はぐれ僧侶《クレリック》奮闘記
大秋
第1話 希望のない街
──
壁の張り紙を見れば、どこもかしこも
街の大通りに、一際豪奢な門構えの施設がある。
吐き気がする。
ファルシオン・ワイズマンは、施設を見た瞬間に唾を吐きたくなるのを
「相変わらずのお
口から
門構えは御立派ではあるが、それの実態は
最低限の知識と知恵があれば、まともに見れたものではない。
不意に首元に流れ込んだ寒さを凌ぐように、ファルシオンは
エラルテの街は今日も陰鬱とした空気に包まれていた。いつも変わらぬ淀みを持つこの街は、何年経とうともその姿を変えることはない。富裕層と貧民層が明確に分かれているエラルテでは、生きるという行為自体に差が出る。
堕落し、欲望に
そんな街の中をファルシオンが歩いていると、ふいに腕に重みを感じた。微弱ではあるが、熱を持つ感触。ファルシオンが視線を向けた先にあったのは、薄汚い
明らかに栄養が足りておらず、骨が浮いて見えるほどに、か
「そう怯えることはない。取って食おうとも思わんさ。どうした坊主?」
「おじさん……
「ん……俺はおじさんではないが、
「妹が病気なんだ……」
「ふむ、それで、俺の身なりを見て
遠目に見ても分かる特徴的な白い
「うん。いっぱいためたんだ……」
少年が開いた掌にあるのは、垢で薄汚れた十二枚の銅貨。少年が精一杯ためたであろう、命の結晶。
「おや、エヴァン君。どうして今回に限って、私の所にその銅貨を持ってこないのかね?」
耳障りな野太い声が、ファルシオンの耳に届く。と同時に少年の身体がビクリと震える。
「ああ、そこな御仁。エヴァン君の妹さんの主治医は私なのだよ。迷惑を掛けてすまんね」
声のする方向。ファルシオンが背後を振り返ると見るからに肥えた男がそこに立っていた。脂ぎった身体に、酒焼けをしてしゃがれた声。
苛立ちを覚える。忍耐を要するほどに大仰で煩い男の声を浴びながら、ファルシオンは確かめるように男へと声を掛ける。
「
「ああ、ああ、そうなのだよ。私が見つからなくてエヴァン君はきみに声を掛けたのだろうね。ささ、もう気にせずに行ってくれ。後は全て私がやろう」
「ほう? たしかに
「え、あ、
「あぁ、見習いであれば
「あ、あぁ、ああ! そうだ。すまんね、私はどうにも細かい所に疎くて、こういった物はすぐに駄目にしてしまうのだよ。もう少し注意せねばならんな。はっはっは、私の
「ほう。そうなのか。で、俺の言葉がすべて口から出任せだと言ったら、どうする?」
ファルシオンの口ぶりと、皮肉げな表情から
「き、貴様! 何なのだ。
「ふむ。許さんか……」
一歩足を前にやるファルシオン。
男はその分だけ後ろに下がる。
「ち、ち、近寄るな」
「おやおや、俺の事を許さぬのだろう? 教えてくれないか。あんたが俺を許さないとどうなるのか。好奇心旺盛ですまんね。何分菲才の身である故に、是非ご教授してもらえないだろうか」
「ま、まて」
「どうした?」
焦る男の姿を、冷徹なファルシオンの眼が離さない。
ファルシオンが一歩歩くごとにその距離は縮まっていき、徐々にそれは
壁際に押し込まれ、身動きの取れない男。
「ひぃっ」
ファルシオンの鋭い眼光に当てられて、男の口から情けない声が漏れる。
ファルシオンの腕が伸びると、男の肥えた口を鷲掴みにした。
「いくら今の
「ふぁ、ふぁってふれっ」
『巡り巡りて、魂の罪業が赦されるその日まで、悪業を悔い改めよ』
男を掴んだファルシオンの腕が淡く発光すると、男は見る見るうちに顔色を青くしてゆく。
全身から何かを吸い取られている。
やがて男は四肢の力を失い、地面へとへたり込んでいた。
「今、あんたは加護を失い、
男が見たファルシオンの
「え、あ、そんな。本物? 何でっ? 何でこの街で本物の
「悪いな、はぐれ
「異端者だと! 私の加護はどうなった? 答えろ! ま、待て、身体がおかしい……。何で……こんなことに」
「悔い改めよ、愚か者め」
地に伏せ、力なく地べたにへばりつく男を尻目に、ファルシオンは全ての様子を目の前で見て震えている少年に手を差し伸べる。
「お前はこの腐った街の中でも少しばかり気概があるようだ。今日、この日、この時に、俺と出会えた幸運を喜べ。お前が命懸けで稼いだその金で、お前の全てを救ってやる。
はぐれ僧侶《クレリック》奮闘記 大秋 @hatiko-817
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