第5話 転生令嬢は裏切られる
お久しぶりです。あたし—————
本日は晴天にて、絶好のお出かけ日和でございます。
あれから数週間が経過した。ここに移り住むこととなり、それなりにレオナルド殿下とお話することが多くなった。まぁ、その度に叱っているのだけれども、一向にレオナルド殿下の悪戯が収まる気がしません。
時に、床をローションまみれにしたり、時に、家財道具を意図的に壊したりとやりたい放題でございます。つい先日も、こちらにイモムシを投げつけてきましたので、素手で掴み上げて、庭へと返す羽目になりました。
お掃除やらはいいですけれど、侍女の一つでもつけてもらわねば、この屋敷は広すぎる。たぶんこれも嫌がらせの類なのだろうが、それはそれで構わない。きっと国王陛下に言えばすぐにあてがわれるのだろうが、それはそれで負けた気分になるのでしない。
風の噂では、侍女たちに、あたしが死神か何かだと吹聴しておいでだとか……なんともまぁ、みみっちぃ。
あ、でも家財道具を破壊されたときは流石に言いました—————
あとついでにアイアンクローで城の塔から突き落とそうともしました。もちろんするフリだけですけれども……
大体、あたしが元聖女で、自分のことを自分でできる……つまりは暮らしの知恵を身に着けていなければ、とっくに音を上げていたところだぞ。掃除も洗濯も手際よくできるし、何ならコーヒーも美味しく淹れる自信がある。
あ、なるほど、そういうのも含めてあたしなのね……
あぁ、今日も今日とて、あたしの日常を壊す足音が聞こえてくる。木製の観音扉を勢いよく開け放ち、優雅にロマンス小説を読んでいるあたしの元に騒がしい動物がやってくる。
もちろん、動物というのはレオナルド殿下のことなのだが、これでもあたしと同い年で婚約者だ。丁重に扱わねばならない。ちなみに、正式な発表は未だにされていないため、まだ仮ではある。あぁ、この際に、なにか問題でも起こして、国王陛下に白紙にでも戻してもらおうかな……。とりあえず、椅子から立ち上がって玄関の方へ向かうとしよう。
「今日も来てやったぞ! 喜べ、ユリア!」
「レオナルド殿下……ドアを開くときはもう少しゆっくりと開閉ください。耐久年数が下がってしまいます」
「そんなことはどうでもいい。今日は貴様に良い知らせを持ってきてやった」
「なんですか、殿下—————。あと、呼称にはお気を付けくださいと何度申し上げたことか……。それでぇ? 今日は何の悪戯をしにきたのですかぁ?」
半笑いしながらレオナルド殿下の方に歩み寄ると、殿下の表情が強張り、たじろいでしまう。おっと忘れていた。このあたしは目尻が細いので、不自然に笑うと『下衆なことを考えているようにしか見えない』とかつて、淑女教育をしてくれた乳母に言われたのだった。
「睨んだところで無駄だ。おれは屈しない」
「あーはいはい。それで、ご用件は?」
「よい知らせを持ってきたと言ったであろう」
「婚約破棄のお話ですか? 陛下がお赦しになったのですか?」
「父上と母上は頑なに……ってそうじゃない! 今回はユリアを遊びに誘いに来たんだ!」
「遊びにですか? 悪戯をするというのであれば、今ここであなたを止めますが?」
「そうではない! たまには外で遊んだほうが良いと思ってな。お前のような暴力女にはピッタリの催しだ」
「ふーむ……まぁ、いいですよ。ハンティングなら慣れておりますので————」
「どこまでも考えが吹っ飛んでいるな、お前は……。このおれがお前をピクニックに誘ってやろうと言っているのに、なぜそれがわからん」
わかるわけないだろバーカ。こちとら、お前と会ってまだ数週間だぞボケ。そんな熟年の夫婦みたいに察せるかって言うんだ……。
「なるほど、ピクニックですか。それで、日程はいつ頃でございますか?」
「今日に決まっている!」
あぁ、殿下の顔がほころんだ。おそらく、準備ができていないまま連れ出そうとしたのであろう。これ、絶対、他の人にも連絡していないパターンだな。思い付きが過ぎるだろ、まったく……。というか、慌てふためくあたしを見たかったのだろうが、こちとら常日頃から整理整頓はしているんだよ。準備なんざ5分で済む。
化粧だって、お前が毎日毎日毎日、欠かさず来るから、朝起きてやっているというのになんでまたそれがわからん……。わからないよね、子供だし……。あ、あたしも子供か————
自慢げに鼻を鳴らすレオナルド殿下にため息を吐きつつ、あたしは黒い通信機器の魔道具を起動させる。連絡を取るのは、関係各署だ。
「おい! なにを呆けている。早く準備しろ!」
「準備をするのはレオナルド殿下の方でございます。そのような格好では泥でよごれてしまわれますよ?」
「バカにしているのか。それとも、その通信用デバイスで助けを呼んでいるのか?」
「いえ、護衛騎士詰め所と、高官事務所と、国王陛下と、出先の村に対して一報と準備をお願いしていただけです」
「そのようなことは不要」
「必要です。殿下—————。身分をお考え下さい」
「ぐぬぬ……。ちょっとまて、何故、出かける場所を知っている!」
「私、宮中にて事務次官様とお話する機会が多くあります故、あなた様が下見をしてくださっていたことは知っております」
「なん……だと……」
驚くなよ……。あたしは脳まで筋肉で出来ていると思われていたのか。心外にもほどがあるぞ、全く……。だいたい、お前が悪戯を画策しなければ、いちいち被害を大きくしないように対策しなくても済むというのに……。
事前に対策できるのに、何故止めないのかって?
こういう類のことをするやつは、できないとわかると、諦めるのではなく、別のことを突発的に起こす。そうなれば被害などは大きくなってしまう。だから、やっているという実感をさせる方が、被害が少なく済むというものだ。
とりあえず、このレオナルド殿下には、すぐに護衛たちに引きずってでも城に戻ってもらって、準備させようではないか。あと数時間はかかるだろうし、その間に何をしようか……
ピクニックで食べる昼食でも作るか?
当てが外れて呆然と立ち尽くしているレオナルド殿下を無視して、あたしは思いついたままに、キッチンの方へスキップしながら移動を開始するのであった。
◆◆◆◆
グットイブニング、あたし——————
本日は絶好のお散歩日和なり。見上げればまぶしいほどの太陽が照り付けてくるし、そのおかげか、木々の間を通り、多少なり標高が高いところに来ても寒さを感じない。もちろん、山の中でモンスターやら自然災害やらが起きる可能性があるので、そういうことの為に準備はしておきましょう。
決して、『思いついたから』という理由で行ってはいけません。死にます—————
普通の冒険者なら、準備を整えていくのが定石ですし、準備にお金をケチるとろくなことにならないのがあたしの経験談です。あたしが誰かって? 元聖女の、現伯爵令嬢ユリア・オータムです。
さて、護衛騎士数人同伴のピクニックとなり、あたしことユリアは意気揚々と先行するレオナルド殿下の後をついていった。息を切らさないのかって? 淑女たるもの、毎日の運動は欠かせませんから、この程度なら平気です。レオナルド殿下も元気いっぱいに歩いていますし、問題なのは、いつもの悪戯仲間の、緑髪のガーランドくん、こげ茶色ひょろながカッツくん。キミたちはもう少し運動した方がいい。後々の殿下に仕えるんだぞ。そんなんで音を上げてたら、首を吊ってしまう。
まぁ、一番先頭を歩くレオナルド殿下の足取りが早いのが原因なのだろうが……。仕方ない、ここはあたしが何とかするしかないのだろう。あたしは心の中で悪態を付けながらも、少しだけ歩調を早め、殿下の隣へとやってくる。
「レオナルド様。もう少しペースを落としては如何でしょうか。この分ですと、一時間ちょっとで登山道を一周しかねません」
「そうか? このぐらいいつもは普通なのだが……」
「それは殿下のお召し物が、いつもよりも身軽だからでしょう。あちらをご覧ください。いつも通りにタキシードできたが故に汗まみれで死にかけているお友達がいらっしゃるでしょう?」
「ガーラ……カッツ……。いつの間にやられたんだ……。まさか……」
「私はなにもやっておりません。最後尾からこちらを追跡してくれている護衛騎士に証言させましょうか?」
「お前に篭絡された騎士の証言など参考にならん!」
してるわけないだろ。お仕事で来てんだぞ、あの人たちは—————。お前に危険が及ばないために、周囲に警戒しながらクソ重い鎧を着てここに来てるんだぞ。
まぁ、魔術や魔導技術が発展した今なら、昔ほどの重さはないのだろうけど……。
本当にこの2000年の間の発展は珍しい。最近の魔術杖は本当にすごい。エイムアシスト機能だったりもついていたりするとか、万能すぎる。あたしの聖女時代の杖と来たら、そりゃあ、多少の威力上昇ぐらいのモノだったのに、現代物と来たら消費魔力が段違いに思えるほどの増幅性能もついていると気づいた日には、父親に誕生日プレゼントとして歳を考えずせがんでしまった。
いや、今のあたしは9歳ですけど——————
「レオナルド殿下。そろそろお昼時であります。私はお腹が空いてしまいました。少し休憩といたしませんか?」
「ふん、軟弱者め。その程度のことで泣き叫んでどうする」
「では、このまま下山してから食事といたしましょう。それまではノンストップで今のペースを維持しては如何でしょうか」
後ろの悪戯仲間二人から阿鼻叫喚の悲鳴が聞こえてきたが、あたしはにこやかな表情を崩さないまま笑いかける。そんなあまりの迫真の訴えにドン引きするかのように、後ろを振り向いたレオナルド殿下の表情が曇ったのを見た。
そんな折、大きな重低音が風と虫の音しかしない静かな森の中に響く。その発生源は当然のことながらレオナルド殿下のお腹なのだが……
「殿下。休憩に致しませんか? 私、サンドウィッチを作ってきました。一緒に食べましょう」
「ぐぬぬ……」
耳まで赤く染まっているレオナルド殿下をよそに、あたしは後ろを振り向かずに騎士団にハンドサインを送る。騎士団のハンドサインは、いつも殿下の悪戯を片付けるのを手伝ってくれているのがこの護衛騎士団であるため、いつの間にか覚えてしまった。
あたしのハンドサインを見て、護衛の騎士たちはせかせかと準備を始めてくれる。マジックバックから敷物や椅子などを用意して、少し広めの木陰に陣を構え始める。いつ見ても手際が良いものだと感心するのだが、今日の目的は彼らではないため、今はとりあえず、お仕事の邪魔をしようとする殿下の襟首をつかんで引き留めておく。他の悪戯友達は、何も言わずとも地面にへたり込んでいるため、無視して問題ない。
準備が終わったのを見計らって、あたしは慣れた動作でおしとやかに敷物の上に腰かける。だが、いつまでたっても座ろうとしない殿下に疑問を感じたあたしは見上げるように殿下をのぞき込んだ。
「レオナルド様? どうかなさいましたか……」
「ふん。なんでもない! 黙っていれば美人だと思っただけだ」
「お褒めの言葉、恐悦至極でございます」
癇癪を起す子供さながらに頬を膨らませて目線を逸らしながらもあたしの隣に座るレオナルド殿下なのだが、まぁ、何とも可愛らしいものだ。『黙って立っていれば美少年』とはこのことなのだろうな、きっと……
「レオナルド殿下。まずはこちらで手を洗いください」
「うむ——————」
あたしはそう言いつつ、洗うための魔道具を起動させて、空中に小さな球体を作り出す。そこにレオナルド殿下が手を突っ込んで洗い終えると、案の定、水が茶色くなっている。あたしはにこやかに微笑みながら、その茶色い球体を地面へと還し、自身も同じように洗う。本当に便利な世の中になったものだと思う。
「さぁ、食事にいたしましょう。レオナルド様—————」
「うむ。おれも貴様がどんな残念なものを作って来たのか楽しみで仕方ない」
あたしは悪態をつけながらも小さな子供用のマジックバックから編み込みの四角い箱を取り出す。本当は一人で食べてやろうかと思ったのだが、あたしの料理に喧嘩を売られたので買っておく。2000年前、誰が勇者パーティの料理担当だったと思っている。そして、誰が孤児院の子供たちを世話していたと思っているんだ。前世のあたしだぞ、まったく……
取り出したサンドウィッチ、艶やかな色合いを具ごとにそれぞれに作りだしていた。新鮮な野菜類やハムなどの類の加工肉を柔らかいパンで包み込み、綺麗に並べられたそれらを見ると、あたしもお腹が空いてくるのだが、ここはレオナルド殿下が先であろう。
あたしが、殿下が手に取るのを待っていると、殿下はまたもや呆然と立ち尽くしていた。
「レオナルド様。どうかなさいましたか? もしかして苦手な食材などがございましたか」
「いやそうじゃない。おれはお前の別邸に料理人を派遣した覚えはないのだが?」
「この程度は、練習すれば誰にでもできる家庭料理でございます。むしろ、この程度のことができずに、どうしてあの家で暮らせましょうか」
「確かに……いつも自分の食事を作っているのならば、当然のことか……」
「王宮で使用されている食材も私には貰う権利がありませんので、殿下のお口に合うのか、少々心配しておりましたが、その顔を見るに、杞憂のようですね」
「うむ……たしかにこの味では、食事に困ることはなかろうな」
美味しそうに手作りのランチを食べる殿下の横で、あたしは静かに食事を開始する。子供であるが故に食べる量もすごいものだ。余すと思って夕食分も作ってきたというのに、全て平らげてしまわれた。
「美味であった。————食材が生きているかのようであったぞ。城でも中々に味わえない」
「それは何よりです。満足そうな殿下のお顔を拝見できただけで、先日、商人から直接買い付けた甲斐あったというものです」
「そうであろう。……ちょっとまて、買い付けた?」
「はい。先ほども申し上げた通り、王宮での食材はこちらに分けてもらえませんので、私自ら王都へと出向き、取引している次第でございます。殿下が指示していることでしょうに、お忘れになられたのですか?」
「おれはそんなこと指示した覚えはない」
「え————っ?」
「え—————っ??」
二人で顔を突き合わせて頭に符号を浮かべる。まるで互いに勘違いしたかのような何か気まずい空気が流れだす。
「殿下、大変失礼ながら、一件だけ確認をよろしいですか」
「うむ。許可する」
「殿下は、私の別邸に、料理人や侍女が出向かないように指示なされたのですよね」
「それは……まぁ、事実だ。だが、おれは貴様の顔が歪むのを見たいだけであるからな。それ以上は指示していない」
「では、私が調理場に出向き、食材の供給を断られたのは殿下のお考えではないと?」
「無論だ。餓死させたのなれば、流石に寝覚めも悪くなる」
「確かにそうですね。殿下の目的はあくまでも私を追い出すこと……。そこまでする必要はないですし、だとしたら誰が……」
「おい、人の考えを値踏みするな。不敬であるぞ」
「違うのですか?」
「それは……その……」
子供のレオナルド殿下はまだ腹芸というものに慣れていない。時に揺さぶれば十分すぎる程の情報を出してくれる。そして、今の情報を鑑みるに、殿下の指示を受けてあたしをよく思わない誰かが暴走しているのだろう。
まぁ、急にしゃしゃり出てきて殿下の婚約者として電撃的に住まうことになったのだから、そういう反感を買うのは別段、珍しくもないのだろう。今まで、殿下にアプローチをかけていた令嬢たちからすれば、嫉妬の対象でしょうし、その他の侍女からも、急に現れて好き勝手にする子供としか思われていないはずだ。
まぁ、そのあたりは挨拶や行動で向こうから次第に緩めてくれるのを待つしかない。下手に前に出て、取り返しのつかないことになるのだけはごめんである。
「貴様は一体何者なんだ……」
「オータム領、領主の娘、ユリアでございますが?」
「そうではない。なぜ貴様は——————」
「淑女でございます故、様々なことを学んでおります。もう少々いたしましたら王妃教育なるものも始まりますので、こうして殿下とお話する機会も減ってまいります。それまでは我慢くださいませ」
「別段、おれはお前と話すことが……」
不満足そうに顔を逸らす殿下なのだが、そんなことをあたしに言われても困る。あたしとて、王妃になどなりたくはない。だが、王妃教育は大変魅力的だ。なんせ、こちらは一銭も払うことなく、国のお金で勉強ができる。なんともまぁ、恵まれたことであろうか。それぐらいのメリットぐらいは享受しても罰はあたらない。
「殿下? いかがされましたか?」
「何でもない。おい、ユリア————。ついてこい」
「でしたら、護衛の騎士をお呼びいたします。少々お待ちください」
「必要ない。カッツ、あいつらを足止めしておけ」
「密談をご希望でしょうか?」
「そんなところだ。貴様にだけ見せたい場所があるんだ。それに、こちらには将来有望な騎士であるガーランドがついている。それで問題なかろう」
いや、問題大ありなんだが? お前の言う将来有望なガーランドはあたしに数々の難癖をつけて来ては勝手に怒って帰るような、騎士道精神の欠片もないやつなんだが?
それ以前に、あのパーティ会場であたしに蹴りつけられたんだぞ。その程度で護衛など務まるわけが……。まぁ、あたしがいるから大丈夫か—————
それに、この辺りのモンスターはさほど強くはないし、お荷物二人を抱えても無事に生還する自信がある。まぁ、本日はピクニックということで、戦闘用の道具の持ち合わせはありませんが—————
「そうですね。殿下はお強いですし、少しの間だけでしたら、問題はないでしょう」
そう言いながら、先に立ち上がって鼻高々にこちらを見下ろすレオナルド殿下に、あたしは座った体勢のまま、華奢な手を差し出す。
「どういうつもりだ?」
「エスコートしていただけるのではないのですか?」
「するはずがないだろう。自分で立て」
「それは残念です。あまり時間もありませんし、またの機会に致しましょう」
「またの機会など来ない!」
「そうなると大変喜ばしいですね、殿下————」
あたしは差し出した左手をひっこめて、自らの足で立ち上がる。スカートについた汚れを軽く払いのけ、にこやかに微笑んで見せる。本当に、レオナルド殿下と来たら、乙女心が何たるかをわきまえないと、貰い手がなくなるぞ……。いや、あたしはあなたの婚約者なのだけれども……
あたしはレオナルド殿下に促されるまま、彼の後を追いかけて歩き出す。森の中へと入っていくのだが、本当に護衛騎士がついてきている様子はない。一応、手入れがされているため、獣道ということはないのだが、登山道から外れるのは少々いただけない。地形図は把握しているし、コンパスも持ってきているので迷ったとしてもどうにかなるのだが……。まぁ、でも、そこまで遠い距離を歩くことはできないだろう。特に後ろで息を切らせながら必死についてきている将来有望だと殿下が言った緑髪の男の子……つまりは殿下の悪戯仲間であるガーランドの肉体に、そこまでの体力はない。
そう思いつつも、奥へ奥へと歩いていくと、誰もいない森林の中で、先導していたレオナルド殿下が急に立ち止まった。
「レオナルド様。如何なさいましたか? お水でしたらこちらにございますが?」
「いや、そうではない。おれは——————」
「なにか新しい遊びをお考えになったので—————」
あたしはしゃべっている途中で強引に言葉を止めた。何故ならば、今まで立っていた地面が急に抜け落ちたからである。あたしは慌てて地面の縁を掴んで滑落から生き延びる。下がどの程度なのかはわからないが怪我をするのはごめんである。
「これは予想外でした。少しは頭を捻りましたね、殿下————」
そういいながら這い上がろうとするあたしの右手を緑髪の男の子……つまりは悪戯仲間のガーランドが踏みつけ始める。鈍い痛みが指先にかかり、思わず顔を歪めてしまう。流石にこれはやり過ぎであろう。あとで一発殴ってやらねば気が済まない。
「殿下……。もういいでしょうか」
「ふん。いいわけないだろう。おれを辱めた罰だ。そこでしばらく反省することだな」
そう言い、見下ろしながら蔑んでくる殿下の瞳には優しさの欠片すら感じない。なにかあたしは間違えてしまったのだろうか……。
逡巡と混乱を繰り返しながら踏みつけられている手の痛みに我慢しながらもう片方の腕で這い上がろうとした瞬間、狭まっていた視界に茶色の魔方陣が映った。恐らく魔術を発動しているのは殿下なのだろう。しかも泥や岩石を大量に生み出しているところは容赦がない。
きっと、初めてお会いした夜に、あたしが攻撃を防いだから、全力でぶつけようとしているのだろうが、その時とは状況が違い過ぎる。奈落に落ちそうになっているか弱き乙女にそんなものを向けるんじゃありませんよ、殿下—————
あたしは、魔術的障壁の発動が間に合わないことを察知して、足を面白そうに踏みつけているガーランドの足を、這い上がろうと天へ掲げた左手で掴み上げる。そしてそのまま、振り回すように落とし穴からできるだけ遠くへと放り投げた。このままでは、あの子が殿下の魔術の巻き添えで怪我をしてしまう……。
そう思って行動したのだが、両の手足を放してしまったが故に、あたしは奈落へと体が落ちていくのだが、まぁここは『プロテクション』を足場に……はできないですね。それよりも前に、降り注いでくる土や岩石を防がなければならないので、咄嗟に正面に『プロテクション』を展開させるしかない。
轟音と共に瓦礫と光の障壁がぶつかる音がして、地上の光が瞬く間に消え失せる。押しつぶされた空気の衝撃だけで、9歳という小柄な体は吹き飛び、あたしは何も見えない暗黒の中へと落ちていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます