美しい月夜に、三ツ星の煌めきを

@motoyamamoto

ある愚かな、一人の男の物語

 ──むかしむかし、本当にむかし。

 神様がまだ、地上に住んでいた頃のお話です。


 ある男が、女神に恋をしました。

 女神はそれはとてもとても美しく、まさしく月のような女性でした。


 ある女神が、男に恋をしました。

 男は力持ちで、脚が早く、この男に狩れぬ獣はいないと謳われる程の狩人でした。


 当然二人は惹かれ合い、ある孤島で睦まじく穏やかに暮らしていました。

 二人は毎日夜空を、月を、星を見ようと約束し、毎日二人で仲良く夜空を眺めていました。

 しかし、二人は最高神の手によって引き離されてしまいます。


 神の掟を破ったからです。たとえどんなに強い英雄でも、たとえどんなに麗しい神様でも、最高神の作った掟を破れば最期、皆等しく裁かれるのです。

 神と人が結ばれる、それは最も重い罪の一つなのです。


 女神は記憶を失い、神ならざる人へ永遠に転生し続ける魂が死ねないという呪いを。

 男はその身が滅びるまで、神の敵を倒すという罰を受けたのです。


 二人で月夜を見るという約束は、もう二度と叶うことはありませんでした。



 これは今世に伝わる有名な悲恋の御伽噺です。

 そして今から始まるのはこの話の続編、この世で誰も知らない、何処にも記されていない──


 ──ある愚かな、一人の男の物語。

 



 ────────────────────



 集中する。狙うは奴らの眉間と心臓のみ。数百万もの巨人共の大軍を全員一撃で殺し尽くす。出来なければ俺は死ぬだけだが──…


「こんな苦行、彼女に比べれば…──フッ!」

 

 拙い魔術で強化した弓に矢を番え、放つ。ただそれだけの単純で精緻な作業を巨人共が尽きるまで続ける。

 巨人のこめかみに矢が突き刺さり、断末魔が響き渡る。ただでさえデカい図体をしているのに叫ぶんじゃない。耳が痛くなる。



 何時間か経ったが、ようやく殺し尽くした。おかげで魔力も気力もすっからかんだ。しかし休むことは許されない。これも神の掟を破った罰、彼女が永遠の時間ときに囚われたのも全て。だから俺は神敵を殺さねばならない。この身が滅びるその時まで。

 

 巨人を殺した。小さい子供の巨人も殺した。女の巨人も殺した。年老いた巨人も殺した。

 殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺し尽くして───


 ──そして、俺は死んだ。



 暗い暗い海の底のような場所で、が漂っている。どれくらい経ったか、一筋の光が射し込んだ。

 なんとなく、それが来世への道だと分かった。この光の先に行けば、記憶を洗われ、魂を漂白し、新たな身体に憑く、輪廻転生へと続く光の道。


 ようやくこの地獄から抜け出せるのか。

 そう思えば、心の底からの安堵と煮えたぎるような自己嫌悪が湧き上がってくる。

 彼女が永遠の地獄にて苦しんでいるのに、俺は楽になってもいいのだろうか。

 いいわけがないだろうが──!!





 ここに誓おう。天上の神々に、愛する君に、そして俺自身に。


 方法も、道具も、能力も、知識も、何が必要かも分からない。どれ程時間が要るのかも分からない。もしかしたら数百、数千年もかかるかもしれない。


 それでも、そうだったとしても。

 絶対に、いつの日か。■■■■■、君を救う、救い出してみせる。


 輪廻の光に包まれる。彼女の記憶も消えるかもしれない。長い時間も費やすだろう。

 しかし、大丈夫だ。

 覚悟は固まった。誓いも立てた。なにより、女神の祝福を受けた英雄は強いと言うだろう?


 だから、少しの間待っていてくれないだろうか。そう独り言ちると、大丈夫、と彼女の声が聴こえた気がした。






 美しい月夜に、三ツ星の煌めきを

 ──『ある愚かな、一人の英雄の物語』






 あれから、十三回生を受けた。何の偶然か、はたまた必然か、俺は一度も大事な彼女との記憶を失ってはいなかった。


 一回目、何をすればいいか分からなかった。

 二回目、このままではいけないと、修行に明け暮れた。

 三回目、方法を探す為に旅をした。

 四回目、魔術師の家に生まれた。ここに来てようやくまともに魔術という物を学んだ。

 五回目、三回目と同じく旅に出たが、途中でドラゴンに殺された。

 六回目、貴族の公爵家の長男に生まれて何も出来なかった。しかし、権力に物を言わせて噂でもなんでもかき集めた。

 七回目、本当に偶然だが、いつかに殺されたドラゴンに出会い、また殺された。

 八回目、騎士の家に生まれた。狩人として生き、修練してきた身としては、剣というのは正直あまり関わりがなかったが、中々に奥深い物だった。

 九回目、手がかりを集める為にまた旅に出た。

 十回目、医者の家系に生まれたが、家族が流行病により亡くなった為、魔術と剣術の修行をした

 十一回目、十二回目、今まで手に入れた手がかりを試してみたが、全てダメだった。


 そして現在、俺は十三回目の生を受けた。今までの十二回の転生で記憶が擦り切れていなかったのは幸運以外の何物でもない。

 普通はひとたび転生すれば記憶は失われ、魂を浄化してから新たな身体へ魂を移し替える。それを俺は十二回も間逃れたのだ。


 今回の俺は、何処かの国の王家に生まれたらしい。

 見覚えのある国旗だ。国民の風貌も何処か既視感を感じる。ここの国は六回目の生での出身国だな、と確信したのはつい最近。俺が仕えていた時の王様と、今生での父があまりにも似ていたからだ。少し感傷に浸ってしまったのはここだけの話だ。

 どうやら俺とこの国には縁があるらしい。十三回中八回はここの国で生まれている。


「オライオン様、アルケイデス様がいらっしゃられました」


「ライ〜、遊びに来たぞ〜!」


 そう、今生での我が名はオライオンという。愛称ニックネームはライ。中々愛らしい渾名だと自分でも思う。


「アル兄さん。今日は何の御用ですか?」


「そんな硬っ苦しい言葉遣いはやめてくれって言っただろう? 俺たち兄弟なんだから。っていうか、俺がここに来る理由は一つだけ。遊ぼうぜ!」


「分かりま…分かったよ。じゃあ今日は昨日のボードゲームの続きでいい?」


「応ともさ!」


 正直、合計的な年齢だと千を超えてる自分からすると、こういう子供的なそういう口調や態度を演じるのにも慣れてしまった。慣れとは怖いとよく言うが、気にしないようにしている。気にしたら負けなのだ。

 元より俺の目的は彼女を無限の地獄から救うこと。その為なら変な意地など捨てることさえ厭わない、そう決めたのだ。


「はい、チェックメイト」


「ぐぁ〜〜! なんで勝てねぇんだ!? 昨日兄さん達といっぱい特訓したのに〜!」


 経験の差、と言えれば簡単な話だが、前世どころか十三回の人生の記憶を持ってますと言った所で誰も信じない。

 だから──…


「たまたまだよ、たまたま」


「何か釈然としないが…」


 ──誤魔化すしかない。

 愛想笑いや苦笑いにも慣れたものだ。尤も、慣れたくて慣れた訳ではないが。


 閑話休題。今日アルケイデスがここに来た理由は何も遊びに来ることではない。まあ、多少なりとも含んでいるとは思うが。

 今日は俺の十歳の誕生日だ。この国の第七王子である俺は今日初めて国民へ顔出しする。それに伴い、父である国王から王城の宝庫から何か一つ宝具を賜る。

 アルケイデスが今この部屋に来たのは俺の緊張をほぐす為なのだろう。


「ありがとう、兄さん。俺は大丈夫だから」


「……そっか。うん、気張っていけよ!」


「兄さん程は気張れないけどね」


「あああー何も聞こえないなー!」


 アルケイデスが緊張の余り、挨拶を噛み倒して恥をかいたことには何も言うまい。


「はははっ、程よく笑わせてもらったところで、俺はもう行くよ」


 もう一度だけ、大丈夫と言ってから部屋を出る。見慣れた廊下だ。この十年でこの道を何度通ったことだろう。廊下を真っ直ぐ歩くと、王座がある王の間へと辿り着く。いつもはここで曲がって書庫に行くのだが、中身はもう読破してしまった。

 俺はこの十年間、小さな手がかりでもと城の書庫を漁りに漁りまくった。そしてついに手に入れた情報──文献と言った方が正しいかもしれない──が一つ。


 『かつて神に挑みし者が居た。その者、その神に勝利せしめた暁には、あらゆる願いをただ一つだけ叶えたまえと神に言った』


 古い古い御伽噺の一つだ。古すぎてある大国の王城内書庫の、隅っこにある程に古くて歴史的価値の無い話だ。しかし、俺にとっては値千金に等しい。

 もし、もしもだ。この話が本当だったとして、神に勝つことができるのだろうか。全知全能の化身、人を越えた超越者、そんな上位存在に勝てるのだろうか。



 ───いいや、勝ってみせる。勝たねばならぬのだ。

 この旅路が始まる直前、誓いを立てたのだ。絶対に彼女を助け出すと、そう決意し誓ったのだ。

 ならばこんなちんけなぐらい、直ぐに越えてやる。なに、千数年かかってるんだ。これぐらい屁でもない。

 

 しかし、ここで一つ問題が発生する。

 どうやって神と闘うかだ。俺の最初の生神時代ならばまだしも、今は人の世、人の時代。神という神秘は薄れ、精霊や妖精に型落ちし、その精霊達すらもその数を減らす一方である。神時代から人の時代に遺されたのは神敵の王が創り出した魔物と、かつての英雄達が遺した宝具ぐらいである。

 これにはどうすればいいか全く検討がつかない。


 古の神を召喚しようにも、それをする程の魔力も技術もない。なんなら前提として、召喚する神が居ないのだからまず出来ない。

 型落ちした精霊達を神に戻そうにも、どうすればいいか分からない。分かったとしても、ただでさえ数の少ない精霊達を見つけるのさえ一苦労なのに、そこから型落ちした神を見つけなければならない。

 

 その方法を模索する為にも、俺は王家の仕来りを破らなければならない。

 王族の人間は、優秀であろうと無能であろうと、全員が王立学園に通わなければならないという習わしがある。事実王立学園が建校されてから全ての王族が学園の門をくぐってきた。

 しかし、俺には彼女を救うという使命──約束がある。それの為にも学校という数年も束縛される所には行けないのだ。たかが数年、されど数年。人の生とは長いようで短い。急がねばならぬのだ。



 そろそろ王の間に着く。考え事は後にして、今は生誕の儀を全うしよう。







 

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