第21話 対話

「悪いことじゃないわ。むしろ、いいことだと思うけど」

 そんなわたしの不安を、加々美さんはバッサリと切り捨ててみせた。

 十二月の初め。わたしの試験まで後二十日前後に迫った頃、わたしは心の中の不安を、遂に彼女にぶちまけてしまった。

 真太郎と何度もケンカしてる事、昔は言わなかった様なひどいことを彼に言ってしまう様になった事、そして彼もわたしに怒る様になった事…。全部全部が不安で、怖くて仕方がなかった。

 だけど彼女は、わたしの不安を簡単に言い退けて笑った。

「友達なんだもの、ケンカくらいするわ。逆に、ケンカを全くしないなんて、むしろそっちの方が不健全よ」

「不健全?」

「人間って、どうしてもぶつかる事があるの。考えてる事、やりたい事、みんな違うからそうなって当然。それが近ければ近いほどね」

「……」

「友達同士でぶつかる事が全くないって言うのは、どちらかが自分の思いを抑えて、『譲っている』か、あるいは『興味がないか』のどっちかよ」

「……」

「相手の考えをほいほいと受け入れて、自分の考えを何も言わないのは、何一つ考えずに相手任せにしてしまいたい、それはつまり『その事自体に興味がない』って事でもあるの。あなただって、興味のない事を熱く語られても、はいそうですか、としか言えないでしょ?」

「うん」

「だから、彼がもしあなたに対して自分の意見を言ってるとしたら、それだけ受験について真面目に考えてるって事でもあると思うの」

「じゃあ、譲ってるっていうのは?」

「さっきのと矛盾するかもだけど、自分の考えを何も言わない人は、時として、というより大体の場合自分の考えを押さえつけてる事があるの。さっきあなたが言ったみたいに、嫌われたくないから、とかケンカしたくないからって」

「……」

「でも、それって多分友達じゃないと思う。だって、片方が無理矢理自分の意思を通して、もう片方がそれに従うだけ。それって友達じゃなくて、むしろ奴隷に近いじゃない」

「奴隷…」

「あなたは、津田君とそういう関係になりたいわけじゃないでしょ?」

「もちろん」

「だったら、ぶつかる事を怖がる必要はないわ。だって、それだけお互いの事を考えてるって事だもの。あなたが津田君と一緒の学校に行きたいと思ってるのと同じくらい、彼もそう思ってる。それにね、新しいものに触れて、自分をより高めていく事が大切だって、あなたが一番よくわかってるじゃない」

「だけど…その…」

「…気持ちはわかるわ。だって、理屈に合わないものね。嫌われたくないのに、嫌な事や厳しい事を言ってしまう。相手もおんなじ様に。でもね、こうも考えられるはずよ。『それだけ信頼されている』って」

「確かに…」

「例えば、あなた前に言ってたじゃない。『彼に気を遣われたくない。わたしを信じて欲しい』って。だから、津田君はそうしただけなのよ。多分自覚してるわけじゃないと思うけど、心の底ではあなたの事を信じてる。でもわたしは、あなたもそうだと思ってるけどね」

「……でも、やっぱり怖いよ。お互いに信じられてるならいいけど、わたしだけが信じてるなら、それは単に甘えてるだけで、ある日突然お別れだなんて言われたら…」

 加々美さんは、やれやれ、と言いたげにため息をついた。手のかかる子供でも見る様な目で、こっちを見ている。

「実は、椎崎君からも今と同じ様な話を聞いたわ。津田君が、あなたの事でずっと相談してくるって」

「真太郎が?」

「ええ。『こんなひどい事言っちゃった、嫌われたらどうしよう』って。で、何でそんなこと言ったんだって聞いてみたら…」

 心持ち口角を上げて、彼女は言った。

「『頑張ってるって、アオイさんだけには認めてほしかったから』ですって。彼だって、あなたと同じ様に心配していたし、それに、あなたと同じくらい一緒の学校に行きたいって思ってる。…だから、そんな心配しないでいいわ。言い過ぎたなら素直に謝ればいい、悲しくなったら少し休めばいいわ。大丈夫、あなたが一緒に居たいと思ってる限り、彼は側に居てくれるから」

「…うん」

 わたしがうなずいた時、保健室の戸が開いて、真太郎が入ってきた。

「失礼しまーす…あ、ここに居たんだ。あと委員長も。何話してたの?」

「乙女の秘密よ」

「わざわざ迎えに来てくれたの?」

「いつも一緒に帰ってるじゃない。後は、ちょっと帰り道に聞きたいところがあってさ」

「どの教科?」

「数学」

「分かった。それじゃあ加々美さん、ありがとね」

「はーい。おつかれさま」

 わたし達が出ていく直前、加々美さんが呟いた事を、わたしは聞かなかった事にした。

「ほんと、手がかかるんだから…」

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