アヌンナキの弟子(旧題:魔女と世界の隠し事)

詩一

第一話 銃とガムテープ

「吹き飛ばせ! グガルアンナ!!」


 背中に声を聞いた瞬間に、マルゥは側転で緊急回避をした。うしろから飛んできた弾丸はマルゥの横をすり抜けていく。躱した。そう思った刹那、着弾した壁から突風が吹き出し、マルゥの軽い体は簡単に吹き飛んでしまった。


「ぐぇええっ……!」


 背中から壁に激突したマルゥは、声にならない声を上げた。肺の中の空気がすべて外に放り出され、キリキリとした痛みが走る。塞がらない口からだらしなくよだれが垂れた。

 しかしここで倒れ込んだら追い打ちを避けることはできない。マルゥは腰にぶら下げて置いたガムテープを手に取り、油性ペンを走らせた。

 テープには大きく『薬』と書かいた。それを体中に切っては貼っていく。テープを一度出し切って文字を書き、またぐるぐると巻き戻す。その間にも敵はカツカツと踵を響かせて近付いてくる。


「えれぇ余裕じゃあねえかよ、エレル」


 口の中に入った砂埃を吐き出しながら向かってくる敵に声を投げた。

「アンタは仮にも“聖山の女神ニンフルサグ”を継ぐ魔女の弟子だからね。別に余裕をこいてるわけじゃあないさ。アタイは手落ちも抜かりもないようにしたいだけ」


 彼女が突き出した銃は、ハンドガンというにはあまりにデカい。アームガンという言葉があるならそちらの方が適切だろう。


 ——グガルアンナ。銃型の魔具まぐ

 それを持つのはエレル。魔女だ。茜色に染まった入道雲を頭から垂らしたような髪型をしていた。


「手落ちも手抜かりもねえだろうぜ。オレなんかこれだからな」


 マルゥが手に持っていたテープを伸ばすと特有のピーッという安っぽい音が、薄暗く埃っぽい倉庫内に響いた。伸びたテープの先端を踏みつけ、芯の方を持ってピンと伸ばすとそこに油性ペンを走らせた。


「ほら、油断も隙も無い! 貫け! グガルアンナ!!」


 グガルアンナのマズルが跳ねると同時に書きあがる。

 ——『盾』。


 ——ガイィンッ……!


 盾と書かれたガムテープはその役割を果たしてエレルの凶弾を防いだ、かに思えた。


「いっでぇっ!!」


 マルゥは絶叫すると共に油性ペンを放り出してしまった。


「手抜かりはないのさ。アタイは言っただろ? 貫け、ってね」


 魔法が込められた弾丸は、弾丸としての役割に加えてなにかを行うようだ。先の「吹き飛ばせ」という命令も、突風の魔法を発生させるための詠唱に違いなかった。


 ドボドボとマルゥの腕からとめどなく血が溢れる。ガムテープを貫通した弾丸は直接死を与えるに至らなかったが、ペンを弾き飛ばし、指の骨を二本ほど砕いていた。ペンがなければガムテープに文字を書くことはできないし、よしんば手に入れられたとしても折れた指では簡単には書けない。この状態は充分に致命傷と言えた。


「アンタのムシュフシュは応用力があって便利だけれど、こうなるともう形無しだねえ」


 エレルの口角が吊り上がった。


(ったく……なんでこんなことになっちまったんだか。ニル……あのクソ師匠がっ)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る