話してもらいたいとは思わない。刹那がオレ達に言ってもいいって思えたらその時に教えてくれ」


彼女の言葉に真面目な顔になり彼が静かな口調で言う。


「そう遠くないうちに話してあげるよ。でも君じゃない誰かに先に話しても怒らないでよ」


「それは流石に傷つくって……どうせ話すならオレにまず教えてくれよ」


次に話した刹那の言葉に肩をおとし落ち込む様子に彼女は困った顔になる。


「仕方ないな。今は絶対に誰にも言わないって約束できるなら教えてあげてもいいけど」


「勿論。約束は守るぜ。こう見えても言って良い事と悪い事の区別はできるからな」


暫くその様子を眺めていた刹那だったが溜息を零すとそう言った。それに嬉しそうに満面の笑みを浮かべると大きく頷き答える。


「これはある吟遊詩人が語った物語うたの話だけど……」


「!?」


彼女は静かな口調である物語を語って聞かせた。その話にキイチは目を見開き驚く。


「……絶対にまだ誰にも教えちゃだめだよ」


「……分かった。約束は守る」


語り終えた彼女の言葉に真剣な顔になった彼が小さく頷くと男性陣が寝泊まりする二台目の馬車へと向かっていった。


「さて、と」


その背を見送った彼女は姫を守る為の護衛兵に一言二言話をしてからその場を離れる。


たき火の番をする者と護衛する者以外眠りについた静寂の闇の中、刹那は馬車の壁に背を預け座り込み窓から見える空を眺める。


背後へと振り返るとすやすやと寝息を立てて眠りにつく皆の様子が見て取れた。


(にしてもほんとに皆性格出てるよね)


ぐっすりと眠る男性陣へと向けて内心で呟く。ハヤトは綺麗に仰向けになり薄い布をかけて穏やかな表情で眠っており、その隣には腕枕をして規則正しい寝息を立てて眠るユキの姿がある。


大きな口を開けよだれをたらしながら布をまくり上げて寝ているのはキイチ。トウヤは右腕を枕にして横向きの態勢で眠っている。キリトはいつ何が起こってもすぐに起きれるようにと壁に背を預けて腕を組み寝ていた。


そんな中一人寝苦しそうに何度も寝返りを打っているのはイカリだ。おそらく怪我が痛み眠れないのであろう。


(さて、と)


暫く彼等の眠る姿を観察していた刹那は内心でそっと呟くと壁から背を離し馬車の外へと出る。そして御者席に座り姫の護衛をしている兵士の下へ行くと見張りを交代する。


「こっちも性格出てるね」


そっと幕をめくって馬車の中を確認すると小さく声をあげた。


麗奈と一緒に向き合う感じで横になり寝ているアオイは規則正しい寝息を立てている。その隣にいる麗奈も明らかに育ちがよさそうな綺麗な寝姿で眠っていた。


アゲハは彼女等の近くで横になり眠っていて、その近くには双子の様に寄り添い合いタオルケットぐらいの大きさの布で体を包み寝ている団員達の姿もある。他の女達も思い思いの寝姿で寝息を立てていた。


「こうやって観察するのもたまにはいいかもね」


皆の寝姿を観察するという新たな楽しみを見出した彼女はそっと呟くと夜空へと視線を向ける。


そこには煌く星々が刹那へと向かって何か発信しているようにも見えた。


「……」


暫くそうして夜空を見ていると誰かの気配を感じ取りそちらへと視線を向けた。


(イカリか。やはり眠れなかったようだね)


そこには脂汗を流しながら夜風にあたっているイカリの姿があり刹那はそっと内心で声を零す。


その時背後の幕が開かれ麗奈が姿を現す。御者席に座っている刹那の姿に驚いたものの音の正体は彼女ではないと理解してそっと外の様子を窺い見た。


「……」


「イカリ君?」


ぼんやりと立ちつくす彼の背中を見つけてそっちへと近寄りながら彼女は声をかける。


「!? あ、起こしてしまいましたか。申し訳ありません」


「い、いえ。何だか眠れなくて少し夜風に当たりたいなって思って……それよりもどこか痛むのですか?」


彼女の気配にすら気付けないほど痛みと格闘していた彼が驚いて振り返ると謝る。それに彼女は困った顔で答えると尋ねた。


「……なんでもないです。これは僕が未熟だったせいです。ですから痛みなど苦になりません」


「やっぱりどこか痛いのを我慢してるんですね。悪化したりしたらよくないですよ。見せて下さい」


(イカリって嘘がつけないやつだろうとは思っていたけど、そんなこと言ったら余計心配されるだけだって気付かなかったのかな)


慌てて答えたイカリの言葉に麗奈はどこか怪我してるんだと確信して近寄る。それに自分の発言にしまったっといった顔になる彼へと刹那は内心で感想を述べた。


「っ……夫婦のち、契りを交わしていない女人に触れられるのは、それは破廉恥です」


(いや、よく分からない逃げ方だから。それで麗奈が理解できるはずないでしょ)


イカリが慌てて断る様に言葉を捲し立てて話すが、彼女がそれに気づくはずもなく不思議そうな顔をする。


その様子に刹那は内心で突っ込みを入れると溜息を吐く。


「よく分からないですけど、怪我を診るのに結婚してるとかしてないとかは関係ないと思います」


「……い、いけません。怪我を見てはいけないのです!」


「!?」


理解できていない麗奈が怪我を見ようと手を伸ばした瞬間、真夜中であることなどお構いなしといった感じに彼が大声をあげて拒絶するように背後に退く。


そのあまりの迫力に彼女は驚きその場に立ちつくした。


「あ、大きな声を出してしまい申し訳ございません。ですが、この怪我はあまりに酷く、貴女が見るに耐えない怪我なのです。ですから貴女に見られたくはありません」


「私は、イカリ君がどんなに酷い怪我を負ったとしてもそれから目を背けたりなんかしませんし。その怪我によってイカリ君の事を異端な目で見たりなんか絶対にしません」


(ふーん。麗奈って天然ちゃんだと思ってたけど意外にしっかりしてるところがあるんだね)


悲しそうな瞳で語る彼へと普段の麗奈からは考えられない程大人びたしっかりとした表情で優しく言い聞かせるかのように話す。その様子に刹那は心の中で素直な感想を述べた。


「……レナ殿」


「ですからお願いです。私にその傷の手当てをさせてはもらえないでしょうか」


その言葉と表情に呆気にとられたのかイカリが彼女を見詰める。そんな彼へとまるで仏の様な微笑みを浮かべてそっと手を差し伸べる麗奈。


「……分かりました」


「有り難う御座います」


数秒躊躇った様子で考え込んでいたイカリだったが彼女の言葉を信じ傷を見せることを了承する。それに嬉しそうに麗奈がお礼を言うと彼は服を脱ぎ怪我を見せた。


「……」


「少しじっとしていてくださいね」


暫く無言で彼の怪我を見ていた彼女だがそういうと腕輪をかざす。


(さて、お手並み拝見と行こう)


「!? こ、これは……」


腕輪から輝きが放たれる様子に刹那は内心で呟くとその様子を見守る。イカリは何が起こっているのか分からないといった顔で呟きを零していた。


「これで大丈夫だと思います。どうですか、痛みはまだありますか?」


「それが……摩訶不思議な事に先ほどまで感じていた痛みがまったく感じなくなりました。それどころか怪我をする前の様に体か軽くこれなら武器を振っても大丈夫そうです」


(僕の持つ緑石の様に傷を修復させる能力があるわけか。しかもそれだけではなく加護の力で守備力と幸運それに力があがる……そんな感じかな)


目の前で行われる治癒術を見ながら刹那は内心で腕輪の能力について分析する。


「それは良かった」


「本当にその腕輪には人を癒す力があるのですね。今身をもって体験いたしまして確認できました。レナ殿のその癒しの力は姫様をお助けする事ができましょう」


「そんな。これは私の力ではないので……それにこの腕輪をくださった神様や精霊さんのおかげで私はこうして癒しの力を使えるようになったんです。今までは何もできなかった分少しでも役に立てるのならと思っているのですが、何処までこの力が使えるのかだって定かではないんです。皆さんが危険な状態になっている場面で使えなかったらって考えるととても怖くて……」


怪我が治ったと嬉しそうにするイカリの姿に麗奈も微笑み喜ぶ。彼が腕輪の能力に触れた感想を述べると彼女は困ったような表情になり答える。


「ですが、神々や精霊の力がそんな簡単に無くなるとは思えません。レナ殿は神々や精霊に愛されている。それだけ心の澄んだお方なのです。ですから、貴女が望めばきっと神々も精霊もいつでも力を貸してくれましょう。それに貴女が恐怖を感じる前に僕達が必ず敵を倒して見せます。姫様とレナ殿の事は僕達が守りますので、ですからどうかご安心ください」


「イカリ君……。私も足手まといにならないようしっかりついて行きます。ですからどうか、どうか無事にこの戦いを終わらせましょうね」


「そんなこと愚問です。僕達は必ず勝てます。そして世界に平和を取り戻せることでしょう」


笑顔で大丈夫だと話すイカリへと麗奈はとても心が軽くなった様子で満面の笑みを浮かべ話す。それに力強い口調で彼が答えた。


「……ねえ、二人とも話をするならたき火に当たって話をすればいいじゃないか」


「「!?」」


話しに区切りがついたところで声をかけると二人とも驚き刹那へと視線を向ける。


「セ、セツナ殿。なぜそこに?」


「僕も眠れなくてね。見張りを代わってもらったんだ」


「それでそこに座ってたんですね」


イカリの言葉に淡泊に答える彼女へと麗奈が納得した様子で呟く。


「そうだね、二人とも目が覚めてしまったようだし、眠くなるまで僕の話でも聞くかい」


「セツナさんのお話ですか?」


「ああ、前に話していた吟遊詩人の歌った物語の事でしょうか」


御者席から立ち上がり二人の下へと近寄りながら話した彼女の言葉に、麗奈が不思議そうに首をかしげるとイカリも尋ねるように言う。


「そ、長い物語の初めのお話だよ。興味あるんじゃない」


「知りたいです」


「僕も是非とも聞いてみたいです」


刹那が尋ねると二人は瞳を輝かせてすでに話を聞く態勢に入っている。


「それじゃ、たき火に当たりながら話そうか」


彼女は言うと三人で火の側へと向かう。そこで番をしている兵士へと一言二言刹那が何か話すと彼は御者席の方へと動く。たき火の番と見張りを交代してもらうよう頼んだようだ。


そうして三人がたき火の前で思い思いに腰を下ろすと刹那の話が始まる。


「これは吟遊詩人が唄った物語うたの最初の話さ。むかしむかしあるところに悪逆非道の王国がありました。その王国の主は魔王と呼ばれ恐れられる男。その男の側には人の心の闇をその身に映し出す鏡のような存在の人型の魔物と「闇の娘」と呼ばれ恐れられた少女がおりました。何故闇の娘と呼ばれていたのかというと彼女は魔王に逆らう者達を次々と虐殺していたから。それだけでは物足りないと感じた少女は夜な夜な町へと向かっては何の罪もない人々を殺しつくすほどに暗殺していった。そしてそのあまりにも強く恐ろしい少女に人々は恐怖の夜を過ごし不安な日々を過ごしていました」


「なんて卑劣な……どうして誰もその闇の娘と呼ばれた者に立ち向かおうとしなかったのですか」


彼女の物語を聞いてイカリが憤怒するとそう尋ねた。


「普通の人じゃ倒せるほど彼女は弱くなかったからさ。魔王を殺そうと奮起した力自慢の者達が何人も城攻めに挑んだが、その度に「闇の娘」により殺されてしまったから、人々はなすすべがなくただ従うしかなかったんだよ」


「とても悲しいですね」


それに刹那が答えると今度は麗奈が瞳を曇らせて呟く。


「だけどこの話にはまだ続きがあるんだ。……人々がなすすべないまま不安な日々を過ごしていたある日。一人の少年が立ち上がった。彼は人々の希望の光として「勇者」と呼ばれ称えられ魔王を倒し世界に平和をもたらさんがために、エレメントストーンに選ばれし賢者達の力を借りながら魔王城へと単身で乗り込んだのです」


「おお、勇者殿素晴らしいです」


「あの、エレメントストーンって何ですか」


そんな二人の顔を見やりにやりと笑うと彼女は続きを語る。その言葉に手を打ち鳴らさん勢いでイカリが言うと、麗奈が話に出てきた単語に不思議そうな顔で尋ねた。


「エレメントストーンって言うのは自然界の力が凝縮されてできた石でそれは六つあり、それは人を消し去ってしまう程の力が秘められた恐ろしい存在でもあった。だから悪用されないようにと石が人を選び、石に選ばれた人は賢者となりその石の力を使うことができるようになるんだ。さて話を魔王城に戻そう。……単身城に乗り込んだ勇者は向かってくる魔物や兵士達を倒しながら幻影の間へと向かう。そこは己の心がゆるぎなく強くないと抜け出せないと言われる部屋。だからこそ幻影の間と言われているんだ。そこに入ってきた勇者の前に人型の魔物が現れる。その姿を見た勇者は驚く。なぜなら魔物の姿は自分と同じ姿をしていたからだ。そう、勇者にとっての心の闇であり恐れの対象は己自身だったんだ。嘗て仲間を守ることができなかった弱い自分。その恐れが目の前の魔物に自分の姿として映し出されたのだ」


「勇者殿と呼ばれるお人でも自分自身の弱さに恐れをなすものなのですね」


「それでどうなってしまうんですか」


彼女に質問されることは予想済みだったようで話を遮られたことに嫌な顔一つせず答える。そして続きを話すと再びイカリが口を開く。麗奈も続きが気になるようで身を乗り出し聞いてきた。


「魔物との戦いになるのかと思われたその時「闇の娘」が勇者の前へと立ちふさがる。彼女の登場に驚く勇者。実は彼女はかつて共に旅をした仲間であり、ずっと会いたいと願い続けていた人物だったから。彼女が魔王の下に就いたと聞いても必ず自分達の元へと戻ってくれると信じていて再会を果たしたその時は連れて帰ると心に決めていたからだ。しかし説得するように話すかつての友である勇者の言葉すら耳を貸すことなく彼女は残酷にも殺し合いを始めようと言った。「闇の娘」の異名の通りに彼女は誰の言葉にも耳を貸す優しさなんて持ってはいなかったんだ。そして本気でかつての仲間であり自分を信じてくれている勇者を殺そうと彼へと刃を向けた。嘗ての仲間へと剣を向けることをためらう勇者。何もできずに攻防が続く。かつての仲間に裏切られ殺されるという滑稽な展開こそが魔王の目論見であったのです」


「なんと! 勇者殿と闇の娘は仲間だったのに。魔王とはなんと残酷で非道なのか」


「悲しいです。お友達同士で殺し合わなければいけないなんて」


刹那の語る物語の展開にはらはらしながら感情移入して悲しみと怒りにくれる二人。その様子に彼女は何とも言えない表情をする。


「そうだね。だけどこの後勇者の心臓を狙う「闇の娘」の剣を弾き飛ばすと彼女へと向けて優しく微笑みこう言ったんだ。「……一緒に村に戻ろう」と。その言葉を聞いた途端「闇の娘」は部屋から飛び出した。それからどこへ行ってしまったのか分からず勇者は己の姿をした魔物と戦う。そして己自身の弱さである闇に打ち勝ち魔王の下へと向かった。しかし魔王の強さは絶大で勇者は窮地に陥ります。その時勇者と魔王の間に立ちふさがったのは古くから「時の使者」と呼ばれ伝説として歌い継がれてきた一人の少女でした。「時の使者」が勇者を助けん為に姿を現したのです。その少女の胸には煌く緑色の石。それこそが「時の使者」と呼ばれる所以となった緑石です。その石を持っている彼女こそ正真正銘の「時の使者」であり、時の神殿を守る精霊でもあったのです」


「おお、新たな展開に。この後どうなるのですか」


「あの、時の神殿とは?」


刹那の言葉に興奮するイカリとは対照的にまたまた出てきた単語が気になった麗奈が尋ねた。


「時の神殿とは手にしたものの願いを叶えてくれるという秘宝が祀られている神殿の事だよ。その神殿から魔王は秘宝を盗み出したからこそ世界を支配することができたんだ。そして盗まれた秘宝を取り戻すために「時の使者」は現れたのだと人々は思ったそうだ。だけど本当は幻影の間を飛び出していった「闇の娘」が「光の使者」の言葉に導かれ本来の自分の姿に戻った同一人物だったんだよ。だから「闇の娘」こそが「時の使者」だったんだ」


「そうだったのですか。これは予想していない展開でした」


「それでその後勇者と時の使者はどうなるんですか」


麗奈の言葉にまたまた聞かれることを分かっていたといった顔で答えると二人は驚く。そしてこの物語の結末を知りたいといった顔でさらに身を乗り出す。


「……ついに魔王との戦いが始まらんとしたその時、スピリットストーンを持ちし三人の戦士達が現れる。緑の剣士と雷の戦士と氷の騎士と呼ばれるその三人の戦士達の力添えもあり魔王を倒すことができるだろうと思われた。しかし魔王は秘宝の力を使いもはや人でなき者となった。その力は絶大で勇者達は窮地に陥ります。その時倒したはずの人型の魔物が現れ「時の使者」へと助言します。そして「時の使者」は勇者に力を与え三人の戦士達と共に皆の力を一つにして魔王を倒すことに成功したのです。その後魔王は人型の魔物が作り出した闇の渦の底に沈んでゆき二度とこの地に戻ってくることはありませんでした。こうして世界は平和になり「勇者」と「時の使者」の伝説は口づてに人々へと語り継がれてゆきました。その後「闇の娘」と呼ばれ「時の使者」となった少女は行方知れずとなり彼女がどうなったのかを知る者は誰一人としておりませんでした」


「ものすごく深いお話で感動しかありません。ですが、闇の娘と呼ばれ時の使者となった少女はなぜ姿をくらませたのですか」


語り終えた彼女の言葉にイカリが感無量といった顔で言うと続けて尋ねる。


「さあ、なんでだろうね。そんなこと君達が知る必要はないよ。それよりも今の話に出てきた魔王は二度と姿を現すことはなかったけど、その魔王の体から離れた悪しき魔力の塊である「魔王の影」という存在は魔王のいた天空城の城の中へと封印されていた。何千年もの時が経ちその天空城が朽ち果て地上へと落ちた時にある者が誤ってその封印を解いてしまった。それにより目を覚ました「魔王の影」は力を欲するままに世界中を巡ることとなる。それが「影」だ。僕は魔王の体から離れ今もなお世界中へと散らばってしまった「影」の断片を探し続けている。たかが「影」だと思うかもしれないけど奴が暴走すれば世界は簡単に闇の中へと飲み込まれてしまう。奴は世界を飲み込み続けてもいまだに「力」を求めて彷徨い続けているんだ。それにより星は滅ぶ。僕はそれを阻止するために「影」との戦いを続けているんだ」


「あの、もしかしてセツナさんも……」


「さあ、そこは君の解釈だからね。僕が何処からきた何者であるのかなんてどうでもいい。大事なことは僕も君も使命を帯びてこの時代を生きている運命の子であるという事だけだよ」


それに素知らぬ顔で答えると続けて影を追いかけている理由を説明した。その言葉に麗奈が何かに感づいた様子で尋ねるような口調で呟く。それに刹那は適当に答えるとこれで話はお仕舞だと言いたげに口を閉ざす。


「さて、僕のお話はこれでおしまいだ……もう寝なよ。明日もまた馬車での旅が始まるんだからさ」


「はい。とっても面白いお話でした。是非またお話をお聞かせください」


「私もまた聞きたいです。セツナさんの語る物語を」


暫く黙っていたが一向に動く気配のない二人へとしかたなく口を開いて寝るように促す。それにイカリがふわりと笑い言うと麗奈も笑顔でそう話す。


「……そうそれが僕と影との因果だ」


二人が立ち上がり馬車へと戻り気配が遠のくと、一人きりになった空間で刹那はそっと呟き悲しげな瞳で夜空の星を眺めた。

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