二章 仕組まれた出会い

 領主マグダムが住む館へと単身乗り込んだ刹那だったが、周囲の喧騒に何か起きていると察して探りを入れる。


「瑠璃王国の姫が反徒を率いて乗り込んできたそうだ。すぐにマグダム様にお知らせせねば」


「……なるほど。瑠璃王国の姫達が動いたか」


官僚の一人が慌ただしく回廊を駆けて行きながら独り言を零す。気配を絶ち柱の陰に隠れて聞き耳を立てていた彼女は自分にとって都合のよい状況ににやりと微笑む。


「この機に乗じて領主の下まで向かいマグダムに憑りついた「影」を消滅させる。そしてそのままの流れで瑠璃王国の姫達反徒に加わる……こんなにも都合の良いことはない」


まるで悪人の様な事を考えながら短剣を手に握り締めて領主がいる最奥の部屋へと向かう。


「どいつもこいつも使い物にならぬ……このオレ様を誰だと思っている? ルシフェル様よりこの南の地を任された領主だぞ。反徒共なんぞこのオレ様一人いれば簡単にひねりつぶせるわ」


「へー。それはずいぶんと自信過剰だね。そんなに自分自身の実力に酔いしれてるの?」


「!? 誰だ」


官僚達を役立たずだと見下し罵倒すると切り伏せる領主。そして自信満々に嫌な笑みを浮かべて大きな独り言を零した時に刹那はそっと声をかけた。


いきなりかけられた声に驚き身構えるマグダムの前にそっと姿を現した彼女は短剣をちらつかせながら近寄る。


「君にはそれは扱えない。君はそれに飲み込まれるだけ」


「な、何を言っている。貴様は何者だ?」


静かな口調で淡々と話す刹那に今まで感じた事のない恐怖におじけづきながら領主が尋ねた。


「マグダム覚悟! ……って、あれ? 誰かいる」


その時扉を突き破らん勢いで乗り込んできた瑠璃王国の姫が凛とした声で宣言する。しかし先客がいた事に驚き目を瞬いた。


「ト、トウヤ! トウヤはどこだ? このおかしなやつをさっさと始末してしまえ」


「あいにくと、君のお気に入りのおもちゃは君の思い通りには動いてはくれないよ。……「影」茶番はお仕舞だよ。そろそろ姿を現したらどうかな」


喚き散らす領主へと刹那は小さく笑い話す。するとそれを聞いたマグダムの体からどす黒い霧が立ち込め始めた。


「ぐ……ぐぉぉぉっ!? ま、待て。話が違うではないか。ぐぅぅっ」


「な、何?」


「アオイ下がってください」


黒い霧に飲み込まれながら領主が喚くがそれもすぐに意味を失くし苦しむような唸り声をあげ頭を抱える。


その様子に瑠璃王国の姫は驚きと警戒でその光景を見詰めていたが、青い髪の男に下がるようにと言われ慌てて背後へと退く。


「何か分かんねぇけど嫌な予感しかしない」


「この気は一体?」


「姫、とても強い殺気を感じます。気を付けて下さい」


茶髪の少年が警戒してきつい表情になると身構える。青紫の髪の男性も今まで感じた事のない気に眉を寄せた。


黒髪の少年が槍を構えると目の前で黒い霧に飲み込まれていく領主へと警戒の色を強める。


【ぐぅぅ……ぅおおおおっ! なぜだ。なぜ体に力が入らない? もっともっと力を……世界を飲み込むほどの力を……】


「あれは一体何なの? 悪霊? それとも……」


「あれは「影」という存在。人間が生み出した闇の塊。欲望のままに力を求め彷徨い続ける哀れな存在だよ」


うわ言の様に領主が叫ぶとその様子に瑠璃王国の姫が顔を青くしながら尋ねた。それに刹那は答えると短剣を構えて「影」に向かって間合いを詰める。


【貴様ごときに邪魔などさせぬ……ぐぁあああっっ】


「僕だって好きで君を追いかけているわけじゃないよ。君が僕の行く道に毎回現れるだけだろ? 悲しい定めを繰り返し「消滅する者」と「世界を紡ぐ者」僕達の因果はどこまで行っても変われない。……なんて悲しくて虚しいものか。だからこそもう終わりにしなくてはならない。大宇宙せかい中に散らばった「影」の断片を片付ける。君の罪は僕が背負いそして償って見せるから。だから君ももう眠れ」


「影」が低い声で言うと奇声をあげて彼女へと黒い波動を放つ。それをあっさり避けると刹那は静かな口調で話した。


【ぐぁあああっ。や、止めろ。来るな。光が……光が我を消し去る。貴様を殺してやるぅぅう】


「寝言は寝てから言ってよ。あいにく、君に殺されるほど僕は弱くないんでね。……さよなら」


【ぎゃあああっ】


錯乱したかのように騒ぐ「影」へと彼女の短剣がその首を切り裂く。とたんに胸元で揺れる緑の石から光が溢れ出て部屋全体へと広がった。


その光の中へと掻き消えていく「影」と同時にその場に崩れ伏すマグダム。


「ね、ねえ。あなたは何者なの? 今の戦いは? マグダムは一体どうなったの?」


「一から説明するの面倒だから一回しか言わない。覚えてよ」


次々と質問してくる瑠璃王国の姫へとめんどくさそうな態度で刹那は言う。


「は、はい」


「何で上から目線なんだよ」


「嫌なら話さない」


素直に返事をする姫とは違い茶髪の少年がいらだった様子で愚痴る。それを聞いた彼女がつんけんした態度で言い返した。


「嫌なんかじゃないよ。もう、ユキはちょっと黙ってて」


「めんどくさそうな奴だな」


慌ててお願いする姫は言うと、続けて口を開いた少年を睨み付ける。その視線を受けた彼は溜息交じりに呟くも黙った。


「僕はある使命をもってこの世界を旅しているまぁ、旅人みたいなものだ。その使命とは君達がさっき見た「影」という存在をこの世から消し去ること。奴はこの世界を崩壊の危機へといざなう危険な存在だ。僕はその「影」を消し去るためにこの世界を旅している。ここの領主はどうやら「影」と契約を交わし力を手に入れる代わりに奴をその身に宿したようだ。だけどマグダムに取りついた「影」は領主を飲み込み身体を乗っ取ったのさ。「影」に取りつかれてしまった人間は助からない。「影」が消滅すればおのずと命を落とすこととなる。だから斬った相手は「影」であったとしてもマグダムも命を落としてしまったのさ」


「成る程……あなたはその「影」って存在を倒すために旅をしているのね。でもどうして「影」ってやつとマグダムは契約なんか交わしたのかしら」


「そんなこと僕の知った事ではないけど、どうやら瑠璃王国が攻め落とされたことと僕が追っている「影」が密接に関係しているようだ。マグダムに取りついたのも本体ではなくただの断片に過ぎなかった……「影」の本体はどこか別にいる。そいつを消し去らなければ世界に平和は訪れやしない……そこで提案なんだけど、君達は領主マグダムを倒そうとしたいわゆる帝国側にとっては反徒って奴でしょ。僕が探している「影」もどうやら帝国側の人間の中に取りついているようだし、なら、君達と一緒に行動していたらこの世界中に散らばる「影」を全て消滅させることができると思うんだ。どうだい、瑠璃王国の姫。僕と取引しない」


「取引って?」


「僕は「影」を全て消し去らなくてはならない。その為に世界中を旅しないといけないんだ。だから君達についていくその代わりに君達が帝王と戦うその帝国側との戦いに参加する。どう? 悪くない条件でしょ」


取引を持ち掛ける刹那の言葉に姫は考える様に顎に手を宛がい黙り込む。


「待て、見るからに怪しい奴と取引なんかする必要はない」


「面倒な事に巻き込まれるかもしれないんだぜ。「影」って奴を倒したいなら自分一人で何とかすればいいだけだろ。なのに一緒に行動したいなんて明らかに何か狙いがあるとしか思えないね」


青紫の髪の男性が警戒した眼差しを彼女へと向けて厳しい口調で言う。それに茶髪の少年も同意するような感じで話した。


「何か企みがあって君達と一緒に行動したいって言ってるんじゃない。君達と一緒にいなくったってさっきみたいに自力で「影」を見つけることもできる。だけど「影」に憑りつかれ人間を倒すことは普通の人には不可能なんだ。だから君達が万が一「影」と出会ったとしたら何もできずにただやられるしかない。そう考えたら僕と一緒に行動していたほうのが安全だって思うんだけど。君達の身の安全のために言ってあげてるんだ。それに、僕が取引しているのは君達じゃなく瑠璃王国の姫だ。君達にこの取引を辞めさせる権利はない」


「なんかむかつくな」


「ですが、あの人が言っていることに間違いはありません。たしかに取引しているのは僕達ではなく姫様ですからね。姫様が考えた答えに従うのが僕達の務めでは?」


淡々とした口調で語られた刹那の言葉に茶髪の少年が苛立たし気に呟く。それに話を聞いていた黒髪の少年が尋ねる様に言った。


「イカリのいう通りですね。この件はアオイに決めてもらうしか方法がないんです。キリトもユキもそれでいいですね」


「「……」」


青い髪の男性が言うと二人は腑に落ちないといった感じだったが有無を言わさない彼の言葉に黙り込んでやり取りを見守る事にしたようだ。


「……分かった。あなたを一緒に連れていくわ。さっき見た「影」ってやつがどんな存在なのか分からない以上それに詳しいあなたと一緒にいた方のが安全だと思うから」


「それじゃあ取引は成立だね。……僕は刹那。これからよろしく頼むよ瑠璃王国の姫」


「セツナね。私はアオイよ。これからよろしく」


「オレはハヤトです。こっちの不機嫌そうな顔をしているのがユキ。で、あちらでセツナの事を睨んでいるのがキリトです」


「僕はイカリです。セツナ殿よろしくお願い致します」


取引が無事に成立すると自己紹介し合う。青紫の髪の男性……キリトと茶髪の少年、ユキはいまだに刹那を睨み付けたまま自己紹介することはなかったが、それを察して青髪の男性ハヤトが穏やかな口調で紹介する。


最後に黒髪の少年イカリが自己紹介すると頭を下げてお辞儀した。


「さて、ひと段落したところで……さっさと出てきなよ」


「え?」


刹那の言葉にアオイが不思議そうな顔で目を瞬く。


「おや、バレておりましたか」


「最初からずっとこの部屋にいたでしょ。人の話に聞き耳立てるなんて君も随分と性格が悪いね」


「あなたに言われたくはありませんよ」


柱の陰から姿を現した緑の髪の男性へと刹那が淡々とした口調で言う。それに彼が顔に張り付けた笑みを浮かべて言い返す。


「トウヤ、貴様! よくもおれ達の前に顔を出せたものだな。ここで会ったが最期。積年の恨み晴らしてくれる」


「あ、待ってキリトさん。トウヤさんにどうしても聞きたい事があるの」


「……」


トウヤと呼んだ男に今にも斬りかからん勢いで二刀を構えるキリトへとアオイが慌てて声を張りあげ止める。


彼は何事か言いたげな顔だったが姫の頼みとあり刀を納めて背後へと退く。


「私貴方にあったら聞きたいと思っていたことがあったの。貴方は私達がいた日本に来ることができた。なら貴方なら元の世界へと帰る方法を知ってるんじゃないかなって思って」


「まさか貴女は元の世界へと帰りたいとおっしゃるのでしょうか? それならばそのお考えはお捨て下さい。貴女は瑠璃王国の姫であられます。故に一度戻ってきたら二度とあの世界へは帰ることはできません」


「違う。たしかに最初は帰りたいと思たわ。帰れるものなら友達や親切にしてくれる人達がいるあの世界へと帰りたいって思った。でも、私は瑠璃王国の姫でこの世界が本来いる世界ならもう帰れない。だけどユキとレナは違う。二人はこの世界の人じゃない。だからもし元の世界に帰れる方法を知っているなら教えて欲しいの。二人を帰す方法を」


彼女の言葉に彼が申し訳なさそうな表情で説明する。しかしそれに首を振って否定するとアオイは続けて話した。


「残念ながらおれが通った異界の扉はすでに閉ざされてしまいました。ですので元の世界へと帰す道はあきらめて下さい」


「そんな……」


首を振って答えたトウヤへと彼女は絶望的な表情で俯く。


「もしお友達を元の世界へと帰したいと願うのならば……貴女はそれなりの覚悟をもって帝王様と戦わねばなりません。元の世界へと帰す方法は一つです。それは帝王様しか知りえない」


「帝王しか知りえない? それってどういうこと」


「アオイ。話は終わったな。もうこの男に用はないだろう」


「あ、キリトさん!」


話しに区切りがついた途端にキリトが武器を手に構え前へと出る。その様子に彼女が慌てて止めに入った。


「おれの言葉の意味を理解したいのならば、帝王様の下へと向かうことです。ですが、貴女が望んだところでお友達が帰りたいと願うかは別ですがね」


「え?」


アオイの静止も聞かずに斬りかかっていった彼の攻撃を軽々と避けると背後へと退きトウヤがそう話す。


その言葉の意味が理解できなくて彼女は不思議そうな顔をした。


「では、これでおれは失礼します。時が満ちましたらまたお会い出来ましょう」


「待て……逃げられたか」


彼がそれだけ言うとキリトの隙をついて隠し通路から逃げていく。逃げられたことに悔しそうな声をあげたが深追いするのは危険だと判断し刃を納める。


「ごめんなさい。私がどうしても話を聞きたいって言ったから」


「いや、君のせいではない。気にするな」


「あ、キリトさん……」


トウヤに逃げられてしまったことを謝るアオイへと彼が不機嫌そうな顔で淡泊に答えると踵を返し部屋から出ていった。


「アオイ、おれ達も村へと戻りましょう。きっとレナも心配して待っている事でしょうから」


「うん……」


キリトの様子を気に掛ける彼女へとハヤトがそっと声をかける。


それに返事をしながら刹那へと視線を向けた。


「セツナ。私達の仲間のレナが村にいるの。だから村まで戻ったら紹介するわね」


「いちいち説明なんかいらないよ。さっきの話でもう一人仲間がいるってことは把握できていたからね」


アオイの言葉に彼女は淡泊に答える。


「へ? あの会話だけで私達の他に仲間がいるって理解できたの? セツナって頭いいんだね」


「……さっさと村に帰るぞ。領主が死んだ以上ここにこれ以上留まる必要なんかないからな」


驚く彼女へとユキが声をかけると歩き出す。アオイ達も踵を返し部屋から出ていった。


こうして南の地を納めていた暴君は瑠璃王国の姫が率いる反徒に倒されたと帝国中で噂が広まることとなる。

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