第10話 初めてのお仕事②
そうして、二人は『
目的は勿論、ここで仕事を受けるためだ。
「あの、オルバさん。ここに来たと言う事は魔獣――いえ、ここでは
大冒険社の一階に入ったフィーネリアは、隣に立つオルバに尋ねる。
対し、オルバは「うむ」と頷いた。
「実はな。そなたがまだ眠りについていた頃、少々縁があって余は一度だけここで仕事を受けているのだ。タイチロウと知り合ったのはその時だな」
そう教えられてフィーネリアは納得した。思い起こせば、タイチロウも初対面の時、以前オルバが仕事を受けたようなことを言っていたような気がする。
「えっと、その時はどんな依頼を受けたんですか?」
「まあ、いわゆる失せモノ探しだったな。迷子のネコがおってな。人手がおらなくて困っていたそうだ。そこで余は『冒険者』として登録し、その依頼を完遂したのだ」
と、どこか自慢げに語る彼は、かつて
フィーネリアは何も言えず、遠い目をした。
共に過ごして二週間。流石に気付いたことがある。
どうも、この元魔王さまは少しばかり天然が入っているようだった。
「じゃ、じゃあ、今日はまたネコ探しを……?」
と、尋ねる少女に、オルバは肩を竦めた。
「流石にそんな小さな仕事では食ってはいけぬぞ。ましてや二人分などな。今日は少々大きめの仕事を受けるつもりだ。主に荒事関係の仕事を選んでな」
そう言って、二階へと歩を進めるオルバ。
フィーネリアも彼の後に続いた。
そして二人は木製の階段を昇り、二階に辿り着く。
「……ふむ」
オルバはすっと目を細めた。
ザッと見たところ、室内の様子は以前と変わらない。
あえて変化点を挙げるのならば、前回よりも冒険者の数が若干少ないぐらいか。
これはこれで壁の手配書が確認しやすいので、幸先良いのかもしれない。
と、そんなことを考えていた矢先だった。
「……ん? あれ、キミたちは?」
オルバたちの存在に気付き、声を掛けてくる者が現れた。
年の頃は恐らく十八歳ほど。淡い金色のソバージュヘアを持つ活発そうな美人だ。
抜群のスタイルと、黒いニーソックスで覆われた脚線美を持ち、上半身には革製らしき軽鎧を身に着けている。腰には短剣に近い大きめのナイフを差しており、いかにもトレジャーハンターという称号が似合いそうな女性である。
年上のためか、少しだけ扇情的にも感じる彼女の存在感に対し、フィーネリアはやや気後れするが、ふと疑問に思う。どうも彼女の声に聞き覚えがあるのだ。
フィーネリアはオルバの影に隠れるように立つと、彼の貫頭衣の裾を知らず知らずの内に掴んで、その金髪の女性を見つめた。
すると、
「ああ、そなたは……」
オルバが軽く目を瞠った。
「確か一度会ったな。大通りで声を掛けてくれた者であろう」
それは、フィーネリアが大通りで大泣きした時のことだ。
彼女はフィーネリアのことを案じて声を掛けてくれた女性その人だった。
「うん、そうだよ。魔法使い君」
オルバの問いかけに、金髪の冒険者はにこっと笑った。
「あたしの名前はリンダ。リンダ=リビングストーンだよ」
そう言って、オルバに握手を求めるリンダ。
オルバもそれに応える。
「うむ。余の名はオルバ=ガードナーだ」
そしてしっかりと握手する二人。
そのとても親しげな様子に、フィーネリアは困惑した。
実は、フィーネリアはリンダの事を全く知らなかった。何故なら、リンダの顔を見る前にオルバによって空へと連れて行かれたからだ。
だからこそ、この状況はよく分からなかった。
どうしてオルバと彼女はこんなにも親しげなのか。
どうして二人して友好的な笑みを浮かべているのか。
その理由が分からない。そして何よりも――。
「あ、あの、オルバさん……?」
フィーネリアはオルバの服の裾をくいくいっと引っ張ると、ほとんど自覚もない程度の不機嫌な声を発した。
あまりにも極わずかな不機嫌具合のため、オルバは全く気付かない。
だが、それでも愛しい少女を安心させるようにふっと笑い、
「ああ、すまぬ。リンダよ。この娘のことも紹介しておこう。この娘の名はフィーネリア=アルファード。余の愛する妃である」
「………え、あ……」
そう紹介されて、フィーネリアは何故か言葉を詰まらせてしまった。
首筋辺りがわずかに火照り、胸がきゅうと鳴った気がする。
どうしてか今、彼の台詞にとてもホッとしたのだ。
(……あ、ゥ)
今も少しだけ心臓が早鐘を打っている。
銀髪の少女は知らず知らずの内に、胸元を片手で押さえていた。
その一方で、リンダはオルバの紹介に、キョトンと目を丸くしていた。
「へ? キミたちって夫婦だったの? 随分と若い夫婦なんだね」
言って、まじまじとフィーネリアとオルバを見やる。
そこでようやくフィーネリアはハッとした。
「ち、違います! 私はオルバさんの妃ではありません! ただの、その、えっと、し、知り合いです! そう! 同郷の知り合いです!」
と、今さら慌てて反論をするが、金髪の冒険者はあごに手を置き、「ああ、なるほどね」と頷くだけだった。そして今度はオルバの方を見やり、
「あははっ、凄く初々しい子なんだね。もう泣かせちゃダメだよ、魔法使い君」
人懐っこい笑みを浮かべてそんなことを告げてくる。オルバは「うむ。分かっておる」と苦笑を浮かべつつ頷き、フィーネリアの方はますます赤くなった。
どうやらリンダの中では完全に二人は夫婦、もしくは恋人同士と認識されたらしい。
「ちょ、ちょっと、待って――」
「しかし、リンダよ。ここにいるという事は、そなたも冒険者なのか?」
と、フィーネリアの台詞を遮り、オルバがリンダに訊いた。
リンダは「うん、そうだよ」と答えた。
「こう見えてもあたし、十三の頃から始めたそこそこのベテランなんだ。今日も
「ほう。
「奇遇だな。我らも
「へえ。まあ、あんな飛翔魔法を使えるんだし、結構強そうだしね。キミって」
リンダはそう呟くと、再びあごに手をやった。
それから、しばし考え込むと、
「あのね、魔法使い君」
不意に彼女は話を切り出した。
「実は今、結構な大物を狙っているんだ。けど一人じゃ、ちょっとヤバそうな相手なの。普段なら何人かの知り合いを誘うんだけど……」
リンダはそこで嘆息した。
「どうもみんな出払っているようでね。今回は諦めるつもりだったんだ」
「……ほう」オルバは感嘆の声を零す。
彼女が何を言わんとしているのか、すでに理解していた。
それは、未だオルバの服の裾をキュッと掴むフィーネリアも同様である。
「(……オルバさん。もしかしてこの人は……)」
と、小声で語りかけるフィーネリアに、
「(うむ。恐らくそうであろうな)」
オルバは苦笑を浮かべて答える。
要するに、リンダが言おうとしていることは――。
「ねえ、どうかな、オルっちにフィーネちゃん」
問答無用で愛称を名付け、リンダは陽気に笑う。
「これからあたしと一緒に、ちょいとひと狩り行かない?」
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