第二話 七人の魔女

 暴けば世界を覆すことができると言われている概念体がいねんたい——“世界の隠し事”。それは“運命を定める七人の魔女アヌンナキ”たちによって守られていた。人間には過ぎたもの。それこそ、世界を滅ぼしかねない力を秘めているから。

 しかし、アヌンナキの一人、“暦の神ナンナ”を継ぐ魔女がその均衡を壊した。“世界の隠し事”へ続くプロセスを言語化し、それを世に放った。世界を包んでいる当たり前を、崩壊させる準備が整ってしまった。

 その言語化されたプロセスを手にすることができるのは、“暦の神”を継ぐ魔女から提示された条件を満たすこと。その条件とは、であること。

 こうして、魔女たちによる闘争の火ぶたが切られた。



※  ※  ※  ※



「はい、というわけでー、今日からあなたは魔女でーす」


 刈り上げられたみどりの髪に中折れハットを被った背の高い女がとても眠たそうに言い放った。口元にはタバコが咥えられていて、ただでさえ信憑性のない発言の妄言化を促進させている。


「いや、急になにを」


 マルゥはキョトンとして彼女の発言に疑問符を投げた。


 道ですれ違った碧髪の女に声を掛けられた。二度三度応答をしたら近くの喫茶店で話さないかと言われた。完全にナンパだった。女は整った顔立ちをしており、細くくびれた体はとても官能的だった。加えて彼女から発せられる声の一言はまるで脳に直接届いたと錯覚するほどにクリアで心地よかったし、白桃のような瑞々しい香りはずっとそばに居たいと思わせてくれた。だからマルゥはもっと話をしたいと思い誘いに乗ったのだ。しかし席について開口一番聞かされたのが“世界の隠し事”についてのことだった。


 現実身のない話にマルゥは眉をひそめた。


「あー、信じてないって顔ね。はいはーい。わかるわかるー。こっちは急いでんのにねー。めんどー」


 そう言いながら席を立ち、マルゥの隣に座り直した。マルゥはこの胡散臭うさんくさい女がいる場所からすぐにでも退散したかったが、どういうわけか体が動かなかった。

 碧の髪の女が咥えていたタバコの火をマルゥの目に近付ける。しかし逃げられない。椅子を引いて立てばいいのにそれができない。まして、目を閉じることすらもできない。


「信じる気になった? 信じてないなら、ジュッてするけどー?」

「信じる、信じました、お願いします助けて」


 マルゥの声を聞いて、彼女は満足そうに頷き、タバコの火を離した。


「わたしの名前はニル。あなたはマルゥでしょう」

「どうしてオレの名前を」

「わたしが“運命を定める七人の魔女アヌンナキ”の一人、“聖山の女神ニンフルサグ”を継ぐ魔女だから」

「あぬん? ニンサル? さっきも言ってたけど、魔女ってさ、オレは男だぜ? 魔女にはなれねえだろ」

「あー、それねー。うん。魔女になるには邪魔だからとっといたー」

「とっとい……た!?」


 マルゥは自分の股間に手を宛てがうが、いつも通りの感触がない。慌ててズボンの中に手を突っ込むがやはりない。代わりになにか、くぼみのようなものがあった。


「あ、気付いたー? 男ってさー、まピーこ好きでしょ? だからちピーこ取ってまピーこ付けておいたよ。ありがたく思ってねー。魔女になれるし好きなものは付くしで最高の日になったねー。うれぴーピーねー。……あれなにその顔? まピーこ嬉しくないのー? まピーこまピーこー、まピーこだよー?」

「……まピーこまピーこまピーこまピーこうるっせぇええんだよぉおおおおお!!」


 その声に、近くに座っていた人々が一斉に振り返った。


「あ、いや、す、すみません。なんでもないです。すみません」


 マルゥは顔を真っ赤にして謝り倒した。


「なにがあったか知らないけどー、まー、あんまり考えても仕方ないし気楽にいこーよー」


 ニルの手がマルゥの頭に乗って、ぐわんぐわんと揺すった。


「あー、そーそー。わたし激ツヨだから安心して弟子になってねー。そんで無事に闘争に打ち勝って世界一強い魔女になってねー」


 マルゥは突然の出来事に混乱しつつも、思考できる狭い領域で疑問を手にしていた。


「ニルがそんなに強いなら、オレを魔女にしなくてもいいんじゃ?」

「それなー。自分で参加できるならしてるよー。でも残念ながら七人の魔女は除外なんだよねー」

「それにしたって、なんでオレ? わざわざ男を女にしてまでやることじゃあないだろ」

「素質があるからだよ」

「素質? 魔女の?」

「そー。あなたはたまたま男に生まれちゃっただけでー、実際のところは魔女の素質があるのー。それはまあなんてーのかなー、見りゃあわかるのよー」


 マルゥはすべてを諦めてニルの弟子になるしかないようだった。仮に逃げ出したとしても、簡単に見つけられてしまうだろう。


「そんなに絶望を滲ませるなよ、しょーねーん……じゃなくて少女ー」

「うるせえ!」

「もしかして女になるのそんなに嫌だったのー?」

「当たり前だろ」

「そっかー。じゃー世界一強い魔女になったらちピーこ付けてあげるよ」


 それを聞いたマルゥの目が見開かれる。


「そんな簡単にできるのか?」

「当たり前じゃーん。それに魔法を覚えたら結構便利だよー」


 いきなりのことに気が動転していたが、魔法を使えるようになるということ自体は悪いことではない。その先に闘争が待っているのが気の重い話ではあるが。いずれにせよ逃げ出すこともできないのだ。腹を括るしかない。

 マルゥはニルの襟首を掴んで顔を寄せた。


「だったら早く稽古つけやがれ、師匠」

「はいはーい」


 彼女はにまーっと笑った。美味しい料理を前にしたときのように。



※  ※  ※  ※



「で、なんでオレの魔具まぐはガムテープなんだよ!」

「えー、ガムテープじゃないよー、ムシュフシュだよー」

 言われてマルゥはもう一度ガムテープを見る。

「嘘つけ! ニチバって書いてあるじゃねえか!」

「日本製とも書いてあるでしょー?」

「余計にガムテープじゃねえかくそぉおお! さっきの説明はなんだったんだよ! 期待させやがって!」


 ニルは魔具の説明をするときに、魔法を使用するための道具だと言った。使用者の魔力を蓄積し、出力までの動作を円滑にする。おとぎ話に出てくる魔女が杖を持っているのは、それが魔具だからだ。そして魔具の形は多岐にわたる。オーソドックスな武器——剣や銃という形を取るときもある。剣ならば切っ先から炎を出せるし、銃ならば銃口から雷を走らせることができる。

 特殊な形なら懐中時計やぬいぐるみというのもある。懐中時計は秒針に魔法を吹き込んで使う時限系自動発動型魔法オートマジックが得意で、自分の行動に関係なく魔法を時限的に発動させることができるし、ぬいぐるみは魔力で意思を持たせて遠隔操作で敵を攻撃することができる。

 多種多様な魔具は、その形に応じて使える魔法や効果が変わるのだ。


 そこまで説明を受けて、ガムテープを渡されたのである。


「あとこれもー」


 マジックイキを渡される。マジックでマジック。笑えない。


「銃や剣みたいに武器として使えるものが魔具になってる場合は、単純火力はかなり高いし発動もクイックリーにできるから強くて便利だけどー、応用力に欠けるのー」

「じゃあこれは応用力があるってのかよ」

「そー。例えばー」


 ニルは突然マルゥの顔面を殴った。


「いっでぇ!」


 グーで、だ。おかげで瞼の上のあたりが切れて出血している。

 ニルはガムテープをちぎって『癒』と書いてから、傷口に張り付けた。

 するとすぐに傷口はたちまち塞がり、痛みも一瞬にして消えた。


「すげぇ」

「でしょー?」

「でもオレ、瞬時に『癒』なんて書けねえよ。間違って書きそうだよ」

「だったら別にー、『薬』とかでいーんじゃなーい?」

「適当だな」

「『薬』の方が癒より応用力高そうだしー」

「応用? 例えばどんな」

「それは自分で考えてー」

「適当だな?」


 ニルはニコニコ笑いながらまたしても顔面を殴った。


「いっでぇ!」

「はーい、今度は自分でやってみてー」

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