三章 新たな物語
刹那がアオイ達とともに仲間が待っているという村へと攫われていた娘や捕らわれていた男達とともに戻って来ると村人達がそれに気づき歓喜のムードに包まれる。
「アオイちゃん」
「レナ!」
その時嬉しそうな声でアオイの名前を呼ぶ少女が人混みの中を掻き分けて入って来ると彼女に抱きつきその胸で涙を流す。
(やっぱり「仲間」って言うのはあの緑の髪の女の事だったんだね)
「お帰り。皆が無事でよかった……」
「心配かけさせちゃってごめんね。もっと早く帰ってくるつもりだったんだけど、案外時間がかかっちゃった」
刹那が内心で思った通りだと呟いていると目の前で少女が安心しきった顔で微笑み無事の帰還を喜ぶ。
その言葉にアオイが申し訳なさそうに謝るとにこりと笑う。
「あの、ところでアオイちゃん。その方はどちら様ですか?」
「紹介するね。新しく仲間になったセツナよ。セツナ、こっちはレナっていうの仲良くしてあげてね」
麗奈が本当に不思議そうな顔で刹那を見やり尋ねる。それに姫がそれぞれを指し示し紹介した。
「ある目的のために君達の旅に同行することになった。まぁ、事情はおいおい説明するけどとりあえずよろしく」
「は、はい。よろしくお願いします」
(ああ。「こんな人ゲームの中には出てこなかったけどな?」って思ってる顔だな)
淡泊に話した彼女の言葉に返事をした麗奈だったが表情がおかしい。その違和感に刹那だけが気付き内心で納得して言葉を述べた。
「もう夜も遅いですし、アオイもレナ疲れている事だろうからもう休ませてもらいましょう」
「そうだな。さって、じゃあ宿屋に……」
「お待ちくだされ。ワシはこの村の村長ですじゃ。あなた方のおかげで攫われた娘達や捕らえられていた男達が無事に戻ってきました。それで何かお礼をと考えておりましたが、帝王が支配してからというもの作物は実らずほんのわずかの食料は全て国に献上しろと言われご馳走を用意することもできません。ですからどうか今夜はうちに泊まっていっていただければと思います」
ハヤトの言葉にユキが言いかけた時遮るようにしゃがれた声があがる。そちらを見ると年老いたおじいさんが頼りない足取りでこちらへと歩み寄ってくるなり笑顔でそう話す。
「そんな、お礼なんて、私達はお礼が欲しくてマグダムの所に乗り込んだわけじゃないわ。ただ攫われた娘さん達や捕らえられた人達を助けたい一心でやっただけのことに過ぎないですから」
「アオイの気持ちはわかるが、ここは村長や村人達の感謝の想いを受け取っておけ。このご時世ではお礼をする事さえできない程苦しい生活を強いられているのだからな。それにこの人数では小さな宿屋では全員は泊れはしまい」
「そっか……村の人達の感謝の気持ちを無下になんかできないもんね。はい、わかりました。ではお言葉に甘えて今日は泊めさせて頂きます」
慌てて断ろうとするアオイへとキリトが考え直す様にと助言する。その言葉に彼女は納得して笑顔で村長のお礼を受け入れた。
「では、皆様をわが家にご案内しますじゃ。ああ、兵士さん方は半分は宿屋の方にお願いしたい。さすがに全員は泊めれませんので」
「もし宿屋に入りきらなかったら家にも泊まっていきなされ。マグダムを倒してくれたお礼をしたいのじゃ」
村長が言うと白い髪を無造作にしばった老婆がそう声をかけてくる。
この人はアオイ達がこの村に来た時に様子がおかしかったことについて尋ねた時に答えてくれた老婆で、マグダムを倒してくれたお礼を自分もしたいと思い口を開いたのだった。
「家にも泊まっていいぜ」
「ならぼくの家にも来てよ」
「私の家にも泊まっておくれよ」
老婆が言った事を切っ掛けにあっちこっちから泊って行ってくれとの声があがる。
「え、そんなにたくさん兵士はいないから大丈夫ですよ」
「こりゃお前達恩人様方を困らせてはならん! 宿屋に入りきらなかった兵士さん達をどの家に泊めるかは話し合いで決めよう。それと我が家には姫様とそのほか六名まで泊めるという事でよろしいかな?」
「は、はい。まさかこんな事態になるなんて思わなくて……逆に申し訳ありません」
村人中から声があがりアオイが困った様子でおどおどすると村長が一喝してから提案した。それに彼女が答えると申し訳なさそうに謝る。
「何をおっしゃるんですか姫様方のおかげでこの村は救われたのですじゃ。むしろお礼に姫様方を泊めるといったばかりにこんな騒ぎになってしまい申し訳ない」
「村長さんが謝ることではありませんよ。皆さんの気持ちはとてもありがたいですから。ね、アオイちゃん」
「うん、そうだね。だけどこんなに大騒ぎになるとは思わなかった」
すると今度は村長の方が申し訳ないといった感じで謝る。それに麗奈が優しく微笑み言うと同意を求めた。アオイがそれに頷くと困った顔で言う。
「何処の家に兵士を泊めるかでもう暫く話し合いはもめそうですからね。この様子ですとすぐには休めそうにありませんね」
「……まだ、ゆっくり休めないのかよ」
イカリの言葉に体を休められない事にユキがめんどくさそうに愚痴ると頭をかいた。
(……まぁ、想定していた通りの状況だね。昔似たような目にあったこともあったし。こうなるだろうとは思っていたけど……めんどうだね)
刹那はしばらくやり取りを傍観していたが内心で呟くと誰にも気づかれないようにそっと溜息を零す。
こうなってはもう暫くの間は恩人達なんか蚊帳の外で村人達だけでの話し合いは激しさを増していき、最終的に強引に結果を決めるまでは何もできないままここで棒立ち状態であると悟っているからこそ面倒だと思うのであった。
それから丑三つ時まで続いた話し合いは決着がつき兵士達を泊める事ができる家の人達は嬉しそうに家へと案内し、泊める事ができなかった者達は残念そうな顔で我が家へと帰っていって、刹那達もようやく村長の家へと案内されそれぞれ客室にて思い思いに過ごす。
疲れからすぐに寝る者、腹立ちを治めるのに夜風にあたる者、心配で悩みに溜息をつく者とそれを慰める者、それぞれの夜は過ぎ去っていく中で刹那はとりあえず形だけ布団で眠ったふりをしてみた。
「……」
三十分ほどそれを続けてみたもののやはり眠れない彼女にとってこの体勢で朝が来るのを待つのは退屈で部屋を出ようかと思ったその時人が起き上がる気配を感じ寝たふりを続ける。
(今のは麗奈か……眠れないのもしかたないことかもね。彼女にとっては何もできない自分がとても情けなくて仕方がないだろうからさ)
内心で呟きを零していると再び人が起き上がる気配を感じた。
(ユキ……確か本当は幸だっけ。父親がいなくても幸せになって欲しいと願い母親が付けた名だっけか。それは別にどうでもいいけど。ユキも眠れないのかそれとも……まぁ、僕にとっては関係のないことだけどね)
部屋から出ていった気配の主はユキで、そのことを少しだけ考えたが自分が干渉してよい事ではないと判断し頭を切り替える。
「さて、二人が戻ってきて寝てしまわないと僕も動けないな。……下手に動くとまだ僕のことを疑っているユキに警戒心を与えるだけだしね……星がざわめいている。早く見たいけどもう少し待つか」
そう呟くとヒマつぶしにこの世界の言語をあいうえお順に頭の中で唱え始めた。こちらの世界へと来た時点で言語を勉強し理解している為本当に意味はないのだがこれが一番の時間つぶしになるのでこれを選んだようだ。
そうしていると麗奈とユキが仲良さげに話しながら戻ってきて二人は挨拶を交わすと眠りにつく。しばらくすると麗奈から穏やかな寝息が聞こえてきて安心したのか彼もその数分後に眠りについたようだ。
「さて、と。今は……五時前か。あと少しで夜が明けてしまう。少ししかできないかもだけど星を見よう」
布団から起き上がるとそっと部屋を抜け出し村長の家の前で夜空を見上げる。赤や黄色や青や緑にオレンジいろんな星がきらきらと煌きまるで刹那へと向けて何かを話しかけているようだった。
「……」
彼女はただ何も言わず星空を見詰める。そして東の空が薄っすらと赤らみ始めた頃にそれを止めると部屋へと戻り椅子に座り上質な羊皮紙で作られた『書』を取り出し読み進めた。
世界中の歴史が記載されていく『書』にこれから新たにこの世界の物語が紡がれていくのだ。彼女が読み始めたとたん文字が浮かび始める。そしてそこにはしっかりと新たな文章が刻まれていた。
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