第17話 君と一緒の願い事
朝。二人して少し早めに目を覚まして、暇ではあるのであらかじめ着替えなんかの支度をしておいた。わたしは、外出に備えて薬を塗り直さなきゃいけないので、なおさらしっかり支度をしなきゃいけない。
ただ、起床時間には、薬や洗顔なんかがすっかり片付いたので、わたし達は起床と同時に部屋から出て、食堂の方へと向かった。
「おはよー」
「あ、おはよ」
階段を降りた時、わたし達はばったりと真太郎と椎崎君に行き合った。
真太郎はひどく体を重そうに引きずって、何度も瞬きをしている。
「眠そうだね」
「昨日遅くまで寝かせてもらえなかったんだ…好きな人吐くまで寝るなって…」
好きな人。そのフレーズに、何となく心がざわついた。
「で、君は誰だって言ったの?」
「ん〜?眠いから明日って言って振り切った。寝たふりしてたら許されたよ」
そう言ってまたあくびをする。ほんの少し気になりはしたけど、あまり追求する気にはならなかった。
ただ、どうして胸がざわついたのか。それだけが気がかりだった。
二日目。その日は、一日目にも増して沢山の思い出がある。
コースは有名どころから、ほんの少し地味な所まで。一日目のコースがすんなり決まったのとは対照的に、締め切りのギリギリになってようやく決まったものだった。
最初にわたし達が向かったのは、王道中の王道、伏見稲荷大社。意外と高い場所にあったから、登るのに多少苦労した。
そこで一番印象に残っているのは、やっぱり真太郎と椎崎君の無謀な挑戦。
「山の頂上の一の峰まで登って、あとついでに本当に鳥居が千本あるか数えよう!」
なんて、言い出した時にはびっくりして何も言えなかった。二人が走って行く後を、やれやれって顔してる加々美さんと一緒に、風景を見ながらゆっくり追いかけた。
結局二人は、慣れない地形を走る様にして急いだ結果体力がもたなかったみたいで、おもかる石のある、奥社の方で息を切らせているのを見つけた。
「一の峰まで行くなんて、大口を叩いたのに、結局ここで止まるなんてね」
「まだ、まだ行ける…」
「降りる時間も考えなさい。この後もまだ回るところあるんだから」
「ちぇ〜…」
とまあ、こんな調子。折角だし、おもかる石をみんなで持ち上げて、次の場所に行こうと話がまとまった。
「うーん、割と軽いかな」
「確かに」
椎崎君と加々美さんは、どうやら軽かったみたい。
「何をお願いしたんだろうね」
興味深げに真太郎が呟いていた。
その後、真太郎の前にわたしがやってみる事になった。おっかなびっくり石に手を触れる。
少し湿っていて、ひんやりとした石。願いを思いながら、両手に力を込めた。
どうか君と、同じ高校で時を過ごせます様に。
動かない。重い?違う。わたしが掴んでいるのは石ではなく、鉄の塊の様に思えた。そして、それは重いのではなく、『動かない』。石はまるで持ち上がることを拒むみたいに、冷えた感触を伝え続けていた。
どういう事?この願いは、叶わない?そんな不安が灯篭の下から、わたしの足を這い上って来る。
「アオイさん」
誰かがわたしに話しかけた。声の方を見ると、そこには真太郎がいた。
「どうだった?」
「どうだったって?」
「ほら、石だよ」
ふと見てみると、石はしっかり手で支えられて、灯篭から浮いている。相変わらず手にはその感触があるけど、ついさっきまでの恐ろしいまでの冷たさと重さは消えていた。
「…ちょっぴり、重かった」
それだけ言って、石を戻す。結局、願いは叶うのか叶わないのか。あくまでも自分次第と分かってはいたけど、一抹の不安は拭えない。
「それじゃ、俺も行くぜ!」
そう言って、彼も石に手をかけた。
「ん…ぐっ…重たいっ…!」
足を踏ん張って、いかにも必死で力を入れている様に見せる。
「おいコラ。下手な演技はやめろ、それでも演劇部かよ」
「バレバレね」
「うるせえな」
そう言って、彼はひょいっと石を持ち上げてみせた。
「思ったよりもすっごく軽かった」
「なるほど?」
「そ、じゃあ降りましょうか。あんまり時間、余裕ないから」
みんな、加々美さんについて鳥居の方へ歩いて行く。わたしもあわてて、真太郎の隣に立った。
「ところで、君は何をお願いしたの?」
「ん?」
「軽かったって言ってたじゃない」
「あーっとね…」
彼は恥ずかしげに、後ろ髪をかいて言った。
「君といつまでも友達でいたいなって」
「それだったら、確かに軽いよね」
さっきまでの不安が薄まっていく。だって、彼の願いが叶うなら…わたしの願いも叶うはずだから。
そこからもわたし達は、いくつかスポットをゆるゆると回った。八坂神社、建仁寺、他にも色々。道中はバスを使ったりもしたけど、いくつかは歩いて回った。お昼ご飯も街中にあるお店で食べる事になっていたし。
椎崎君が探しておいてくれた抹茶そばのお店でのお昼ご飯。食べ慣れない味ではあったけど、なかなか美味しかった。
だけど、いい事には、少しの不運も重なるみたい。京都御所についた時、出る時の晴天は嘘みたいに、濃い雲が垂れ込めていた。
「うーん、どうも雲行き怪しいな」
「もしかしたら降るかもね」
「早めに移動しようか」
案の定、その予感は的中した。ごく数分後、わたし達が宿の方へ行くバスに乗り込んだすぐ後に、激しい雨が降り始めた。
班長に持たされている携帯は、ひっきりなしにメールを受け取っていて、その全ては市役所や府庁からの避難命令だった。
「警報も出てるみたいだね」
「嵐山組は大変だろうな…」
わたし達はバスを降りて、何とかあまり濡れないで宿まで帰り着いた。ロビーには先生方が何人もいて、各班の安否や最新の情報を集めている。
他にもずぶ濡れになった各班の子達も荷物を整理したり、着替えるために部屋へ急いだりしていた。
「今もうお風呂開いてるから、ついた班から入浴しちゃってー」
先生が言った。どうやら、他の班が戻るまでには時間もかかりそうで、今のうちは空いているだろう。予定より結構早くなってしまったけど、まあ仕方ない。
そういうわけで、わたし達は先にお風呂に入る事になった。
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