第28話 魔王と聖女②
その頃、森の一角では――。
「……うう」
フィーネリアが木の幹にしがみつきつつ、地面を目指していたところだった。
イバラキの手によって放り投げ出された彼女だったが、結果的に地面に叩きつけられることもなく木々の葉に受け止められたのだ。恐らくイバラキ自身が配慮した結果だろう。
まあ、それでもあの高さから落ちてほとんど無傷で済んだのは、彼女自身が「『浮いて! 一瞬だけでいいから浮いて!?』」「『壁! とにかく分厚い壁を!』」と、普段の少しだけカッコ良さを意識した
ともあれ、地面に突き刺さるような未来を回避したフィーネリアだったが、思いのほか大きな木に引っかかったため、こうして慎重に地面を目指しているのだ。
そしてようやく地面に降り立ち、ホッとする銀髪の犬ミミ少女。
しかし、いつまでも安堵している訳にもいかない。
「……よし」
そう呟き頷くと、フィーネリアは目的地――オルバとドラゴンが戦っているであろう場所を目指して、走り出した。
イバラキのおかげで、この場所はフフラン村跡地にかなり近い。
恐らく二十分も駆ければ森も抜け、目的地が見えるはず。
そして今も魔王と巨竜が戦闘中であることを想定し、持ちうる身体強化及び防御の呪文をすべて自身に付与し、彼女は走り続ける。道中、焼け付くような凄まじい熱風と激しい振動に襲われ、息を呑んだが、それでも彼女は足を止めなかった。
そうして二十分後。
「……あっ」
森を抜けたフィーネリアは、小さく息を零した。
続けて顔色が青ざめる。
その光景があまりにも無残だったからだ。
フフラン村跡地。そこは今、まるで景観が変わり果てていた。
何かに抉られたかのような広大な窪みに、炭化した大地。少し離れた場所には何故か何本かの氷柱が突き刺さっている。元が村だったとは信じられない状況だ。
ここが戦場である事は疑いようもない。
ならば、ここには彼らがいるはずだった。
フィーネリアは、周囲に目をやり――そして見つけた。
遥か上空。黒い貫頭衣を着た少年と緑色の竜が戦っている。
竜の大きさは使い魔で確認したよりもかなり小さい。人間サイズまで縮んでいたが、それでも強大な敵であることは間違いないだろう。
魔王と竜は互いに魔法と息吹を放ちつつ、空中で飛び交っていた。
「……オルバさん……」
フィーネリアはオルバの無事な姿を確認し安堵する。
しかし、同時に困り果ててしまう。
ようやく駆けつけたのはいいが、空中戦では自分は何の役にも立てない。
攻撃魔法は持っておらず、援護の魔法も距離が遠すぎて届かない。
一体どうすればいいのか。
彼女がそう悩んでいた時だった。
竜が突如加速し、オルバに迫る。
恐らく接近戦を挑むつもりなのだろうが――。
「…………えっ」
フィーネリアは口元を抑えて再び青ざめるのだった。
◆
ゴオオオオオオオオオ――ッ!
襲い来る火炎の息吹を回避しつつ、オルバは真紅と緑の玉星を召喚。柏手を打って同時に破砕する。続けて右手を天にかざした。
「――《
そう唱えると同時に、黄金に輝く雷の大剣がオルバの右手に生まれた。『火』と『風』の系統を複合させた特殊な
雷鳴を轟かせて荒ぶる型なしの刃を横に薙ぎ、オルバは竜に急接近する。
そして、その長い鎌首に雷の大剣を叩きつけた!
斬撃と共に爆音が轟き、斬線上の地表にまで雷が落ちる。
『ぐッ!』
爆撃のような一撃に、牙を軋ませて大きくぐらつく竜。
続けてオルバは深緑のドラゴンの胴体めがけて横薙ぎを繰り出した。爆音と共に空を水平に薙ぐ雷光。竜は再び呻き声を上げる。しかし、雷の刃を受けても竜鱗が砕けることはない。
竜の肉体の強固さは、大きさや姿が人間に近付いても健在だった。
オルバは面持ちを鋭くして雷の大剣を消すと即座に緑の玉星を召喚して破砕。ようやく動くところまで自然治癒した左手を竜の胸元にかざして「《
――ズンッッ!
突如、響く振動音。竜の全身は大きく震え、勢いよく後方に吹き飛んだ。
竜の顔には苦悶の色が浮かんでいる。
「……やはり振動系の方が効くようだな」
オルバは竜の様子を見やり、そう呟く。今のは『風』の
『くだらない真似をしてくれますね。《ファランの偽神》』
竜は双眸を光らせてオルバを睨みつける。
いかに最強種といえども生物。体内まで鋼とはいかなかった。強固な防御力を持っている反動か、今の攻撃が相当効いたのだろう。竜は胸板を片手で押さえて、肩で息を整えていた。わずかにだが、牙の間から血が零れ落ちているのが分かる。今までにない損傷だった。
何にせよ、これで――。
(ようやく切り口が見えて来たな)
オルバは内心でふっと笑う。
怖ろしく手強い相手だったが、弱点が分かれば対処も出来る。
竜鱗は砕けずとも内部から崩していけばいい。
振動系の『風』魔法や、幻惑などを主体とする精神操作系の『闇』魔法。
他にも例えを挙げるのならば、『水』系統の中には毒を操るような魔法もある。恐らくこれもかなりの効果が期待できるに違いない。手段ならばいくらでもあった。
後は根気よくダメージを積み重ねるだけだが、果たしてどう切り崩していくか……。
と、オルバが心の中で作戦を練り始めた矢先だった。
『……流石は元魔王。強さもそうですが、その技の多彩さには正直脱帽しています』
竜がアギトを歪めて笑う。
『ですが、これで私を攻略したと思われては心外ですね!』
そう叫び、竜は飛翔した。
勢いよく上昇した後、オルバめがけて下降する。
防御の姿勢すらとらない突進だった。
(……何のつもりだ?)
オルバは眉をしかめつつも《
「――なに!?」
鋭く息を呑んだ。
突然、竜の鎌首の付け根辺りの鱗が軋みを上げながら大きくひび割れ、噴火を思わせる勢いで新たに二つの首が生えてきたのだ。同時に数が増えた鎌首を支えるためなのか、全身の筋肉が大きく膨れ上がり、さらには緑色だった竜鱗が、炎のような真紅へと変貌する。
『『『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』』』
そして、凄まじい雄叫びを上げる三つのアギト。
オルバは一瞬、唖然として動きを止めた。
以前、あの白い世界でアナスタシアから聞いたことがある。
三つ首の魔竜とは、とある異世界で戦女神たる彼女が死闘を演じたという――。
「貴様――まさか
『ご明答です! ですがもはや遅い!』
三つ首と化した竜は不敵に笑って、オルバに襲い掛かる!
オルバは敵の変貌に動揺していたが、それでも中央と左のアギトはかわした。
しかし、残る右のアギトまではかわせない。
「――ぐうッ!」
オルバが眉間にしわを寄せ、歯を喰いしばった。
鮮血が飛び散る。オルバの左腕は竜のアギトに捕らわれていた。オルバは右腕を竜にかざして魔法を放とうとするが、次の行動は竜の方が速かった。
右のアギトから赤い炎が溢れ出す――。
オルバは大きく目を瞠った。
「――クッ!」
舌打ちしつつ急ぎ防御用の魔力を集中させるが、もう遅い。
――ゴウンッッ!
空中に爆炎の華が咲いたのは、その直後だった。
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