第八章 魔王と聖女

第27話 魔王と聖女①

「――《閃光槍ジャベリン》」


 オルバがそう呟くと、彼の周囲から閃光が煌めいた。

 あらゆる物を貫く光線が、無数の槍となって巨竜に襲い掛かる。が、


『小賢しいですね』


 鋼の強度を超える竜鱗は光線をモノともしない。

 巨竜は雄叫びを上げて、遥か上空にいるオルバに迫る。

 しかし、ファランの創造主は全く動じず不敵な笑みを浮かべて――。


「ふん。本当に頑丈な蛇だな」


 と嘯くなり、土色の玉星を召喚。掌握後、大地を指差し新たな呪文を唱えた。


「《巨神御手ジ・ハンド》」


 それは『地』の九階位呪文ナイン・スペル。その効果は……。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ――


『――なに!?』


 突如、地面から土で作られた巨大な腕が生えてきたではないか。そして巨大な手は竜の尾を素早く掴むと、そのまま大きく振りかぶって巨竜を地に叩きつける!

 砕け散る地表。続けて巨大な腕は、竜を地面に抑えつけた。

 竜は忌々しげに舌打ちした。


『くッ! 土塊などで私の動きを封じられるとでも!』


 そうして『グルウゥ』と唸り声を上げて、岩土で創られた巨大な腕を撃ち砕こうとしたが、そこでハッとする。目の前に白い炎で象られた妖精が浮いていたのだ。


 ゆらりゆらり、と。

 四枚の羽根を生やしたその揺らめく少女は、掌で杯を作っており、その上に光輝く拳大の球体を持っている。それはまるで小さな太陽のようだった。


 そして――。


「喰らうがよい。余の《天照光臨エル・シリウス》を」


 オルバは厳かに宣告した。

 白炎の妖精は天空に君臨する主人の姿を見やるとこくりと頷き、掌を天に掲げた。同時に小さき太陽の輝きが一気に世界を満たす。


『ぐ、ぐおおおおおおお!?』


 地表を砕き、瞬時に周辺の木々を焼失させて――。

 炎の妖精の手によって生み出された白き炎熱の地獄は、竜を呑み込んだ。

 すべてを焼き尽くす超高熱の中に取り込まれ、ドラゴンは巨体を捩じり、地面に爪を突き立てた。あらゆる大魔法を寄せ付けなかった鋼の竜鱗も悲鳴を上げる。

 大地は眩い白き輝きに包まれ、灼熱の世界と化した。


「―――……」


 オルバはその光景を、遥か上空から観察していた。


 ――『火』の九階位呪文ナイン・スペル。《天照光臨エル・シリウス》。

 数あるオルバの攻撃魔法の中でも最大級の威力を誇る呪文だ。


 流石にこれで無傷であることはないだろう。


(さて。少しは効いてくれればありがたいのだが……)


 と、オルバが内心で思案していると、ようやく輝きが消え始めて来た。

 そして大きく抉られた地表にて確認できたのは――。


『……これまた、派手にやってくれましたね。《ファランの偽神》』


 竜鱗や翼の一部を焼失した巨竜の姿だった。

 見たところ、かなりのダメージは負っている。少なくとも軽傷ではない。だが、それでも四肢は健在であり、戦闘力には影響がなさそうだ。

 オルバは肩を竦めて嘆息する。


「《天照光臨エル・シリウス》を受けてその程度か。呆れるほどしぶといな」


『……ドラゴンとは炎の中で産声を上げて、炎熱の世界で生きる存在です。火で私を殺せるとは思わないことですね』


 そう言って、竜はアギトを開いた。


「……何だ。また息吹ブレスか? 芸がないな」


 オルバは苦笑を浮かべて右手を構えた。

 不意打ちならいざ知らず、来ると分かっていればいくらでも対処しようがある。

 そう思ったのだが、


『そうですか? ならば少し変化を加えましょう』


 竜が不意にそんなことを言った。

 続けて、大きく息を吸い込んで――。

 ――ゴウッ!


「――ぬ!」


 オルバは表情を一変させた。

 突如、竜のアギトから突風が吹き荒れたのだ。

 それは大きく息を吸い込み、鋭く吐き出しただけの、正真正銘の息吹だった。

 だが、火炎よりも殺傷力は劣るが、突風の方が遥かに速い。

 不意打ちを受けたオルバは後方に吹き飛ばされ、ぐるぐると体勢を崩した。


「――くッ!」


 舌打ちするオルバ。これはまずいと思った直後、オルバは強力な衝撃を受ける。

 一瞬で飛翔し、間合いを詰めた竜の爪に殴打されたのだ。

 どうにか左腕でガードはしたが、イバラキさえも超える竜の膂力に、オルバは表情を険しくした。完全に骨まで破壊された痛みだ。

 オルバは無言のまま、空中で体勢を整え直した。

 少し離れた場所には、翼を羽ばたかせる巨竜の姿がある。


 ――いや、巨竜ではない。


「……なに?」


 オルバは眉をしかめた。何故なら、竜の姿が随分と変化していたからだ。


「どういうつもりだ? その姿は何の真似だ」


 対し、竜は肩を竦めて答える。


『いえ。どうもあの巨体では魔法の的にされるだけで分が悪いようですしね。少々サイズを縮めただけですよ』


 その言葉通り、竜の身体はかなり縮んでいた。鎌首と長い両腕。大きな翼にひしゃげた足など、外見は間違いなく竜であるのだが、その姿とサイズはむしろ人に近い。体格も人間より二回り大きい程度だ。膂力よりも敏捷性を重視した変異と言ったところか。


「ふん。そうか」オルバは苦笑を浮かべる。


「芸がないと思っていたのだが、どうやら芸達者のようだな」


『この程度なら。まあ、最強種を侮らないことですね』


 竜がアギトを歪ませて、そう告げた。


「確かに侮れんな。しかし――」


 対し、オルバはふっと口角を崩してこう返した。


「王と獣の格の違いはその程度の小細工では埋まらない。それを証明してやろう」

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