大人になるまでに————

第1章 ユリア・オータムは殿下の婚約者

第1話 グットモーニングあたし


 グットモーニングあたし——————


 ——————っと、ここはどこだろうか。誰かに拾われて命拾いをしたのだろうか……。体を起こさねば現状を把握できない。傷は浅いぞ、しっかりするんだ、あたし……。


 ———————って、あれ?


 体が起こせない。というか、なんだこの小さな手は……。天井に視界のピントが合わないし、腕を動かす筋力がなさすぎる……。

 おいなんだ、巨人がのぞき込んで来たぞ……。というか、この髭親父は誰だ。痛い痛い、髭が突き刺さる。あたしに触れるな……。

 隣にいる綺麗な人もだれだ……。おうおう、揺らすな揺らすな……。



 ん?この感覚、どこかで……


 首が折れない程度であたしは首を回して何か自分を見る姿見はないかと探す。というかそんなものあるか!

 いや、あるわ……この女性の蒼い瞳なら、自分の状態を確認できるのでは……。今すぐに、確認を——————



 Oh……神よ……なんということをしてくれたのでしょう。


 赤ん坊じゃん。というか誰よ、この顔……。というか、ここどこよ……。おい、そこの二人! 状況を説明せよ! ————って、声がまともに出ねーぞ……。というよりも、目の前の二人の言葉も若干聞き取りにくい。訛りなのか……?


 とにかく、これはどういうことなんだ……。




 ◆◆◆




 お久しぶり、あたし——————



 どうも、9歳になりました。現状を整理してご説明いたします。えーっと、鏡の前にいる美少女……。つまりは角度によっては銀色に見える艶やかなスカイブルーの腰上までの長髪に吸い込まれるようなコバルトブルーの女の子。華奢ではあるが、健康的な部類に入る肉体……。目尻は少しきついけれど、そんなことが気にならないほどに柔らかい頬の肌。蝶の髪留めをすればあら不思議……貴族の令嬢にしかみえない。


 —————って、あたしは貴族の令嬢じゃーい!!



 ハイどうも、あたしも名前はブロスティ・リーゼルフォンドではなく、ユリア・オータムと言います。死に絶えたと思ったら、オータムという伯爵家の娘に生まれ変わっていました。魔力属性は相変わらず光と闇が五分五分の割合です。ちなみに魔力属性というのは、その人が使える魔術の属性を指し、基本的に魔術属性は五大属性と二神属性に分類される。どれがどの属性に強いということはないが、該当する魔術で分類されている。

 五大属性は『火、風、水、土、雷』、二神属性は『光、闇』に分類される。このほかに、どれにも該当しない『無』属性というものもある。『闇』と『光』が別分類なのは、相手に直接作用できるからであり、他の属性では直接打ち込むことはできない。ちなみに『無』は自分にのみ可能である。


 どうやら、ここはブリューナス王国の中のオータム伯爵領というとこらしい。元々のあたしが死んでからどれぐらいたったのかと言うと、ざっと2000年ほどらしいが……。どうして、あの勇者は生きているのだろうか……。これがあたしにもわからん。

 そう、ブリューナス王国は、あの勇者ことクライム・ブリューナスが建国した国らしい。それが統廃合されて今の形になったのだとか……。ちなみに、お隣にはリーゼルフォンド皇国とやらがあるのだが……。あたくし、ブロスティ・リーゼルフォンドは、これだけははっきり言っておこう。



 あたしは建国した覚えはございません—————



 それに、肖像画の聖女は誰だよって話ぐらいに元のあたしに似ていない。おまけにあたしの名を使ったブロスタ教って何だと言いたいのだが……。まぁ、人々がそれで安寧を得ているのならば文句は言うまい……恥ずかしいけど—————



 なにはともあれ、生まれ変わったあたしはどうやら貴族令嬢らしい。貴族令嬢でのスタートは凄い楽だった。なんてったって、冬が寒くないし、飯は美味しいし、着るものにも困らない。その代わり、色々やることはあるらしいが、本当にスローライフを満喫できる。

 まぁ、木登りしたり、二階から飛び降りたりしたら絶叫とお説教が待っているのだけれど……



 淑女教育とやらはそれなりに行えたので、今は何不自由ない。言葉遣いには気を付けなければならないけれど、それだけである。

 2000年後の世界は意外にも利便性が良い。火を起こさずとも湯あみができるし、料理も魔石の道具で出来る。荷馬車の代わりに自動車なるものもあるし、離れた人と会話をする道具もある。

 窓の外から見える緑色の景色は、平和を物語っているのだが、それもこれも、魔道具の発展が著しいからである。武器の性能も段違いに上がり、モンスターに怯えることも少なくなっていた。何より、汚染されていたはずの大地が深緑を取り戻していた。

 それだけで、あたしは救われていた。



 さて、今度の人生は何をしようか……。とりあえず、それなりに幸せに老衰できればいいとは思うのだが……。なんせ、前の人生では30歳に届かず死んでしまったのだから、今度こそは、と願ってしまうあたしがいる。



 ふむ、ここは、元聖女の力を利用して予知でもしてみるか……。


 説明をすると、前の人生で得た能力なのだが、あたしには未来予知やら回復魔術の効果上げやらが行える。以上、説明終わり—————

 うむ、簡潔なことはいいことだ。この調子で、あたしの人生の終わりである、スローライフの先の老衰の運命でも覗いてみよう。レッツトライ!


◆◆


 あたしは体内の魔力を循環させ、両目に集中させる。目頭が少しだけ熱くなるが、痛いほどではない。そうやって、目の前の景色を一度黒く染め上げて、未来に起こる出来事を思い出のように振り返っていく。ちなみにこれ、神の視点みたいに、あたしのことが俯瞰できる。



 そんなわけで、最後に見えたのは……王城の謁見の間だろうか……鎧を着た兵士たちに囲まれて、睨まれているように見える……。そこで、金色の長髪を持つ顔の良い男性が、あたしに語り掛けた。声を張り上げて、叫ばずとも聞こえていると思うのだが……


 「なにか申し開きはあるか、ユリア——————」

 「ございません—————」


 おっと、成長したあたしは随分と美人だな。状況を見るに何かを問い詰められているようにも見える。それにしても、あたしの態度は堂々としていらっしゃるようで—————


 「ならば、これ以上言うことは何もない。ユリア・オータム……キミは度重なる事件を引き起こし、国家転覆を謀った重罪人として、死刑とする。せめてもの酌量だ。この場で死ぬか、民の前で死ぬかを選ぶがいい」

 「ならば、私は生きてみせます。なぜなら、私は自分の行いを悔いてはいませんので」


 ————ん?ちょっと待ってほしい。どうして、あたしは死刑宣告をされているのだろうか。それによくよく考えたら、あたし、若々しすぎない? どうみても十代半ばにしか見えないのだけれど……。

 おっと、そうこうしている間に取り囲まれて……最後に首が……なんていうこった……


 ここで魔術が途切れるところを見るに、これが最後の記録らしい。ということは前世の30手前よりももっと短い人生なわけ?

 どうして、こうなった?


 視界が戻ってくるあたしの思考は空回りを続けるのだけれど、それよりもヤバいことが一つだけある。未来予知能力ってすごい魔力使うんだよねー。だから、あんまり使えなくて……

 あ、ヤバい。視界がぼやけてきた。耳鳴りがする。足が震えだす。これは完全に魔力切れだ……。そういえば、忘れてたよ……。


この体、以前のような魔力量はないんだった——————



その忘れっぽい思考回路を回転させたのを最後に、あたしの意識は光の中へと溶けていくのだった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る