第七章 魔王と巨竜
第24話 魔王と巨竜①
「な、何だったの? 今のは……」
突如、襲来してきた突風と強い振動に、フィーネリアは息を呑んだ。
リンダ、イバラキも険しい表情を浮かべている。
三人はわずかな間、沈黙していたが、
「……今のって、さっきの隕石の衝撃だよね?」
リンダが恐る恐る呟く。周囲の木々は、未だ少し揺れていた。
「……うむ」
イバラキは渋面を浮かべると、太い両腕をどっしりと組んだ。
「時間差からして間違いなくそうだろう。しかし、先程の天から落ちた巨岩が御館さまの魔法だとすれば……」
一拍置いて、赤い鬼は隕石が落ちたであろう方向に目をやる。
続けて牙を鳴らして「……ぬう」と呻く。
「御館さまは、すでに戦闘に入られておられるということか」
イバラキの推測に、リンダも神妙な顔つきで頷いた。
「うん。多分、ドラゴンとの戦闘に入ったんだ……って、フィーネちゃん? さっきから一人で何をやっているの?」
リンダは、不意にフィーネリアに尋ねた。
銀髪の少女は何故か、両手を使って宙空に四角の枠を描いていた。
「……もう少し待って……繋がりました!」
そう言って、笑顔を見せるフィーネリア。
彼女の前には宙空に静止する四角い画が浮かんでいた。一見すると小さな窓のようにも思えるその画には、ここではない別の場所の映像が映し出されている。
「あ、そっか!」リンダがポンと両手を叩いた。
「これってさっきの魔法なんだね! オルっちの様子が分かるんだ!」
言って、『窓』を覗き込むリンダ。
「なるほど。先程使った偵察魔法の効果ということか」
イバラキもぬおっと高い位置から覗き込む。
「はい。これでオルバさんの様子が分かるはずです」
二人に挟まれつつ、フィーネリアはこくんと頷いた。
そして彼女自身も自らの使い魔の視線を覗き込んだ。しかし、先程の衝撃で使い魔も大きなダメージを受けたのだろうか、映し出される画像はかなり粗く時々ブレて見づらかった。
「……これは……」
かろうじて把握できる状況を見据え、フィーネリアは、ポツリと呟く。
そこには、見事なまでに惨状と化した大地に立つ、二人の人間の姿があった。
一人はオルバ。もう一人は緑色の法衣を着た見知らぬ男性だ。
彼らは静かに対峙していた。
声までは聞こえないが、何かを話しているようである。
「……ふむ。どうやら龍ではなさそうだが……」
イバラキがあごに手にやり、独白する。
「何とも薄気味悪い男だな」
にこやかではあるが、まるで仮面を思わせる笑顔を見せる男。
炎の欠片が残る中で笑みを浮かべるその姿は、かなり不気味であった。
一方、オルバの表情はとても冷淡なモノだ。
(……オルバさん)
フィーネリアは胸中で元魔王の名前を呼んだ。
こんな表情をするオルバを見るのも初めてだった。
「……この緑色の奴。一体誰なんだろ? ここにいるってことは、ドラゴンと無関係って考えるのは無理があるよね?」
と、リンダが、イバラキとフィーネリアを順に見やり尋ねる。
赤い鬼と銀髪の聖女は互いの顔を見合わせた。
「まあ、普通に考えるのならば……今回の黒幕か。状況から察するに、龍を使役する者ではないのか?」
「私もそう思います。魔獣使いはこの世界にもいると聞きますし。多分、この人がドラゴンをけしかけて―――え」
そう言いかけて、フィーネリアは言葉を失った。
いきなりの少女の反応に、リンダは眉根を寄せた。
「どうしたの? フィーネちゃん、何かあった……って、うええっ!?」
「………これは」
リンダは目を剥き、イバラキも驚きで息を呑んでいる。
フィーネリアが創った『窓』に映る法衣の男の姿が、突然変貌し始めたのだ。
口角が裂けるような不気味な笑みを浮かべたと思えば、緑色の法衣がみるみる裂け、深緑の鱗が浮かび上がった。さらには鋭い牙がアギトに並び、角と翼が生え、その身体は、オルバをひと呑み出来るほどまでに巨大化した。
その姿は、まさしく伝説にあるドラゴンの姿だった。
そしてドラゴンは大きくアギトを開くと、煌々と輝く炎をオルバに向けて――。
「オ、オルバさん!?」
画像が消えたのは、フィーネリアが驚愕の声を上げたのと同時だった。
どうやら今の炎の息吹に巻き込まれて、使い魔が吹き飛んでしまったらしい。
「ええ!? ちょ、ちょっと!?」
リンダも愕然とした声を上げる。
「オ、オルっち大丈夫なの!? 今のって直撃コースだったよね!?」
「………う、ぬ」イバラキも呻く。
「まさか、あの男自身が龍だったとはな。御館さまのことだ。無事だとは思うが……」
主君の強さは、イバラキは身を以て知っている。しかし、あそこまで巨大な魔獣はイバラキも初めて出くわした存在だ。どう見ても容易な敵とは思えない。
「これはまずいかもしれんな」
イバラキは小さく舌打ちする。と、
「イバラキさん」
主君の伴侶である少女が、彼の名を呼んだ。
イバラキは訝しげに眉根を寄せて、
「いかがなされた。御妃殿」
と尋ねた。すると、彼女――フィーネリアはふうと嘆息し、
「私は妃ではありません。それよりも状況が変わりました。戦闘に入った以上、私たちも急いでオルバさんの元へ行きましょう」
「そ、そうだよ! 急ごう二人とも!」
と、リンダもフィーネリアに同意する。
「……うぬ」
しかし、イバラキは少し躊躇した。
主君の危機だ。今すぐ駆けつけたいという思いは当然ある。
だが、間違いなくあの魔獣は強敵だ。
いざ戦うとなれば死をも覚悟して挑む必要があるほどの相手だろう。そんな敵のいる危険極まる場所に、果たして主君の伴侶と側室候補を連れて行っても良いのだろうか……。
(何より御館さまからは御妃殿の安全は最優先にせよと申し遣っている。リンダ殿も同様だ。やはりここはそれがしだけで向かうべきか)
内心でそう考え始めるイバラキ。
「一人で行くなんてダメですよ。イバラキさん」
すると、その心情を察したのか、フィーネリアがはっきりと告げて来た。
「イバラキっち。ここは総力戦で挑むべきだよ。置いてくのはナシだからね」
と、リンダもジト目で念押しする。
イバラキは「むむ」と呻き、眉をしかめた。
「……イバラキさん」
そんな鬼の様子にフィーネリアは再び嘆息するが、諦めたようにかぶりを振ると、真直ぐイバラキを見据えた。そして彼女は凛とした声で告げる。
「イバラキドウジ。フィーネリア=アルファードが、オルバ=ガードナーの名代として命じます。私たちを彼の元へ連れて行きなさい」
「お、御妃殿……」
イバラキは軽く目を見開いた。それはリンダも同様だった。
「フィ、フィーネちゃん……」
彼女の台詞は、自分はオルバの妻であると宣言したような行為だ。今までの彼女からは考えられない台詞である。見ると、銀髪の少女の頬はかなり赤らんでいる。フィーネリア本人の意思としては仕方なしの対応なのだが、それでも恥ずかしかったのだろう。
何にせよ、イバラキは眉をしかめた。
「ぬ、ぬう……名代とな」
赤い鬼は巨躯を震わせて呻く。
主君の伴侶に、主君の名代として命じられては、断る訳にもいかない。
こうなれば仕方がないだろう。イバラキは逡巡をやめた。
そして「……うむ」と力強く頷き、
「承知した。では参ろう。御妃殿。リンダ殿」
そう言って、赤い鬼は二人を左右の肩に担ぎあげるのだった。
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