第3話 早くも首が物理的に飛びそうです


 ハローあたしです。


 あたしは、というと今現在、お城の中の応接室にたった一人で通されています。目の前にはすごく偉そうな人……というか、現国王なんですがね……ハイ。いやこれ、今現在の摂政か関白の剣王もとい元勇者に頼み込めば助けてもらえるんじゃね?

 いやまて、あいつが出てきたらそれこそあたしが絶対に逃げられない。ここは冷静になるしかない。

 このクッション性がいいソファも固く感じる程の体が膠着しているけどきっと大丈夫。あぁ、目の前の大人二人よ……。国王様と王妃様……こちらを睨まないでください。つい出来心だったんです。まさか、蹴り飛ばしたあの悪戯金髪少年が第二王子だとか思わないじゃないですか……第二王子ならもっと慎み深くね……あの……その……ごめんなさい。


 「ユリア嬢。キミは一体何者かね……」

 「あの……その……ユリア・オータムと申します……」


 あたしは冷や汗を垂らしながらひたすらに目線を合わせず、縮こまる。ここで元聖女ですとかいっても絶対に信じてもらえないし、何なら虚言癖に扱われるに決まっている。


 「そうではなくて、随分と卓越した魔術操作をしていたようだが……」

 「幼い頃より、父から伝授されております故……」

 「そうか。たしかにあの辺境伯なら……おっと失礼……キミの父君を愚弄するつもりは……」

 「お気になさらず……」


 そんなわけあるはずがない。流石に父でもあんなバカみたいなことはしないよ……。ましてや国王の息子にドロップキックをかます、とかやるはずないでしょ……。


 「あの……私は……次期王の命を狙ったものとして首を刎ねられるのでしょうか……」

 「首を……刎ねる?」

 「いやー、仮にも王子様の後頭部を飛ばしそうになったわけですし……」

 「あぁ、その件か……」


 やめて、こちらを睨まないで……。あたし、今、すっごい緊張しているの……。だって初めての食事パーティで誰とも話さずに一人で食べてたら、王子が遊んでて、それを咎めようとして……あれ、あたし悪くなくない?

 とりあえず、この青ざめた顔を止めて、国王様と王妃様の方を見なくては……


 「ちょっと待ってください。冷静に考えたら、私は悪くないですよね」

 「うん? 急にどうしたのかね?」

 「第二王子のえっと、その……たしか、レオナルド様。そう、レオナルド様の教育がなってないのではないでしょうか。我々は領民からその富を借り受け、衣食住を賄っております。時に、食事すらままならない人もいるというのに、こと第二王子が食べ物で遊んでよいはずがありません—————ッ!!」


 おっと、言いきってしまった……。あまりの迫力に国王様も固まって……。いや、ちょっと待て、今あたし、情状酌量の余地を自分で投げ捨てなかったか。いや、まさかそんなことは……あるね。えぇ、ままよ。このまま突き進んでやらぁ!


 「キミの両親からはそのように教えられているのかね?」

 「いえ、そうではなく、一般教養でございます。我々は、時に民の前に立たねばなりません。それが、あのような幼稚なことをしていいはずがありません」

 「いや、たしかにそうだが……あの子は……」

 「子供だから許される、ということでは決してありません。家の中でなら個人の自由ですが、あの場はそれなりの振る舞いが要求されるのでないでしょうか」

 「キミは本当に一体……」

 「オータム家の娘であるユリアでございます。それ以外の何に見えましょうか」


 あたしが堂々と宣言したところで、横で無言のままで座っていた王妃様がお腹を抱えて笑い出す。何度もソファのひじ掛けを叩いてしばらく笑いを止めない。何がそんなに面白いのだろうか。


 「アハハハハ!! この子は本当に……アハハハハ!!」


 あ、この流れはまずいなぁ……。たぶん、あたしは殺される。まず間違えなく首を刎ねららる。それよりも前に、もしかしたらお父様とお母様も……。いやそれだけはダメでしょ……。


 「恐れながら、一言だけ申し上げたいことがございます、陛下」

 「あら、もうずいぶんと喋っていると思うのだけれど、まだあるのかしら」

 「あります。此度のことは私の独断です。父や母、兄はなんの関与をしておりません。処罰をするのなら、私一人にしてくださいませ」

 「処罰?」

 「左様でございます。仮にも時期王の首を狙ったのです。この場で首を刎ねられたとておかしくはありません。しかしながら、そのような場であっても私が逃げないのは、ひとえに家族を思ってのことであります」

 「ちょっと待ってね。別に処分とかは考えていないのだけれど……。あの場は確かにレオが悪かったのだし……」


 うん?ちょっとまって……あたしが悪くないということが認知されているのなら問題ないのでは……。それよりもあたしが今、王の前で捲し立てていることの方が問題なのでは……。こうなれば逃げるに限るのでは……


 「用事を思い出しましたので、これにて失礼——————」

 「お待ちなさい!」


 立ち上がろうとするあたしの両肩を、テーブルから身を乗り出して掴む王妃様……。野性味あふれ過ぎない。気のせい?

 あたしは笑顔でこちらを見てくる王妃様に恐怖を覚えるのだけれど……あ、はい、座ります。


 「あの……なにか……御用が……」

 「えぇ、その通りよ。ねぇ、アウグ! やっぱり私はこの子がいいわ!」


 王妃様……何を言っておられるのでしょうか。そんなに激しく揺すられては王が酔ってしまいまする。おっと、目の前にいるのが現国王のアウグスティーン・ブリューナス様と、ハイデマリー王妃様だということ忘れて、あきれ顔になるところだった。気を引き締めなくては——————


 「あのー……私は無罪なのですよね……でしたらこれで……」

 「逃がすわけないじゃない……」


 あの、笑顔が怖いです……あと、肩を握る手が強いです。今のあたしはそこまでレベルが高い訳じゃないし、普通に死にますよ……。レベル7の元聖女に何してるんですか……。


 「逃がさないというのはどういう……」

 「決まってるじゃない。そろそろ決めなきゃと思って、この夜会を開いたのだけれど、いい収穫だったわ!」

 「収穫というのは……どういう……」

 「お嫁さん探しよ!」


 おいちょっとまて……。それだけは勘弁してください。なんであたしが前世で勇者の告白を断ったのかってそらぁ、面倒ごとが嫌だからに決まっているのに、王子の婚約者とか押し付けられた日には、あたしは国外に逃げ出すぞ……


 「あのー……私はレオナルド殿下の頭を蹴り飛ばした不届きものですよ。そのようなものが殿下に見合うはずがないと考えるのですが、いかがでしょうか……」

 「そんなことないわ! あなたのような人こそ、レオにはピッタリ……いえ、必要なのよ!」

 「ユリア嬢。私の方から説明すると……レオは少々やんちゃなんだ……。私たちの方からいくら注意しても止めなくて……。乳母にも侍女からも見放されて、もう放置状態で……」

 「仰る意味が分かりますが、理解しかねますが?」

 「理解しなくともよい。ただ、キミのようにレオを叩いてでも止められる人を探していたんだ!」

 「調教師をお雇いになったほうがよろしいのではなくて?」


 あの悪戯猛獣にはそれこそ、猛獣の調教師でもつけた方が何とかなるのではと思って発言してみたが、王はお腹を抱えて笑い出す始末……。ジョークの類にとられた??


 「面白いことを言うね。では、その調教師にキミを推薦したいのだがいかがかな?」

 「私はか弱き令嬢でございます故、そのようなことはできません」


 なんでそこで、あたしに疑問の眼差しを二人とも向けるのでしょうか。これがわかりません。本当にか弱いぞ……。ニードルベアーの腕力で簡単に上半身と下半身がおさらばするぐらいにはか弱いんだぞ!


 「たしかに、レオにアプローチをかけていた他の令嬢たちは、キミの言う『か弱い』という部類に当てはまるのだろうけど……」

 「私も吹けば倒れてしまうようなか弱き乙女でございますが?」


 そうだぞ! ふざけんなど畜生。あたしは確かに、他の令嬢みたいに大人のダンスの真似事とかしながら楽しくおしゃべりをせず、ホールの隅でコックさんに美味しい食事を恵んでもらってたけど、本当に他の貴族の令嬢さんたちとなんにも変わらないんだぞ。


 「か弱き乙女は、レオの将来の護衛騎士として訓練させている二人を投げ飛ばしたり、踏みつけたりしないと思うのだけれどどうかな?」

 「それは……その……少々、護身術を嗜んでおりまして……。それにほら、私とあの子たちはまだ、体格差もございませんから……」

 「テラスからレオを追いかけて飛び降りる令嬢はどうかな?」

 「あの……すみません……本当に勘弁してください……」


 にこやかに微笑むアウグスティーン現国王様よ。あなた、本当は、お腹の中身が真っ黒に染まっているのではないのでしょうか。あと、隣にお並びになり、あたしの肩を掴んで離さないハイデマリー国王妃様。あなた、絶対、幼い頃の国王様の手綱を握っておいででしたね。あなた、あたしに同じことをやれと要求しておられるのですか?


 「決まりね! これからよろしくお願いするわ! ユリアちゃん!」


 なーにが、『お願いするわ』だ。目が据わってるんですよ。これ、絶対、断ったらダメなパターンのやつじゃん。断ったら、今回のことを大事にするぞ、こいつら……。そうしたら、本当にお母様やお父様に……。さっきまでの会話は、こういうことにしてやるぞって言う脅しに違いない……。ようやく意味が分かってきた……。あぁ、無常……。

 あたしにできることと言えば、冷や汗で頬に張り付いてしまった自慢の銀髪を揺らしながら、演劇さながらにほほえましく笑うことだけだ。


 「はい。謹んでお受けいたします—————」


 顔と心情が一致しないまま動いているのが、我ながら本当に恐ろしい。あぁ、それよりも、我が平穏よ。今日でお別れですね。あなたは遠い彼の地にて、穏やかに余生を過ごすのですよ。


 グッパイ、あたしのスローライフ……


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