第2話 粗相をする者にはドロップキックを
グットイブニングあたし—————
さて、無駄に広くてあたしが5人ぐらいは横に慣れるベッドの上でまぶたを開けて、体を起こそう。部屋の中は相変わらず整理整頓が行き届いているし、これ以上なく清潔なカーペットが敷いてある。ふかふかのベッドの上に寝ていたおかげで目が冴えている。
そんなあたしがまず行ったのは状況を整理すること。机の引き出しから紙とペンを取り出して、起こった状況を忘れないように書きなぐる。一応、秘匿の意味合いも込めてここは古エルドラ文字で記入をしていく。
状況的に、あたしは十代半ばで処刑されるらしい。未来的には変えられると思うのだが、この方法がさっぱりわからない。第一、あたし、元聖女だったので、予知の的中率が100%だったんですよね……
—————って良いわけないでしょ!!
外れない予知で喜べないのは人生初めてだよ! いや、あたしの人生、9年しかたってないけど……。
さて、予知の中で出た言葉の端々を取っていくに、どうやらあたしは『国家転覆罪』とやらで処刑されるらしい。どんなことをやったのかはわからないが、とりあえず注意すべきことは一つだけだろう。
そういうのに関わらない……のはできるかわからないので、できうる限り良いことを積み重ねよう。そうすれば、せめて国外追放ぐらいになるんじゃないかなぁ……たぶん。
そのために、まずは淑女教育とやらに本気になってみることにしよう。あとは……えっと……。
うん、ペンで柔らかい額を叩いても何も出てこない……。
いや待てよ。とりあえず目立たなければいいのではないか……。そうだ、その手があった。陰に潜ることに徹していれば、存在感も薄れて、きっとあたしを忘れてどこかに行ってしまうはずだ。そうだ、ヨシ。まずはユリア・オータムというあたしの人生初めての社交界……ではないが、お食事パーティにて、大広間のカーテンと同化しよう。
そうすれば……きっと……
◆◆◆◆
—————と、思っていた時期があたしにもありました。
きらびやかなステンドグラスの証明に、赤い絨毯と大理石の床。白く滑らかな布がかぶせられた長いテーブルの上には、様々な甘味や、よだれが垂れそうになるほどの豪勢な料理が点在している。コックがその場で料理をするなどという技術は、きっと、こういった持ち運べるかまどのような調理器具が生み出されたからなのだろう。
お母様とお父様は、国の重鎮たちと話しているし、今のあたしは完全に放置状態である。ちなみに2歳年上の兄がいるが、彼は度々奇抜な発想で問題を起こすので、今回はお屋敷に置いてきた。
Oh……兄よ。こんなおいしい料理を食べ損ねるとは……
あたしからすれば、塩や香辛料がきちんと使われた料理など、美味に決まっているし、幼いころ食べたときから、その味に感動して止まない。いや、前世がね……芋とパサパサで固い肉ばかりだっただけに、気を抜くと体型が保てないというか……いや、本当に美味しいんですよ。
コックさん。尊敬いたします——————
はい、広間の隅で猫のように丸くなるのはやめました。料理食べます。
それにしても、この国、ことブリューナス王国は多民族国家だ。動物の亜人もいれば、植物もいるし、長耳のエルフだっている。手を取り合ってて生きているという感じがして、あたし的には喜ばしい。いや、何者だって話ですけど……
どうも、元聖女で、ここら辺一帯の村々を巡り巡って復興させた者です。
あたし以外の子供は何をしているのだろう。少し目を向けてみれば、すぐにわかるのだが、あぁ、みんなダンスや、親に連れられて遊んでいるのだな。無邪気でかわいいものだ。
え?あたし? 精神年齢が、大人なので、そういう感覚がわからなくなっています。親からも『お前は大丈夫だ』と信頼されて、このだだっ広いホールの中で立っています。
はい、コックさん。おかわりください——————
———————おっと、なにやら、子供がはしゃぎすぎているような気がする。遠くにいる金髪の美青年。キミは一体何をしているのだろう。その手に持つホールケーキをどうするつもりだ。
そうやって、あたしが様子を見ていると、その金髪の美青年はホールケーキを他の令嬢の顔に投げつけて遊んでいた。令嬢は泣き出すし、金髪の美青年は捕まえてみろと言わんばかりに仲間たちとテラスの方へ走り出して行ってしまうし……。
うん、まずは投げつけられた令嬢からだな。
「大丈夫? 怪我とかはない?」
あたしは親に用意してもらった黒を基調した一張羅からハンカチを取り出して、ケーキを投げつけられた令嬢の顔を拭う。どうやら怪我はしていないらしい。ただ、許せないことはある。あたしは怒りで震える手を握り締めながら、ハンカチについたホイップクリームをなめる。
うん、やっぱり美味しい—————
「食べ物を粗末にするんじゃねぇよ……」
おっと、淑女教育を忘れて、前世の口調が出てしまった。気づかれてはダメだと思い、とりあえず、顔にクリームがついてへたり込んでしまっている令嬢に笑みを向ける。大丈夫、練習した通りだし……。うーん、あたし採点で50点ぐらいだ。
おっと、忘れるとこだった—————
あたしは軽く呼吸して体内の魔力を循環させる。発動させるのは、光属性の魔術の『セイントアップ』を自分に付与する。効果は身体機能の向上なので、これで動きにくいドレスだろうと、あいつらに追いつくことができる。
目標は三人——————
いたずらっ子が逃げたことで出来た大人たちのバージンロードを認識しつつ、あたしはおおよそ淑女とは思えないほどきれいなフォームで床を蹴り上げて疾駆する。逃げていたはずの三人は突然弾丸のように飛んできたあたしに驚き、目を見開いているがもう遅い。
「食べ物を——————ッ!!」
まず一人目、逃げようとする腕を掴んで、甲冑柔術のようにレッドカーペットの上に綺麗な緑の髪叩きつける。そして、痛がる程度に威力を抑えて腹部を踏みつける。足元でうめき声が聞こえたが、あたしは無視して、次の目標に視線を移す。
おっとテラスから外に逃げようとしているそこのこげ茶色の髪のひょろなが君。逃がすわけないでしょ……。
そう言いながらあたしはきちんと料理を食べているのか疑いたくなる細い線の男の子の襟首を後ろから掴み上げて、片手で持ち上げる。
「粗末に——————」
襟首を持ち上げたために苦しそうに暴れ出す男の子をテラスから元のレッドカーペットの中の大人たちの方にあたしは放り投げる。大丈夫、腰を強く打ち付けるだけで済む。まぁ、後ろから悲鳴が聞こえたけど知ったことではない。
さて、あとはただ一人、2階のテラスから器用に飛び降りて庭へと逃げ出す、投げた張本人である金髪の美青年だけだ。
あたしはテラスの手すりに手をかけて、飛び乗り、近くの針葉樹の方へ大きく跳躍する。あ、思った以上に飛距離が足りない。こうなれば、もう一回魔術発動させるしかない。
いと慈悲深き——————以下略
あたしは頃の中で魔術詠唱を端折って発動しつつ、『プロテクション』という、光の壁を足場にしてもう一度大きく跳躍。針葉樹を軽々と飛び越え、まるで月に鳴く狼の如く宙を駆ける。
さて、狙うはただ一つ。逃げている少年の頭……。お灸をすえてやろうではないか。
「粗末にするんじゃありません—————ッ!!」
あたしは重力による落下と跳躍の勢いを利用して、足の裏に集約された力を、逃げようとする少年の後頭部に叩きつける。喜劇さながらに綺麗なフォームで放たれた飛び蹴りは、吸い込まれるように命中し、少年の体が前方に弾き飛ばされて、地面を何度も転がった。
あたしは空中を一回転しながら華麗に着地……大丈夫、ドレスの下は見えにくい。
——————あ、やり過ぎたかも……
「やっば……死んでないよね。どうしよどうしよ……」
あたしは慌てて少年に駆け寄り体を揺する。息はしているけど死んではいない。怪我は……しているけど、大丈夫。今、『ヒール』をかければ傷痕は残らない。
あたしは慌てふためきながら魔術で治療を開始……。だから気づかなかったのかもしれないけれど、いつの間にか鎧を着た兵士に取り囲まれていた。
あれ?この流れ、予知で見たような……早くない?
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