第11話 初めてのお仕事➂

 アワドセラス・シティの近くには森がある。

 近隣最大の密林であるダワフとは違う、少し規模の小さい森だ。

 特に名前もなく、主に狩りや木材などの資源として扱われる森なのだが、災害獣ディザストンや獣の棲み処にもなるだけの広さを持つ森林でもあった。


「その森にさ、最近人型の災害獣ディザストンが棲みついたんだって」


 と、リンダが言う。


「ほう、人型の災害獣ディザストンか……」


 オルバは、リンダの方を見やり、反芻する。

 彼女とオルバ。そしてフィーネリアの三人は現在大きな街道を進んでいた。

 だが、徒歩ではない。リンダとオルバの二人は、それぞれ翼がほとんど退化した巨大な白い鳥に乗り、フィーネリアはオルバの後ろにしがみつく感じで騎乗していた。


 ずんぐりむっくりとした体に、円らな黒い瞳。このヒヨコによく似た巨大な鳥は『地大鳥コッコ』と名付けられており、ファランでは一般的な騎乗用動物だった。

 近くの森といえども距離はある。移動するために大冒険社で借りたのだ。ちなみにフィーネリアがオルバに同乗するのは、彼女がこの鳥に乗れなかったためである。

 幾度となく叩き落とされ、この鳥が心底苦手になったのか、フィーネリアはガチガチに緊張した様子でオルバの腰に抱きついていた。


 愛する少女の温もりを間近で感じることが出来て、オルバにとっては思わぬ役得だった。

 特に、ブカブカの法衣の下に隠されていた大きな双丘は予想外であった。

 ますますもって自分好みの娘である。


「オ、オルバさん……も、もっと、ゆっくり……」


 と、フィーネリアが涙声で懇願する。

 オルバはふふっと笑い、


「そう身構えるな、フィーネリア。少し力を抜け。すべてを余に委ねるのだ」


 と、優しげな声で告げる。

 一方、フィーネリアはオルバの背中に頬を当ててコクコク頷く。


「は、はい。お、お願い、優しくして……」


「いやいや、それって何かいやらしい響きがあるよね」


 二人の隣に並んで進むリンダが、呆れた口調でツッコんだ。

 対し、オルバは手綱をしっかりと握りつつ苦笑を浮かべ、フィーネリアはそもそも聞きとるだけの余裕がないのか、全く無反応だった。


「まあ、フィーネリアが安心するのならば言葉の意味などどうでもよい。それよりもだ」


 一拍置いてから、オルバはリンダの方に目をやって尋ねた。


「この世界には人型の災害獣がいるのか?」


「え? ううん、大体四足獣か、もっと足が多いのが普通だよ。人型ってのはいないはず……と言うより、それって有名な話だよね? オルっちは知らないの?」


 と、今度はリンダの方が問い返す。

 人型の災害獣ディザストンは今まで確認されたことがない。これは一般常識レベルの話だった。

 従って今回の仕事は実態調査も含まれており、可能であるのならば、標的の捕獲が望ましいとも条件に記載されていた。


「うむ。実は余とフィーネリアはこの世界に来たばかりでな」


「あ、なるほど。そういうこと」


 オルバの返答に、リンダはすぐさま理解した。

 そして、彼の腰にしがみつく銀髪の少女を見やり、


「じゃあ二週間前の騒動は『帰還』についてなんだね。よくあるよ。なにせ、何百年もかけて未だ帰還の方法が見つかってないんだ。結構絶望する人がいるの」


 彼女の推測に、オルバは口元を微かに歪めて「まあ、その通りだ」と答える。

 当人であるフィーネリアはこれも聞こえていないのか、ギュッと目を瞑って無言だった。

 リンダはうんうんと頷き、


「そっかそっか。うん。あたしもこの世界に来た時は結構ショックだったから、その気持ちはよく分かるよ」


 が、すぐに何かを思いついたのか、あごに手を当てた。


「けど、だったら、少し説明しておいた方がいいかもね……」


 そう呟くと、リンダはオルバとフィーネリアを順に見やった。

 すると、オルバの背中にはりついていたフィーネリアもようやく顔を上げた。


「あ、あの。リンダさん。説明って?」


「うん。実はね。あたし、今回の災害獣の正体って、多分転移したばかりの異世界人じゃないかって思っているの」


「……ほう」オルバが興味深げに声を上げた。「どうしてそう思うのだ?」


「うん。異世界人ってさ。本当に色々いるんだよ。中には怪物モンスターにしか見えない連中もいる。そういう奴らってさ、よく災害獣と間違えられて攻撃されるんだ」


 と、そこでリンダはかぶりを振った。


「いきなり見知らぬ世界に飛ばされて、言葉も通じない連中に襲われるんだよ。はっきり言ってもの凄い恐怖だよ」


「確かに……それは怖いですね」


 フィーネリアが共感する。オルバも「そうだな」と頷いた。


「うん。そうでしょう」


 二人の同意を得て、リンダは真剣な顔つきで首肯する。


「今回、あたしはまずは会話を試みようと思っているんだ。これもあるしね」


 言って、リンダは自分の喉に手を当てた。よく見ると、そこには赤いチョーカーがあった。


「これはあたしの世界の道具でね。便利な事に色々な言葉を翻訳してくれるんだよ」


「……ほう」「……え?」


 オルバとフィーネリアは軽く目を剥いた。

 まるで彼らの翻訳魔法だ。どうやら似たような技能は異なる世界にもあるらしい。


「魔法の類ではなく、技術としてそんな物があるのか。そなたの故郷はかなりの文明を築いていたと見えるな」


「ふふっ、まあね」


 故郷を誉められて嬉しかったのか、リンダは幼い少女のようにはにかんだ。


「今でこそあたしもこんな格好をしているけど、故郷では結構なお嬢さまだったの。だから転移の時、身につけていた幾つかの道具を運よく持ち込むことが出来てね」


 例えばさ、と続け、


「このナイフもあたしの世界から持ち込んだ物なの」


 言って、腰のナイフを少し引き抜くリンダ。

 するとナイフの刀身から、ブウゥンという羽虫が放つような音がした。

 オルバはすっと目を細めた。


「ほう……。そのナイフ、ただの刃ではないな」


「うん。たまたま護身用に持っていた超振動ナイフだよ。刀身が短いのが難点ではあるけど、大体の物はスパスパ斬れる」


 かなり物騒な性能をリンダは誇らしげに語る。説明の詳細は分からないが、オルバにしろフィーネリアにしろ、とにかく破格の武器なのだと理解した。


「いずれにせよね」


 すっとナイフをしまい、リンダは言葉を続けた。


「あたしはまず対話をするつもりなんだ。それで無理そうなら戦うつもりだけど、負けそうになった時は……」


 そこでオルバを見やり、彼女は笑った。


「密かにオルっちの飛翔魔法に期待させてもらっているんだ。あの時の飛翔速度からすると、多分三人ぐらいなら軽々と飛べるんじゃない?」


 そう尋ねられ、オルバは自嘲の笑みを浮かべた。

 確かに、オルバにとって三人ぐらい飛翔させるなど造作もない。しかし、結局のところ、自分はいざという時の逃走手段として期待されているという事らしい。


「なるほどな。よく実力も確認せずに余を誘ったのはそういう訳か。そなた、今回、状況によっては偵察のみで退くつもりだな」


「まあね。悪いけど、オルっちたちの実力もまだ見えていないしね。二人が弱いとは思っていないけど、無理する気もないの。ヤバいなら即時撤退だよ」


 と、リンダははっきりと告げる。これにも苦笑を浮かべるしかない。

 この冒険者は、中々強かな人物のようだった。

 オルバは手綱を持ったまま、片手で大仰に肩を竦めた。


「まぁよい。今回はそなたがチームリーダーだ。精々期待に応えるとしよう」


「あははっ、ごめん。けど、勝てるようなら戦うよ。その時は手伝ってね」


 そう言って、リンダは陽気に笑った。

 が、おもむろに前を見つめると表情を改めて、


「ともあれ、ようやく到着したようだね」


 そう呟く。オルバたちも前方に目を向けた。

 彼らの視線の先。そこには大樹が生い茂る暗い森があった。


「さあ、オルっち。フィーネちゃん」


 そして、リンダは不敵に笑って宣言する。


「いよいよお仕事の時間だよ」

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