第四章 暗い森の鬼

第12話 暗い森の鬼①

「『夜を灯せ。六芒の星よ』」


 フィーネリアは、両手をかざしてそう唱えた。途端、彼女の掌から六つの光が飛び出した。そして周囲に陣取ると、昼間でありながらなお暗い森の中を煌々と照らす。

 六つの光球で周囲を照らす魔法。神意魔法の奇跡だ。


「へえ~。便利だね」


 と、リンダが感嘆の声を零す。

 現在、フィーネリア、リンダ、オルバの三人は深い森の中を進んでいた。

 地大鳥コッコを街道近くの木に括りつけて徒歩に移行すると、わずかな手荷物を背負って、標的である『人型の災害獣ディザストン』を探索しているのである。


 しかし、最初の三十分ほどは木漏れ日も差し込んで明るい森だったのだが、街道も完全に見えなくなり、木々の背も高くなったこの深部ではかなり暗くなってきた。


 そこでフィーネリアが照明魔法を使用したのだ。

 リンダは、かなり広範囲まで照らす奇跡の光に目をやった。

 相当な光量なのに、全く熱を感じない。


「純粋な照明の為の力だね。あたしの知り合いに火球を照明代わりにする奴もいるけど、それより遥かに便利だよ」


「まったくだな。この魔法は余も使えん」


 と、オルバが腕を組んで何故か自慢げに語る。

 宿敵だった魔王にまで誉められ、フィーネリアは何とも言えない表情を浮かべるが、何はともあれ、リンダに告げる。


「私はこういう魔法が得意なんです。他にも治癒魔法や障壁魔法が使えます」


「なるほど。サポート系のエキスパートか。そいつは有難いね」


 何があるか分からない冒険や討伐では、サポート系の力は何よりも重要だった。

 いざという時の生存率がまるで違うからだ。

 生き残ること。いかなる仕事でもそれ以上に重要な事はなかった。


「あたしは魔法が使えないから頼りにさせてもらうよ。それでオルっち。フィーネちゃんがサポート系ってことは、オルっちはやっぱ戦闘担当なのかな? オルっちの世界での魔法使いって奴なの?」


 と、リンダがオルバに問う。彼女もこの業界は長い。オルバの歩く姿から彼が只者ではないとは察しているが、具体的な能力はまだ飛翔魔法しか知らない。

 一時的なものであってもチームとして行動を共にする以上、その主な能力や、基本的な戦闘方法ぐらいは事前に把握しておきたかった。

 すると、オルバはおもむろに頷いた。


「まあ、分類するのならば魔法使いだな。ただ、余は体術も得意だ。どうも職業柄一対多数で戦う事が多かったのでな。必然的に色々できるようになった」


「へえ、そうなんだ」リンダは目を丸くした。


「なら魔法戦士ってことかな? 便利そうだね」


「うむ。そこそこ便利なつもりだ。期待するがよい」


 と、オルバは不敵に笑ってそう告げた。リンダもつられるように頬を綻ばせる。

 一方、フィーネリアは少し複雑な気分だった。

 オルバの言う一対多数の『多数』側には彼女も含まれている。魔王を相手に一対多数で挑むことは、もはや常識レベルの話である。魔王と呼ばれる者はそれほどまでに強いのだ。


 しかし、どこか正々堂々ではない響きがあるのも事実だ。

 フィーネリアは少しばかり落ち込んだが、すぐに思考を切り替える。

 ここは異世界の森。初めて訪れた危険区域だ。

 呑気な思考に構っている状況ではない。


(……気を張り直さないと)


 と、表情を引き締めるフィーネリア。

 オルバたちは黙々と森の奥へ進んでいく。街道こそなく、日を隠すほど木々の背は高いが、立ち並ぶ間隔は広く、三人は順調に森を切り拓いていった。

 そうして、さらに三十分後。


「……ほう」


 オルバが興味深そうな声を上げた。

 リンダは顔をしかめ、フィーネリアは緊張する。


「これは……」


 腰のナイフを抜き放ち、リンダが呟く。

 彼女の視線は森の一角。立ち並ぶ大きな木に向けられていた。


「どうやら戦闘の後のようだね」


 無残に砕かれ、倒されている大木。

 それも一本ではない。直線状にある木々が数本へし折られていたのだ。


「……凄い力で薙ぎ倒されたみたいですね」


 と、フィーネリアが木を凝視して告げる。


「まるで砲弾でも撃ちこまれたみたい。この世界にも大砲はあるんですか?」


 続けて、銀髪の少女はリンダの方を見やり、そう尋ねた。

 対し、リンダはフィーネリアの目を見て、こくんと頷く。


「うん。あるよ。基本的には城砦とかに設置されているモノだけど、あたしのナイフみたいに人によっては強力なモノを所有している連中もいる。そういう独自の異能や、別格の武器を持つ奴らをファランじゃあ《異系逸脱者オーバーズ》って言うんだけど……」


 リンダは再び木々に目をやった。


「これはそう言うのと違う感じがする。もっと原始的な力だと思う」


「うむ。そうだな」と、オルバが木に寄り、片膝をついて呟く。


「これは恐らく純粋な力だな。オーガのごとき膂力を持つ者が何か硬い物を投げつけた。その結果であろう」


 その呟き、フィーネリアはこくんと同意するが、リンダは小首を傾げた。


「オーガって、あのトロールみたいな奴? ファランやあたしの世界には小説や神話の中にしかいなかったけど、オルっちたちの世界にはいたの?」


「うむ。余とフィーネリアの世界には、オーガもトロールもいたな」


 オルバはすくっと立ち上がって答える。


「厳密に言うと、オーガとトロールは種族が違うのだが、恐らくそなたの想像するモノと実物にさほど相違はあるまい」


 それから紅い瞳の少年は、ある方向に視線を向けた。


「しかし、ここで情報を得られたのは僥倖だな。木々が薙ぎ倒された方向を考えると、恐らく今回の標的は……」


 オルバはすっと指を静かに指し示した。彼の口元は皮肉気に笑っている。


「この直線状にいる可能性が高い。闇雲に探すよりも早く見つかりそうだな」

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