ひとりごと

アカツキユイ

ひとりごと:FLAMING

 往来を歩いているだけなのに、あちらこちらから爆発音が飛び交う。この街はいつの間にかそれほど廃れてしまっていた。

 危ないとわかっているのに、私は歩き続ける。街の中を無限に彷徨い続けている。それは本当に文字通りで、たとえ朝でも晩でも、雨が降ろうが槍が降ろうが、私はここを歩き続けるつもりだ。少なくとも死んで動けなくなるまでは。

 まともに住む住人も殆どいなくなり、残っているのは虚ろな目でこちらを見つめる"野次馬"ばかり。私はその目が怖かったが、それでも止まらず歩き続けた。


 私はどうして歩き続けているのだろう。それを考えると頭が痛くなる。そしてその頭の痛みが私の歩きをさらに加速させる。自分のしていることに真っ当な理由を求めなくなる。一種の空虚感を感じるが、それがまた何とも言えないスリルなのだ。

 

 感情すらも狂い始めていたある時、私は久しぶりに知っている人の目を見た。その人は昔からの知り合いで、相談に乗ってくれたり助けてもらったことだってあった。思わず安堵の声を漏らして彼の元に駆け寄る。……それと同時に謎の不安と痛みが襲いかかった。

 そうだ……この人は私の変わり果てた容姿を知っている。今までだって私を傍から見ていたに違いない。そして、だからこそ、この人は私をこの街から引っ張り出そうとするに違いない。でも私はここを歩き続けなくてはならないのだ。一人が引き戻そうとしたところでそう簡単に脱出できるような場所じゃない。そもそもこの街を歩こうと決めたのは私自身なのだから。結局、その知り合いからは逃げてしまった。


 この時私は妙なことに気づいた。もしかして、街がこんな物騒になってしまったのは、私のせいなのではないか? 少なくとも昔に私がここを歩いていた時は平和で穏やかな街だったはずだ。それが今ではこんな有様…… あちらこちらで爆発が起こり、その飛び火が私に襲いかかる。よくよく見れば、人々は怒り任せに街を荒らしているわけではないと気づく。彼らの私に侮辱の目を向けている。またある人は嘲笑の目を向けている。そうだ。この街は私が壊していたのだ。なんて情けないのだろう。私が下手な真似をしなければ、この街は今でも暖かな雰囲気に満ちていたはずなのに。こんなに無機質な風は感じなかったはずなのに。

 私は初めて自力で足を止めようと試みた。でもそれは無理だったのだ。今の私の歩みは遂に自身の力でさえも止められないものになっていたのだ。体が本心に背き始めた瞬間だった。この時から私は私でなくなってしまった。本当の私だけ切り離して何も無いところへ逃げてしまいたかった。そんな都合の良い事は出来やしないのだ。私が私でなくても、この私は私が所持しなくてはならない。

 気がつけば何のために歩いているのか、自分ですらも分からなくなってきたのだ。尤も、こんな私に目的があったとして、それを遂げられる気はしないが。


 私は突然落ち着かなくなってきた。嘘でもいいから、歩く目的を作りたかった。無に向かって歩き続けるのがそれほど怖かった。……だから私は、偽りの"歩く目的"を適当に考えてしまったのだ。

"理不尽に私を傷つけてきた野次馬全員に仕返しがしたい"

 そんなくだらない理由付けだけして、あとは今まで通り歩き続ける。理由に正当性がどれだけ含まれているかなんて私の知ったことではない。世の中、貫き通せる物があるなら、たとえそれが嘘であろうと自然と真実になっていってしまうもの。そんな真実を私が作ってやればいい。この嘘を真実にしてしまえばいい。それさえ出来れば私はこの物騒な街を抜けることができる。


 そんなハリボテの看板を掲げて、私はやはり歩き続けた。最初は自分の落ち着かなさに掲げていたが、いつしかは周りからの攻撃を防ぐための盾として使うようになってしまっていた。拙い手で目的と結果を逆算しようとした結果、無惨にも薄っぺらい役立たずなハリボテしか作れなくなってしまった。

 この頃になれば、私はむしろ"戦っていた"という表現の方が相応しいかもしれない。ハリボテはすぐ壊されるが、その割れ目を庇うようにして次のハリボテを組む。壊されても組んでは組む。無限に組む。もちろん中身なんて何も伴っちゃいない。組めば組むほど、その中身の空虚感は増していく。次第に外側からだって透けて見えてしまいそうなくらいになる。


 次の一発が当たってしまえば、私は遂に無防備になるだろう。そうもなれば私はついに終わりだ。逃げ道もなく進む道も塞がれ、いわゆる"降伏"をせざるを得なくなる。その場に止まる事が出来るようになる代わりに私は未だかつてないカルマに苦しめられることになるのだ。

 戦いの終点が近づいてきたその時、私はふとはるか遠い故郷の国を思い出した。1年前までは私もそこでのんびりと暮らしていたはずだ。そんな昔の自分と今の自分は、あまりに格差が大きすぎた。その格差ゆえに不意に涙が滲み出た。それと同時に悟った。私がしてきた事は世界一くだらない、世界一無様な"逃げ"だったのだと。


 最後のハリボテが破れようとしたその直前、私はついにその選択をした。降伏だ。久しぶりに立ち止まった感覚は何とも言えぬふわっとした感覚で、正直カルマなんかよりも安堵の思いの方が圧倒的に強かった。

 それは私が仲間に恵まれていたからだ。こうして立ち止まって辺りを見回せば、見覚えのある顔があちらこちらにいるではないか。彼らは私を嘲る事もせず止めようともせず、私の事を心配そうに見守ってくれていた。そして私が立ち止まったこの瞬間、彼らは手を差し伸べてくれた。


"まだ終わりじゃない。ここから取り戻そう"


 二度とこのような過ちを起こさない事を約束し、私はまた普段通りの生活に戻る事ができた。荒れ果てた街も、時が経つにつれてだんだんと元通りの景色を取り戻していった。

 そこから数日は野次馬の生き残りが私に突っかかることもあったけど、ほんの一時的に過ぎない。時間が立ってしまえばそこには跡形は残らない。


 私は完全に元通りになった。いや、むしろ今までより強くなって戻ってきたのかもしれない。その強さの理由は、身体に深く刻み込まれた幾多もの傷。この傷が癒える事は一生ないだろうが、それと同時にこの傷は私にとって必要なもの。あの苦しさをいつまでも忘れぬようにしておくための傷だ。そしてその傷は強さへと変わる。今度は同じ過ちを犯そうとしている仲間を止めなくてはならない。

 それが今の私に出来る最大限の誠意なのだから。

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